朝起きたら時計は11時を過ぎていた。
世の中の女の子は髪型が決まらないだの、メイクがどうのこうの言っているか、もうすでに出かけたりしている子も 多いかもしれないが、私には関係ないので別に11時に起きようが、12時に起きようがどうでもいいのだけど、やっぱり ちょっと世間から置いていかれているような疎外感を感じた。隙間風が心の中に吹いてる、みたいな...。
クリスマス? イブ? はい? パードン? みたいに強がってたけど、いざ当日になると心が荒んだ。私の心はとても繊細なのだ。 のろのろとベットから起き上がりリビングに行ってみると、キッチンですでにお母さんは何かを作っているところだった。

「よく寝てたわねー」

こちらを振り返りもせずにタルト型に生地を敷きこんでいる。そういえばキッシュを作ると言っていたなーと思いながら 「うん」とだけ返した。そのままのろのろとソファに移動する。

「おはよう」
「はよー」

よいしょっとソファの背もたれを跨いで、三角座りの姿勢を取ってから、ん? と、さっきの低い声の正体を確認するために隣を見てびっくりした。

「ぎゃ!! な、なんで勘ちゃんがいんの?」
「おそっ」

何故か隣には勘ちゃんが座っていたので、仰け反って驚くと勘ちゃんはそんな私の反応がおもしろかったらしく笑っている。 寝起きの私の頭はだいぶんタイムラグがあったようだが(実際にあいさつを返してから勘ちゃんの存在に気付いたし) びっくりしたことで少し頭が覚めた。

「家には誰も居なくてーって話したらおばさんが誘ってくれた」
「へぇー」

ちらっと肩越しに振り返り、キッチンに立つ母を見ると「勘ちゃん一人だって言うからね」なんて言いながら少し 得意げだ。それには反応を返さずにまた勘ちゃんに向き直る。相変わらず笑ったままの勘ちゃんからは“誘われて断る ことが出来なかった”という雰囲気は感じられない。なので、嫌々ここに来たわけでは無さそうだ。けど、勘ちゃんだったら わざわざうちで一年に一度しかないクリスマスを過ごさなくても過ごす相手が居るんじゃないだろうかと考えてしまう。 口に出して質問したいところだが、背後でお母さんが聞き耳をたてているのがわかっているのでやめておいた。

「あっ!」
「どしたの」
「チーズ買ってくるの忘れた!」

突然声を上げたお母さんはそう叫んだかと思うと、ちょっと買いに行って来ると言って用意をしだした。
「二人で走り回ったりしないでね、ストーブ付いてて危ないから」「走らないよ!!」「はーい」調子の良い返事をする 勘ちゃんをギロリと睨むと、わざとらしいきょとんとした表情を返された。慌しく出て行ったお母さんを二人でソファの上から見送る。
急に部屋の中が静かになったような気がして、私は座りなおしながらちらりと隣を見てみた。ちょうど勘ちゃんもこっちを 観察していたらしく、目が合ってしまった。考えてみればこうして二人で話すのはとても久しぶりだ。高校が別々に なってからは少しずつ時間がずれてしまって朝に会うことも、帰りに会うこともあまり無かった。

寝癖ついてる」
「あぁ、うん」

逸らすにも逸らせず、ちょっとの間無言で見詰め合っていると勘ちゃんが沈黙を破ってくれた。その内容については まぁ、一先ず置いておいて...私はようやく視線を逸らして自分の髪を適当に手櫛で整えた。

「...勘ちゃん今日は予定無かったの?」

またもやってきた沈黙を破るべく、今度は私から話しかけてみた。先ほど考えたことを、お母さんが居なくなったので 口にすることが出来る。窓の向こうを時々通る車のエンジン音だけが私たちの間にある音だった。もしも勘ちゃんがほんとは 予定があるって言うのならお母さんには私が言っといてあげる。って言ってあげようと考える。

「無いからここに居るんだけど、...って言ったらアレだけど」
「それもそうだ。勘ちゃんってば寂しい奴だね」

カラッと笑いながら言う勘ちゃんに私は小さく息を吐いてから、からかいを含んだ言葉を返した。
含みを上手く読み取ることが出来る勘ちゃんは表情を何か言いたげなものに変わった。

には言われたくないなー」
「まーねー」

自分でもそう思うので素直に答える。すると勘ちゃんの表情がまた楽しげなものに変化した。
勘ちゃんと居るといつもこういう雰囲気になる。どことなく楽しくて緩い感じはお酒を飲んだ気分に似ているかもしれないと 私は思っている。まだお酒は飲めないのでその真偽を確かめることは出来ないけれど。

「それも、もう昼なのにまだパジャマだし」
「超レア姿だからもっとありがたがればいいよ」
「全然ありがたくない」
の超オフショット写真が今なら、なんと!...五千円!!」
「高すぎ!! どんだけだよ」

ひとしきり二人で笑ってから、こういうのは久しぶりだなぁと考える。小さい頃はそれこそ毎日一緒に居たのに、今じゃ 一緒に居ることの方が珍しい。まだお互いに笑いの余韻を口角に滲ませていると、勘ちゃんが何でもないような雰囲気で口火を切った。

は予定無いの?」
「...」
「あ、ごめん。だよね」

無言の返答で全てを察したらしい勘ちゃんは笑みを浮かべてから、聞き捨てなら無い一言を放った。 かちん、ときた私はすぐさま勘ちゃんの言葉に噛み付いてやった。

「だよねって何?! 何でだよね?!」
「やけに突っかかるなー」
「うるせー!」

忘れていた心の隙間に風が入って身に染みる。何だ、私はクリスマスイブの予定がどう見ても無いように見えるということか? 荒んだ気持ちで不貞腐れているとへらへらしている勘ちゃんと目があった。

「明日の予定は?」
「今日無いんだから明日も無いに決まってんだろ!!」
「いや、決まってはないでしょ」

ちきしょう!って気持ちで三角座りしている膝に顔を埋めると勢いが良過ぎておでこを膝に思い切りぶつけてしまった。 思いがけずゴッ! と音をたてたおでこは予想以上の痛みをもたらした。あまりの痛さに声も出ずに呻く。

「あーあ、何してんの」

勘ちゃんが呆れるのも納得できるので文句は言わないが(というか言えないが)やっぱりちょっと腹が立つので睨んで おくことにする。私が言いたいことが伝わったのか、勘ちゃんは「はいはい」などと適当に言いながら私の前髪を 右手で持ち上げておでこを見始めた。

「赤くなってる」
「...すごい痛かった」
「うん、音すごかったもんね」

離れると思った大きな手は、だけど離れずに私の側頭部に回った。なんだ? と身を固くした私に勘ちゃんが目を細めながら答える。

「寝癖直してる」
「あぁ、ありがと」
「うん」

寝癖を直してくれているらしいので私も勘ちゃんから見えやすいように体の位置を調整した。耳の近くでどうやら髪が 絡まっているらしく、勘ちゃんが手を動かすたびに髪の毛が耳を掠ってこしょばい。身を捩って笑うと「動くな」と咎められる。 怒られたので我慢しようと体に力を入れた。

「じゃあさ」
「うん?」
「明日予定入れても大丈夫だよね?」
「え? うん...」

勘ちゃんの言葉の真意が読み取れずに(明日一日空けとかなくちゃいけないってことはわかるけど)怪訝に眉を寄せながら、 振り返ろうとしたら頭を掴まれてそれを阻止された。そういえばさっき動くなと言われたんだと思い出し、振り返るのは諦めて、そのままの体制を取りながら質問する。

「明日何かあるの?」
「何かって、明日はクリスマスだけど」
「いや、それは知ってるけど...」

私が求めている答えが得られずに、どこかはぐらかすような勘ちゃんの言葉に私の疑問は解決されない。すると、はぁ、と勘ちゃんが溜息を吐いたのが聞こえた。 このタイミングでの溜息とは、私が察しが悪いと言いたいのか?! それは聞き捨てならないと眉を吊り上げると、頭をぽんぽんと叩かれた。
「まぁまぁ」と、私を鎮めようとする声には、このまま煙にまく気なのが窺い知れた。そうするとますます明日に何があるのか 気になってしまうのが人の性だ。だが、これ以上食い下がっても教えてくれないだろうことは容易に想像できた。 ならば自分で考えるしかない。
25日、クリスマス......他に何かあったっけ?

の一日を俺にちょーだいってこと」
「ひっ!」

真剣に考えごとをしているというのに、それを邪魔するかのように耳元で囁かれてゾゾゾと背筋を何かが走った。 産毛も立ち上がるような感覚に腕をさすってから耳を掻く。

「耳元で喋ったら痒い!」
「アハハ! わざと!」

笑顔でとんでもないことを言う勘ちゃんに、眉を吊り上げて見せると、ふっと勘ちゃんが目を細めた。

「あんまりにもが馬鹿だからちょっとムカついてさ」

ムカついた、そう言うわりに勘ちゃんはどこか楽しそうに笑みを浮かべた。
私はというと、馬鹿と言われたのに勘ちゃんの楽しそうな顔を見たら何だか言い返すことが出来なかった。




ジングルベルの の音





(20121226)