「じゃあ、またあとでなー」
「うん。じゃあね」

手を振りながら遠ざかっていく、三郎と兵助とハチの後姿を見送る。それから小さく溜息。
しょうがなく"選択教室4"の札がぶら下がっている教室に足を踏み入れる。部屋の中はまだ誰も来ていないようで、しんと静まり返って いた。むわっとした埃っぽい匂いが鼻を掠める。とりあえず換気をしたほうが良さそうだ。あまり、開け閉めされていない のだろう、窓のとってつけは最悪でキキィーと脳を揺らすような嫌な音を鳴らせた。窓から身を乗り出し、下を眺めると 生徒達が歩いているのが見えた。胸に教科書を抱いて急いでいる子や体操服の子に追いかけっこをしている子、と皆行動は ばらばらだけど思い思いにつかぬ間の休憩を楽しんでいる。それを眺めてから指定された自分の席に座る。真ん中の列の一番後ろ。 一番後ろという点では、いい席だと言えるけれど真ん中というのがこの席の価値を下げている。普通の教室と違い、小さな 選択教室は先生の目が後ろにも行き渡りやすくなっている。というよりも教室が小さいからこそ先生の目は近すぎる前ではなく、後ろに行く。 おかげで良く先生と目が合う。ただでさえ数学があまり好きではないのに、その特典のお陰でこの授業がますます憂鬱に感じてしまう。 何の科目を選択するのか迷って迷って迷いすぎて、最後には適当に決めてしまったは間違いだったと何度目になるのか分からない 後悔が僕を襲う。埃を被った時計に目をやれば始業開始のチャイムが鳴るのは後5分後のことだった。


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すごいスピードで書かれる数式をひたすらノートに写す、という作業を繰り返しているのはこの間の臨時休校のせいらしい。 遅れを取り戻そうと先生は必死だけど、それを書き写す僕達も必死だ。この様子だと次のテストの範囲にまで間に合わない のかもしれないが、僕としては少しでも範囲が狭まればいいと考えているので先生の手を応援するよりも時計を応援したい。 少しでも早く書き写そうと視線を黒板にばかり向け、手元が疎かになっていた。気付けば数式はノートから飛び出て机の表面 にシャーペンを走らせていた。2、という走り書きされた数字だけがポツリ机に置き去りにされている。
やっちゃった。と思ったがその間にも黒板には数式が増え続けている。後で消そう。そう思い、誤って机の上に書いてしまった 2の代わりをノートに綴った。









金曜日 三時間目が始まる1分前

チャイムが鳴るまで残り1分。焦り、教室に飛び込むも先生はまだ来ていなかった。弾む息を整えつつ、真ん中の一番後ろ の席に座る。ふぅ、と息を吐くのと同時に先生が教室に入ってきた。
僕でぎりぎりだから歴史を選択して一番遠い教室のハチは遅刻かもしれないなぁ、と考えると始業を告げるチャイムが鳴った。

ノートに書き写した数式を解いている時だった。集中力の切れた僕は視線を数式から移動させ消しゴムを弄った。
早く授業終了のチャイムが鳴ればいいのに、そう思いつつ視線を机の上に滑らす。すると、机に何やら落書きがされている のを発見した。ノートの下敷きになってしまっている落書きを見るためにノートをずらす、出てきたのはアヒルの絵だった。 小さく書かれたそれはよく見てみると、この間僕が誤って書いてしまい、後で消そうと思いすっかり忘れていた2だった。 どうやらその2に誰かがアレンジを加えてアヒルにしたらしい。走り書きされただけだったはずの2はかわいいアヒルへと 変身してした。そのおちゃめな悪戯にさっきまで数式に頭を悩まされていた事も忘れて僕は思わず頬を緩めた。
それから少しの悪戯心で、そのアヒルの後ろに小さな2を四つ書き足した。これに気付いた"誰か"は、またしてもアヒルに変えて くれるのだろうか、そんな些細な好奇心だった。









火曜日 六時間目

時間割が入れ替えになり、前の時間が体育だったので着替えや後片付けなんかで少し遅くなってしまった。
はしゃぎすぎたハチがスライディングをして膝から血が出たこと以外には特にこれと言って何もなく体育の授業は終了した。 だが、ハチが怪我をすることになったのも大体三郎が煽ったからで、三郎が大人しくしていればいつもどおり何事もなく 終わるはずだったのだ。そのことを指摘すると途端三郎は耳が聞こえなくなるらしい。なんて都合のいい耳なのだ、と呆れず にはいられない。
いつものように少し憂鬱な気分で"選択教室4"の部屋に入る。先生以外の生徒は全員集合していたらしい。開いたドアに会話 を止め、誰が入ってきたのか確認し先生ではなく僕だということに気付くとまたお喋りは再開された。
いつもの席に座り、ノートをうちわ代わりに扇ぐとゆるい風が送られてくる。真夏ならばこれぐらいの風では物足りないだろうが、 今は十分と言ってもいいほどに涼しく感じられる。教科書と筆箱を端に寄せていると、机の上に書かれてある落書きに気付いた。 そこで今の今まで忘れていた事を思い出した。走り書きの2がアヒルになっていたということ、その後ろに2を四つ書き足したことに。 僕の期待は裏切られなかった。机の上にはアヒルが五羽に増えていた。
うちわ代わりのノートを放って筆箱からシャーペンを取り出し、3回ノックする。芯が出たのを確認してから五羽のアヒル が並んでいる下に上を向いた矢印を書いた。それから一言"かわいいね"と出来るだけ丁寧に書く。 反応は返ってくるのだろうか? 返ってきたとしてどういう返答だろうか、うきうきするように少し胸が弾んでいるのを 感じながら僕はかわいらしいアヒル達を見つめた。









金曜日 三時間目が始まる6分前

いつもは憂鬱なはずの選択数学の授業が今日は少し楽しみだ。その理由は残念ながら数学関係ではないのだけれど...。
少しはりきってドアを横に滑らせる。それから一直線に自分の席を目指して歩く。埃っぽい空気なんて気にならないほどに、 胸は期待に弾んでいた。授業道具を手に持ったまま腰を屈めて、机の右端の方に視線を走らせる。
アヒルが五羽居る下には僕が書いた"かわいいね"の文字がまだ残っていた。そしてその下には上向きの矢印と "えっへん!"の文字が増えていた。なんとも可愛らしい返答に僕は思わず、小さく喉の奥で笑った。

どう返そうか。視線は黒板に並ぶ数字の羅列を追っている、だが頭の中で考えているのは机の右端の落書きたちに ついてだった。"調子に乗るな"だと、まるで友達みたいだし(その前に失礼すぎる)...友達どころか相手が誰なのかも分かっていないのに。 字の感じから判断して相手は女の子だと思う。だが、推理できるのもそれだけでそれ以上の事は推理しようにも出来ない。 だからと言って何も返さずに、このやりとりを終わらせるのは嫌だった。せっかく出来た繋がりを断ち切るのは、惜しい。 何か返さなくては...そう思いノートに数式を写していた時に思いついた。









火曜日 五時間目

"それじゃあこれは? → 3"
返答とはまた違う、これだと何だか試しているみたいだな。と思ったが他に案が思い浮かばなかった。まるでトンチの問題 みたいだ。
もしかして返答はないかもしれないな、と考えながら"選択教室4"の部屋に入る。部屋の中には数人居るだけだった。 少し強く脈打つ心臓を感じながら自分の席に座る。わざと机の右端に視線をやらないようにしながら座り、そろっと視線をやる。 "その挑戦受けた!"その一言と一緒に僕が書いたはずの"3"が伏せをした姿勢のうさぎに変わっていた。 少し無理やりな感じもするけれど、それはちゃんとうさぎに見える。僕の言葉に気分を害した様子もなく律儀にも3をどう 変化させるのか考えてくれたらしい。嬉しくて勝手に口角がつり上がる。









金曜日 三時間目

それからというもの少し変わったやり取りは続いていた。やりとりと言っても僕がこの数字だとどう? という問題のような ものをだして相手が答えるというものだった。それに一言ほど言葉を付け足して。
1はアルパカ、4はヨットの帆、8はマトリョーショカ...と色んな数字が彼女の手によって姿を変えた。
最近の僕はこのやり取りのおかげで憂鬱なはずなこの時間が楽しみな物へと変わっていた。三郎達は僕がこの時間を好き ではないことを知っているので、心変わりしてこの時間を楽しみにしている僕を見て不思議そうに首を傾げていた。けれど教 える気にはならなかった。なんだかこのやり取りは少し秘密の匂いがするのだ。ただ僕が秘密にしたいだけかもしれないけど。 この間書いた数字は13で、問題を出した僕もこれは難しいなと考えていた、一体どんな風に変化したのだろうかと少し笑みを浮かべ ながら視線を机の上に走らせる。僕と彼女のせいで、この机は随分と汚くなってしまっていた。
見つけた瞬間、思わず噴出してしまう。教室中の視線が僕に集まるのを感じて慌てて咳払いで誤魔化す。
描かれていたのは電柱の影から半身だけ覗かせてこちらを見ている雪だるまの絵だった。
随分と強引だ。その絵と一緒に添えられた文字は"どうだ!"と自信満々の一言だった。どうしたって抑えられない笑みを 手で隠しながらシャーペンを握る。
"参った"
そこまで書いてから、シャーペンの先が迷う。書くべきか、書かないべきか。
机の上の落書きだけで繋がっている僕と彼女の不思議な関係に不満があるわけではない。これはこれで楽しいと思っている。 けれど、その先のものを知りたくなったのだ。つまりは彼女が一体"誰"なのか。
名前は? 学年は? そもそも性別は女なのかさえも怪しい。何故なら一度として僕は確認したことがないのだから。 このやり取りの回数が増せば増すほどにその感情は大きくなっていく。
だが、そこに触れてもいいのだろうか。その境界線が曖昧で僕の手は中々その事について触れることが出来ない。 結局、僕が出した答えは曖昧で彼女の反応を見るようなものだった。
"ちょっと聞きたいことがあるんだけど"









火曜日 五時間目

"そうでしょうとも!"
"なに?"

参った、と書いた僕の言葉に対しての返答と問いに返ってきたのはシンプルなもので、それ以上は何も書いていなかった。 どきどきと嫌に早く打つ心臓を抱えて僕はシャーペンを手にとった。
先生の声も、ノートの上を走っているペンの音にも目をくれず、じっくりと時間をかけて言葉を綴る。
これで苦手な数学がますます苦手になってしまうかもしれない、それでも僕は丁寧に思いを乗せて、出来るなら彼女も僕が 誰なのか知りたいと思ってくれていますように、と願いを込めてシャーペンを動かした。
たった一言だけしか書いていないというのにそれが書きあがった時、肩と背中に疲労感を感じた。多分、力みすぎていたのだろう。 不安と期待が混じり合った感情を抱きながら僕は机を撫でてから教室を後にした。
"きみの名前を教えて"









金曜日 三時間目が始まる10分前

「それじゃあ、ここまで」

先生の声を合図にして、既に用意していた選択数学の用意を持って三郎に、先に行くよ。と告げてから教室を飛び出した。 「あれ? なに急いでるんだ?」と声を掛けて来た兵助に「ちょっと!」とだけ答えて先を急ぐ。階段を一段飛ばして 上り、選択教室まで走る。目的地に辿り着くも中には当然、誰も居なかった。荒い呼吸を飲み込みつつ自分の席へと足を 早める。走っただけが原因ではないだろう、胸の音がやけに大きく感じる。
"どうして?"
僕が彼女の事を知りたい、と思っているように彼女も僕のことを知りたいと思っていてくれたらいいのに...と思っていたが そう上手くいくわけがなかった。それとも単純に僕が名前を知りたがっている事を不思議に思ったのだろうか。聞いてみた くても彼女が誰なのか分からない。じれったい、と思ったが彼女とコンタクトを取る為には机の上を手紙代わりにして言葉 を綴る以外無いのだ。これ以上彼女の心情について考えていると、ぐるぐる考えが纏まらないまま回り続けることは想像 に容易い。なので、僕は気後れしてしまう前にペンを走らせた。僕の素直な気持ちを。
"きみのことが知りたいから"









月曜日 五時間目が始まる20分前

廊下を歩いていく女の子の集団を肘を立てた手に顎を乗せながら横目で見る。この中に彼女は居るのだろうか。そう考えると同じ学校なのだし、廊下で 擦れ違ったことだってあると思う。あっちも僕だとは気付かないだろうし、僕も彼女だとは気付かない。知り合いのような のに本当には知り合っていない。それって不思議だ。
"探してみて"
彼女から返ってきた言葉は、僕が毎回出していた問題に似て挑戦的だった。探せるわけがないと踏んでの言葉か、探し出して みろ、という挑戦なのか。どちらとも言えないが、個人的には後者なのだと思いたい...。
探せといわれてすぐに浮かんだ案は、先生に聞く事だ。それならすぐに分かるだろう。だけど、それはズルをしているよう にも感じる。という事で、その案は最終手段に置いておく事にした。だが、それでは手がかりが無さ過ぎるので先生にこの 教室を使っているのは他にどのクラスがあるのかと尋ねてみた。(これくらい許して欲しい)
すると、どうやら選択教室4を使っているのは僕が取っている選択数学と選択数学2だけらしい。2クラスしかこの教室 を使っていないと聞き、自ずと答えは導き出された。選択数学2を取っていて、僕と同じ席に座っている子が彼女だ。 他にも学年は同じだと言う事は分かったし、結構情報を仕入れる事が出来た。

「なに考えてるんだ?」

廊下に視線をやりつつも頭の中では彼女を探し出す方法について考えていると、三郎が僕の視界に入ってきた。

「んー、ちょっと」
「水臭いじゃないか! 雷蔵、悩みがあるのなら俺に言ってくれ」

やけに芝居がかった調子で喋る三郎を眺めていると兵助とハチまでやってきて僕の視界は塞がれる。もしかして廊下を歩いて いるかもしれない彼女を(見つけ出せるかは無理としても)何か手がかりはないかと見ていたのに。

「三郎に言ってもしょうがない事なんじゃないか」
「そうだな! じゃあ俺に言えばいいぞ!」
「良くそんな提案が出来るな。俺に言えないのにハチに言うわけないだろ!」
「何でだよ! 俺にこそ相談するかもだろ! なっ? 兵助」
「俺ならどっちにもしない」

ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めた三人をぼんやりと眺めながら考えるのは彼女についてだった。









火曜日 五時間目

"降参?"
あれから二週間の時が過ぎた。机の上には未だ見つけられない僕に対しての言葉が綴られていた。どこか優越感に浸ってい るように見える文字に僕は悔しくなった。絶対に見つけて驚かせてやる! 決意を固め"まだまだ"とだけ返事をした。 だが、決意とは別で彼女についての情報はあれから一つも増えていない。
授業終了のチャイムが鳴り、のろのろと立ち上がり今日も収穫は無かった、と教室を後にしようとした時。さっさと教室を 出なかったのが悪かったらしい。先生に呼び止められてしまった。

「このノートを職員室まで運んでおいてくれないか」

そう言って強制的に渡されたのは授業中に集められたノートの山だった。断れるわけもなく、僕はそのノートの山を抱えて 職員室に向かった。

先生の机の上にノートの山を乗せてから職員室の壁に掛かってある時計に眼を向けると休憩終了まで残り4分だった。 少し急いだ方がいいかもしれない。早歩きで職員室を出、曲がり角を曲がる。
その時、何かが胸にぶつかって少し衝撃を受けた。

「わ、」

声が聞こえたと思うと、女の子が僕の目の前...と言うより僕の胸にくっついていた。

「ごめん!」

ゆっくりとした動作で顔を上げた女の子の鼻の頭は少し赤くなっていた。それを擦る女の子の目は少し潤んでいる。

「すいません」
「僕こそごめん! 大丈夫?」
「はい」

大丈夫だと頷いた女の子は鼻を擦っていた手を止めお辞儀をした。それから何事も無かったのかのように(実際は鼻の頭が 赤くなっているけど)去って行こうとした。そこで僕も、もうすぐチャイムが鳴るという事を思い出し、教室へと急ごうとした のだが、目の端で捕らえた何かに足を止める。目の端で捕らえたのはノートだった。先程ぶつかった時に女の子が落として いったのかもしれない。そう思い、それを拾い上げる。埃を手で払いながら、何とはなしにノートの表紙に視線をやった。
そして、目を見開いた。
急ぎ踵を返し、今歩いて来たばかりの道を走って辿る。すぐに先程ぶつかった女の子...いや、彼女の後姿を発見した。

「待って!!」

叫ぶように大きな声を上げると、彼女が弾かれたように振り返った。右手に握ったノートを掲げると彼女の視線がノートに 移動したのがわかった。ぱちぱちと二度瞬いたのが見えた。

「見つけた!」

やっと見つけられた! と感情が高ぶっていた。だってまさかこんな所で偶然に見つける事が出来るなんて!
そんな嬉しさと興奮が入り混じった僕の心境とは裏腹に彼女は僕に背を向け、走って行った。
目測で彼女との距離は後3メートル程だったと思う。その距離がどんどんと広がっていく。まさかの反応に思わず足を止め、 離れていく彼女の後姿をポカンと見つめる。その間にも彼女との距離は広がっていくばかりだ。戸惑いながらもその距離を 縮めるために走る。

「...ちょっと待って!」

声を掛けると益々彼女のスピードが上がった。このままじゃいつか見失ってしまう。そう思い、僕もスピードを上げた。
彼女は校舎を出て中庭に出ていった。追いかけて僕も校舎から出る。一瞬眩しさに目が眩みながらも走る速度は緩めなかった。 彼女との距離は縮まっていた。これなら手が届く。手を伸ばし彼女の腕を掴んだ。

「捕まえた!」

すると、漸く諦めたらしい彼女が足を止めた。膝に手を付いて苦しそうに呼吸を繰り返している。それでも、もしかすると まだ逃げようとするかもしれないと思った僕は掴んだ腕を放さなかった。少し弾んだ呼吸を整える間も惜しくて僕は、旋毛 に向かって話しかけた。

「なんで逃げたの?」

ゆっくりと上体を起こした彼女と視線が交わる。彼女の瞳は太陽の光りを浴びて薄い茶色に見えた。
やっとだ、やっと彼女とこうして向かい合う事が出来た。嬉しさが勝って怒りなんてない。ただ、何故逃げたのだろう。と いう疑問だけが浮かんでいた。

「なんとなく?」

そう言って、自分でも不思議そうに彼女はこてんと首を傾げた。その返答に体の力が抜け脱力する。そんな僕の反応に彼女 は不思議そうに目を瞬いた。

「それにしてもまさか見つかるとは思わなかった...」
「僕も見つけられるとは思わなかった」

どこか悔しそうなのが彼女の言い方から感じ取れる。"探してみて"という言葉はやはり、僕に対しての挑戦だったんだ。 彼女が悔しそうにするものだから僕は少し優越感に浸る。
だが、見つけられたのは偶然に過ぎない。偶々、僕と彼女がぶつかって...偶々、彼女がノートを落としていった。 (けどよく考えれば二度も偶々があるなんて、それはもう偶々でも偶然でも無い気がする)
表紙には2年2組  と書かれてあった。もちろんそれだけが書かれていても僕は彼女だとは気付かない。よく 見れば2の数字が、見覚えるのあるアヒルの姿をしていたのだ。それで彼女だと気付いた。

「ねぇ、名前教えて。僕は不破雷蔵」

ノートを彼女に渡しながら、もどかしい思いで机に綴った問いかけを彼女自身に問う。
もう、もどかしい...歯痒い気持ちで机に言葉を綴る必要は無い。だって目の前に彼女が居るのだから、聞きたいことは彼女 本人に聞けばいい。

です」

今更に自己紹介するのが恥ずかしいのか、彼女は照れくさそうに頬を染めてはにかんだ。
次の瞬間、キーンコーンカーンコーン...と授業の始まりを告げるチャイムを遠くに耳にしながら、僕は大きく高鳴った胸 の音を聞いた。








ロマンスは落書きから









(20100511)