「あれ?」

日は沈みかけ、夜を迎えようとしている刻限だった。
食堂からの帰り道、この後の予定を立てながらいつもとは違う道を行こうと、少しの気まぐれを起こし私はいつもなら右に曲がる所を 左へと曲がる事にした。お風呂に入って、少し勉強をしてから読みかけの本を読んで眠る事にしようか。つらつらと そんなことを考えていた時だった。
ざっざっ...と穴を掘っているような音がすることに気付き、私は歩みを止めた。耳を済ませると確かにその音は聞こえてくる。 穴を掘ると聞いて浮かぶのは、やはり四年の忍たまである綾部喜八郎だ。ぼんやりとしたあの綾部くん特有の雰囲気が苦手な私は 回れ右をしようかと左足を軸にして、くるりと回った。だが、せっかくいつもとは違う経路を歩いてきたのにここでまたいつも の経路を辿るのはひどく悔しい気がする。そう考え直した私は、もう一度左足を軸にしてくるりと回り、音の聞こえる方向 に向き直った。
一歩、足を踏み出せば踏み出すほどに音は近くなってくる。ご飯も食べずに穴を掘り続けているのなら、早く行かないとご飯を 食べそびれてしまう、と教えてあげたほうがいいだろうか。さっきまでは綾部くんのことを避ける事ばかり考えていたという のに一度腹を括ってみると綾部くんの心配をしてあげることが出来た。おかしなことに。
目の前に人影が見え、私はもちろん綾部くんだろうと思っていたのだが綾部くんにしては大きすぎる影とあの特徴的なうねった 長い髪が見えなかった。その上にその人影が穴を掘るのではなく、穴を埋めているのが見えたので綾部くんでないことが分かった。 誰だろう? と目を凝らしながら一歩踏み出すと、人影が私に気づいたようで振り返った。そこでその人影の正体がパッと 頭に浮かんだ私は思わずそれを口に出した。

「食満?」
?」

同時に向こうからも私の名が呟かれた。その声は紛れもなく食満のものだった。

「なんだ食満だったのかー」
「なんだって何だよ」

不機嫌な声が滲んだ返答に食満が気を悪くしたのが分かった。それがおかしくて小さく笑うと不機嫌そうに食満は傍らにある 土の山に、ざくっと円匙を刺したのが見えた。気を悪くした食満なんて放って所々にある穴を避けながら歩き、食満の隣に 立つ。見上げると夜の所為で見えなかった食満の顔が土で汚れている事に気付いた。

「ほっぺたに土ついてるよ」

自分の右頬を指でさして食満に教えてあげると、食満は仏頂面で私から逃げるようにあらぬ方を見ながら、それを装束の袖 でぐいっと拭った。土はしつこく食満の頬にこびり付いていたけれど、どうせ全身土を被っているのだから風呂に入った方 が早いだろうと思った私はそれ以上言わなかった。

「用具委員の仕事?」
「あぁ」

穴の中を覗いてみると結構な深さがあることに気付いた。果たしてこの土の山で足りるのだろうか。

「食満一人?」
「富松は実習で、後は一年だから先に帰した」
「ふーん」

あいかわず優しいやつだなぁ。と感心して相槌をうったというのにそれは食満には届かなかったらしい。「聞いといて興味 無さそうだな」と呆れたように返答された。
辺りを見回してみると結構な数の穴が開いている。これを一人で埋めるつもり、と問いかけるつもりで食満を見てみるも、 食満は私の問いかけに気づかなかった。それどころか私からぷいっと顔を逸らした。どうやら私と食満は以心伝心出来ていないらしい。 気を取り直して問いかけを口に出してみる。

「一人で埋めるつもり?」
「あぁ」
「そうか」
「そうだ」
「大変だなぁ」
「まぁな」
「それじゃあ手伝ってあげよう」

これもまた、いつもとは違う道を歩いたように気まぐれだった。気まぐれで手伝ってあげようかな。と思ったのだ。
一年生が残していったのだろう、何本かある円匙の内の手近にあった一本を手にとり、食満が埋めていた穴の隣に移動する。 今まさに土の山に円匙を突き立てようとした所で、

「いや、いい!」

と円匙を隣から取り上げられた。まぁ当然取り上げたのは食満だったわけなのだが、まさか取り上げられるとは思っていな かった私は抵抗する間もなく円匙を持っていかれてしまった。感謝こそされど、遠慮されるとは思いつきもしなかった。

「...なんで?」

驚きながら尋ねると、食満は途端にしどろもどろになって、きょろきょろと目玉を動かした。

「だって、土で汚れるかもしれないんだぞ!」
「そんなの知ってるよ」
「爪の中に土が入るかもしれない!」
「知ってる」
は知らないかもしれないが、土は重い!」
「知ってる」

一体なんなんだ。そう思い、じろりと食満を睨みつけるとややたじろいだ様に一歩後ろに下がった。

「怪我もするかもしれない...」

力なく呟かれた言葉はへたすると聞き逃してしまいそうに小さかった。それでも私たちの会話を邪魔するような音もなかった ので、それはするりと私の耳の中に入ってきた。
怪我をすることを恐れていてはくのいちなんて目指していられない。それは忍たまにも言えることなので思わず食満の顔を 食い入るように見てしまう。食満は居心地が悪そうなのに、それを隠そうとはせずにわざと私に鋭い視線を送ってきた。

「なに、心配してくれてんの?」
「はぁ?!」

私の問いかけに食いつく勢いで返ってきた食満の返答と、薄闇の中でも分かるほどに真っ赤に染まった顔に、問いかけは確 信へと変わった。







(正直...?)









(20100321)リクエストありがとうございました!