お? お? おぉ? 抜き足差し足でそろそろと近づくもピクリとも動かない。 珍しい光景を前に私の悪戯心がくすぐられた。勝手にニヤつこうとする顔を抑えこんで真剣な表情を作り、ピクリとも 動かないその人の唇に当たりそうなぎりぎりのところに手を持っていく。 「し、死んでるッ...!」 「......生きてます」 「ひっ!」 ▼Tadanosikabanedehanaiyouda 急に手を掴まれて私は情けない声を上げてしまった。 むくっと起き上がったバーナビーさんは口元にかざした私の手を掴みながらもう片方の手で机の上に置いてあったその特徴的な形をした眼鏡を拾って装着した。 「...何くだらないことしてるんですか」 くいっと眼鏡を上げる仕草をしながら心底呆れた風にバーナビーさんがため息と共に言葉を紡ぐ。その声は少し擦れて いていつもより低い。枕代わりにしてた腕の服の皺が顔に印刷されてたら面白かったのに、寝起きとは思えないほどに いつもどおり嫌味なほどに完璧だった。 「珍しかったもんですから。あのー...それより手を離してくれませんか...」 「さんにしてもおじさんにしてももう少し年相応の落ち着きというのを身につけたほうがいいと思います」 「あー、はいぃ...。昨日は徹夜でもしたんですか?」 「いえ、少し寝つきが悪かったので...」 「ほうほう、お昼寝したら夜寝れなくなりますよねー」 「僕はお昼寝なんてしてませんけどね」 「...そうですか」 「はい」 「...」 「...」 「あっ、そういえばもう一回眼鏡外してくださいよ。そして手を離してくださいよ」 「...はぁ?」 「だって私ちゃんと見てないんです」 「...そんなこと僕の知ったことではありません」 「...ケチ」 「...今なんて?」 「別になにも言ってないです」 「嘘つかないでください。ケチって言ったじゃないですか」 「き、聞こえてるじゃないですか!」 「えぇ、聞こえました」 「開き直るとは...!」 「何か文句でも?」 「イエ、ナニモ...」 バーナビーさんは重力を操ることが出来るのか?! と思ってしまうほどに肩にかかる重力が重く感じる。 鋭い眼光を放つバーナビーさんと目を合わすのは心臓に悪いので(もちろん理由はそれだけじゃないけども。整っている顔とかね) 私はそろそろと視線を泳がせた。 バーナビーさんはジッと私を見ていたかと思うと何か考えてるかのようにそのきれいな顔の眉間に皺を寄せて難しい顔をした。 多分私には想像もつかない難しいことを考えているんだろう。 えーと、例えば...何故人は満たされないのだろう。みたいな。 何だか哲学的なこと。あくまで私の勝手なイメージでバーナビーさんはそういう難しい事を考えてそうな顔をしている。 「いいですよ」 「...え、何がですか?」 「眼鏡ですよ。あなたから言い出したくせになんなんですか」 「あ、眼鏡! いいんですか?」 予想に反してバーナビーさんは哲学的なことを考えていたわけでは無かったようで、私の発言について前向きに検討 してくれていたらしい。物凄く意外だ。 「いいと言ってるじゃないですか。全く...さっき言ったことをもう忘れるなんて信じられません」 「ハハハ...だってバーナビーさん絶対嫌って言いそうだと思ってその話は終わったもんだと...」 「別に眼鏡くらいいいです。ケチではないんで」 「...バーナビーさんって結構根に持つタイプ...」 「何ですか?」 「イエ、ナニモ...」 「聞こえてますよ。根に持つタイプだとか...記憶力がいいんです。あなたと違って」 「...地獄耳」 「耳がいいと言ってください」 「イエスマム!」 「僕は女性になったつもりはありません」 ほんの冗談のつもりで紡いだ言葉はバーナビーさんによって即座に叩き落される。 まるで鬱陶しいハエを叩き落すみたいだ。そしてバーナビーさんのハエを殺す腕前は一級品だった。 「そのかわり眼鏡はあなたが外してください」 「え、私がですか? というかそろそろ手を離してほしいんですが...」 「えぇ、あなたが外して欲しいというんですからあなたが外してください」 「...レンズに指紋がついてもいいんですか?」 「そう思うならレンズを触らないように気をつけてください」 「はい...」 「...」 「(ごくっ)」 「...」 「し、失礼します! オッス!」 「なんでどもってるんです...それにオッスって...」 何でなんてバーナビーさんともあろう人が分からないのだろうか。緊張してるからに決まってるだろ! 眼鏡を外すだけで別にバーナビーさんに触れるわけでもないのに私はすごく緊張していて、今にも口から心臓が飛び出そうだった。 何故か手を握って放してくれないので、片手での作業となる。これは慎重にしなくてはレンズに触れてしまうかもしれない。 そっと手を伸ばすも私の心臓はドッドッドッ! と胸を突き抜けそうな勢いで脈打っている。汗がじわじわと手から 染み出してくる。 「あの、目を瞑ってくれませんか...」 「いやです」 「(即答!)」 バーナビーさんが私をガン見している...。ここまで緊張している大きな理由だ。 もしかしたらさっきの仕返しなのかもしれない。たどたどしい動きの手とは反対に頭の中はぐるぐると忙しく動き 続けている私はこんな状況になった理由を考えていた。もう眼鏡とかどうでもいい...ってことはないけど、もう諦めたい 気分だ。なのにバーナビーさんの先を促すような視線にそれを言う事も躊躇われる。 第一私が言いだしっぺなのにやっぱりやめた! なんて言い難い...。 「早くしてくれませんか」 「は、はい!」 ただ眼鏡を外すだけだ。ツルの部分を持ちあげる、それだけ。簡単だ。こんなもんちょちょいのちょいだ! 頭の中で一度シュミレーションしてイメージを固めてから私はレンズに触れないよう細心の注意を払ってツルを持ち上げた。 バーナビーさんの金色の前髪が一房眼鏡に引っかかって揺れた。 その一連をバーナビーさんの視線が追いかけてくる。眼鏡を外す事には成功したけどこの後どうするかなんて何も考えて いなかった。思った以上に近いところでバーナビーさんの目が私をジッと見ている。 何か...何か言わなくちゃ......。 「...めっ、眼鏡がなくてもかっこいいですね...」 かっこいいバーナビーさんとは反対に私はかっこ悪く声が裏返った。その私のかっこ悪いのが面白かったのか、 フッと小さくバーナビーさんが笑った。......笑った?! 「ぎゃ!」 バーナビーさんの笑顔に目が釘付けになっていると突然ぐっと腕を引っ張られた。 急なことに私は踏ん張る事も出来ずにバーナビーさんの胸に顔から飛び込みそうになった。咄嗟に片手を出してバーナビーさんの肩に 掴まったのでどうにか助かった。ハッとして片手に持ったままだった眼鏡も無事だったことを確認して安堵しながら 、突然なにするんですか?! と早速文句を言おうとしたが今の状況に驚き 言葉はまた喉の奥に引っ込んでいった。 「すいません。眼鏡が無いので距離感が掴めないんです」 「(...近い!)そ、そ、そ、そうですか! じゃあ眼鏡返します!」 「後にしてください」 「え? 見えないんだったら眼鏡をした方が...」 「机の上に置いといてください」 「いや、見えないんだったら...」 「ちょっと静かにしてください」 「あ、はい...」 「今僕は眼鏡が無いので何も見えない状態です。だから...」 「(...嫌な予感がする...というか見えないなら眼鏡すればいいのに...)」 「これぐらい近づいてもらわないと誰だか分かりません」 「だっ...誰か分からないってっ...私以外の人なわけないじゃないですか!」 バーナビーさんは何をボケたことを言ってるんだ?! すぐそこ...息が掛かりそうなぐらい近いところにあるバーナビーさんのおキレイな顔から逃げるために顔を背けながら バーナビーさんの珍しいボケにつっこむ。 「いえ、万が一という事もあります」 「ありませんよ! じゃあこれは誰の手だって言うんですか?!」 「ヒーローは常に万が一の事態というのを考えてなければいけないんです」 「この場面で万が一はいらないです! 万が一の無駄遣いですよ!」 「万が一に無駄遣いなんて存在しません」 「存在します! というか手を...手を離してください!」 「いやです」 「(即答!)眼鏡!...眼鏡を落としちゃいそうです! 今すぐ手を離してくれないと! ヤバイ! 後10秒くらいで落としそうだ!」 「いいですよ。同じ眼鏡5つあるので」 「えっ...! 5? え? ファイブですか?」 「ファイブです」 同じ眼鏡を5個も持っているというバーナビーさんに思わず今の状況も忘れて聞き返すと真顔で頷かれた。 ...え? 何で同じ眼鏡を5個も持ってるんだろう。予備にしても5個は多すぎるんじゃないだろうか...。なんて考えていると 足音が聞こえた。ハッとして振り返ると虎徹さんが唖然としてこちらを見ていた。 「...う、うわぁー!! バニーちゃんが...バニーちゃんが! 兎から狼に進化したー!」 「なっ、おじさん...?!」 「ぎゃー!! 虎鉄さん違います違います誤解です! バーナビーさんはあの頃のまま兎です!」 「僕は過去に一度だって兎だったことはありません! というかおじさんはとっととどこかに消えてください」 「...ひでぇー! 仕事を終えて帰ってきたおじさんに対してひどい! そんなこと言うんだったらバニーちゃんがを襲ってたってみんなに言いふらしてやる!」 「えぇ、どうぞ」 「ぎゃあああああ!!!! 違いますって全て誤解です! 私襲われてないです!」 「え...?」 「..え?(何かまずいこと言った...?)」 「そういうことです、おじさん。これは合意の上です」 「...?!」 「...え、あ、そうなんだ。とバニーちゃんってそういう関係...だったんだ...?」 「ノーノーノーノー!!!!」 「イエスイエスイエス」 「え?バニーちゃんの声が被さってよく聞こえない...それとバニー真顔でイエスイエス言わないで、怖いから」 「そうですよ。バーナビーさんはもっと笑った方がいいですよ」 「......僕の笑顔が見たいとでも言うんですか、さん」 「そうですねぇ。あっ、けどあのわざとらしいほど爽やかなのはいらないです。あくまで自然な感じのを」 「え? なになに? どういうこと? おじさん話がホップステップしすぎてついてけないんだけど?」 「おじさんは黙っててください!(カッ!)」 「はい...(こわっ!)」 「...じゃあさんが僕を笑わせてください」 「...な、なんだってぇー! こりゃあ難題だー!!」 「(バニーちゃんの顔本気なんですけど...え? 意味通じてないんじゃないのに...)」 「あなたが見たいと言ったんでしょう?」 「まぁ、確かに...それじゃあ頑張ります。オッス!」 「はい。頑張ってください」 「(え? え? 色々ツッコミどころがありすぎておじさんわけが分からないんだけど!)」 (20110630) |