「ねぇ、生物委員は人間は飼わないの?」

 一瞬何を言われたのか理解できなかった。話が飛んだとかそういう問題ではない。
 ...かう?
 ......飼う? 
 やや間を置いてから俺の頭は先輩の言った言葉の意味を理解した。どう反応を返せばいいのか分からない。何故、そんな事 を言うんだ。そこからして分からない。戸惑い先輩を見つめると先輩は美しい形をした唇を吊り上げて、それはそれはきれいな笑みを浮かべた。


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 先輩について俺が知っている事は少ない。それでも他の同級生達と比べれば多いのかもしれないが、それでもその知っている ものだって寒いのが苦手だとか、畳よりも床の上に寝転ぶのが好きだとかそんな微々たるものだ。つまり、知らない事の方が 多い。同室者が留守の時を狙い、忍たま長屋の俺の部屋までやってくる先輩の行動の意味だって知らないし、分からない。 一体どこで嗅ぎつけてくるのか先輩は俺が一人の時にしかやって来ない。授業で出た課題をやって居る時にいつのまにか 後ろに居たり。委員会が終わってから部屋に帰って来るとすでに部屋の真ん中で眠っていたり、と異性の部屋に居るという のに無防備な姿をさらけ出し、何か目的がある風でもない姿に最初はくのたまの授業か何かかと疑ったものだが、それに したってその期間が長い。一度くのたまに聞いてみたこともあったが、首を横にふられた。だとすると先輩は何を考えて いるのだ。その疑問をぶつけてみた事も一度ではない、そのたび先輩は鈴を転がすような声で小さく笑うのだ。
 口元を押さえて控えめに笑う姿は可憐な花のようだ。だが、ただの花ではない事は知っている。美しい外見の内には毒をもって いる。一見すると美しく華奢に見えるが、それだけではないのが先輩だった。
 そんな妖艶を絵に描いたような人なので男は次々に寄ってくるだろうに、先輩はそれらには見向きもせずに俺のところへと やってくる。だが、だからと言って俺を誘惑したりなど、そっち方面の事を仕掛けて来た事がなかった。
 だからますます分からない。気まぐれな猫のような先輩が俺に何を求めているのか。


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 部屋の中に寝転んでいた先輩はその姿勢のままに俺に話しかけてきた。黒く艶やかな長い髪を惜しげもなく放り出し、あお向け の状態で俺を見つめる先輩の姿は何か、背徳的な雰囲気を漂わせている。サッと視線を逸らし、意味も無く頭を掻く。

「いや、飼いませんけど...」

 当たり前の答えを聞いて楽しいのだろうか。掴めない問いかけは、まさに掴む事が出来ない先輩自体のようだった。 掴めないようにしているのか、元よりそのような性格なのか、掴ませる事を許していないのか。もはや、この中に答えが あるのかさえも分からない。

「どうして?」

 視界の端で先輩が畳の上を転がったのが分かった。

「どうしてって言われても...」

 まさか逆に質問されるとは思わなかった。だって当然の事だろう。そう誰かに同意を得たくてしょうがないのに、この部屋 には俺と先輩の二人しか居ない。意味も無く今度は畳の目に触れてみる。色あせた畳の表面は所々切れていた。
 その時、視界の中に先輩の顔が入り込んできた。気付けば先輩は畳の上を這って俺のところまでやってきていたらしい、ぐっと 近くなった距離に思わず息を詰める。その間に先輩は唇を笑みの形にしながら、寝転がった体制から状態を起こし、俺の 目の前に足を崩して座った。さっき以上に距離が近い。ふわりと匂った甘い匂いは先輩のものだ。

「犬も人間も一緒よ」

 そういうと先輩はますます深く笑みを刻んだ。その笑みに目が釘付けになっていると、先輩との距離が無くなった。
そして俺の唇に何かがあたった。
驚きで目を見開くと、先輩はあの鈴を転がすような声で小さく笑い、 もう一度俺の唇に先輩のそれを押し当てた。
犬と先輩が一緒。先輩はそういうけれど俺にはそうは思えない。だって先輩はどうみたって犬じゃなく人だ。それも女 の子。ぬるりと生暖かいものが唇を這い回る感触は犬に似ているようで全然違う。
犬に同じ事をされても、こんな感情は湧かないのだから。
 鼻腔をくすぐる甘い匂いと触れ合った部分の熱に、頭の中で何かが切れる音がした。

戯れは導










(20100620)動物に好かれる竹谷。(動物には人間も含まれます。)