まさかこんな物に引っかかるだなんて!!







落ちる





結構実習には自信がある、なんて思っていたがその考えは取り消そう、だってこんな忍者を引っ掛けるために作った ものじゃなくて動物を捕まえるために仕掛けられた罠に嵌るなんて!
今度からは、結構自信がある。じゃなくて、ちょびっとだけ自信があるにしよう。そうしようもっと謙虚に生きる事にします。 なので、なのでお願いします外れて!
手を伸ばし歯のような形をした罠を力いっぱい左右から引っ張ってみる。


「……っ!だめだ」


外れない…。さーっと血の気が引いていった。こんな場所誰も通らないのに、おとなしく学園の中をうろついて居れば よかったのに変に散歩に行こうなどと考えて山などに来なければ良かった。 それもこんな日に限ってここに来る事を誰にも告げてこなかったし。
どうしよう。と言う言葉だけが頭の中をぐるぐると回る。
…取り合えずこんなとこで死ぬわけにはいかない!もう一度罠を外そうと手に力を入れる。


どれくらいだか分からないけれど長い時間は経っていると思う、少し空が暗くなってきている、 頑張ってみたが頑丈な罠は絶対に獲物を離さないとでも言うようにがっちり足首に 食い込んだままである。額の汗を装束の袖で拭う。ため息が出た。
傷になっているであろう場所に触れてみると湿った感触がした、そのまま手を見てみると赤い血が付いていた。黒い布なの で目で見るだけでは分からなかった。 こんな山の中で血を流して身動きが出来ないなんて、動物においしいエサがあると知らせてるようなもんじゃないか。 本当に打つ手が無い、懐に入っていたのは手裏剣だけだったしこれ一つでこの罠から抜け出せる方法なんて…ない。

じわりと景色が滲んだ

5年間忍術学園で色々と学んできたのに、泣く事しか出来ないだなんて…情けない。そう考えてますます涙があふれ出てき た。
何も打つ手が無いからと泣いているだなんて意味の無いことだと頭では理解しているのだが涙は止まりそうにない。 手の甲で目を擦った時だった。

私が座っている正面の方から草を踏む音が聞こえたのだ。がさり。先ほどの考えが頭をよぎる、(血の匂いにおびき出され た動物かもしれない)ごくりと喉が鳴る。
懐に入っていた手裏剣へと手を伸ばす。前方を見据えいつでも投げれるように構える、この手の中にある一枚しか武器は無い のだ、確実に急所を狙わなければいけない。
息を殺し草陰から出てくるのをじっと待つ。


「あれ?… ?」
「た、竹谷?!」


草陰から現れたのは同じ五年生の竹谷だった。驚いた、けどそれよりも安心の方が勝った、安堵のため息が口からこぼれる。 知らずと力が入っていた体もくにゃりと力が抜けた。

「こんなとこで何してんだ?……って!!」

こちらにゆっくりと歩いてきていたのに私の足の方を見るといきなり大きな声を上げて走ってきた。 その必死の形相に驚いて固まっていると、

「これ大丈夫かよ!」

しゃがみ込んで私の足を指差す。そこで固まっていた思考が再び動き出す、竹谷が現れて心から良かったと思ったくせに、 こんな罠にひっかかって恥ずかしいという気持ちがじわじわと沸いてきて、どうせなら友達に見つけて欲しかったなどと 思ってしまう。
こちらを見つめてくる視線には応えず、相変わらず食い付かれたままの足を見る。


「あーうん。ちょっと痛い」
「ちょっとって…まぁいいや外すぞ?」
「え、」


外れないよ。という前にいとも簡単に足は開放された、驚いてさっきは合わせなかった視線を竹谷へと合わせる。 それに気づいたのか俯かせていた顔をこちらに向ける、そしてにっこりと笑った。


「コツがあるんだよ」
「何でそのコツを竹谷が知ってるの」
「んー誰にも言うなよ?」


さっきの笑いとは違う悪巧みしてそうな笑顔だ。こくりと頷く。内緒話をするように手で口を隠すようにして喋る 様子になんだか笑いそうになってしまう。耳を竹谷の方へと移動させる

「時々罠にかかった動物を保護してるんだよ」

いつのまにか真近くにきていた顔は、「怒られるから言うなよ」もう一度念を押しながら笑った。それに応えるように私も 笑う。と、急に竹谷が真剣な表情になった。
そして、何気なく、本当に何気なく、手を伸ばして私の肩を掴んだ。徐々に竹谷の顔が近づいてきて、竹谷だけになった。 次の瞬間、頬をぬるりとした感触が走っていった。

「…やっぱりしょっぱいなー」

そう言いながら今度は右の頬をゆっくりと竹谷の指が滑っていった。
急な事に反応できずバカみたいに口を開けて、先ほどのぬるりとした場所を触ってみる、
……舐められた?
竹谷を凝視する。その視線に気づいているのか、いないのか私の足首の様子を見ている。俯いていて顔は見えないのだが 耳が赤く染まっていた。…それを見て感染したように顔が熱くなった。

「蝶は花の蜜に吸い寄せられるだろ?それと同じだ!」

これは言い訳なのだろうか?言い訳になっていないと思うのだが。言い訳どころかただ恥ずかしい事を言ってるだけだと思 うのだが、
急に立ち上がった竹谷はこちらを見ようとはせず、赤い顔のままどこか上の方を見ている。 今度は私が俯く番だった、赤い顔を隠すために。さっきの私と同じように竹谷も私の耳の赤さに気づくのだろうか。
手早く応急処置をしてくれたようで足には白い布が巻かれてあった。

「…ありがとう」

手当てをしてくれた御礼はもちろんだけれど、他のことに対しての御礼も入っている事に気づいてくれただろうか。 反応を伺うために顔を上げると、照れたように笑う竹谷が言った。

「どういたしまして」

こうやって動物たちの心をも攫って行ってるのかもしれない。そう考えると罪深い笑顔だ。
すっかり攫われてしまった心に気づかないふりをして、どこかこそばゆく感じながら私も笑った。





(20080908)