「善法寺先輩は先輩のどこが好きなんですか?」



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胸の中に溜まり続ける黒く醜い感情はその大きさを肥大させ太っていくばかりで、小さくなるなんて事は無い。 その溜まったものを少しでも吐き出すことが出来るかもしれない、そんなありもしない事を考えて声を出した。 結果、今の私の胸の中の黒い物はその大きさを小さくするなんて事は無く、ますます肥大した。
そう遠くない日に、私の体は これでいっぱいになってしまうかもしれない。

「私って一人遊び上手...」

自分で質問してその答えに傷付いて...、それを繰り返した私の心はきっと血が吹き出ている。 まだ直りきらない傷口が今日また開く事になったのだ。じくじくと痛みを主張する胸に、思わず眉を寄せる。

「なに? ちゃん」

私の独り言を拾い上げたタカ丸さんが興味あり気に私を見つめる。くりくりした瞳と猫のような口は愛嬌たっぷりに笑っている。 同級生である彼は本来ならば善法寺先輩と同じ六年生であるはずの年齢だ。だが途中編入という事もあり、四年生に その籍を置く事となった。だから彼は同級生でありながら二つ年が上だ。
そんな忍たまであるタカ丸さんとくのたまである私の関係はというと、良く分からないものだ。一度、実習でタカ丸さんと ペアを組んでからというもの、何故か私はタカ丸さんに気に入られたらしい。それからというもの私の姿を見つければ タカ丸さんは声を掛けてくれるようになった。ただ挨拶だけをしてくるだけの時もあれば今日のように屋根の上に 居る私を見つけて隣に座ってくることもある。まだ忍たまとして日が浅い彼は、屋根を登ってくるだけでも一苦労で、 見ているこっちがひやひやするほどに危なっかしい足取りで上ってきた。
帰った方がいい。とはっきりと告げる私の言葉に、そうだね。と返す彼の表情は困ったように笑んでいた。しょうがなく私は自分の手よりも大きなその手を 握り、屋根の上に引き上げてあげた。
暢気にすごい景色だと話し始めた彼に適当な相槌を打ちながら、私の目には医務室での出来事が写し出されていた。
正確には善法寺先輩の照れた顔。
思い出してはまた、私は今も血が流れ続けている傷口を広げた。
じくじくと痛むそこはかさぶたになる暇もなく、また傷付くことになるだろう。そうやって私は傷の上に傷を重ねて きたのだ。決して傷付きたいわけじゃないけれど、気付けばそうなっていた。

――何故、私は好きな人の嬉しそうな顔を見ても喜ぶ事が出来ないのだろう。

何度目になるのか分からない自分自身に対しての問い掛けの答えはいつだって、知ろうと思えば知る事が出来るすぐそこまで 見えている。けれど私はその答えを知る直前になってそっぽ向くのだ。それを知ってしまうときれいなままでいる事が出来ない。 その境界線を越えた向こう側にあるのは汚い自分だ。だから私は分からないふりを続ける。
抱え込んだ膝の上に頬を乗せて、小さく息をつく。すると今まで耳に流れ込んできていた音が止んだ。すでに彼が 何と言っているのか聞く気も無かった私にはそれは“声”というよりも“音”でしかなかった。

「...大丈夫?」

やや間を置いて恐る恐る紡がれたであろう言葉に顔を上げれば隣の彼が、瞳に心配気な色を浮かべてこちらを見ていた。 そっとついたつもりでいたため息は思いのほか大きな音がしたのだろうか。それともこんなにも陰気な空気を纏っていれば 何かあったことは一目瞭然、ということだろうか。
どちらにしても、タカ丸さんは私の顔色を伺うようにしてこちらを覗き込んでいる。
途端に彼の話に生返事しか返していなかった事にちくりと罪悪感を覚えた。

「大丈夫です」

返した言葉は当然本心ではない。上辺を繕っただけの言葉でしかない。
そのことに察しのいいタカ丸さんはきっと気付いてる。一瞬、彼の口元が何か言おうと開いたのを私は見逃さなかった。 けれどもそこから音が漏れる事はなく、きゅっと唇は引き結ばれた。

「...そっか」

眉を下げて情けない顔をした彼の口から零れ出た言葉には何かを諦めた響きが含まれていた。
タカ丸さんと私の間に引いてある線を彼は飛び越えようと何度も試してくる。じりじりと距離を縮め、あと一歩足を 踏み出せばこちら側に来れる。けれどその時になってその一歩を踏み出す前に私が拒否すれば彼は途端、その場で足踏みする。
決して無理にこちら側には渡ってこようとはしない。
それを良いことに私はタカ丸さんの優しさに胡座をかいているのだ。










ソリティアへ招待
タカ丸さんがどういった理由で私に優しくしてくれるのかについて分からないふりをして、傷付いたタカ丸さんの表情に私の気分は少し晴れた。






(20110524)