(は僕が何も分かってないと思ってる。)

折紙サイクロンとして召集された。
今日の僕たちヒーローが追うべき犯人は強盗犯だった。
銀行に押し入り、中に居た人たちを銃で脅して袋にお金を詰めていた矢先に僕たちが現場に辿り着いた。 アニエスさんから事前に、強盗犯は僕たちと同じNEXT能力者だと聞いていた僕たちは警戒していた。 これは手ごわいかもしれない。現場に向かう道中に考えていた僕の予想は当たり、想像以上に犯人は粘った。向こうも必死だったのだ。
どうしても金が必要だったと犯人は叫んだがそれで許せば秩序も何もなくなってしまう。いくら事情があったとしても許されないことをしたのだ。 追い詰められた犯人は最後、悪あがきして人質のうちの一人の男の子に手を伸ばした。男の子の一番近くに居たのは僕だった。
飛び掛ってきた犯人から男の子を守るために僕は前に飛び出した。一瞬の出来事だった。
男の子を腕に抱いて犯人の手から逃げるために地面を転がった僕は壁に身体を叩きつけて軽く脳震盪を起こしていたらしく、気がつくと全て終わっていた。






今日もねむれないんだね







少しだけ怪我をしたけれどこんなの怪我のうちに入らない。
強盗犯は結局バーナビーさんが捕まえた。
ポイントは貰えたけれどやっぱりまだまだだなぁ、と重いため息をつきながら家路への道を歩いていると家の前におばけが居た。 典型的な白いシーツを被ってるように見えるおばけだ。ハロウィンとかでよく見るけれど今はそんな時期じゃない。 それじゃあ本物ということだろうか? 自分で本物という可能性を上げておいて僕はその意見に半信半疑だった。
さっきまでの落ち込んでいた気持ちなんて忘れて僕はそのおばけを凝視した。本当におばけなのかどうか見極めるために。 怖いとは思わなかった。ただ僕の中で好奇心だけが膨らんでいくのを感じた。
けれどすぐに大きく膨らんでいた好奇心はおばけの正体に気づいてパチンと弾けて消えた。
代わりに頭の中は驚きでいっぱいになった。 おばけの正体は白い大きなバスタオルを頭から被っただった。思わずその場で足を止める。正直、おばけが家の前に いたことより驚いた。
はバスタオルが頭から落ちないように両手で握りながら必死な様子で僕のところまで走ってきた。 あまりにも必死な様子に僕は言葉が見つからなかった。はそんな僕にお構い無しで真っ白な手を伸ばしてきて僕の頬に触れた。 一瞬ぴりっとした痛みを感じて顔を顰めるとが瞳を揺らして静かにゴメンと謝った。聞き逃してしまいそうなほど小さな声なのに、それは僕に大きな衝撃を与えた。
言葉を探しながらが触れた場所をなぞると絆創膏があった。その下にはさっき作ったばかりの傷がある。いつになく元気の無いは自分の手を弄って俯いている。

「...どうしたの?」
「あー、えと...」

いつもぺちゃくちゃとよく動く口が今日は珍しくおしゃべりすることを躊躇しているようにぎこちない動きしかしない。 口だけではなく、目はきょろきょろと落ち着き無く宙を彷徨っていてその分かりやすすぎるリアクションにが焦っているのが分かった。
珍しく言い訳を考えていなかったらしい。

「また怖いテレビ見たの?」
「そっ、そうそう!!」

ぱっと振り向いた拍子にバスタオルが頭から落ちて肩に乗り、濡れたままの髪から雫が飛んできて僕の顔に当たった。...痛いし冷たい。
けど僕の顰め面に気付く様子が無いは水を得た魚のようにマシンガンの如く話し始めた。
困っている様子だったからつい助け舟を出してしまったけれど黙っていた方が良かったのかもしれない。

「今日は初心にかえってエクソシストを見たんだけどあの階段を下りてくるシーンとかイワンと見てたら笑い飛ばせる のに一人で見てたらすごく怖くなっちゃって、ほらブリッジしながら階段を下りてくるってよく考えたらまさしくホラーだし! どう考えても人間業じゃないよね。人間じゃなくて悪魔だけど...。それからえーと......まぁ、他にもなんか色々怖かったからイワンのとこに来たの」

一息に...一度も息継ぎせずには話しきった。二酸化酸素を吐くばかりで酸素を吸っていなかったから大きく息を吸い込んでいる。 最後の方が雑だったのはきっと本人がエクソシストの内容をきちんと覚えていないからだ。
僕はそんなの様子にちょっとだけ腹が立った。何もそこまで必死になって隠そうとしなくてもいいのに。これが理不尽な感情であることはとっくに自覚済みだ。
僕の機嫌なんて無視しては話しかけてくる。時々僕がのことを邪険に出来ないことを見抜いていて試しているんじゃないか なんて勘繰ってしまう。どこまで僕が耐えられるか試してるとか。そんなわけないのに。 いつもの調子に戻ったはさっきまでの様子が嘘だったように明るい声で話す。

「早くイワンの家に行こ。それでイワンが冷蔵庫の奥に隠してるういろうでも食べよう」
「な、なんで...」

僕の腕を掴んで引っ張ってくるにされるがままに足を動かしているとが思いも寄らないことを言った。 吃驚してを見つめると「知らないと思った?」何故か得意げだ。
油断も隙もない、ってこのことだと思う。どうせと食べるつもりで買ったんだけれど僕が勧めるのと、せっつかれるの とでは違う。主にこっちの気分的に。

「あ、言っとくけどイワンが何かお腹すいたって言ったから何か作ってあげようと思って冷蔵庫を覗いた時に見つけちゃったんだよ」

だから勝手に冷蔵庫を覗いたわけじゃないから。と続けたは確かに勝手に人んちの冷蔵庫を開けたりはしない。いくら幼馴染と言ってもそこらへんはきっちりしてる。

「...結局何も作ってくれなかったけどね」
「何言ってくれちゃってんのよ?! そっちが材料何も冷蔵庫に入れてないから何も作れなかったのよ!  まるで私が料理の出来ない女みたいなこと言ってくれちゃって...! これが男尊女卑ってやつね...いいわ。私、戦ってやるわよ! この不公平な世界と戦ってやるわよっ...! 女が料理出来て当たり前なんて古いのよ!」

は時々こうやってめんどうなことになる。
主に理由は僕をからかいたい時と、その場の空気を変えたい時。今の場合は多分後者だ。
きっとさっきまでの自分を僕に忘れて欲しいと思ってる。そんなの無理なのに。
けれどがそれを望むのなら僕はそういう演技をする。

「何も入ってなくはないよ」
「例えば何が入ってたよ? え?」
「......豆腐とか」
「豆腐だけで何作れってんだよ!」




シャワーを浴びてからリビングに向かうとテーブルの上にういろうが二切れ載ったお皿が二皿用意されてあった。 それぞれのお皿に一本ずつつまようじが刺さってある。
だけどそこに肝心なの姿が無くて、部屋の中を見回すとソファの陰に丸くなっている姿を見つけた。
無意識に息を吐いたことに気付いて苦笑いが込み上げる。この形が当然なんて思っちゃいけないのに。
眠るを抱き上げて寝室に運ぶ。起きる様子が無いのはいつもどおり。昔から一度眠るとちょっとやそっとじゃ起きなかった。 静かに寝息をたてるを布団の上に降ろして肩まで布団をかける。
顔に掛かった髪を払うという建前を見つけて僕はの頬に触れた。眠るは気付く様子が無い。

「...そんなに心配しなくても僕って結構強いんだよ」

瞼を閉じて夢の中にいるに言うなんて、僕はずるい。
僕はが心配してくれるのが嬉しくてしょうがない。ヒーローテレビを見るたびにが画面の向こう...折紙サイクロン の向こうに居る僕を心配してくれているのがたまらなく嬉しい。 こうやって家に帰って来るとが居たり、再放送のヒーローテレビを見て押しかけてくることがすごく嬉しい。 からしてみれば迷惑だろう。きっとヒーローテレビをいつだってハラハラして見てるだろうから。
けれど僕はそうやってが気をもんでくれることに罪悪感を覚えつつ喜びを見出してしまった。



一つ不満なのはその心の内を僕に吐き出してくれないことだ。
心配してるとは絶対に口にしない。それが何故かなんて理由はいくつも心当たりがある。
幼馴染から一歩踏み出した関係になればはその心の内を曝け出してくれるのだろうか、そう考えない日は無い。 けれど僕はこの関係が崩れる可能性に怯えて口を開く事が出来ない。
それなのに次を望んでいるなんて......






不眠の原因で安眠のもと



(20110922)