開きっ放しだった庭の窓から家の中に侵入することに成功した私は、イワンの姿を探していた。
そして、ほどなくしてリビングで頭を垂れているイワンを発見した。 俯いて背中を丸めた姿は哀愁を漂わせている。どうやら落ち込みモードらしく、不法侵入者(私)の存在にも気付かない ほどに、どっぷりと落ち込んでいるらしい。ソファには座らずに床に正座をしている後姿をしばらく観察してみるも、 イワンは私に気付く様子が無い。忍者好きの癖に気配に気づかないとは、まだまだ奴も未熟者ということか...。
今度は何で落ち込んでるんだろう思いながらも、私は抜き足差し足で背後からイワンに近づき、真後ろで歩を止め、右手を振りかぶった。

「正解は越後製菓!!」
「いたっ!」

振りかぶった先にあったイワンの頭は、パシン! と音をたてた。結構痛そうな音がしたかもしれないと思っていると、 イワンが頭を撫でながらこちらを振り返り、ようやく私の存在に気付いた。
目をまん丸にしてるイワンの顔はとても間抜けなものだったので笑ってしまう。

? え、何で」
「ククク...私に侵入できない家などないのだよ...!」

せっかくの私の台詞とポーズには何も突っ込まないで、イワンは考えるように視線を上空に彷徨わせてから「あ、そうか、庭のところ開けっ放しだった」 と、納得した様子で呟いている。放置された私は少し所在無い気分を味わいながらも、イワンに文句を言うことは堪えた。

「開けっ放しなんて泥棒にようこそ我が家へ!金目のもん全て持ってってね!って言ってるようなもんなのに...イワンときたら...とんだ馬鹿野郎だぜ!!」
「だからって叩かないでよ...それにエチゴセイカってなに?」

心底めんどくさそうなイワンの表情はこの際無視する。
せっかくのお客さんに対してその顔はないんじゃない? と思ったが、そうするとはお客じゃないからいいとかなんとか 言い出すことが目に見えている。なので、私はそれらについては頭から叩き出してこの演技に全身全霊をかけることにした。

「え...? 嘘でしょ? 越後製菓を知らないというイワンが信じられない...!」

やや大げさなリアクションで驚いてみせると、イワンはちょっとだけ戸惑った感じだった。多分、私の言葉を鵜呑みにして、 本当に自分の方がおかしいのか考えてしまったのだろう。
なんてだましやすいんだ!
ここまでだましやすいとイワンの将来を思って少し不安になる。
いつか大きな詐欺とかに引っかかるんじゃないだろうか...。
私は驚きの表情を続けたまま、恐る恐るといった感じに言葉を続けた。演技はまだ続いているのだ。

「じゃ、じゃあさ、もしかして桃太郎侍も知らないの...?」
「...モモタロウザムライ...?」

イワンは恐らく、初めて聞いた言葉であろう“桃太郎侍”を、でたらめな発音で繰り返した。
その表情には、まだ変化が見られない。 ただただ疑問符を浮かべて、その言葉が何を指しているのかを考えている様子だ。

「侍だよ」
「!!」

しょうがないのでアシストしてあげると、目に見えてイワンのテンションが上がった。ぴょんと肩が飛び跳ねたと思うと、 不思議そうだった表情が、徐々にきらきらしたものへと変わったのだ。

「侍なの?!」
「そう」
「けど桃太郎は侍だっけ...?」
「...違うけど、そういう細かいことは知らない! 自分でググレ!!」
「わかった!」

いつに無く行動力のあるイワンはすぐさま自室へと走り、パソコンを持って戻ってきた。それをソファの前のテーブルに 置くと、おそろしいスピードでタイピングしている。今のイワンを例えるなら、水を得た魚という表現がぴったりだ。 さっきまでとは別人のようにテンションが高い。
私は背筋の伸びたイワンの背中を眺めながら、持ってきていた袋を持ち上げた。 少し時間が経ってしまったが、まだ暖かいはずだ。

「ねえねえ、大判焼き買ってきたから食べようよ」
「うん。...あ、ねえ僕のは、」
「餡子だよ」
「ありがと」

もちろんイワンの分は餡子を買ってきた。私はカスタード味だけど。
イワンは自分の分が餡子であるとわかると嬉しそうに口角を上げた。 大判焼きが入った袋を持ちながらキッチンへ向かう。それから自分の中では勝手にお供にはお茶を飲むことが決定付ていたことに気づき、 一応イワンにも確認を取る。

「お茶と紅茶どっちがいい?」
「お茶」

やっぱり。とは思いつつも私はそれを口に出さずにキッチンに入った。まあ最初からわかりきってたようなものだし。 勝手知ったる家なので、私は急須も湯飲みも難なく用意することが出来た。
後は肝心のお茶だが...。ちらりと確認してみた イワンはまだパソコン画面に噛り付いている。完全に私の存在はシャットアウトされているのを確認してから棚の取っ手を掴んだ。
棚の奥に隠されているとっておきのお茶の葉っぱは、今日は使っても許されるだろう。




わかりづらいけどわかりやすい





(20130112)