今、俺はとても悩んでいる事がある。


「お前いつのまに教祖様になったんだ?」

そう、これだ。
楽しそうに声を弾ませながら言う三郎にわざとため息が聞こえるように吐き出す。

「なんだよ、嬉しくないの?」
嬉しくないのを分かっていながらわざとこいつはこんな事言うんだよな。にやにやと三郎はお得意の表情を顔に浮かべている。

「…教祖になんかなったつもりはない。」
「けど、あれは熱心な信者だったぞ」



「竹谷八左ヱ門せんぱい!」

一際大きな声が耳に飛び込んできた、反射的に声の聞こえた方へと顔を動かす。そこにはやはりというか、が居た。

「こんにちは!!」

そこまで力を入れなくてもいいだろうと言いたくなるほどに声を張り上げ満面の笑みでこちらを見つめてくる。

「こんにちは」

挨拶をされたからそれを返しただけだ、それだけなのには満面の笑みだったそれをもっと深くし、頬を紅潮させ 心底嬉しそうにするのだ。それを見るたびに俺の心の中に苦い物が広がっていく。
勢い良く会釈をするとはぱたぱたと音をならせながらもと来た道を走っていった。その足取りは見ているだけでも分かる程に 軽い。多分もと来た道を戻っていった所を見ると俺の姿を見てわざわざ走ってきてくれたのだろう。 そう予想して複雑なものが胸に渦巻いた。

「思っていた以上だな」

意味ありげな目だな、もしかすると三郎は今のやり取りだけで分かったのだろうか?鋭いこいつの事だありえる。
何も応えずにそのまま歩き出す。すると三郎は元から俺の返事など期待していなかったのか、何も言うつもりがないことを 悟ったのか。それにしてもこの鉢屋三郎の事が見えてなかったぞ!少し怒り気味の口調で喋った。それを聞いて俺は少し 口がつり上がるのを隠せなかった。




は生物委員の後輩のくノたまだ。
そして俺の事をとても慕ってくれている。だが、その慕い方と言うのが普通じゃない。先輩と後輩と言うのでなくて三郎が 言っていた通り「教祖」と「信者」これの方がしっくりくる。
にとって俺の言葉は絶対であり、正しい。
別に俺はすごい人でも偉い人でもない、それなのには俺の事をまるでそういう人のように扱う。 その想いはとても盲目的で純粋だ、それを考えるだけで俺の胸にはいつも、もやもやとした何かが渦巻く。




予定している時間よりも早く飼育小屋への道を歩く、多分まだ誰も着ていないだろうなと思いながらも確認するように視線 を飼育小屋への方へと向ける。
すると、予想外に桃色の装束が目に映った、それに僅かにどきりと胸がはねる。

「こんにちは!!」

落ち葉を踏んだ、かさりと言う音をは敏感に聞き取り小屋へと向けていた顔を慌てて俺へと向ける。その顔にはやはり満 面の笑みが浮かんでいる。

「早いなー」
「はい!授業が自習になったんで別に何もする事もなかったんで」

そう言ったの手には箒が握られている。その周りには木屑やら何やらが集められていて、どうやら掃除は終わったようだ。

「竹谷八左ヱ門せんぱいも早いですね」
「なぁ…前から思ってたけど普通に呼んでくれればいいから」

これは前から言おうと思っていたことなのだ。は何故か苗字と名前もどちらも呼ぶ。それが何だかと俺の間に遠い 距離があるように感じて嫌でしょうがなかった。

「長いし、言いにくいだろ?」

なんて滑稽なことを俺はに求めているのだろうか、だって呼び方を変えたからと言って俺との距離が変わるなんて事は ない。「え、でも…」などと戸惑っている様子のに「なっ!」と、強く一押しすれば首を縦に振った。
それに満足して俺も頷く。

「掃除、やってくれたのか?」
「あっ!はい!」
「わるいな」
「いえ!後はご飯と水をあげればいいだけです。」
「一人で大変だったろ?」

いつもならば委員の仕事なのだから数人でやるものなのだ。それを一人で終わらせたと言う事は、結構前からここにいたと 言う事だろう。ありがとう。と礼を言えばは照れたように頬を赤く染めた、途端に一つの感情が湧きあがる。
触れたい。
無意識のうちにへと手を伸ばしていて、はっと我に返り慌てて手を握り引っ込める。不思議そうに見ているに言い訳をす る事よりも自分の行動に驚き、それどころじゃない。
今、俺何しようとした?
激しく脈打つ心臓を右手で抑える。

「竹谷せんぱい?」

心配そうに屈んで俺の顔を覗き込んできたに大きく心臓が脈打った。
何でもない。と笑って誤魔化す俺には調子が悪いのなら保健室に言った方がいい。と言って聞かなかったが、強く大丈夫 だと主張すれば、しぶしぶと言った感じで納得した。 だが、先ほどから俺の様子をちらちらと盗み見している所を見ると、俺が今にも倒れるんじゃないかと、思っていそうだ。 言っておくが俺は至って健康だ、いやだからこそ悩んでいるのかもしれないな。笑える。



頬を紅く染めるのは俺の期待した意味ではない。
そのきらきらと光る瞳にあるのは尊敬や憧れ。




けど俺が求めているのは…





そういう風じゃない





(20081103)