※男の子主人公です。





「たいへんだー!!」

大声で叫びながら食堂に入ってきた小平太に誰一人として視線を向けることは無かった。まるでその光景を見なれている とでも言いたげな態度で、落ち着いて食事を続ける。てっきり、どうしたんだ?! と、自分の言葉を聞いて反応してくれる と期待していたので、誰も自分を振り返りもしない事に小平太はむくれた。
人が大変だと言っているのに何故そんなに落ち着いていられるんだ!
その小平太の様子に気付いたのは伊作だった。依然もくもくと食事を続け、小平太の事はまるで無視している四人を見回し てからしょうがなく小平太へと話しかける。
「何が大変なの?」
「伊作! 大変なんだ!」
唯一、反応を返してくれた伊作に向かって小平太は握りこぶしを作り、きらきらと瞳を輝かせて笑った。その様子に、苦笑 を浮かべながら伊作は小平太が言う"大変"がどんなことなのか話してくれるのを待つ。すると、おばちゃんが不思議そうな 顔をしてカウンターから顔を覗かせ、小平太へと話しかける。
「おや、七松くんはご飯いらないの?」
「あ! そうだった、まだご飯を食べていなかった! だけれど...」
「食べておかないと体力が持たないぞ。と、長次が言ってるぞ」
もそもそと小さな声で話したらしい長次の言葉を文次郎が拾って小平太に伝える。すると、珍しく迷っている様子だった 小平太だったが、長次の言葉に背を押されたらしくいつもの調子でおばちゃんにご飯を注文をした。


湯気を上げるご飯に小平太は嬉しそうに笑みを零すと「いただきます!」の声を合図にそれらを箸で口の中にかきこみ始めた 。
次々と小平太の腹の中へと消えていく皿の上のものたちを小平太はおいしそうに頬張っている。見ている側 からも気持ちがいいほどの食べっぷりだ。大変と言っていたわりにご飯に夢中になっている様子の小平太に五人はやっぱり大したことではなかったのだと考え、 止まっていた箸を再び動かし始めた。
昼時を過ぎたこの時間、食堂の中は六年生を表す深緑色以外の装束の姿は無かった。いつもよりも静かな食堂の中で、 ゆっくりとした時間が流れる。......かと思ったが、先ほど食べ始めたばかりの小平太がその静寂を破り「ごちそうさまでした!」 と大声を上げた。
「もう食べたのか?!」
驚き、声を上げた留三郎に頷いて答える小平太の皿の上は確かにきれいさっぱり空だった。
「ちゃんと噛んでいるのか?」
「丸呑みかもな」
小平太の皿の上を見ながら仙蔵と文次郎が感想を述べる。その会話を聞いていた伊作は保健委員として、噛む事の大切さを 小平太に教えなくてはいけない! と口を開こうとした。が、それよりも先に小平太に腕を引っ張られた。箸を持っていた 右腕を掴まれたことで伊作は危うく箸を落としそうになった。
「え、ちょっと、小平太?」
「早く早く!」
「何が? っていうか僕まだ食べてるんだけど...」
「何がって、さっき言ったじゃないか! 大変だって!」
信じられないと言いたげな小平太の視線を受けつつ伊作は苦笑を浮かべた。その肝心な、何が大変なのかは聞いていない のだけど、と胸中で呟き、気を取り直してその肝心な部分を尋ねてみる事にした。
「何が大変なの?」
「今すぐに学園長の庵にいかなくちゃいけないんだ!」
「何で?」
「美人が来てるから!」
一年は組が言っていたんだ! ものすごくきれいな人だって! だからその人が帰る前に早く見に行こう!
「「「「「え」」」」」
駄々をこねる子供のように伊作の腕を引っ張り、首を横に振る小平太は中々動き出さない伊作に焦れたように地団太を踏んだ。 待ちきれないと全身で表している小平太の姿に、それまで小平太の言う大変な事に対して少しも反応を返さなかった 残りの四人は驚いたように視線を小平太へと向けた。そして大慌てで目の前の食事を口の中に詰め込みだした。




「小平太、こういう事はもっと早くに言え」
先頭を走る小平太に向かって仙蔵が注意する。
小平太がもっと早くに言っていればあんなに急いで食事を口の中に詰め込むことはしなくても済んだかもしれないのに...。 (食事を残す事など出来ないので、口の中に無理やり詰め込むようにして食べたのだ。) すると、その言葉に同意するように残りの四人が頷いた。日頃、忍者の三禁 だなんだとうるさい文次郎までもが頷いたので、伊作と留三郎と長次が冷たい視線で文次郎を見た。思わず頷いてしまった 文次郎は白々しい態度で視線を空へと泳がせる。
目的地に着くと草陰に全員身を潜ませ、庵の中の様子を伺う。だが戸は開いていて、客が来ているようには見えない。 首を傾げ、互いに視線で会話してみるも中の様子がどうなっているか知ることは出来ない。すると意を決した、というよりはじっと していられなくなった小平太が草陰から飛び出し、止める友人達の声にも耳を貸さずに部屋の中へと突撃していった。
「学園長ー!!」
「なんじゃ?!」
突撃した部屋の中にいたのは、いつもどおり学園長とへむへむだけだった。二人仲良くお茶をしていた様子なのが見てみれば 分かる。美人の姿はどこにもない。きょろきょろと何かを探している様子の小平太に学園長は訝しむ視線をやるも、 小平太は「あれ?」などと言って未だにきょろきょろとしている。
「なにか用があったんじゃないのかっ!」
お茶の時間を邪魔された事もあり学園長の機嫌は下向きである。怒ったような学園長の声を聞き、草陰に隠れていた 五人も小平太の元へとやってきた。六年生が勢ぞろいしてやってきた事に学園長はますます訝しみ、眉を寄せる。
すると、やっと小平太は今まで彷徨わせていた視線を学園長へと固定させた。
「学園長、お客さんは?」
「客?」
小平太の言葉に一瞬怪訝な表情をした学園長だったが先ほどまで一緒にお茶をしていた相手を思い出し「あぁ」と納得した ような声を上げた。客という言い回しが適切ではなかったのでその姿が浮かび上がるまで少々時間が掛かった。
「もしかしてもう帰ったんですか?」
「えぇー!」
仙蔵の憶測に小平太が残念そうな声を上げた。何故そこまで小平太が残念そうにしているのか分からない学園長は不思議 に思い、小平太を見遣った。
「せっかくどれほど美人なのか見たかったのに!」
その言葉で全てが理解できた。そして見てみれば、小平太ほどではないがどことなく残りの五人も残念そうな雰囲気を漂わせている。 全てが理解できた学園長は六年生達から見えないように意地悪くにやりとほくそ笑んだ。
六年生達は学園長が笑んだことには気付かなかったが、学園長の隣に居たへむへむだけはばっちりとその笑みを目撃していた。 なので、学園長がまたよからぬことを考えていると察知できたのはへむへむだけだった。
「ゴホン!」
咳払いをして残念だったと話し合う六年生達の視線を自分に向けると、学園長はさっきまで機嫌があまりよろしくなかった はずの顔に満面の笑みを浮かべていた。今度は六年生達が学園長の様子を訝しむ。
「まださっき帰ったばかりじゃからのぅ、今から行けば間に合うかもしれんぞ?」
「え! やったー!」
学園長の言葉にすかさず小平太が喜びの声を上げ、学園の出入り口になっている門の方へと走っていった。その後に続いて いくつもの深緑の装束が遠ざかっていった。満足気にその姿を見送りつつ笑みを浮かべた学園長だったが、すぐ傍にまだ一人 残っていた事に気付きびくりと体を震わせた。
ただ一人仙蔵だけは未だに疑いの目で学園長を見つめていた。突然機嫌を良くさせた学園長の表情の変化にひっかかり を覚えたらしい。じっと疑いの眼差しで自分の事を見ている仙蔵に、学園長は繕うような笑みを浮かべた。
「早く行かんと帰ってしまうぞ」
「仙蔵ー」
日頃忍者の三禁とうるさい文次郎が後ろから仙蔵を呼ぶ。なんだかんだと言っても興味があるのだな。と学園長が文次郎に 視線を移すと、やっと仙蔵は学園長に向けていた疑いの視線を解いた。学園長に向かって軽くお辞儀をすると、仲間が走って 行った方へと足取り軽く向かっていった。
すっかり六年生達の姿が見えなくなるのを確認してから、学園長は浮かべていた笑みを何かを企んでいる表情へと変えた。
「ふっふっふ...」
怪しげに笑う学園長を目撃したのはやっぱりへむへむ一匹だった。




文次郎と仙蔵が門に到着すると、先に走っていった小平太たちは一本の木の後ろに四人で隠れて小松田さんと話しこんでいる様子の 美人と思われる人を眺めていた。下から小平太、留三郎、長次、伊作の順に並んで木の影から顔だけ出して眺めている姿は六年生とは思えない 程にまぬけだ。一瞬、その中に入るのを躊躇した仙蔵と文次郎だったが、他に手ごろに隠れられそうな木が無い事から止むを得ないと判断し、 四人の後ろに隠れることにした。木の陰から小松田さんと美人を見つめ、噂が本当であるのか確かめる。
だが、薄い青色の着物を着ている美人と思われる人物は笠を被っていて顔がよく見えない。雰囲気からも美人である空気 が漂っているが肝心の顔が見えなくては美人かどうかなど判断する事は出来ない。
「...笠でよく見えん」
ぽつり、仙蔵が不満を零すと文次郎も同意して「あぁ」と答える。すると、それまで固唾を呑んで美人(と思われる人物)を見つめていた 全員が緊張が解けるようにして話し始めた。
「というか、この中腰の体制はきつい! 誰だ、さっきから俺の背中に凭れてるのは! 伊作か?!」
「え、僕じゃないよ」
「長次ー、話しかけに行っちゃだめか?」
「...やめとけ」
「なーんで? ここからじゃよく見えない!」
「文次郎、お前ちょっと笠を取って来い」
「はぁ?! バカタレ! そんなこと出来るか!」
「何でだ。大丈夫だ、私たちは他人のふりをしてやるから」
「大丈夫じゃねぇだろ!!」
「おい、唾が飛ぶだろギンギン、黙れ」
「誰がギンギンだ!」
「もうー、留三郎も文次郎もやめなよ」
「おっ、喧嘩か?」
「テメー...卑怯だぞ! 俺がこの体制から動けないのをいいことに足踏みやがって!」
「は? 俺じゃねぇよ」
「嘘付け! お前以外に誰がいんだ!」
「だから俺じゃねぇっ!」
「すまん、私のようだ文次郎(小声)」
「は?! おい、俺じゃねぇ! 仙蔵だ!」
「仙蔵の所為にしてんじゃねぇ!」
「所為も何も仙蔵なんだよ!」
「テメッ、そう言いつつぐりぐり踏みやがって! 何で親指ばっか踏むんだ!」
「おいおい、文次郎やめてやれ(ぐりぐり)」
「仙蔵だっつってんだろ! 今も踏んでる!」
「ちょっと、静かにしないと...」
二人の今にも始まりそうな喧嘩を止めようと声を上げた伊作だったが全ての言葉を言う前に留三郎の怒鳴り声でその声はかき消された。
「もう我慢出来ねぇ! 親指が使いもんにならなくなったらどうしてくれる!」
「俺じゃねぇって言ってんだろ!」
留三郎が上体を起こした事によって狭い木の陰にどうにか収まっていた皆の姿勢が壊れた。文次郎に掴みかかる留三郎と それを避けようとしている文次郎は隠れていた事など既に頭には無く、木から飛び出した。そして留三郎が急に動いた事に よって姿勢を崩した長次と伊作の二人は小平太の上に倒れ、一人無事だった仙蔵は自分が起こした喧嘩に知らん顔をして 一歩離れた所でそれらをしれっとした様子で眺めていた。いつもの調子で喧嘩を始めた留三郎と文次郎を全員が呆れた目 で(一名にやにやしていたが)見ながら、やれやれとため息をついた。
「また喧嘩してるのー?」
場違いなほどにほやほやとした声が聞こえ、喧嘩をしている二人以外が視線をそちらにやった。そして、二人の喧嘩によって すっかり忘れていた、今現在の自分たちが何故ここに居るのかの理由を思い出した。声を掛けてきた小松田さんの後ろに 居た笠を被った美人だと思われる人物がこちらを見て微笑んでいたからだ。そして、美人だと思われる人物は噂どおり美人だった。 先程まで笠に隠れて顔が見えなかったが、こちらを見るのに邪魔だったのか自ら手で笠を押し上げた事によってその 顔がよく見える。美人は控えめに笑みを浮かべて楽しそうにこちらを見ていた。その姿を見た、小平太、長次、伊作、仙蔵 は思わず目を見開いてその美人に視線が釘付けになった。
「潮江くんも食満くんも飽きないねー」
自分の後ろに居る人物に目が釘付けになって動かなくなった四人には気づかずに、喧嘩を続ける留三郎と文次郎に呆れて 眉を寄せる事務員に気付き、やっとの事で喧嘩をしていた二人は相手の胸倉を掴む体制のままに動きを止め、小松田に視線 を向けた。そして、空気が僅かに可笑しな事に気付いた。
「あの、小松田さん」
何が原因でこのような空気になっているのか分からず、すっかり置いてけぼりの留三郎と文次郎だったが、そこに低くも 高くも無い声が鼓膜をうったことにより意識が声のしたほうに向いた。
そこで、可笑しな空気の原因が分かった。
「私はこれで失礼しますね」
薄い青の着物を纏った美しい人が笑みを浮かべていた。今まで掴み合いの喧嘩をしていた事など忘れ、二人はその姿に息を 止めた。だが、その笑みはすぐに見えなくなった。今まで笠を押し上げていた手を下ろしたことで、また見えなくなったのだ。
「あ、うん。気をつけてね!」
手を振り、別れの挨拶をする小松田にその人は唯一見える口元に笑みを浮かべて頷いた。それから未だに動けずにいる六年生達に 軽く会釈をしてから門を潜り学園を去っていった。

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「美人だったじゃろう〜」
何故か得意げに胸を張りながらやってきた学園長に、進めていた箸を止める。
あれから数刻経ち、六年生達は揃って夕飯を食べていた。そこに表れたのが、やけに機嫌が良さそうな学園長だった。
機嫌のいい学園長などまた何か良からぬ事を企んでいるのではないか、と今までの経験から怪しんでしまうが、怪しまれている当の本人である学園長は 六年生達の訝し気な視線など露ほども気にせずに笑顔を浮かべている。
"美人だった"と言う言葉から考えるに、昼間に表れた薄い青の着物を着た人の事について言っているのだろう。
「それでじゃ、お前らだけに特別に良い事を教えてやろう」
突然の学園長の言葉に困惑し、皆で視線を交し合うが、その中で小平太だけはその視線での会話には参加せずに瞳を輝かせた。
「良い事とは何ですか?!」
周りの空気など微塵も気にせず、右手を真っ直ぐに上げて学園長に質問する。それに学園長は満足そうに頷いた。
何か裏があるのは明らかだ。そう視線で言葉を交わす五人だったが、中々自分の話に小平太以外の者が食いついてこないから か学園長はわざとらしく声を上げた。
「よーし、では七松小平太だけに教えてやろう!」
ちらちらと五人の方を見ながら厭らしく笑う学園長は何が何でも、その特別に良い事を教えたくてたまらないらしい。
そこまで考え、五人はますますそれは良い事などではないだろうと想像する。だが、五人とは反対に小平太だけは嬉しそうに 良い事が聞ける事を待ちきれない様子でうきうきしている。
内緒話をするように小平太の耳に学園長が両手で輪を作り"自称良い事"を話している。注意深く、小平太の様子を 見つめる五人の視線の先で小平太は徐々に目を見開き、嬉しそうだった表情を驚きで一色なものへと変えた。
その反応に満足げに頷いたのは小平太の表情を一変させた学園長だけだ。見ているだけだった五人は小平太の表情の変化を 見て、その特別に良い事を知りたくて堪らなくなっていた。その様を察知した学園長はしょうがないとでも言いたげに、やれやれ と首を振ってから五人に近づいてきた。その態度にカチンとくるものはあるが、そんな事言おうものなら良い事は教えて もらえなくなるだろう。そう考えると強く出れず、黙って五人は学園長に耳を貸した。
「...今日会った美人は三日後、ここに編入してくるのじゃ」
驚いて目を丸くさせる六年生達を一瞥してから学園長は実に愉快そうな顔をして、食堂から出て行った。

昼間に見た美人な客人はどう見ても、どこぞの名のある家の令嬢に見えた。
果たしてそんな人がここ、忍術学園に編入してくるのだろうか。作法見習いで入るのだとしても少し年がいきすぎの ように見えた。自分たちと同じか、少し下かぐらいの年齢で作法見習いとして編入してくるものだろうか。
食堂には自分たち以外居ないのを良い事に今さっき学園長より聞いた"良い事"についてそれぞれ話してみるが、答えは 出てこない。堂々巡りのいたちごっこだ。
「いいじゃないか! そんな細かい事は!」
スパッと皆の考えを切り捨てたのはやはり小平太だった。
「あの子が編入して来るんだぞ? 嬉しい事だ!」
「そうだね。きれいな子だったもんね...」
「あぁ...」
昼間、一目見た姿を思い出しているのか、夢見るような心地で小平太の言葉に同意する伊作と留三郎に、仙蔵と文次郎も 考える事を放棄した。(長次は考えているのかどうか良く分からなかった)
何にしてもあの子が編入してくるというのなら喜ばしい事だ。
知らず知らずのうちに全員口元が緩み、端から見れば不気味な光景が出来上がっていたことには、昼間の光景を思い 浮かべるのに忙しくて誰一人気付かなかった。


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三日後

うきうきわくわくと朝目覚め、もしかすると"誰か"が見ているかもしれないなんていつも以上にはりきって授業をこなしたが 、その"誰か"の姿は表れなかった。
「文次郎」
「なんだ」
「居たか?」
仙蔵が問うている"居た"が誰を指しての言葉かなんて聞かずとも文次郎には分かった。なので、その質問にはすぐに答える 事が出来た。否、と首を横に振ると仙蔵はやはりなと小さく呟いた。そこに前方の曲がり角から伊作と留三郎が顔を覗かせ、 い組の二人に合流する。
「ねぇ、見つけた?」
何を見つけたのか、が抜け落ちた疑問文だったが、それでもそれが今さっき話していたばかりの事に繋がると理解した、 文次郎と仙蔵の二人は伊作の質問に揃って首を横に振った。そこに後ろから小平太と長次が走って(正確には小平太は走って、 長次は歩いてだったが)い、は組に合流する。
「なぁなぁ、あの子見つけた?」
あの子、とは今まさにここに居る全員の頭の中を占めている人物を指している。すぐに理解した四人は揃って首を横に振った。
「そっかー...」
残念そうに首を垂れた小平太ほどにあからさまではないが全員残念だと小さくため息を吐いた。


食堂に入ると、まだ他の学年がちらほらと居て夕食を食べていた。咄嗟に桃色の装束を探すも残念ながらそんな可愛らしい色 は一つもなかった。がっかりしながらおばちゃんに夕食を注文し、一つの机に六人揃って座る。食事が出来るまでの時間 にちらほらと居た生徒は随分とその数が減っていた。と、ここで小平太は自分たちが見かけていなくとも、誰かはあの子を 見かけているかもしれないと思いついた。思いついたらすぐに行動しなければ気が治まらない性分の小平太はさっそく、唯一 食堂にまだ残っていた紫色の装束の集団に居た、見知った顔に声を掛けた。
「滝夜叉丸、今日編入してきたくのたまを知らないか?」
急に話し掛けてきた小平太に滝夜叉丸は少し驚いたようだったが、日頃から委員会も同じという事もあり、小平太の突飛な 行動などには慣れっこらしい。すぐに表情は戻し、くのたまが編入してくると言う小平太の質問自体初耳だったのだろう、 滝夜叉丸は首を傾げつつ知らないと答えた。そこで仙蔵は喜八郎に、文次郎は三木ヱ門へと視線で小平太と同じ問いかけを 尋ねるが、返ってきたのはやはり滝夜叉丸と同じ、知らないという言葉だけだった。
「あんなきれいな子が入ってきたら大騒ぎになってると思うんだけどな」
思うような答えが四年から返ってこなかったので、がっかりと肩を落としつつ話すのはやはり今日編入してくる予定の三日前 に見かけたあの子についてだ。思い出すのは笠から見えた美しい微笑み。
「まさか学園長が嘘をついたのか?」
「えぇー! そんな!」
まさかの学園長のデマ説の浮上に皆、顔を顰める。だが、誰もそんなわけはないだろう。学園長が嘘を言うわけが無い! と否定する者は居なかった。六人の頭に浮かぶのは「ありえる」の文字だった。
学園長のデマ説に暗く落ち込む六人が座る机周りはどんよりと暗い空気が漂っていた。その重苦しい空気の中に、不釣合い な明るい声が割って入った。
「くのたまの方にも今日編入生が来てたんだね〜」
語尾が間延びする話し方に、その声がタカ丸のものであるとはすぐに気付いた。食堂の中で唯一話しているタカ丸に自然、 視線は紫の装束の中で頭一つ分ほど飛び出て大きな姿に集中する。食堂の中の視線を一身に集めているとは気付いている のか、いないのか、タカ丸は別段気後れする様子もなく言葉を続ける。
「すごい偶然だね。もしかしてくんの知り合い?」
タカ丸が話を振ったのは、タカ丸の隣に座る人物だった。と、そこでいつもは四人で居る四年生が五人居る事に気付いた。 ついでに言えば""と言う名前自体初耳だ。そんな事を考えつつもその""と言う人物を確認しようとは思わない。自分たちが知りたいのは あの女の子の事であって男などには興味が無い。それでも、もしかするとそのと言う四年生とあの子の繋がりがある可能性も 捨てきれないので、タカ丸達の会話に耳を傾けながら六人は食事を勧めた。
「いえ、知らないです」
タカ丸の問いに答えたのは低くも高くもない声だった。瞬間、六人の頭に浮かんだのは三日前の薄い青の着物を纏った美しい 少女の姿だった。はっとして六人がほぼ同時に立ち上がった。
驚いたのは四年生たちだ。食事の最中に突然立ち上がった六年生に目を丸くさせる。
だが、六人が見ていたのはタカ丸の隣に座る""という人物だった。六人分の目、十二個もの目で凝視されたという人物 は目をまんまるにさせた。それでも相手は先輩ということもあり、失礼な態度を取らないようには無理やりに引きつる笑みを浮かべた。
それから...
「お久しぶりです」
ぺこり頭を下げた。
その顔は間違いなく、三日前に会った薄い青の着物を纏った美しい少女のものと同じものだった。
「......!」
絶句の表情を浮かべる六年生の様子には今の言葉が何か気に触ったのだろうかと冷や汗を流す。
「男っ?!」
半ば叫ぶような伊作の問いには引きつった笑みを、苦笑に変えた。それから恥ずかしそうに頬をかく。
「あの時は女物の着物を着てましたけど、正真正銘男です」
「お、おとこ...!」
目をこれ以上ないというほどに見開く六年生に、は完全に自分が女であると勘違いされていたのだと悟った。
そこで何故、女装をしていたのかの理由を簡単にでも話すべきだと判断した。置いてけぼりを食らった四年生たちはと 六年生を順に見つめ、話の流れを掴もうと頭を働かせる。
「私の家は昔から男児は女装をするという決まりがありまして...丈夫な男に育つようにという願掛けのようなもの なのですが」
「聞いたことあるね」
一人いつもの調子で同意を求めて滝夜叉丸に話しを振る喜八郎に、滝夜叉丸は心の中で「私に話をふるな!」と叫んだ。 皆の注目を浴びたいと常日頃から考えているはずの滝夜叉丸だが、この微妙な空気の中では注目を浴びたくはないようだった。 喜八郎は返答してくれない滝夜叉丸から三木ヱ門へと視線を移したが、視線が合う前にサッと目を逸らされた。次にタカ丸に 視線を向けると苦笑のようなもの返され、思うような返事をしてくれないのでしょうがないとでも言うように食事を再開した。
六年生の尋常ではない様子を放ったらかしにして食事を取るなど出来ない喜八郎を除く四年生の面々は、視線を落として 目の前の食事をじっと見つめる。
「あの、すみません。...紛らわしい格好をしてきて...」
この空気に耐え切れなくなりが小さく謝罪を口にした。先輩を勘違いさせてしまった事を心底悪いと思っている様子で背を 丸めている。しゅんと俯くその姿に、まるで自分たちが寄ってたかって苛めているようだと気付いた六年生たちは気まずさを隠しつつ席に ついた。その際に「ごめんね。僕たち勘違いしてて」「ちょっと、驚いてな」とに謝った。それから「これからよろしくな!」 などと編入してきたに今更ながらに挨拶してみたりする。強引な話の変え方だったが、それでもは嬉しかったらしい。 三日前、女だと勘違いした美しい笑みを浮かべこくこくと頷いた。


箸を持ち直し食事を再開した様子の六年生たちの姿を確認した四年生たちは、とりあえず良かったと小さくため息をついて から自分たちも食事を再開するために箸を握った。
「男かー」
「...男」
「男だったのか...」
「男の子...」
「そうか、男か...」
「男...」
落胆を隠し切れない様子の六年生たちの呟きはもちろん四年生たちの耳にも届いたが、思いやり溢れる後輩達は何も 聞かなかった事にしようと、黙って食事を続けた。


落胆し、食事を黙々と続けていた六人だったが、思い返してみれば確かに彩が女であるとも、くのたま教室に編入するとも 聞いていなかった事に気が付いた。そして学園長が何故この話にあんなにも食いついてきて楽しそうにしていたのか合点が ついた。

「美人だとは言ったが、わしはを女だとは一言も言っとらんもーん」

心の底から楽しそうに笑う学園長の姿が頭の中に浮かび、六人は苦虫をかみつぶした。






だって男の子だもん







(20100715)