クラブ活動している生徒以外はとっくに下校した時間。補修で出されたプリントを提出しに職員室に行くと意外な事に跡部 がいた。この時間帯ならテニスコートにいるはずじゃないのか、と驚いて少し目を見開いたと同時に胸もどきりと高鳴った が、誰も私が入ってきた時に見もしなかったのでその姿は誰にも見られることは無かった。
さっさと自分の用事を済ませて帰ろうと思うのだが、用事のある先生はその跡部と話している所だった。
話しているところに割り込むのは少し気が引けるが、声を掛ける。


「先生」
「おっ!
「え、はい」
「お前暇だよな?」
「暇じゃないです、忙しいです」
「用事でもあるのか?」
「はい、一刻も早く帰ってテレビを見なくちゃいけないんです」
「そうかーそりゃ大変だな。で、ちょっと手伝ってくれ」
「忙しいんで無理です!」
「ちょっと明日使う資料にミスがあってな跡部と一緒にそれを直してくれ」
「いや、だから忙しいんで無理ですって!」
「はい、これな!詳しい事は跡部から聞いてくれ。じゃ、頼んだぞ〜」


人の話を聞け!
断ってるのに無理やり手にそのミスのあった資料とやらを載せられる。その時に持ってきていたプリントを先生は抜き取って から、廊下までぐいぐいと押されて出されてしまった。文句が言えないようにちゃんとドアまで閉めて!
しょうがないと思い職員室のドアに向いていた体を方向転換させた。


「うわ!」
「…お前、もっとかわいらしい声出せねえのかよ」
「…うるさい!跡部がそんなとこでボーっと突っ立てるからでしょ!」
「あーん?俺様がボーっと突っ立てる訳ねーだろ、お前がボーっとしてんのを見てたんだよ」
「……」
「……」
「ハー、そうそう、私がボーっとしてたのが悪かった。それより早く終わらせようよ、これ」
「…てめぇ」


跡部の眉間の皺がグッと深くなったが、無視して足を動かす。さっさと終わらせたいのにこんな所で言い争いなんてしてたら 余計な時間がかかってしまう。どこに運べばいいんだろうか。鞄だって教室に置いてきたし、取り合えず教室を目指すか、 と思い足をその方角に進める。
その時手の中にあった紙の束が跡部によって奪われた。途端に軽くなった手を見てから、いつの間にか隣に移動していた跡部 の顔を見上げる。

「あ、ありがと」
「テレビを見るのに忙しいのにわざわざ手伝ってもらうからな」

そういうと意地悪そうにニヤリとした笑みを浮かべた。いつもは偉そうなくせにこういうちょっとしたとこで優しかったりする んだよな。そう考えてさっきよりもさらに早く帰らなければと言う気持ちが沸いてきた。
どうやらこの資料とやらは生徒会で作成したものらしい、書記の人たちが作って提出して帰ったのだが、先生が後で見直し てみたら間違いを発見した、だが書記の人たちは帰っているしで、残っているのは跡部だけだったらしく、こんな雑用の ような作業を生徒会長直々にすることになったらしい。顔も曖昧で思い出せない書記の人たちに内心悪態をつく、 おかげで私が手伝う事になってしまった。
なので、作業はもちろん跡部と二人でである。放課後の教室に二人っきり……!
早く終わらせよう!


「ぐえっ!」
「おい、どこに走ってくんだ。」
「…くび、くび!」
「あぁ、わりぃ」
「…殺す気か!」
「ハッ、そんなぐらいで死ぬかよ」
「死にます!こんなにか弱いのに!」
「ハッ!」
「(こいつ…鼻で笑いやがった!)」
「それより、さっさと片付けるんだろ?」
「だから急いで走ってこうとしてるんじゃんか!」
「そっちには生徒会室はねぇだろ」


生徒会?!なんでわざわざそんなとこで?ボールペンやらサシやらがあるからに決まってんだろうが。
お前はアホか。とでも言いたげな目線に腹が立つがその目線には気づかないふりをする。 いちいち言い合いをしていたら一生帰れないと思ったので。 だけど、どっちみち教室に鞄を取りに行かなくちゃいけないので取りに行くことにした。その時、先に行っといてと言ったのに 私の後ろを跡部が付いてきた。
で、結局生徒会室に付いて作業を始めるころには結構な時間が経過していた。



***



早く早く!と急ごうとするのだけれど焦れば焦るほどにうまく手が動かない。 目の前に跡部が居て時々視線を感じるという事も拍車を掛けていると思う。


「…お前さっきから変だな、なんだ?緊張してんのか?」
「えっ!別にそんなこと無いけど」


否定しているけれど、目は明らかに泳ぎまくっているのが自分でも分かっているのだけど、目をあわすなんて出来そうにない。 さっきまで普通に会話してたのに意識しだした途端にこれだ。ふーん。と納得してなさそうな跡部の返事が聞こえた。
いくら私が意識したって跡部は全然私のことなんて意識していないのに、無駄に疲れるだけだ…けど、頭で分かってたって バカな私の心臓はドキドキするのをやめないのだ。


「終わったー…!」


結局終わったのは時計の小さい方の針が二週もしてからだった。 作業の間話などせずにもくもくと無言でしていたので、妙に疲れた。まぁ理由はそれだけではなく、跡部と二人という状況 のせいもあるのだけれど…


「んじゃ、提出して帰ろ。」
「いや、提出しなくていい。ここに置いとけってよ。」
「…そうかー。じゃ、帰るわ!バイバイ!」
「おい!」


勢い良く走ろうとしたのに、左手を後ろに引っ張られた。いきなりの事に体が反応せず、そのまま後ろに倒れる。と思ったが 何かに当たって倒れる事にはならなかった。咄嗟に瞑った目を恐る恐る開くと、きれいな顔が目の前にあった。


「……?」
「大丈夫か」
「…!どわぁ!」


近い近い!!
急いで、飛びずさって跡部から距離をとる。
跡部に支えられたから倒れずにすんだらしい。おかげで跡部の顔をドアップで見てしまった。心臓に悪い! バクバク心臓がこれ以上ないというほどに脈打っている。これだと顔も赤いかもしれない…。 私の心臓が大変な事になっているにも係わらず、目の前の男は何事も無かったかのように話し始めた。


「もう外も暗いからな、送ってく」
「いいよ!一人で帰るから」
「か弱いんだろ?」
「さっきのは冗談だって!大丈夫だから!」


一緒になんて帰ったら心臓が持たない!!それどころかこの早く脈打つ心臓の意味まで悟られそうだ。


「大丈夫じゃねぇだろ、さっきもちょっと引っ張ったくらいで倒れただろが」
「あれはいきなりだったから!」
「うるせぇ、お前は自分で思ってるより弱いんだよ。だから送る」


そう言うと私の手を掴んで歩き始めた。なんだこれ、なんだこの状況?頭が混乱して付いていかない。 けど、後ろから見た跡部の耳が真っ赤になっているのは分かった。



「はぁ…はぁ…跡部、歩くの、はやい…!」
「あぁ、わりぃ」
「(いつもだったらテメェの足が短いんだろ?とか言うくせに)」
「……」
「跡部いつまで手繋いどくの、」
「あぁ?別にいいだろ」
「…今日は車じゃないの?」
「(こいつ…!わざと言ってんじゃねぇだろうな?)」





放課後を駆け抜ける




(20080723)