日直当番として放課後少しの間残り、黒板消しや戸締りにごみ捨て...と色々なめんどうな雑務を一つ一つ片付けなければ ならない、今はちょうど休憩時間に書ききれなかった日誌の穴埋めをしている所だ。
もう一人の日直当番である白石は私の前の席の椅子に後ろ向きで座って私の机の上に置かれた日誌に視線を落としている。 普段は背もたれとして使われている所に腕を組んで置いているので、ちょうど目の前に包帯が巻かれた左腕が見える。

「今日の出来事、て何かあった?」
「んー、」

私の問いかけに唸りつつ、白石は考え込むように天井を仰いだ。
私も手に持ったシャーペンで日誌を突付きながら"今日の出来事"は何かあっただろうか、と頭を捻った。
特に何も無いいつもと同じ日だった......と考えながら一時間目から順に"今日の出来事"を探していく。と、昼休みで 一つ思い浮かんだ。

「あっ! 思いついた!」
「なに?」

手に持ったシャーペンを日誌に走らせながら思いついた"今日の出来事"を読み上げていく。白石は日誌に綴られていく私の 文字を見ている。

「"きょうのひるやすみに、くらすのおとこのこのS・Kくんがおんなのこに"...」
「...ちょ、ちょお、タンマ!」

腕をクロスさせてタンマと言ってくる白石は少し焦っているようだった。

「......なんですか、誰も白石くんの話とか言ってませんよ」
「いや、S・Kて俺やん!」
「まったく、...自意識過剰なこって」
「自意識過剰もなんもあらへんわ」
「まぁまぁ、最後まで聞いてくださいよ」
「聞いてもえぇけど、日誌には書くな」

そう言ったかと思うと白石は私の手の下にあった日誌を引っ張って私から取り上げた。そして私の手の届かない所、体を 捻って前の机に日誌を置いた。
不満を顔いっぱいに出して白石を見るも、白石は知らん顔だ。それどころか私に顎で先を促してくる。

「その顎でやるん、最っ高には・ら・た・つ〜」
が腹立つとか、どうでもえぇわ」
「ひどっ!」
「冗談やん」

にこにこ笑っている白石はうそ臭い事この上ない。白石の本性に気付いてない女の子なら「そっか☆ 冗談か☆」みたいに 星を飛ばしまくるかもしれないが、私はそうはいかない。星を飛ばすにはこいつのことを知りすぎた。

「まぁまぁ、ほんで? 続きは?」

相変わらずの笑みを浮かべたままの白石に「...ケッ!」と最大限の不満を口に出してから「ガラ悪!」続きを喋る事にした。

「えーと、どこまで言うたっけ?」
「最初からでえぇよ」
「それじゃあ..."きょうのひるやすみに、くらすのおとこのこのS・Kくんがおんなのこによびだされていました"」
「そんで?」
「"S・Kくんはいつもの、うそく"...じゃなかった。"さわやかなえみをうかべて"」
「今のうそ臭い言おうとしたやろ!」
「(無視)"おんなのこのよびだしにおうじました。ふたりはばしょをなかにわにかえ"」
「ストップ!」

ここでまたしても白石から話を中断するように言われ、私は不満たらたらで白石を見た。白石はさっき以上に焦っているようで いつもの余裕を振りまいているような表情ではなかった。それを内心、面白く思いながら私はわざとらしく白石が何故 ストップをかけたのか分からないふりをした。

「何か?」
「その顔やめや! ...何で中庭って知ってんの」
「...色々と情報が回ってくるんですよ」
「どこから」
「それは言えませんなぁ」

ニヤニヤ顔が我慢できずに口元を手で隠すも、白石の手に掴まれて隠す事は叶わなかった。
楽しい私とは反対に白石は楽しくなさそうだ。

「けど、入ってきた情報はそこまででその先は知らんで」
「ふーん」
「結局付き合うことにしたん?」
「...知らん。てか、その言い方やったらやっぱり俺がS・Kやないか」
「いっけね☆」
「何がいっけね、や!」
「Sは白石、Kは蔵ノ介。...このトリックよく見破りましたね。」
「...トリックも何も、まんまやないか」

しらけた様子でそれだけを言って白石は途中まで書いていた"今日の出来事"を私の筆箱を漁って消しゴムを取り出し、 消し始めた。それも私の手が届かないように前を向いて消している。最初から書くつもりは無かったので、薄く表面を なぞる様にして書いたのですぐに消える事だろう。

「謙也やったらもっとデカイリアクションしてくれたやろに、白石冷静でおもしろないわー」

謙也ならきっと顔を真っ赤にしてどもりまくりの照れまくりの、さぞ面白いリアクションを返してくれただろう。 それに比べて白石のリアクションは...。まぁ、いつもよりも表情を崩したかもしれないがそれでも謙也ほどではない。
からかって楽しいのは間違いなく謙也だ。白石なんかはからかっても逆にやり返されるのが常だし。
すると、私の発言を聞いて今まで背中を向け日誌の文字を消す事に集中していた白石が振り返った。

「大きなお世話や」
「けど、謙也みたいになったらアレやで」
「アレて?」
「あー、......みんな弄ってくれるで!」
「嬉しない」

ばっさりと私の言葉を切り捨て、どうやら全てきれいに私の文字を消し去ることに成功した白石は日誌をまた私の机の上 に置いた。そして自分も椅子に座る向きを変えて背もたれに肘を着き、私のシャーペンを手にとった。
今度はどうやら"今日の出来事"を白石が書くようだ。ピンクのクマがてっぺんについた私のシャーペンを白石は握り、 日誌の上に芯を下ろした。

"日直当番二人で協力して..."

なんの面白みも無い、無難な言葉を白石は綴っていく。それを眺めながら私はさっきまでの話の続きを口にした。

「けど、それやから白石はモテるんかも」
「なんなん急に」

白石は日誌から視線を上げずに、すらすらと迷う素振りを見せずに淀みなくシャーペンを走らせながら答える。

「謙也はぎゃあぎゃあうるさいやん? けど、白石はうるさないからそこがモテるんかもな」
「へー」
「同じイケメンでも、謙也はモテへん。白石はモテる...その謎が今解明された!」
「ほーん。俺て、から見てもイケメン?」

日誌しか見ていなかった白石の瞳が突然私を映した。それもその時の顔が最高に腹の立つ顔をしている。巷で言う所の、 どや顔だ。発言にも腹が立つが、表情でも腹が立つ。二重の意味で腹が立つとか、どんだけ!

「なんや! 調子に乗り腐りおってからに! クソ!」
「女の子がそんなん言うたらアカンで」

小さく喉の奥で低く笑った白石は日誌の続きを書くために俯いた。普段はどう頑張っても見ることが出来ない白石の旋毛 が丸見えだ。他にも透けるような睫毛の奥の伏せ目がちな瞳とか。改めて顔の整っている奴だと感心する。

「あんまじろじろ見んとって」

こちらを一度も見ていないくせに私が見ていたことに白石は気付いたらしい。バツが悪くなって、意味もなく視線を窓の 外に向ける。見上げた先には快晴と呼ぶに相応しい空が広がっていた。外に出たら熱いかもしれない。校舎の中ならそこ まで熱くないのだが、影の無い直接日の光りが当たる場所とでは話が違う。

「けど、いくらモテても嬉しないわ」

視線を空から引き剥がし、白石に向ければ日誌を書き終えたらしくシャーペンを私の筆箱の中に直している最中だった。 チャックも閉めてからご丁寧に隣の机の上に広げっぱなしにしていた私の鞄の中に直してくれる。
その鞄を手に持ち、帰る仕度をすると白石も部活に行く準備を整えた。左手には日誌と教室の鍵が握られている。 職員室に返しに行くぐらい私がしようと思い、白石の左手に手を伸ばすが緩く首を横にふって拒否された。

「えぇー、嘘やん! 今更、硬派キャラとか無理やで」
「その言い方やったら俺、軟派キャラみたいやん」
「え、そうやん」
「あほ言うなや」

呆れたようなため息混じりの言い方に小さく笑う。
誰も居なくなった教室の扉を閉めると、白石が鍵穴の中に鍵を突っ込み一回転させた。カチ、鍵の閉まる音がして、念のため と扉をスライドさせようとしたが扉が開く事は無かった。
これで、今日の日直当番の仕事は終わりだ。

「けど正直、好きな子にモテやな意味ないわ」

テニスラケットの入った大きなバックを背負った白石が何か意味ありげに取れる視線で私を射抜いた。瞬間、どきり大きく 心臓が飛び上がり、思わず呼吸を止める。ふざけた様子は少しも無い白石の様子に圧倒され、軽口を返す事さえ出来ない。 固まった私を見て、白石は一瞬の真面目な表情を解き、にこりと何もなかったように笑みを浮かべた。

「ほな、またなー」

背を向け、ひらひらと手を振った白石の後姿を私は呆然と見送った。











(20100620)