俯く花 




寝る準備も万端でベットの上に寝転んで一日の最後の楽しみである、マンガを読んでいたら携帯が鳴り出した。 メールなら後ででもいいのにこの音楽は電話だ。 楽しみを邪魔されたので自然と眉間に皺がよったが、携帯に手を伸ばす。楽しみな時間を邪魔してくれた上に、 こんな夜遅くに電話してくるなんて、どこのどいつだ!携帯にあたってもしょうがないなのは分かっているがつい荒々しく 掴んでしまう。そして小さなディスプレイに映った名前に少し心臓がはねた。


「はい」
「あ、もしもし?」
「…なに」
「こんばんは」
「…こんばんは、で?なに」
「今なにしてた?」
「…寝てた」
「うそ!電気ついてる」
「やかましぃ!…って、え?なんで知ってんの」
「さて、なぜでしょう」
「えっ!もしかして!…ちょっとちょっと怖!」
「はは、なに想像してんの」
「このストーカーめっ!」
「そんな暇じゃないよ」
「(こいつ…!)」


…ちょっと今いい?今までのふざけた感じの声からいきなり沈んだ声になったので胸がざわついた。で、まんまと 外に飛び出してしまった…
外に出るとサエは片手を挙げて「やぁ」と挨拶した。何がやぁだよ!と思ったが口に出さない、ちかちかと切れかけた街灯 の電気に照らされたサエの顔はいつものように無駄にさわやかに笑っているように見えるけれど、どこか頼りない雰囲気だった。


「ごめん。こんな遅くに」
「いいよ」
「……ピンクのパジャマなんだ」
「別にいいでしょ!ピンクでも!」
「うん。似合ってる」


なーにが似合ってるだ!こんなときでもお世辞を言うサエに少し怒りを感じたので、鼻で笑ってやった「ハッ」「え、嘘じゃ ないから」こんなお世辞もさらりと言えるからもてるんだろうな、褒められて嫌な気がする子なんていてないだろうし。 下手したらそれがきっかけで好きになってしまうかもしれない。それにこいつは顔がいい…
ピンクのパジャマが似合ってるとか言われたら次会うときも着ていこう!とか思っちゃう子だっているかもしれない。
…いやそれは流石にないかもしれないけど。
つまり、そういう事は好きでもない子に言っちゃダメって事を私は言いたいのだ。

結構な時間サエも私も喋らなかったので静かだった、ただなんの虫かも分からない虫の鳴き声が響いていた。 そして、私はその音を聞きながら半袖で出てきてしまった事に後悔していた。蚊に咬まれたようで先ほどから左腕が痒くてたまらない。 サエも半袖なのに咬まれた様子は無くただジッと下を見ている。咬むのならこいつを咬め!姿は見えないが私の血を狙ってい るであろう蚊に念じる


「今日ふられた」
「…ふーん」
「…それだけ?」
「まぁ、かわいそうに!」
「何か腹立つなー」


腹が立つとか言ってる割には、あまり怒ってる様子ではない。声にハキがなくただただ悲しみみたいなものしかサエからは 伝わってこない。
サエと付き合っていた女の子を思い出してみる、私はそこまで親しい子じゃなかったけれどサエと二人で並んで帰っていたの を何度か見たことがある。かわいらしい女の子って感じの子だった。きっとさっき似合っているとサエに言われたこのピンク のパジャマは私より彼女の方が似合うだろう。そういう子なのだ。
そしてサエはそういう子が好きだった、
二人は周りから見て上手く言っているように見えたのだが、違ったのだろうか。
まぁ周りから見たのと当人達とではズレがあるだろうが。少なくとも周りからはお互いに好いている様に見えた。
上手くいっているように見えた二人はいったいどんな理由で別れたのだろう。(あの女の子はどういう理由でサエを ふったのだろうか?)


「ほんとに好きだったんだけどな」
「……」
「いや、好きだったじゃなくて今も好きだけど」
「うん」
「……」
「……」
「…好きな人が出来たんだって」
「……」


そう言うとやっと上げていた顔をまた俯かせた。ここまで落ち込んだサエなんて見た事が無かったので、どうすればいいの か分からない。そしてサエが私になにを望んでいるのかも、分からない。
悪口を言う?本当に酷い!とか?(サエが喜ぶ訳が無い)
励ます?あの子よりも良い子が絶対に居るよ。とか?(あの子より良い子が居たとしてもサエはあの子がいいんだ)
弱っているサエに付け込む……とか?私前からサエの事好きだったんだ!って?
そこまで考えて隣のサエが靴で道路を擦った音で思考が中断された。 弱っているサエに付け込むなんて最低だ!こんなに落ち込んでいるのに、そこに友達だと思っている私から告白なんてされ たら困らせる事になるのは目に見えて分かっている。これがチャンスかもしれないなどと考えた自分に嫌悪感を感じる
結局私はさっきの考えの中で一番無難な案をとることにした。


「あの子よりサエにピッタリな子が居るよ」
「そうかなー」


こんな事しか言えない自分に呆れる。そしてそのピッタリな子が自分だったらいいのにと思ってしまう私にもっと呆れる。
こんなにもあの子はサエに好かれてるのに、私はこんなにもサエを好きなのに、
さっきサエを咬めと蚊に念じたけど、それを取り消してあの子を咬め!と念じる事にした。




俯く




(20080808)