今までどうにか落とさないように我慢してきたのに、たまたま通りかかった精市を見たら溢れだしてしまった。 一度落としてしまうと次々と出てきてしまって止めることが出来ない。頬の上を涙が転がっていく。




月影としずく




「……ズズッ」
「はい、ティッシュ」
「ズ…ありがと」
「いいえ」

いきなり泣き出した私を、精市はあわてる様子もなく手を引いて公園に連れてきてベンチに座らせた。 昼間に雨が降ったので少しベンチは湿っぽかった。
普通びっくりしたりするだろうにこの落ち着きようはなんなんだ、ホントに中学生なのか。…こう考え ると私の方が年上なのに恥ずかしい。散々泣いて今更な気がするけれど、気まずく感じて手の中の湿っ たティッシュに視線を動かす。

「…ごめん。なんか…いきなり泣き出して…」
「え?今更だろ。小さい時からよく泣いてたじゃないか」
「それは小さいときだけ!」
「へー…小さいときだけね。」

にこにこと笑っているけど様に見えるけれど、私には意地悪くにやにやと笑っているように写る。腹が立つが、 迷惑をかけている立場としては大きく出れない。

「で、どうしたの」
「え、別に何もないよ。」
「……」
「ちょっと情緒不安定だったのかも、今日は雨だったしね」
「…ふーん、俺には言えないんだ。」
「……」

ハァ、と小さくため息をついて悲しそうな顔をする。そんな顔をされたらなんだか私が悪い事をしているように感じる (迷惑はかけたけど、悪い事はしてない!)この顔をすれば、私が最後には折れる事を知っているんだろう。 (鋭い精市の事だ、他にも私が気づいてない癖だとかまで把握していそうだ。) だが、今日は口を割るつもりはない。泣いたら少し落ち着いたので、早く家に帰ってお風呂に入って眠りたい。 精市にはいきなり私が泣き出して意味が分からないと思う、悪いけどそのまま意味が分からないままで居ててもらおう。 立ち上がってゴミ箱にティッシュを捨てる。カンとかペットボトルだとか分別しないで何でもかんでも入れてある。 もう真っ暗なので遊んでいる子供もいない、薄暗くボウッと光る街灯がなんだか怖く感じる。昼間の雰囲気と全然違うので 余計に怖く感じるのだろうか。
「じゃ、帰ろうか」精市の前に立って見下ろす、と納得いかない。と眉間にしわを寄せながら、目で訴えてきたので こちらも負けじと、早く帰るぞ!と目で訴えてやる。

「……(ジー)」
「……(ジー)」
「…あれ、。唇切れてるよ」
「えっ」

ひやりとした。慌てて手で口を押さえて隠したが、もう見られているのだから意味がない。 少し過剰に反応しすぎたかもしれない。人差し指で唇をなぞる。他とは違うぺったりした感触を探り当てた、 指を見てみると赤く染まっている。

「ホントだ、切れてるね」
「……」

私の心の中を探るような目にぶつかり、慌てて目をそらす。実際にはそんなに時間はたってないと思うけれど、 私にはものすごく長く感じられた。

「手貸して」
「…え?」
「帰るんだろ。立たせて」

そういうと、精市は両手をこちらに向かって伸ばした。ホッとして張りつめていた息を吐き出す。 「もう、しょうがないなー」口では文句を言うけれど、何も見なかったように振舞ってくれる精市に感謝する。 こちらに伸ばされている手首をつかむ、精市も私の手首をつかむ。グッと力を入れて引っ張るが精市の体はびくともしない 、いつのまにこんなに成長したんだ。もう一度力を入れて引っ張る。が、やはりびくともしない。

「アハハ、早くしてよね」
「〜!!」
「それで力入れてるつもり?」
「っ精一杯いれてるっ!ハァハァ…疲れた」

いくらなんでもこんなに力入れてるのに、びくともしないっておかしいでしょ!精市のやつ踏ん張ってやがるな! 文句を言おうと口を開こうとした瞬間に、精市が立ち上がって繋いでいた手をいきなり引っ張られた。まさか 引っ張られるとは思わなかったので、構えていない体は精市の胸の中に飛び込んだ。 「いった〜、いきなり何すんの!」くっついた体を離そうとするが、精市に抱きしめられているのに気づいた。 いつもと違う雰囲気に、腕の中から逃れようとするがますますきつく腰と頭を押さえつけられて、動けない。

「つらい事があったなら隠さずに俺に言いなよ」
「……」
「今日だって本当は何かあったんだろ」
「……」
「……」
「い、言わない」
「…何で?俺には話せないの」
「……」
「……」
「…そうだよ」
「…けど俺は知りたい」

いつの間にか抱きしめられていた力が弱まっていたのか、頭を動かして精市を見上げる事が出来た。 いつもの演技がかった表情ではない、悲しそうに眉を寄せた顔に思わず胸が痛む。

「ねぇ、いつまでも俺は子供じゃないんだよ」








(20080611)