「何で白石くんってあんなにかっこいいんやろ」

恋する乙女の瞳で友達は夢見てるようにふわふわとした口調で言った。その視線の先にいるのは今名前の出た白石蔵ノ介 くんが居る。次の時間は体育らしく体操着に着替えて運動場でさわやかな笑顔を浮かべて、忍足謙也くんと何か楽しそうに 話している。

「そこに居てくれるだけでええわ」

こちらの友達もまた、ふわふわとした口調で言った。

「そうやなぁ」

私はというと残り一つになったコアラのマーチを食べてもいいだろうか、と考えていた。










放課後の校舎の中は時折、野球部のバットとボールのぶつかる音や他の運動部の掛け声、合唱部の歌などが遠くに聞こえる。 昼間の喧騒からは想像出来ない、静かな空間だ。階段を下りながら私はオレンジ色に染まった空の色を眺めた。
委員会の仕事が長引き、帰宅部にしては遅い時間になってしまった。それでも一仕事終えた! という充足感が私の胸には あったので機嫌は良かった。最後の二段をジャンプで飛び越して着地し、両手を上にあげてポーズなんてとってみる。観客はゼロだ。
手に持った鞄を前後に振りながら正面玄関目指して歩を進める。帰ったら昨日録画したビデオを見よう。そんな事を考えながら 歩いていると、ふと、通りかかった教室の扉が少し開いているのが見えた。
その教室は視聴覚室で普段であれば扉はピッタリと閉められ、鍵まできっちりかけられているはずのものだった。
誰か居るのだろうか? 不思議に思いながら、もしも誰か居てた時のことを考えて静かに足を進める。
そっと覗き込んだ教室の中はオレンジ色に染まっていた。それからその中に人影が一つ。
ジッと目を凝らすと、その人影が誰であるか分かった。一日一回は話題に上る白石蔵ノ介くんだった。 白石くんは椅子に座っていて窓の外を眺めているようだった。薄い茶色の髪が空と同じ色に染まっていてきれいだ。
こんな所で何をしてるんだろう。ごく当たり前の疑問に私は内心首を傾げた。
その時、白石くんが視線を窓から外した。そして、きらりと光るものが白石くんの頬を滑っていた。
夕陽の光りを吸収しているかのように、それは輝いていた。まるで、宝石のようだ。
けれど、宝石とは思っていない様子の白石くんは邪魔な物を振り払うようにして、それを右手の人差し指で払った。唖然とその光景に目を奪われ、立ち尽くしていると次の瞬間白石くんと目が合った。
ばちっ! っと音がしそうなほどにがっつりと目が合ってしまい、やばい、と逃げる間もなく白石くんが声を掛けて来た。

「何しとんの?」

ごしごしと乱暴に手の甲で目を拭いながらも、白石くんの視線は私からは離れない。

「え? あ...か、帰ろうとしたら、ここ開いてたから...」

まずいものを見てしまったと考えた私の返答はしどろもどろとしたもので、真っ直ぐにこちらに向けられる白石くんの視線 から逃れるように目も泳いでいた。...怪しい事この上ない。

「あぁー、そうなんや」
「...そうなんよ」

何で覗こうと思ったんだ! 私のバカ! 自分に対して悪態をつきつつ、居心地の悪い空間に嫌な汗をかく。

「こっち来ぇへん?」
「...」

これはあれだろうか......このこと誰にも言うなや! とか脅されたりするんだろうか...。
友達たちの中での白石くんならそんな事はしないだろうけど、アレは言ってみれば都合のいいように作り上げられた白石くん像 だ。白石くんだっていつも爽やかに笑っているわけではないだろう、怒りもするだろうし、悲しみもするだろう。実際、 私が今目にした所だし...。渋々、視聴覚室の中に足を踏み入れ白石くんの方に歩く。

「そんなびびらんでもええやん! 別に俺怒ってへんで?」

それから今まで泣いていたのか疑うほどに白石くんは軽く笑った。俯いていた顔を上げて白石くんを見てみるも、怒っている 様子なんて微塵も浮かんでいない、いつも見る笑みを浮かべていた。

「怒ってへんの?」
「なんで怒らなアカンの」

苦笑を浮かべた白石くんの瞳は少し赤かったけれど、もう涙は出ていなかった。

「覗いてもたし...」
「俺がちゃんとドア閉めへんかったんやから、さんの事責められるわけないやん!」

私の名前知ってたんだ。という驚きは飲み込んで、湿っぽい空気を吹き飛ばすようにして明るく話す白石くんに合わせて 私も笑みを浮かべた。

「うん。ごめん!」
「こっちこそごめんやわ」
「なんで白石くんが謝るん!」
「え、何やかっこ悪いとこ見してもうたから...?」

自分でも何で謝ったのか分からないのか白石くんは首を傾げた。その姿に思わず噴出すと白石くんも笑った。 暫くそうやって笑い合っていると、さっきまでの湿っぽい雰囲気はどこかに飛んで行ってしまった。
こうやって白石くんと話すのは初めてで、いつも友達と一緒になって遠くに居る姿を盗み見て勝手な白石くん像を作り 上げていたけど、実際の白石くんは普通にいい人だった。私たちが勝手に壁を作って話し難い人に仕立て上げていたようだ。 その事を反省していると、笑いつかれた様子の白石くんが、ふー、と息を吐き出した。前髪がその風で揺れている。

「...何でか聞かへんの?」

それから唐突に私の姿を瞳に映し、問いかけてくる。端折られた質問ではあるがそれはつまり「何で泣いてたのか聞かないのか」 と言う事だろう。まさかそんな質問されるとは思わなかった私は少々の間を置いてから口を開いた。

「うん」

けど、結局は白石くんの言葉を肯定するだけの簡単な二文字を口にした。白石くんにとって、それは意外な返答だったのか 少々驚いたように目を開いた。それから小さく「...おおきに」と白石くんは呟いた。

「あっ、せや! これあげるわ」
「なに?」
「飴やで! プリン味!」
「プリン?」
「おいしいでー、けどちょっと甘すぎて後味はよろしくないねん。せやから何か口直しする物も用意して食べた方がええで」

手渡した棒付きの飴は100均で三本100円で買ったものだった。目に鮮やかなピンクや水色の模様の包装紙で包まれている それは後味が悪いのは分かっているのだが、それでもおいしいからとついつい買ってしまったものだ。
包帯で巻かれた白石くんの左手に収まったそれは、白石くんには少し不似合いに見えた。

「元気にもなるんやで」

言葉を付け足すと今まで飴を見ていた白石くんの視線が私に移った。にっこり笑って見せると白石くんの表情が緩み、 力が抜けたのか肩の位置が下がった。

「ありがとう」

しっかりと目を合わせて言った白石くんの表情は、もう、いつもと変わりないものだった。





(君の涙は100万カラット)









(20100522)意図せずに励ました。...みたいな...。