夢と現の間を彷徨っていた時だ。わずかに物音が聞こえて私は薄く目を開けた。まださっきベットに入ってからそれほど時間は経っていないようだ。 それから布団の中に進入してくる何者かの気配を感じた。ごそごそと侵入者はその大きな体をシーツと布団の間に捻じ込もうとしている。 その大きな体の持ち主が甘えんぼな大型犬でないことは分かっている。 「...あせくさい」 唐突に発した声を擦れていた。 隣でごそごそ動いていた侵入者の動きがピタリと止まった。 「やぁ、起こしてしまったかい?」 「不法侵入だ」 侵入者の問いには答えずに眉根を寄せて呟いてみせる。寝ていたところを起こされたのだから眉根を寄せる行為はとても 簡単に出来た。 「そうさ。だって窓が開いていたんだ」 悪びれないどころか「窓が開いていたのだから当然中に入るさ」と世界の常識みたいな口調で言われた。そんな常識 私は知らない。窓が開いてればどこの家にでも侵入するのか、と言ってやりたいところだけれどその台詞は前回に使った。 確か返答は...まさか! だった。オーバーなリアクションで驚いていたのを思い出す。 彼は日頃から一々とても大げさだ。 一度目の嫌味は不発に終わったので新たな言葉を考えて「こんな6階のマンションに窓から進入できるのはキースかスカイハイぐらい」と、ヒーローなのに不法侵入 するなんてと、嫌味を込めて言ってやった台詞はまたしても相手には通じなかった。 「あぁ、確かにそうだ!」 まるで私が最高に笑えるジョークを言ったかのような反応を返された。そこで私は嫌味を言う事を諦める事にしたのだ。 もしかするとわざとかもしれない。私が諦めるのを狙っているのかも...そこまで考えてそれはないなと早々に自分の 想像を否定した。 「...おい」 「なんだい?」 あれやこれやと考えているうちにキースは私のベットの中に潜りこむことに成功したようだった。私の隣に寝転んで満面の笑み を返してきた。ジッと見るとにこにこと笑みが返ってくる。ため息をつくと勘違いしたようで「シャワーなら明日浴びるよ」 と言ってきた。別にシャワーを浴びてないからため息をついたんじゃない。今日も流されてしまう私自身に対して ため息をついたのだ。ついでに言わせて貰うなら明日にシャワーを浴びるのは遅いんじゃないだろうか。汗臭いって 言ったのは今なんだし。 不安げな子犬のようなまなざしを向けてくるキースに私は結局絆されてしまうのだ。まったく、こんな大きな子犬見たこと無い。 だからと言って日頃からテレビの中で大活躍しているヒーローにも見えない。どうもスカイハイとキースが同一人物だとは私には思えないのだ。 すっかり目が覚めてきてしまっているけど眠気は残っている。私はまた目を瞑り体の力を抜いた。 「怪我はしなかった?」 見えなかったけれど私の一言でキースの表情がパッと明るくなったのが空気で感じられた。 私の左腕にキースの熱を持った腕がくっついた。 「大丈夫! そして大丈夫だ!」 大丈夫なのは確信していた。だって大怪我をしていれば彼は今ここには来られていないだろう。 何故かここにキースが来るのはスカイハイになって活躍してきた後だ。ヒーローとしての仕事が終わって普通なら家に帰るだろう 所を何故か彼はうちにやってくる。疲れたら家に帰ってゆっくりしたいんじゃないだろうかと思うのにだ。 まぁ、実際うちに来てもゆっくりしているのだから関係ないかもしれない。 「抱きしめてもいいかい?」 「...潰さないなら」 「潰さないよ! 誓って」 「じゃあいいよ」 色っぽい台詞のわりにそのままの意味しか持っていないので胸が高鳴るなんてことはない。...と言ったら少し嘘になるかもしれない。だから 私はわざと茶化すような言葉を返すのだ。それにキースは大真面目に答えて芝居がかったように両手を合わせた。神に誓うポーズらしい。 思わず笑ってしまうとキースも真面目くさった顔を崩して笑った。 さっきまで無理やりベットに潜り込んでくる甘えんぼの大型犬のようだった彼が人に戻った。両手を伸ばして私に抱きついてくる 。すっぽりキースの腕に抱えこまれ私は抱き枕にでもなったような気分になる。意外なことにキースの抱き枕になるのはそう悪いもんじゃない。それどころか 結構ぐっすり眠る事が出来る。 この状況が夢みたいなものだと思っているからかもしれない。 あのキングオブヒーローのスカイハイが不法侵入してきて私のベットの中に潜り込んで隣で寝てるなんて中々信じられない話しだし、現実的じゃない。 つまるところ私はこの状況を頭の中で夢と考えているらしかった。 (20110619) |