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「...あれあれ? バーナビーさん今日の髪型かっこいいですね!」 「...どうも」 「なんだか今日はいつも以上にかっこいいですね!」 「...そうですか?」 「アレじゃないですか? アレ......髪切ったんじゃないですか?!」 「いえ」 「えっ! じゃ、じゃあ...眼鏡! 眼鏡を変えましたね?!」 「...いつもと一緒ですけど」 「...」 「...」 「そうかわかった。今日はいつも以上にバーナビーさん輝いて見えるんですよ...外見だけでなく内側からも輝いてる...!」 「それはどうも」 COOOOL!!!!! バーナビーさん超クール!!隙が無いくらいクール!!!! 褒められてるというのにピクリとも表情が変化しない。少しくらい嬉しそうにすればいいのに、と思ったけれど、 褒められ慣れているから感覚が麻痺しているのだと気付いた。バーナビーさんからしてみれば「僕はいつも内側からも輝いてますけど? 輝いてない日なんてないですけど?」 みたいな感じだろうか。まさかの盲点だった...。 思わぬ盲点に自分の計画の穴をつきつけられて固まっていた私を無視し、バーナビーさんはスタスタと自分のデスク向かって歩いて行くのを慌てて追いかけた。 「ちょちょっ、バーナビーさん足長いですね。追いつけないですよ」 「...何か用ですか」 さらりとバーナビーさんをよいしょしようとした言葉はスルーされた。 バーナビーさんの言葉は私の心を完全に見透かしたものだった。ぐっと言葉が詰まったがここで簡単に認めることは出来ない。 だってまだバーナビーさんは私のよいしょに気分よくなっていないから。つまり私の目的が成就する確立はまだ低いという事だ。 「え? そんな別に何も用なんて」 「そうですか、それでは」 「わあああ、待ってください! 嘘です用があったんです!」 文字通り縋りついてバーナビーさんの腕を掴むと、心底呆れたように目を細めてこれ見よがしにため息をつかれた。「バレバレなんですよ」なんて台詞も一緒 につきつけられる。私としてはうまくやったつもりだったのだけれど、そう言われてしまうと返す言葉もない。 小さくなりながらバーナビーさんの後を付いて行くと彼は自分のデスクの前の椅子に座った。それから隣のデスク... 虎徹さんの椅子に座るように勧められたのでそれに従い私も腰を下ろした。まだ始業時間には早いので社内には人影もまばらで 虎徹さんもまだ会社には着ていないようだ。私はというとバーナビーさんに用があったので早いめに家を出てきた。 虎徹さんのデスクとバーナビーさんのデスクを区切るように置かれている机みたいなところの手前に虎徹さんの椅子 を引きずって行って腰掛け、バーナビーさんを見つめた。バーナビーさんもこちらを向いていてくれているので、 ちょうど机をはさんで向かい合っているような形だ。 「それで? 僕に何の用があるんですか」 「えぇと...それがですね、大変申し上げにくい話でして...」 「じゃあいいです」 「うわあああ! サイン! サインをください!!」 くるっと椅子を回転させてデスクに向き直ったバーナビーさんに焦って椅子から立ち上がって叫ぶと、またくるっと椅子を 回転させてバーナビーさんがこちらを向いた。 「さっすがバーナビーさん!キャスターを完全に使いこなしてますね!」 と揉み手をしながらの言葉はどうやら届いていないようだ。珍しく吃驚したようにきょとんとしている。 「...さいん?」 「...サインです!」 初めて聞いた言葉みたいにバーナビーさんはただ音を組み立てただけの発音をして首を傾げた。立て続けに珍しい バーナビーさんを見れて私はちょっとだけ得したような気分になる。目を真ん丸にしてるバーナビーさんなんてなかなか お目にかかれない。 だがそれも束の間のことで、怪訝に眉が寄せられた。 「何でサインなんて欲しいんですか」 それも気付いて欲しくなかったもっともな疑問をバーナビーさんはあっけないほど簡単に見つけてぶつけてきた。私としては「サイン?あぁいいですよ。はい」 という形が理想だったのだけれどやはり相手はバーナビーさんだ、そう簡単にいくわけがない。日頃から隙が無いのだから当然といえば当然だ。 だけど私はその疑問にすんなり答えることが出来ないからこそ先ほどから言い渋っていたのだ。 「それはそれは海よりも深い事情がありまして...」 これ以上は聞かないで欲しい、察して! と言うオーラが出るのを意識して小さく呟いた。が、バーナビーさんには そのオーラが見えなかったのか、それとも見えているのに無視をしたのか...床を蹴る音がしたと思ったら、またしても椅子を回転させてデスクに向き直ってしまった。 「じゃあいいです。僕は困りませんから」 「そんな...!」 私の悲痛な訴えはスルーされ、バーナビーさんは何も聞こえていないように仕事に取り掛かろうとデスクの上を触り始めた。 この人、ホントに容赦がない...!! 「情けを...情けをかけてくだされ...! ...かっこいいバーナビーさん...」 両手を合わせて拝みながら言い、最後にお世辞も付け加えた。いや、お世辞ではないけど。実際バーナビーさんは かっこいいので事実なのだけれど素直に事実だとは認めたく無い...。 無言での拝む攻撃に流石のバーナビーさんも気が散るのか、ため息と共にちらりと視線がこちらに向けられる。 その一縷の望みに縋りつく思いで、バーナビーさんに視線で訴えかけた。 「あなたが何故僕のサインが欲しいのか話してくれれば僕だって快くサインぐらいしますよ」 営業用と思われるとびっきりの笑顔を浮かべるバーナビーさんだけどその口からは容赦ない言葉が飛び出てくる。 私がこれだけ話したくないと言っているのに、それでも言わそうとするなんて...ヒーローのくせに! それとも私が嫌がるからバーナビーさんの好奇心を刺激してしまったのだろうか......分からない。 どっちにしても私が理由を言わないとバーナビーさんは絶対にサインをしてくれないだろう。畜生畜生! 私はそれでも逃げ道を探し続けた。そして見つけた。別に馬鹿みたいに素直に一から十まで話すことはない。 上辺だけを掬い取って話せばいいんだ! 「分かりました。話します。そしたらサインくださいね!」 「えぇ、分かってます」 頷いて私の言葉を了承したバーナビーさんに、心の中でにんまり笑う。 「友達がバーナビーさんのファンなのでサインが欲しいらしいんです」 「嘘ですね」 「...え、」 「そんな理由なら隠す必要が無いじゃないですか。僕に言い難い話なんでしょう?」 流石にバーナビーさんは鋭かった。嘘ではないけど、上辺だけをちょろっとだけしか話さずに本当に隠したい奥の存在 に気付いてしまった。それがばれてしまったのだから、そこを話さないとバーナビーさんは絶対にサインをくれないだろう...。 それは絶対に困る...! 崖に追い詰められた犯人みたいに(精神的に)追い詰められた私はガクッと肩を落とした。 「話せば楽になりますよ」 私の肩をぽんぽん叩いて自供を促すバーナビーさんに、一瞬ここがオフィスじゃなくて留置所かどこかに思えた。 ちょうど机を挟んでるし、バーナビーさんに追い詰められてるし、間違いではないと思う。あ、けどカツ丼が出る分あっちの方がいいじゃないだろうか。 私は気が進まずに重い口をむりやり動かして話すことにした。 話は友人が自慢した事によって始まった。 「私スカイハイのマントに触っちゃった〜!!」 「えぇー、すごい!!」 偶々事件現場に居合わせた彼女はいつもはテレビの画面でしか見た事が無かったヒーロー達の姿を真近で見ることが出来たらしい。 その上にヒーローテレビのインタビューを受けていたスカイハイのマントに触れることに成功したらしい。 鼻高々に話し聞かせる友人と、はしゃいで羨ましがるもう一人の友人...私は黙っていられなかった。 スカイハイのマントに触っただって? 笑わせてくれる...! それだけで自慢なんてしてもらっちゃ困る! 「私なんかいっつもバーナビーとワイルドタイガーを生で見てるよ。そんでもって話なんかもしてるけどね」 アポロンメディアの社員としてそれはどうなのか、口にしてから気付いたが、二人分の羨望のまなざしを受けて すぐさまそんなことは頭から吹き飛んでいった。 「そういえばあんたあそこで働いてたんだよね!」 「いいなぁー」 「いいでしょー」 なんて調子をこきまくった私はここから行き着くであろう当然の話の流れを読むことが出来なかった。 「ね! お願いサインもらってきて!!」 馬鹿なことをしたと今振り返ってみても思う...。 他にも「バーナビーが吐いた二酸化炭素吸っちゃってるから!」とかも自慢したがそこのところは黙っておこう。 いくら過去の自分の発言でもドン引きしてしまうのだから他人...それも二酸化炭素を生成して吸われてる本人が聞いたらさぞかし気味悪く思うだろう。 そんなことぐらいは分かるので、私はそこのところは胸のうちにそっとしまっておく事にした。 話し終わってから一言も言葉を発しないバーナビーさんの方を見る勇気が無くて私は俯いたままごくんと唾を飲み込んだ。 「アポロンメディア社員として軽率な行為だったと反省してます。けど黙ってられなかったんです...私なんて バーナビーさんと仲良しなんだぞ! ってことを自慢したくて、つい...」 なおも無言でいるバーナビーさんに私はもう一度唾を飲み込んだ。 ごくん、とやけに大きな音が喉から出たがバーナビーさんにも聞こえただろうか? 「...まぁ、いいです。反省してるんでしたら、...ですけど今回だけですよ」 てっきり怒られることを覚悟していたのに、バーナビーさんが意外なことを言ったので私は完全に虚を突かれて反応が遅れた。 「...え! いっ、いいんですか?!」 興奮のあまり私とバーナビーさんの間の机を、バン!と叩きながら立ち上がるとバーナビーさん は吃驚したようで目を見開いているのが眼鏡越しに見えた。それを誤魔化すみたいに眼鏡のブリッジ部分を指で押し上げながらバーナビーさんが俯く。 私は上からバーナビーさんを見つめて反応を待った。 「さんとは......アレ、なので特別ですよ...」 「アレ? アレってなんですか?」 歯切れ悪いバーナビーさんの言葉の意味が分からず私はすかさずそこを尋ねた。アレなんて言われても何十年も連れ添った 夫婦じゃあるまいし分からない。それにあいにく私とバーナビーさんはツーカーの仲というわけではない。 「...さっきあなたが言ってたじゃないですか」 「え! バーナビーさん公認で私とバーナビーさんは仲良しだってことですか?!」 すぐに結びついたのは先ほど私の口から発した言葉だった。だからと言ってバーナビーさんが示す“アレ”が私の 思い浮かべているものと同じとは限らないので半信半疑のままに叫んだ。 「えぇ、まぁ、そういうことです...」 いつもの彼らしくなく、少し歯切れの悪い返事を聞いて私はぎょっとしながらバーナビーさんをまじまじと見た。 バーナビーさんは不自然に首を曲げてデスクの方をじっと見ているが、その顔色がうっすらと色づいているのを見て 私はまたしてもぎょっとした。 「バーナビーさん照れてるんですかっ?!」 「うるさいです...! もうサインは無しです」 「ああああぁぁ、ごめんなさい!」 . . . 「なーバニー、の奴見なかったか?」 「さんですか? さぁ...」 「おっ、噂をすればだ。おーい、これでよかったか?」 「あ、虎徹さん! もう書いてくれたんですか?」 「おぅ、俺のファンだってんならこれくらいな!」 「どれどれ...おぉーどうもありがとうございます! 虎徹さん達筆ですね!」 「なーにこれくらいどうってことねぇよ。俺との仲だろ!」 「二人は仲良しですもんね!」 「そーだな!」 「...ちょっといいですか?」 「(びくっ)...バーナビーさんか、びっくりしたー」 「...それはなんですか」 「あ、これはこの間バーナビーさんにもサインを頂いたポスターです」 「俺のファンなんだってよー」 「...」 「お二人のサインが書かれてるポスターはすっごくレアなんで友達も喜んでくれます! 私も嘘つきにならずにすんでホッと一息です...ありがとうございます!」 「そんな喜んでもらえると嬉しいな! な、バニー!」 「......えぇ(詐欺にあった気分だ)」 |