ダンッと思い切り背中を地面へと打ち付けられ一瞬呼吸ができなくなる。それと同時に私の敗北が決まった。 地面へと倒れているのに空など見えず、ただ田村三木ヱ門の顔しか見えない。
そう、私はこの男に負けたのだ。
負けたと言う事実に痛さなど気にならない程の悔しさが湧く。
私のこの日に掛けた時間は何だったの?







四年の最初のころに男女二人で一つのペアを組む実践の授業があった。その内容は山のふもとから協力し合って頂上まで上るというも のだった。これだけなら簡単そうだが、もちろんこれだけではない。他のペアに遭遇した場合戦わなければならないのだ。 勝ったほうが頂上への道を行く事が許される。
出来れば戦いを避けたいと思った私達は、他のペアに見つからないようにひっそりと頂上を 目指したが、そううまくいくわけもなく。なんたって普通の人を相手にしているのではなく、自分たちと同じく忍びを目指 す子たちが相手なのだから。



走っていた足元に飛んできた手裏剣に飛びずさり足を止める、前を見れば田村三木ヱ門の姿があった。
急いで後ろを振り返ればそこには桃色の装束が、いつの間にか挟まれていたらしい。すばやく背中合わせになり、隙を作ら ないようにする。何故気づかなかったのか、と自分に腹が立つ。
睨み付ける様に田村を見れば、片方の眉をくいっと上げて口角を上げた。その憎たらしい表情にまた腹が立つ。 そこでふと違和感に気づく、今日の田村はとても身軽だ。いつも一緒の石火矢がない。 瞬間、私はそれを好機だと思った。田村は日頃から火気の腕が学年一と豪語していて、悔しいが確かに腕がいい。 その火気を持っていないのだ。正直火気の腕は認めるが、他のものについては負けないと思う。 ひゅっっと息を吸い込む音がしたと同時に駆け出す。田村は私のほうが向かってくるとは思ってなかったのか、驚いた顔を したが、すぐに構えた。飛び上がり右手を突き出し田村の顔面を狙う、耳のすぐ傍で風を切る音をさせながら。
だが、それは田村の手によって阻まれた今度は左手を突き出す。が、パシッと乾いた音と共にまた阻まれた。
両手を塞がれたが、それは相手も同じである。
両足で田村の胸を蹴る。今度は手応えのある感触、反射的に手は離され、田村は後ろに少し飛んだ。が、くるりと身軽に 空中で一回転してから静かに一つ咳を溢しただけだった。
思い通りに行かなかった事に内心ムッとするが、気づかれないように表情には出さない。

「…今度は私からだ」

そう呟く声が聞こえたと思うと、目の前に田村の顔があった。驚き後ろに体を引こうとしたが、いつの間にか掴まれた腕に よって動けない。振り払おうと力を込めるが、がっちりと掴まれていて離れない。肘鉄を食らわせてやろうとするが、あっ さりとかわされた。内心舌打ちをしながら空いている方の拳を顔面狙い突き出す。それをひょいっと首を動かしかわす田村。 そして、まだまだ余裕だとでも言いたげににやりと笑った。
それを見てカッと頭に血が上った。地面を蹴り掴まれたままである腕を軸にするように田村の上を飛ぶ、逆さまに見えた光景 は桃色の装束と紫の装束の残像だった。地面へと着地した時には腕は開放されていた。 それにさっきのお返しと、見せ付けるように唇を吊り上げてやる。田村は少し驚いたように目を見開いたが、すぐににやり と笑った。
その時、突如大きな音が鳴った。
反射的に注意を田村から外し、辺りを伺う。

「よそ見をするな」

耳の真横で聞こえた声に驚く、気が付くと私は地面に倒れていた。
視界には田村の顔しかない。森の中なので少し薄暗いが、それがもっと暗くなった。この男の所為で光が届かない。

「私を見ろ」







それからの私は田村三木ヱ門に勝てるようにと、毎日鍛錬を積み重ねた。思い出すのはあの時の一瞬の隙を突かれた攻撃、 そして戦っている間の田村のどこか余裕そうな表情。
瞼に焼きついたように離れない。
火気は負けるが体術では勝てると思っていたのに悔しくて悔しくて仕方がなかった。 ただ、田村に勝利する時の事だけを考え毎日自主練をかかさなかった。

なのに、

あの時とまったく同じ光景に目の奥が熱くなる。



「唇を噛むな、血が出る」

上から声が降ってきた。それは私を気遣っての言葉だったが今の私にはそれを嬉しいと思う事なんて出来ない、むしろ惨め な気分だ。

「…絶対今度は勝つ。」

自分で思っていたよりも低い声が出た。少し震えていた事にこの目の前の男は気づいただろうか。

「もうとはやらない」
「何で?!私が弱いから?」
「違う」
「じゃあ、」




「…もう、が泣いてるとこ見たくないから」



そう言うと苦しそうに顔を歪め、まるで壊れ物を扱うように優しい手つきで私の頬の涙を拭った。
なんでそんなにくるしそうなの



離れやしない





(20080928)