さんとは今日も修行するの?」

今までもくもくとご飯を食べていたと思っていた雷蔵が沈黙に突然声を落とした。
三郎は意表をつかれる形でその言葉に、一瞬喉に言葉を詰まらせながら頷いて返す。それを確認した雷蔵が「そっかー」と呟きながら、 今日のおかずの一つ、おひたしを口にする。

「そういえばさんってあんまり笑ってるの見たこと無いけど、三郎と話してるときはよく笑ってるよな」

八左ヱ門が思い出したように雷蔵の後に続けば、自然と会話の流れは"について"になってしまった。
その流れを歓迎することができない三郎は、思わず眉間にしわを寄せるものも、その語られる内容については満更ではない。 だが、それを隠すために唇を引き結んでいるので、むすっとした表情をしているように周りに見えた。
「あ、それ僕も思ってたんだ」以前、雷蔵も同じことを口にしていたこともあり、すぐに同意した雷蔵に 八左ヱ門は気をよくしたように「だよなー!」と返している。

「そうか? まあ別にどうでもいいけどな」

自分は関係ありません。という形を貫こうとする三郎に、先ほどから三郎の様子を眺めていた勘右衛門がおもしろそうに茶々を入れた。

「三郎は〜、ほんとは嬉しいくせに」
「はあッ?!何でそうなるんだ!が笑ってたらなんだっていうんだ!別にどうでもいいだろうが!」

必死すぎる。
立ち上がりそうな勢いで弾丸の如く言葉を返した三郎の様子に、誰もがそう思った。
兵助が「なんでそんなに必死なんだ?」という、空気が読めてないにもほどがある発言をしようとしたものの、それは八左ヱ門に視線で咎められた。 ここで兵助が何かを言えば、火に油を注ぐ結果になるであろうことは予想できたので、それを阻止すべく咄嗟に兵助の気をそらすことが出来るであろう自分の盆に載っている豆腐を指差した。 八左ヱ門の狙い通り、兵助は口を閉じ、意識は完全に豆腐に向いた。
「え、いいの?」
「え、何が」
「え、豆腐」
「え...?」
兵助と八左ヱ門が意思の疎通に失敗し、八左ヱ門の豆腐が犠牲になったところで、雷蔵がまたしても唐突に言葉を落とした。

さん、かわいいのに」
「ブハッ!!」

ぽつんと呟いた雷蔵の一言は、不思議とよく響いた。なので、当然三郎の耳にもその言葉は届くことになり、思わず三郎は 口に含んでいた味噌汁を器の中に勢いよく逆流させることになってしまった。器官に味噌汁が入ってしまった様子で、涙目になりながらむせていた三郎は、 落ち着きを取り戻すと驚愕に目を見開きながら雷蔵にようやく言葉を返した。

「あ、あいつがかわいい...?!」

到底信じられないという反応を示しながら、ぐいっと袖で口元を拭った三郎に、雷蔵は密かに眉を寄せて見せた。 今の三郎の発言を感心しない、そう嗜めるような視線だ。

「かわいいじゃないか。三郎の言うことを疑わずに何でも信じきって、三郎を見たら走り寄ってくるところも懐いてて かわいいじゃないか」

”かわいい”到底とは結びつかないと思われる言葉が何度も立て続けに出てきたので、三郎は目をまん丸にしている。 そして、雷蔵の言葉に三郎は思わず脳内でが駆け寄ってくる姿を再生してしまう。
「師匠ー!」と、それはそれは嬉しそうに笑みを浮かべながら駆けてくるの姿を。
そして、確かに雷蔵の言うとおり、は何も疑うことなく三郎が言ったことは何もかも正しいのだと信じきっている様子だ。 だからこそ今のこの状況になっているのだ。
嘘を嘘と見破ることができないだからこそ、三郎も良心が痛み、この困った状況を打破することができない。 雷蔵の先ほどの言葉から、の今までの様子を脳内で再生するのに忙しかった三郎は、その後に続いていた雷蔵の言葉が耳に入らなかった。

「ああいうの見てたら、よーしよし! って頭わしゃわしゃ撫でてあげたくなるよね」
「(それって犬じゃん!!)」

勘右衛門と八左ヱ門、兵助は雷蔵が言うところの”かわいい”の正体についてすぐに察することができ、脳内でツッコミを入れたのだが、 三郎にはそのツッコミが届くことは無かった。
   そうか、ああいうのはかわいいとも言うのか...。
ただ馬鹿なだけだと思っていたが、馬鹿な子ほどかわいいとも言うし...。
三郎は真剣に考えた。脳内ではが「師匠!!」と、満面の笑みを浮かべているところが浮かんだ。
そうするとどうだろう。三郎は途端に胸の奥がきゅっと縮んだように感じた。そして体が熱くなったような気がして、慌てて三郎はそれ以上考えることを放棄した。 今自分の体に起きた変化について目をそらすべく、三郎は口の中にご飯を詰め込み、それを咀嚼することに集中することにした。







(20160301)