「三郎、さん来てるけど」
「...知ってる」

今日は学級委員会があるから修行は休み、と言ったにも関わらず、先ほどからちらちらと視界に映る姿は見覚えがあるものだった。 邪魔をしてはいけないと思ってはいるようで、先ほどから部屋の中に入って来る様子は無いが、ちらちらと部屋の中を覗いている。 それでも本人的にはたまたま通りかかったという体を作っているつもりらしい。ただあの派手なくのたま服を着ている上に、 何度も通りかかられたら嫌でも目をひいてしまうというものだ。
庄左ヱ門と彦四郎の一年生二人も、異変に気づいていた。
宿題を片付けながらも、不自然なほど通りかかるが気になるらしく、ちらちらと視線をの方に動かしている。 だが、当の本人は未だに気づかれていないと思っているらしく、何かを探しているようなふりをしながらまたしても部屋の横を通りかかった。 あまりにも下手な芝居に三郎は呆れたが、勘右衛門は面白そうに口角を上げている。

さんってわかりやすいね」
「知ってる」

読んでいた本を机の上に置くと、三郎はうんざりした表情で答える。

「あれの場合は、それを通り越して馬鹿だろ」
「ははは」

否定しないところを見るに、勘右衛門もの性格など諸々について感づいているらしい。 三郎の元に何度もやってきて、おかしなことを言っているのだから察しがつくというものだろう。
またも通りかかったにいい加減三郎は立ち上がることにした。立ち上がればすぐに勘右衛門が「いってらっしゃーい」と声をかけてくる。

「今日は修行は無しって言っただろう」
「...わっ! し、師匠! いつから私に気づいていたのですか?!」

何かを探すフリをしているらしく、俯いて地面に視線を這わせているの頭上から声をかければ、驚いた様子でが答えた。 いつから気づいていたのか。などよく言えたものだ。三郎の心情など知りもしないは心底驚いたようだ。
こんな様子で忍者としてやっていけるのか?
三郎はまたしてものことが心配になってしまい、哀れみの目でを見つめるがそれにが気づくことは無い。

「...こっちこそ隠れるつもりがあるのかと言いたい」
「さすが師匠...!」

私如きの芝居では欺くことはできないのですね...!!
感動した様子のには悪いが、一年生達にもばればれの芝居だった。とは、言いたくても言えなかった。 こうして一人で盛り上がるのが得意なは、勝手に三郎を凄腕の忍者として祀り上げるのだ。

.
.
.

「よろしくおねがいします」

ぺこりと頭を下げると、行儀良く正座をして座ったを興味津々という様子で、事情を知らない庄左ヱ門と彦四郎が見つめる。 先ほどのと三郎のやり取りに聞き耳を立てていたであろうことは想像がついた。きっと三郎とのやり取りは好奇心をくすぐられるものであっただろう。

「あの、先輩」

我慢できなかったらしい庄左ヱ門がすっと手を上げた。これから質問されるは、そのことには気づかず、宿題について質問されると思ったらしい。 「ん?」と答えながらも、視線は庄左ヱ門の前に広げられている忍たまの友に向いている。

「鉢屋先輩が師匠なんですか?」

直球過ぎる質問に、彦四郎が慌てる。どことなく質問してはいけない空気を読み取っていたらしい。
確かに三郎との関係は異質であることは、三郎自身が良くわかっている。 そして、その直球すぎる質問に知らず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまったのは、心のどこかにずっとわだかまりがあるからだ。 だが一年生二人と、何となく成り行きを見守っている勘右衛門は、その三郎の表情の変化に気づくことがなかった。

「そうだ。師匠は私の師匠だ!!」

何やら熱い気持ちを込めて言葉を放ったは、三郎に視線を移し「ですよね?」とでも言いたげに笑いかける。
三郎は不意打ちのの動きに、反射的にサッと視線を外した。それに否定されたと感じたらしいは焦ったように「師匠?!」 と慌てたように呼びかける。三郎とて、今の自分の反応は予想外のものだった。悲痛な感情を滲ませたの言葉に驚いたように振り返れば、 全員分の視線が自分に向かっていた。その中でも前のめりになり、不安そうに表情を歪ませるに視線がいった。
渋々、三郎は頷いて見せた。そうするとが今までの表情きれいに消し去って、パッと表情を輝かせる。
それにホッとしながらも、罪悪感のようなものが胸を巣食った。

答えは一つに決められてしまっているようなものだった。違う答えを言おうものならは......
そこまで考えて三郎は首を振った。
脳裏にが泣きそうな表情をしているのが映ったのだ。 言おう言おうと思っている事実は、喉のところで留まったままで、いつまでも口をついて出てきそうにない。 三郎の複雑な心中を知らないは、三郎がどれほどすごいのか、という話を一年生二人に得意げに語っているところだった。 あまりにもそのの話の中の三郎がすごいので、一年生は二人は半信半疑のような表情を浮かべてこちらをちらちら見ている。 このままでは自分がうそつき呼ばわりされてしまいそうなので「そこまでにしておけ」と、を制止した。







(20140817)