「紫原くんって身長高いねー。ちょっとわけて欲しいよ」

たいした面識も無い相手との話のネタなど限られてくるもので...私は一番目に付いた彼の特徴について話をしてどうにか 距離を縮めるとまではいかなくとも、この何ヶ月か円滑な関係を結ぶためには最初が肝心だと話をふったのだ。
ぶっちゃけ話の内容など何でもいい。和やかな雰囲気で会話する、それだけでいいのだ。つまりは良い印象を与えればそれで目的は達成される。 にこやかに話しかける私を紫原くんはぼやーっと見ながらも、手の動きと口の動きは止めずにむしゃむしゃしながら言った。

「はあ? 身長とかわけれるわけないじゃん」

ピシッと自分の顔が強張るのを感じる。相変わらずもくもくと袋の中身を口に放り込みながら、器用に話す紫原くんは とてもまともなことを言っているが...ここでそれを言うか? そんなことは百も承知の上での言葉なのだ。
思わぬ紫原くんの反撃に私はやや呆気に取られつつ頭を掻いた。

「まぁ...うん、そうだけど」
「なに、大きくなりたいの?」
「え、うん。どっちかっていうと...」
「ふ〜ん。ちっちゃいもんねー」
「そりゃ紫原くんに比べたらちっちゃいけど平均だから!」

というよりもむしろ、平均以上(ちょっとだけ)あるから!! そう答える私にまたしても紫原くんは「ふ〜ん」 と適当に答えながら口の中にお菓子を放り込んでいる。

「いっぱい食べたら大きくなれるんじゃね? がんばれー」

その時ちょうど委員会終了を告げる委員長の声が響き、紫原くんは立ち上がりながら私の頭を撫でて出ていった。私は椅子から立ち上がることも出来ずに 今のちょっとしたショックな出来事について頭の中を整理していた。そして導き出された答えは...
紫原くんって苦手!! 多分性格悪い!
ってことだった。だってまさか和やかな談笑目的での会話にあんな返答をされるなんて思わなかった。 ついでに後で頭からスナック菓子のカスが発見されたことでますますその気持ちは加速した。
というか、もう嫌いの域に入っていた。決定的なのは油で揚げてるスナック菓子を触ったべとべとの手で頭に触れられたことだ。 信じられない...べとべとの手で人の頭に触れるなんて...! もしかしたら手を拭くために私を応援しているふりをして 頭を撫でたんじゃないか、とまで考えた。
あの人とは別に仲良くしなくてもいい!! 最初の考えは放り出して私はそう決めたのだった。
なのに、うまくいかないものだ。

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「ねーねー、ここ開いてるよ」

紫原くんに声をかけられたような気がしたが、それは聞こえないふりをして私はもう一度室内の様子を伺った。
もうすでに学年別にグループが出来上がってしまっている。前の方に三年生で、その後に二年生。一年生は最後尾の方に 固まっていた。ならば私も一年生グループに混ぜてもらおうと思うのだけど、問題は空いている席だ。
紫原くんの隣という出来るならば遠慮したい席か、話したことも無い先ほどから携帯を弄りながらガムをくちゃくちゃしている男の子の隣の席か...。 究極の選択、とまではいかなくても私はどちらの席に座るべきかについて頭を抱える勢いで考え込んだ。
迷わず紫原くんの席は回避したい所なのだけど、ガムをくちゃくちゃしてる男の子の隣というのもとても遠慮したい。

「ねーって」

腕を急にぐっと引っ張られ、思わず振り返ってしまえば紫原くんが私の腕を握りながらこちらを見ていた。 もうこうなると、聞こえないふりは通じない。

「あー紫原くんだー(棒読み)」
「さっきから呼んでんだけど、耳腐ってんの?」

再開早々喧嘩をふっかけてきた相手に、ムカッとはしたもののそこは軽く流すことにした。本当はファイティングポーズ を取りながら「やんのかー?!」と脳内では言ってやったけど、現実ではそんなこと口に出来るわけが無い。 「やんのかー?!」って言ってまかり間違って「いいよ。やろーよ」とか言われたらもうその時点で私の敗北は決定だ。 こんなでかい人相手に勝てるわけが無い。典型的なギャグみたいに、頭を片手で抑えられて一歩も動けずに腕をぐるぐる回してる 自分の姿が簡単に想像できる。

「...いや、耳は腐ってないよ」
「ふーん、よかったねー」

自分から話をふっておいてこの返答...! このやろう!やんのかー?!(二回目)

「ここ座んなよ」
「あぁ、うん...」

促されるままにしょうがなく紫原くんの隣に腰を下ろすと、タイミングを見計らったかのように委員会が始まった。 これで紫原くんと雑談する必要も無くなったとホッと内心息をつく。
その日の委員会は特に何も無く、業務連絡を伝えられて解散となった。委員長が話している間、紫原くんはまいう棒を ずーっと頬張ってサクサクやっていたが、特に害があるわけではない...むしろ黙っていてくれているのでよかったと思う。 それに紫原くんは常に何か食べているというのが通常運行だということを周りに認識されているらしく、誰にも注意されて なかった。この点はとても羨ましいと思う。まぁ、だからといって授業中までお菓子を食べようとは思わないけど...。

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次の委員会は一月後だった。前回のことを反省し、私は開始時刻よりも結構早く指定の教室に着いた。
以前と一緒で後ろのほうの席に座る。隣は空いているが別に紫原くんがここに座る必要はない。
むしろあまり話が出来ていない他の女の子と一緒に座れたなら私としてもいいのだけど...

「あれー? 早いね、ちん」
「え?!」

声が聞こえたと思うと頭をがしっと掴まれた。慌てて顔を上げれば紫原くんが何かを噛み砕きながら私を見下ろしていた。 というか、また頭さわった...!

「敦、それじゃあまたあとでね」
「あーうん、室ちんばいばーい」

私の頭に手を置いたまま手を振っている紫原くんの視線を辿れば“室ちん”だと思われるとてもかっこいい人が手を振っていた。 え、室ちんとか変なあだ名なのにめちゃくちゃかっこいいんですけど?!
室ちんは私の視線に気づいたらしく、にこっと一度こちらに笑みを投げかけてくれて去っていった。 ジュノンボーイ優勝も全然夢じゃない室ちんのスマイルに私の心臓はどきん! と大きく高鳴る。
ちょっと夢うつつ気味にぼんやりしていると、ガタンッと大きな音が鳴って意識が戻ってくる。 見てみれば隣の空いていた席に当然みたいな顔をして紫原くんが座っていた。
え、ちょっと、別にそこに座らなくても...。室ちんに笑いかけられて高揚した気分がぐんっと下降するのを感じる。

「室ちんかっこいいと思ったでしょー?」
「え、あ、...うん」

先ほどの反応を見られていたからの言葉なのだろうと思うと、自然と頬が熱を持ってしまう。しどろもどろでの私の返答に 紫原くんはちらりとも視線をよこさずに鞄の中から取り出したお菓子の袋を豪快に開けた。今日はどうやらチョコレート コーティングされたスナックを食べるらしい。早速一つを口の中に放り込み咀嚼しているのを横目で見ていると目があった。

ちんに室ちんは無理だけどね」

大きなお世話だ!

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「あ、ちーん」
「げっ!!」

帰ろうと下駄箱を目指して歩いていたときだ。曲がり角を曲がったところででかい影が現れたと思ったら紫原くんだった。 思わず心の声が出てしまった私は慌てて口を塞いでみたが後の祭りだ。

「なに今、げって」
「そういえばいつの間にちんとか私呼ばれてるの?」
「えー? この間から」

咄嗟に紫原くんの会話を遮って話をすればまんまと紫原くんはこちらの会話にのってくれた。扱い易いのか扱いにくいのかよくわからない。 紫原くんは移動しながらも食べているらしく、手にはスナック菓子の袋が握られている。そして会話の最中でも隙間隙間にわっか状のお菓子を口の中に放り込んでいる。
そういえば、委員会以外でこうして紫原くんと話すのと初めてだな。と唐突に思ったのは、予想よりも上の位置に彼の 顔があったからだ。いつもは椅子に座って会話していたので正確な距離が掴めていなかったが、今こうしてお互い立った ままでいると首が痛くなるほど見上げないといけない。

「帰んの?」
「うん」

紫原くんは?
一応の礼儀としてこちらも同じ質問を返そうとしたところで大きな手が自分の頭上にかざされていることに気付いた。
脳裏を掠めたのはあの日、頭を触ったらお菓子のカスがついたことだった。
首を捻り、サッと頭をよければ空を切った大きな手が視界の隅に映った。
得意になって顔を上げれば衝撃を受けたようにいつもは眠そうな目を見開いた顔があった。 それがますます小気味よくて、ふふんと鼻を鳴らすと、たちまちその顔に深く眉間の皺が刻み込まれる。 不穏な空気に得意になっていた気持ちは一気に臆病風に吹かれた。

「はあ? 何で避けんの」
「え、何でって...嫌だから」
「はあ?! 何それ俺に触られるのは嫌って事? ちんのくせに生意気なんだけど、ヒネリ潰されたいの?!」
「つ、ついに本性を現したな!」

ぼや〜とした雰囲気と喋り方で隠してはいるが、初めて言葉を交わしたときの第一声が「はあ? 身長とかわけれるわけないじゃん」 だったことからも紫原くんは性格が悪いに違いないと思っていた私の予想はやはり当たりだったらしい。
捻り潰すだなんて紫原くんが言えば正直冗談とは思えないので恐怖を感じる。
両手を構えて威嚇しながら紫原くんと距離を取るも、そんなことぐらいでは怯むような相手では無いので全然効果は無い。

「なに意味わかんないこと言ってんの、マジむかつくんだけど」
「ぎゃーそれ以上近づくと...あれ、飛び掛るぞ!」

威嚇が効かない紫原くんは怒りながらずんずんこちらに近づいてくる。一歩一歩が大きくて、私が後退した分なんて あっという間に埋めてしまった紫原くんはただでさえ恐いのに、怒っている所為でとてつもなく恐い。 本当に捻り潰されそうで身の危険を覚えた私は咄嗟にわけのわからないことを叫んでいた。だけどそれでも紫原くんは止まらない。

「やってみれば? つーかオレが触ったら嫌って言うくせに自分が触るのはいいわけ? マジ意味わかんないし」
「だって、紫原くん手汚いじゃん!」

ようやく動きを止めた紫原くんにここぞとばかりに私は自分が悪くないことを主張するために言葉を続けた。

「お菓子食べてべとべとの手で頭触るんだもん! この間なんかお菓子のカスが髪の毛についてたんだもん!」

ぴたりと動きを止めたかと思えば私の主張を確認するかのように自分の手を眺め、その手をおもむろにセーターで拭っている。 私からすればセーターで手を拭くこと事態も信じられないことなのだけど。多分紫原くんにとってはどうってことはないのだろう。 適当に手を拭いたかと思うと先ほどまで纏っていた不穏な雰囲気はどこかに消し去り、いつもの様子でこちらに向かって手を広げて見せにくる。

「これでいーの?」
「え、やだ」
「はあ?!」
「だってそのお菓子油で揚げてるのに! そんな簡単に油汚れは落ちないんだよ!」

正直な私の言葉に紫原くんの機嫌は一気に傾いたが、慌てて続けた私の言葉に一瞬考えるようにじっと自分の手を眺めたかと 思うと汚れを確かめるように親指と人差し指を擦り合わせている。
どうだ、その手は油で汚れているはずだ。 これだけ言ったのだから多少はその汚れが気になるようになったのではないだろうか。そう考えた私に否定を返すように 次の瞬間、頭を強く撫でられた。

「メンドい」
「ぎゃー!! さ、さわった!」

あれだけ言ったのに無視して私の頭を撫でる大きな手の感触に体を硬直させると、満足げに口元を緩めた紫原くんが こちらを覗き込んで言った。

「そっちが慣れればいーじゃん」

大満足な顔で去っていた紫原くんを唖然と見送ってから「そういえば何で紫原くんは私の頭を撫でたいんだろう?」 という当然な疑問が今更になって頭に浮かんだ。





惑星Xコンタクト







(20130419)