「まったく...けしからんっ!」

握りこぶしを作って叫んだと言うのに机を挟んで座っていた、小平太のリアクションは薄いものだった。

「なにが?」

どーでもいい。と言うのを隠そうともしない生返事だ。けれど、私は気にしなかった。握りこぶしを天高く頭上に上げ、力 を込めて言った。

「どいつもこいつも浮かれやがって! バレンタインってやつはお菓子業者の陰謀だぞっ!」

ダンッ! と力強く足をリノリウムの床に叩きつけて力説するも相変わらず小平太の反応は薄い。もし、ここに小平太以外 の人物が居たなら迷わずそちらに私も話しかけるのだが、生憎と教室の中には小平太と私以外の人影は無い。 よって、しょうがなく私は反応の薄い小平太に話しかけている。

「そうだなー」

私の言葉に同意する適当な言葉を吐いた小平太をキッと睨みつけ、頭上に上げた拳で小平太の前の物を指差す。

「そう思うなら、なんでそんなにチョコ貰ってきてるんだよっ!」

指さした先にあるのは机の上にこんもりと山になったピンクのリボンや青地の包装紙にくるまれた物たちだ。中身は見え ないが中身が何かなんて今日と言う日の事を考えれば分かりきっている。

「くれるって言ってんだから貰うに決まってるだろ」

小平太は山の一番上に乗っていたピンクの包装紙に包まれた可愛らしい箱に手を伸ばし、豪快にびりびりと破いた。 可愛らしい包装紙は哀れ、小平太の手によって無残にも破かれた。その上に小平太は中身以外に興味が無いという風に その包装紙を手でぐしゃぐしゃに丸めた。せっかくの可愛らしいラッピングも小平太の前ではただの紙のようだ。
箱の中身はやはり予想通りチョコだった。石畳チョコというやつだろう、見かけがきれいな四角形ではないので手作りだと 考えられる。こんな味も分からなさそうな奴、五円チョコで十分だろ。と私は思うのだけれど、小平太に恋する乙女達は そうは思わなかったらしい。

「...くれたら誰でもいいんかい」

チョコを一つ摘んで、手の先についたココアを舐め取っていた小平太が視線を私に向けた。その目は少し驚いたように見開 かれている。

「なんだ、妬いているのか?」

口の端を吊り上げ、にやりと小平太は笑った。無邪気な感じがいいよねー。などと小平太のことを言っていたやつらに見せて やりたい顔だ。私は半目で馬鹿か、という態度を精一杯だした顔で
「はぁ?」
と言ってやった。小平太がやりかえしなのか「ぶっさいく」だのなんだのとケチを付けてくるので私は何事も無かったように 椅子から立ち上がって窓の外を覗いた。この窓からはちょうど中庭が見える。中庭の通り道からは見えないベンチで一組の カップルがいちゃいちゃとしているのが見え、私は目を細めた。
まったく、どいつもこいつも浮かれやがって。別にバレンタインというイベントが嫌いなわけではない。ただ、どこ浮き足立つ ようなふわふわと甘い空気が気に入らないだけだ。バレンタインなんだし、告白しちゃおっかなーみたいな軽いノリが嫌いだ。 誰も彼もがそんな考えでない事は知っている。けれど、一部にはそんな人も居るのは事実だ。なんせこの耳で聞いたのだから。
ぼーっと中庭を眺めていると、一人の男子が現れた。なんだか見覚えがあると思い、じっと見るとそれが伊作であることが分かった。 多分、放課後中庭に来て欲しい。と言われたのだろう、そこから一歩も動かず学ランの裾を弄ってそわそわしている。 深呼吸をしているのを見て、噴出してしまった。

「小平太! 伊作が中庭に呼び出されたみたい!」
「ふーん」

またしても気のない返事。がさがさと音が鳴っているのから想像するにチョコの山からまた一つ選びラッピングをごみにしている のだろう。
私は小平太を振り返りもせず、じっと息を潜め伊作の様子を眺めた。からかった時の伊作の反応を想像すると、にんまりと口角が つり上がる。やがて女の子が小さな箱を持って現れた。頭を下げる女の子に、伊作は頭を掻いて何事か言っている。
『すみません! 遅くなってしまって...』
『全然! 僕も今来たとこだから!』
見たいな感じだろうか。

「小平太、伊作今から告白されるって!」
「今、忙しいんだ」

どう考えても忙しくないくせに、チョコを食べるのに忙しいっていうのかよっ! せっかく人が一緒に覗き見しませんか?  と誘っているというのに! 悪態が口をついて出てきそうなのを飲み込み後ろを振り返ると、小平太はチョコを食べていな かった。
小平太の言葉の通り、忙しそうに私のカバンの中を漁っていた。

「...ちょっ! なにしてんだ!」
「んー」

悪びれする様子もなく、小平太は私のカバンの中を引っ掻き回す。
おいおい、お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの。ってやつか? ふざけるなっ!
小平太の物などでは決して無いカバンを奪還すべく、伊作の告白されている現場から離れ小平太の元に走った。

「バカもん、お前! 乙女のカバンの中身を勝手に漁んな!」
「ははっ、乙女」
「なんだぁ? 何がおかしいんだよっ!!」

小平太はあろうことか謝ることなく私の乙女発言をバカにするように鼻で笑い飛ばした。誰か教えてくれ。こいつは何故こ んなにも人のカバンを漁っておいて態度がでかいのですか?
椅子に座り、ぐちゃぐちゃにかき回されたカバンの中身を元に戻していると小平太がチョコの山を隔てた机の向こうから 私の手元をジッと見ているのに気づいた。謝る気になったのかと思い、「なに?」と問いかける。

「本当にチョコ、持ってきてないんだな」
「...お前、そんなことより言う事ないの?!」

ぎろりと睨みつけてやると、小平太はぱちぱちと二度瞬きしてからきっぱり「ない」と断言した。

「それよりホントにチョコ持ってきてないのか?」

それよりで済ませられるほどに私のカバンの中を漁る事は小平太にとってはどうでもいいことらしい。あぁ、なんてかわいそう な私。悲観にくれる私なんて気にもとめない様子の小平太は突然、私の前に右手をパーにして差し出してきた。
意味が分からずチョキを出すと、手をはたかれた。
はバカだな」
その上暴言付きだ。

「これは何かくれって意味だ!」
「だからチョコは持ってないって」
「チョコじゃなくてもいいから! 何か食べ物!」

そういってパーにした右手をずずずっと私の前に出してくる。

「おぉ、なんておそろしい奴だ...! バレンタインというイベントを盾に、か弱い乙女である私から食べ物を奪おうと するとは...!」

まさか、かつあげ(食べ物の)されるとは思わなかったので衝撃を受けた私に小平太はめんどくさそうな顔をした。 それが、人に物を貰う態度か?

「いいから、ジャンプしてみ?」
「お前、ホントにかつあげするつもりだな?!」

本当にあり金全て持っていかれてはたまらないので私は大人しくポケットの中を探る事にした。スカートのポケットに 手を突っ込むと何かが当たったが、形状からしてこれは自転車の鍵だ。
次にブレザーのポケットに手を突っ込むと、 紙のようなものに触れた。なんだこれ、と思いポケットから出してみるとぐちゃぐちゃのレシートだった。小平太はあからさま にがっかりした様子で、私の手の中のレシートを見た。

「肉まんとピザまんと豚まん...って三個も食べたのか?」
「...」

聞こえないふりをして、今度は左のポケットに手を突っ込む。がさり、とした感触はまさしく、白地の包装紙にかわいら しい苺が描かれてある。いちご飴だった。
小平太の顔はみるみるうちに輝いて、嬉しそうなものへと変わった。差し出された手の上に、はい。と渡すと小平太は大事 そうにそれをぎゅっと手の中に包んだ。

! ありがとう!」

そこまで喜んでもらえると私も嬉しいと言うか...さっきまでの不条理な小平太の態度も水に流してあげて、私は照れくさくて 鼻を掻いた。
そして、その飴は当然小平太の口の中に入るのだろうと思ったのだが、小平太はそれをそのまま学ランのポケットに入れた。

「食べないの?」

不思議に思い、そう尋ねれば小平太は当然だとでも言うように胸を張った。

「これは後で大事に食べる」

それから帰る支度を始めた。広げた紙袋の中にぽいぽい無造作に机の上のチョコの山を入れていくのを眺めながら私も自分 のカバンを手にとった。そういえば伊作の告白現場を覗き見る事が出来なかった、と思い窓に駆け寄るとすでにそこには人影 がなく、相変わらずベンチの上でいちゃつくカップルが居ただけだった。

「ただの飴なのに大事に食べるの?」

窓の外にはもう、私の興味をそそるものは何一つなかったので窓を背もたれにして小平太を振り返る。すると、 小平太はちょうど教室に差し込んできた夕日によってオレンジ色に染められていた。 チョコの山は入れ終わったのか、膨れた紙袋が手に提げられている。その紙袋に入っている物よりも私があげた飴玉の方が ありふれているのは当然だ。それなのに小平太が大事といった意味が分からなかった。
小平太は私の問いに虚をつかれたような顔をした。まるで、私が何故分からないのかが分からないという風だ。

はバカだな」

さっきと同じ言葉だと言うのに、小平太が目を細めて優しげな表情で言うものだから私は怒るに怒れなかった。








君のじゃないと意味が無い









(20100214)どうしても好きな子から欲しかった小平太。