「......?」 「(ビクッ)あっ...! イ、イワン奇遇だね、こんなところで会うなんて!」 「...こんなところって」 「(ギクッ)」 「ここ僕んちの庭だけど...」 「...」 「...」 「...おや? 不思議なこともあるもんだ...」 「...」 できそこない不夜城
「それで、どうしたの?」 「なにが?」 イワンが何を指して、どうしたの? と尋ねているのか分かっていながら私はとぼけた。それが分かってるイワンは 少しめんどくさそうな顔をして私を家に招きいれた。つっかけてきたサンダルを適当に脱ぎ捨てて部屋に入ると、 イワンが咎めるような視線を寄越したので、お前はオカンか! と胸の中で呟きながらしょうがなくきちんと並べる。 そしてしょうがなく私はとぼけたふりをするのをやめた。さっきまで暗闇の中にいたので人工的な光りに少し違和感を覚える。 何度か瞬きして目を慣らす。 「そういう夜ってあるじゃん?」 「...人んちの庭に侵入したくなる夜?」 「違うわよ! まるで私を犯罪者扱いして...! あんたたち正義の味方はいつもそうよ! 正義の鉄槌とやらをすぐに振りかざそうとする! これだからヒーローは嫌なのよッ!!」 ヒステリーを起こすドラマのヒロインのような口調で言えば、心の底からめんどくさそうにイワンが、はぁ...とため息をついた。 ここでツッコムこともボケを被せる事も出来ないなんて、なんてつまんない奴だろうか。けど今はそのつまんない奴に会うために遠路はるばる隣の家からやって来たのだ。 私はダメ出ししたい気持ちを堪えてあらかじめ考えてきていた言い訳を口にした。 「いやー、なんかさぁイワンとこの世界の未来について語り合いたくなっちゃってさー」 「...今から?」 「うん。朝まで語っちゃお☆」 「...僕今から寝ようと思ってるんだけど.....」 迷惑そうというよりは申し訳なさそうな顔をするイワンは本当にお人よしだと思う。 寝ようとしていたときに誰かが来ても私なら素っ気無い態度をとるだろうけど、イワンはちゃんと私の相手をしてくれる。 追い払おうとも、つっけんどんな態度も取らない。 そのことに気をよくした私は風呂上りで肩にタオルを掛けっぱなしにして肩に雨を降らせてるイワンの頭を拭いてあげることにした。 寝室に向かうイワンの後をついて行きながらイワンの髪をタオルでわしゃわしゃと拭いてあげる。 気分はずぶぬれの犬を拭いてあげる優しい飼い主だ。 「お客さん痒いとこないっスかー」 「...痒くないけど痛いです」 「お客さんわがままっスねー」 「...」 心優しい美容師の私はお客さんの要望に答えるためにでしょうがなく手の力を緩めてあげることにした。まぁ、 美容師というよりはトリマーって感じだけど。あらくたく、本当に犬にしてるみたいに拭いたので 多分タオルの中のイワンの髪はすごいことになっている。 一度、髪を梳いておかないと明日の朝はセットする時間がいつも以上にかかることになるだろう。だが、イワンは 何も思っていないのか、諦めたのか抵抗する様子もなく私のされるがままになっている。 腕がそろそろだるくなってきたと思ったところでようやく寝室に辿り着いた。いつもどおりきれいに片付けられた寝室を 眺めながら私は中に入った。今更躊躇とかは無い。この部屋が日本風に変えられる前から知っているのだから。 イワンが日本形式に地べたにそのまま敷いてある布団の上に座ったので、私は棚の上に置いてあった櫛を手にとってイワンの後ろに座った。 「じゃあ私が勝手に語ってるからイワンは寝てて」 「え...」 「けど起こしたら起きてね」 「えぇー...」 起こされる事には抵抗があるらしく不満げな声を上げるイワンだけど、起こしたら起きてくれることは立証済みだ。 櫛どおりの悪くなった髪を苦労しながら梳いてあげると(イワンは時々痛みに声を上げていた)まだ湿り気味だった髪は真っ直ぐ下に降りた。 いつもは外ハネしてるイワンの髪が真っ直ぐ直毛になったので私は正面に回ってその姿を見てみた。 「ぶはっ!」 吹き出した。 笑いが止まらなくなった私を見てイワンはせっかく整えてあげた髪をぐしゃぐしゃにして口をへの字にしてから布団に潜り込んでいた。 拗ねているのかこちらに背を向けている。けど、笑いがどうしても収まらなくて私はその場で3分ほど笑い転げた。 「...ねぇ、ほんとの理由は?」 笑いすぎて呼吸が乱れていた私は寝転んで天井のシミを見つめながら呼吸を整えているところだった。 そこに唐突にイワンの言葉が落とされ、少しうろたえた私は顔を左に倒してイワンを見た。その視線に気づいたように イワンが布団の中で体を反転させてこちらを見た。もう口はへの字じゃない。 そうだった。意外に鋭いんだ、こいつは。 「一人で部屋にいると誰かの視線を感じる時ない...?」 「...う、ん?」 「ハッとして後ろを振り返っても居ない。確かに誰かの視線を感じるはずなのに...!」 「...」 「つまりそれはこの世の物ではない物たちの視線...」 「...」 「...」 「...怖いテレビ見たの?」 「あ、うん」 イワンが呆れた顔をしたので私はムッとした顔を作って、寝転んだまま体を回転させて布団の上まで転がった。 こういう時ベットじゃないのは便利だ。 「や、やめてよ...!」というイワンの声はきれいに無視して私はイワンの上に乗っかった。イワンが抵抗して布団の 中で動き回って落ちそうなので布団越しにイワンの体に掴まる。ちょうど日向ぼっこしてる亀が亀の上に乗ってるみたいな格好だ。 誰かに記念の写真を撮って欲しい。 「じゃじゃーん」 「! 潰れそうだからどいてよ...!」 うそつけ。 昔のイワンならぺしゃんこに潰れてたかもしれないけど今のイワンは体を鍛えていて体だってほどよく筋肉がついている。 それに何よりこの街を守るヒーローなんだ。間違っても私が乗ったぐらいでは潰れない。 布団越しにイワンに抱きつくと、抵抗していたイワンの動きがピタッと止まった。 そろっと布団から赤い顔を出してこちらを見た。イワンのアメシストみたいな紫色の瞳が私は昔から大好きだったけど 今はその瞳を見れそうにない。顔をイワンの背中に(正確には布団にだけど)くっつけてアメシストから逃げる。 「...?」 「...今日はここで寝ることにした」 「...え!」 「伽椰子が追いかけてくる気がするからイワンにくっついとく...」 「え...えっ!」 「伽椰子が来たらイワンを囮にするからよろしく」 「え!」 イワンが何かをぶつぶつ言っているのを聞きながら私は目を瞑り、イワンに抱きつく腕の力を強めた。するとぶつぶつ 言うイワンの声が聞こえなくなった。イワンの力だったら私を簡単に跳ね除けることが出来るのにそれをしない。 多分このまま私が眠りにつくと私を布団の中に寝かせて自分は適当な布団を引っ掛けて寝るんだ。 イワンはヒーローのくせに優しすぎる。 ヒーローだから優しいんじゃなくて、ヒーローのくせに優しすぎる。 本当は伽椰子なんてたいして怖くない。だって呪怨は何度も見たし、何より作り物だって分かってる。幽霊はいると思うけど 伽椰子はいない。架空のものだ。 私がほんとに怖いのは...... 今夜は輝きそうにない
(20110710) |