ステイアウェイ
...大好き...俺も大好き...私の方が大好きだもん...いや、俺のほうが... 「ぺっぺっぺっ!!」 「おまッ、汚ねぇ!!」 「黙れ小僧! 今このくそ甘い空気を浄化してるところだから邪魔するな!!」 「浄化って...お前、むしろ空気を汚してるの間違いだろぃ...」 「口で言ってるだけで別にほんとにぺっぺっしてないからいいじゃん」 「よくねぇよ! ぺっぺっすることがすでにありえねぇだろ」 どんびきした様子の丸井の視線を感じながら私は今さっきまでいちゃこらいちゃこらしていたカップルが座っていた 場所を睨みつけた。ここは屋上に続く階段の間にある踊り場である。私たちは時々こうしてここで時間を潰したり しているのだが、別にこの場所は私たちのものってわけでもないので当然誰かが来てもしょうがない。が、 彼氏彼女が愛を語らいにやってきたりしたら許せないものを感じる。別に彼氏が居ないからとかそういう僻みでもなんでもないんだけど 風紀を乱すようなことは...ちょっと、ねぇ? 私もムカムカしちゃったりするんですよね。どうにもこうにも正義感ってやつが強いようなんです。 神聖な学び舎でいちゃいちゃするなんて...ホントあいつら信じられん! 「お前の方が信じらんねぇ...」 「なにが」 「ほんとに女かよ」 「確かに今のはまずいっスよね」 「何?! 丸井だけじゃなくて赤也くんまで?!」 「え、」 「え?」 「いや、お前赤也のこと赤也くんとか呼んでんのかよ...」 「そうだけど何か変?」 「全然変じゃないっスよ」 「ほらね、全然変じゃないって」 「変っつーか...気持ちわりぃ」 「ときどき丸井の感覚って理解できない」 「そうっすよね」 「ぺっぺっする奴にだけは言われたくねーし!」 丸井が、フン! と面白くなさそうに鼻を鳴らしているのを横目に、私は赤也くんと顔を見合わせながら「ねー」と頷きあった。 丸井を通して親しくなった赤也くんとは時々話す仲だ。元々人懐こい性格をしているらしい赤也くんとはいつの間にか 打ち解けてしまっていた。気付いたら「ねー」を言い合える仲になってるなんて赤也くんってすごい。 だけどこの場では赤也くんが目の前に居ることに違和感を覚える。「ねー」をしておいて今更だけど...。 授業中、その言葉が頭に浮かんだと共に違和感の正体を掴んだ私はそのまま疑問を口にするべく口火を切った。 「そういえば、今更だけど赤也くんは何故ここに居るんだい...?」 「えぇ?! ひどくないっスか、それ!」 「そうだ! お前普通に混ざってたから変に思わなかったけど何でここにいんだよ!」 「私らは自習だからプリント提出したらそれで終わりだけど、赤也くんは普通に授業じゃないの?」 「あ、俺も自習っス」 「うそつけ! お前ここに居たのばれたら俺との所為にされんだからな」 「え、何で私まで...?」 「...連帯責任ってやつにきまってんだろぃ」 「いやいや、おかしいだろぃ...ワタシ、テニスブ、チガウ!」 「関係ねぇよ。二人で真田に怒られんだよ...」 「真田副部長の裏拳めっちゃ痛いっスよ。へへっ」 「へへっ...じゃないよ! 嫌だよ、何で私まで殴られなきゃいけないの?!」 「まぁ、真田も鬼じゃねぇだろ。一応女相手だから優しく殴ってくれるだろ。...多分」 「優しく殴るってなに? 殴られるのは決定なの?! 絶対やだ!」 ぶんぶん頭を振って絶対殴られたくないと意思表示すると丸井がすごく嫌そうな顔をしてこっちを見たのが髪の毛の 隙間から見えた。ぐしゃぐしゃになった髪を有効活用しようと顔を隠すように髪を垂らしながら胸の前に手を持ち上げて手首を ぶらぶらさせておばけのポーズにして「貞子」と言うと「そういうことしてるからお前はダメなんだ」と本気のトーンで返された。 え、ボケてんのにそういうトーンで返してくれないとへこむんですけど。 しょうがなく大人しく髪をまた元に戻してから何も無かったかのように話を戻す事にした。 「赤也くん、さっさと教室に帰りなさい!」 「そうだー。それが一番だー」 「やですよ。てか、今の無かったことにしようとしてますね」 「かーえれ、かーえれ」 「そーおだ、かーえれ」 「帰れコール?! やり方が幼稚っスね」 「かーえれ、かーえれ」 「かーえれ、馬鹿赤也」 「もー別にいいじゃないですか、俺がどこに居たって」 「よくないよ!サボりはよくない! ねぇ、ブン太くん」 「ねぇ、ちゃん」 「...」 「...」 「...」 「さぁ、じゃあプリントしよっか」 「そうだな」 「何事も無かったかのように流しましたね...」 微妙な空気を変えるべく、しょうがなくプリントを地面に広げて睨みつける。右手にシャーペンを持ち、カチカチと 芯を出した時、赤也くんが話し始めたので、私の意識は自然とプリントから赤也くんにいってしまった。 シャーペンの芯を出しただけでプリントは少しも埋まらない。やりたくないプリントとくだらない雑談だったら、優先順位は くだらない雑談の方が先になってしまう。何故ならプリントをやりたくないから。 「っていうか、俺的には二人の関係が気になるんですけど」 「...はぁ? 関係もなんもねぇよ」 「ただのクラスメイトだよ」 「えぇー、ただのクラスメイトが自習時間に一緒にこんなとこ来ます?」 「...おい、なんだその疑わしい目つき。気持ちわりぃこと言うなよ」 「こっちこそ気持ちわりぃわ! 丸井となんかお断りじゃ!」 「...んだと?! こっちだってお断りに決まってんだろ!」 「そりゃあよかった! ぺっぺっ!」 「きたねぇ!!」 「口で言っただけじゃん!」 「え、急に仲間割れっスか。すんません、俺デリケートなとこつっこんじゃいました?」 「ちげーつってんだろッ! ただこいつも暇だっただけだ! たまたまだ!」 丸井の言うとおり! 私はうんうん頷いて同意した。 自習時間と言っても今の授業は選択の授業だ。平常に教室でする授業なら丸井と二人でこんなとこに来なくても友達と雑談しながらだらだらと 教室で過ごすのだけれど。ぎりぎり定員が埋まった選択歴史の授業を取っている稀な人たちの中に知り合いは居なく、 その中で唯一顔見知りなのは丸井しかいない。そんなことなので、自然と私は丸井と話すことになった。 今日だって丸井の「行くぞ」なんて、行き先も告げない言葉と共に袖を引っ張られてここにやって来たのだ。ジャイアン丸井はいつだって横暴だ。 そういういきさつがあったものだから丸井の言い分には丸々同意なのだ。それでも、赤也くんは納得出来ないように 腕を組んだので、何故そんなにも疑い深いんだと思いながら、この話題はやや気まずいので話を反らすことにした。 「...赤也くんやい、そういう下衆いことばかり考えるもんじゃないよ」 「げ、下衆?」 「そう。もっと違う事を考えようじゃないか、例えば...この間ここで仁王が女の子と二人きりで何をしていたのか? とかさ...」 「そういうお前が下衆いだろぃ!」 「え! マジっすかそれ!」 「まじまじ超まじ」 「...それいつのことだよ」 「何だかんだ言って丸井先輩興味津々っすね」 「んっとに丸井は下衆い野郎だよ!」 「お前にだけは言われたくねぇよ!」 仁王には悪いけれど話を上手いこと反らすことが出来た。 多分赤也くんの頭の中は仁王がこの間ここで女の子と二人きりで何をしていたのか? でいっぱいだ。 思春期ボーイなのでそういうことに興味津々ってわけだ。だが、そこまで食いついてこられると罪悪感を覚えないでもない。 その上に赤也くんだけを釣るつもりだったというのに丸井まで釣り上げてしまった。いらないものまで釣り上げて しまい、邪魔だと思うもののお前はいらないなんてキャッチアンドリリースすることも出来ず、しょうがなくそのまま話すことにする。 「...んで?」 「...何してたんスか? 仁王先輩」 「ちょっと...女の子の口から言わせる気?」 「お前以外知らねぇし」 「焦らさないでくださいよー先輩ー」 「そこまで言うならしょうがないな〜」 「...うぜ」 「...すっごい焦らしますね」 「ちょっと息抜きにここに来たら女の子の声がして誰だろうって覗いて見たら仁王も一緒に居て二人で話してたんだよ」 「んで?」 「それで、うわーこんなとこで何してんだ!って思いながら帰った」 「...は?」 「...は?」 「おわり」 「や、おわり...じゃねぇよ! ジブリか! ...そんだけ?!」 「ここまで引っ張っといて?!」 「だって私覗きの趣味とか無いですし。下衆くないですから」 「今更清純派気取りはヤメロ」 「そうですよー、覗いてこその先輩じゃないですか」 「いやいや...私どんなイメージ? 失礼なことばっか言わないでくれないかな?」 予想通りだが、大した情報を持っていなかった私は二人から非難される結果となった。 まぁ、こうなるんじゃないかと思ってたけど! そんなすごい現場を目撃しようものならこんな簡単に人に言えるわけが無いのに。 この二人は分かっていないらしい。けれどそれはそれという感じで、丸井と赤也くんは私が与えた情報から仁王が何をしていたのか推理を始めた。 「...けど、こんな人気の無いとこでってことはそういうことじゃないっすか?」 「そういうことだろうな...」 そういうことってどういうことだ! 二人は話の下衆さからは考えられない真剣な表情で話し合っている。 そんな思春期ボーイどもを呆れた目で見ながらもこの話をふったのは他でもない私なので今更「もうやめようよ!仁王がかわいそう!」 なんてカマトトぶったことは口が裂けても言えない。しょうがないので未だ空欄だらけのプリントを埋めようと視線を落とした。 「なんも無かったんじゃがのー」 「うっ、わ」 突然の第三者の声にぎくりと声と顔を上げれば、今まさに話題の人物が階段の手すりの向こうから顔だけ出してこちらを見ていた。 おもしろそうに目を細めているところを見るに別に怒っているわけではないらしい。 丸井と赤也くんは仁王の登場に 吃驚して話を中断した様子だ。そういう私も吃驚した上におそらく顔色が悪いだろう。多分そこが仁王的にはおもしろかったのだと思う。 口角を吊り上げ、ふわふわと髪を揺らしながら私たちのところまでやって来る。 「ずるいぜよ。お前ら三人でサボりおって」 言いたいことを言ってひょいっと広げてるプリントを飛び越すと、私と丸井の間に体を無理やり捻じ込んでくる。 「おまっ、狭いのにわざわざここに来んなよ!」 「ここがいいんじゃ」 「仁王さんがここがいいっておっしゃってるだろうが! 丸井もっとそっちに寄れ!」 私はさっき話を逸らすために仁王を利用したので負い目がある。ので、すぐさま仁王に加勢した。すると、丸井は ぐっと眉間に皺を寄せて噛み付くように「はっ?!」と叫ぶ。仁王はぱちぱちと瞬きして私を見たかと思うと、 「はいい子やのう」と感心したように呟く。 「ありがたき幸せ...!」 「お前調子よすぎるだろ!!」 「てか、仁王先輩この間ここで女の子と何してたんスか?」 「コ、コラー!! 赤也くん!」 思春期ボーイ赤也くんはどうやら空気を読むことが出来ない人だったらしい。私がせっせと仁王のご機嫌取りをしていた 意味を理解できていなかったらしく、実に簡単に話を戻してしまった。焦って声を上げた私を見ても、へらへらした まま「だって気になるじゃないっスか〜」だ。っスか〜、じゃないよ!! 私はハラハラしながら(なんと言っても 私がこの話の発端なので)仁王を伺ってみるが、意外にも仁王はケロッとした調子だ。三角座りをして狭いスペースに 収まりながら、私の解答欄が一つも埋まっていないプリントを眺めていたのから赤也くんに視線を向ける。 「そやからなんも無いんよ」 「教えてくださいよー」 知りたがり思春期ボーイ赤也くんはにやにやしながらまだしつこく食い下がる。その横で丸井は興味 無さそうな体でいるが、多分耳はダンボだ。私はというとこの流れにハラハラしながら「何か聞こえる!!ねぇ!何か聞こえない?!」 と話しをそらそうと適当ぶっこいて見たわけだが、赤也くんに「ちょっと静かにしてください!」って叱られてしまい、 黙らざるをえなくなった。 「好き言われておしまいじゃ」 何でもないように仁王が答えた。 それでこの話は終わりだと私は察したが、中々に赤也くんはしつこかった。 「それだけですか?」 他に何か隠してるんじゃないですか? みたいな顔をしている赤也くんの視線は相変わらず仁王にロックオンされている。 あまりしつこくすると仁王が機嫌を悪くするかもしれない。そしてこの話の発端である私が責められるかもしれない。 つまり私は自己保身することしか考えていない卑怯者だったわけである。だけど私が自己保身することで仁王も 救われるのならきっと何もかもオールオッケーだと思う。これって一石二鳥ってやつだと思うもん。例え、私が事の発端を作ったのだとしても。 「赤也くんそれ以上は事務所的にNGなんで! ねぇ、仁王さん!」 「や。なーんも無いて」 私の焦りとは裏腹に仁王はあっけらかんと質問に答えた。赤也くんから庇うように両手を広げて、さながら ボディーガードのように身を挺して守ろうとしたのに、あっけない言葉に私は吃驚して仁王の方を振り返った。 仁王は緩く顔を笑みの形にして私との距離を詰めてきた。 「こう言っとかんとに勘違いされてもたら困る」 そう言った仁王は唇を楽しそうに吊り上げている。私の顔を覗きこむ体勢で正面にそんな顔があるのだから、その目 にからかいの色が含まれていることは分かった。けれど悔しいことにその言葉に、この体勢に恥ずかしさを感じずにはいられなかった。 そんな私の心情を読み取ったように仁王はニヤリと愉快そうに笑う。それがまた様になるのだから悔しい。 「ちけぇーよッ!! バカ仁王!」 丸井のでかい声が響いたと同時に仁王の顔が遠ざかっていった。 「いたたっ、放さんか」 瞬いて状況を把握する。痛そうに声を上げる仁王。その仁王の後ろに居る丸井はどうやら仁王のぴょんと飛び出ている 後ろの毛を引っ張っているらしい。文句ありげに眉を歪めている丸井は仁王の髪を引っ張ったまま私に対して鋭い視線を投げてきた。 「このバカッ!」 「...はぁ?!」 罵られたことだけは理解したのでカッと頭に血が上った。 「仁王に遊ばれてるだけって分かれ!」 「丸井に言われなくても分かってたわバーカ!」 「そんじゃ何であんな顔してんだよ! バカっつー方がバカなんだよ!」 「あんな顔もそんな顔もしてないし! そっちが先にバカって言ったんじゃん!」 息を荒げてる丸井は毛を逆立てて威嚇してくる猫みたいだと思った。傍目には私もそう見られてるのかもしれない と気付きながらも一度火が付いたものは簡単に鎮火出来そうにはない。 「...あ"ー! お前マジムカつく」 「それはこっちのセリフだし! ぺっぺっぺっ!」 「きたねぇ!!」 「口で言っただけだし!」 . . . 「ちょっとからかっただけでこれかい」 「仁王先輩のせいっスよ」 「悪かったのう」 「や、俺に謝られても」 「赤也はブン太みたいになったらアカンぜよ」 「ういーす」 (20120421) |