「高校ってさ、進路に大きく影響してくるもんじゃんか」 「そっスねー」 「ね、さすがの黄瀬もそこんとこはわかってるってのに...」 「ちょお! なんなんスか、何でさり気に馬鹿にして、」 「破滅しろカップル!」 「声でかいっスよ! それもそんな大声で叫ぶ内容じゃないっス!」 「お腹から声出したからね。腹の底から」 私たちの声しか聞こえないと思われた屋上は、だけどすぐに冬の風の音で騒がしくなった。 こんな寒い日にわざわざ屋上に来ようと考える人たちは少ないらしく、今屋上には私と黄瀬だけしか居ない。 何でこんなとこに来たのか自分でもわからない。とてつもなく寒いのに、物好きとしか思えない。 冷えたコンクリートにお尻を付ける気にはなれず、私はしゃがみこんだ姿勢のままだったが、黄瀬は座り込んでいる。 冷えてお腹壊すかもよ。と言うと「大丈夫っスよー、俺っちみたいにやわじゃないんス」とか言われたので放っておいている。 未成年の主張を終えた私は三角座りの体勢(ただしお尻は地べたにくっつけない)でどうにか寒さから体を守ろうと丸くなった。 「高校かぁー...」 思わず口に出た声に、携帯に噛り付いたままの黄瀬は一瞬ちらりとこちらの様子を伺うかのように目だけを動かした。 「嫌なんスか」 「うーん、嫌っていうか...また一から色んなことをやり直すのは面倒だよね」 高校に行くということは、中学の三年間がリセットされることになるのだと思う。 知らない人たちばかりの環境で、また一から人間関係を築いていくことは今想像するだけでもひどく億劫なことに思えた。 私のそんな返答に黄瀬は小さく喉で笑う。それだけで黄瀬は私と同じじゃないことが理解できた。 「っち年寄りっぽい」 「えぇーだってさ、黄瀬はそう思わないの」 「そっスねー...まぁ思わないこともないかな」 きっと黄瀬にとってはそれほど億劫なことではないのだ。彼はいつだって皆の中心に居るような人だ。 周りから寄ってくるのだ。光りに集まる虫みたいに、黄瀬を中心にして人が集まる。そこからして私とは違う。 だから私と同じ価値観を持っているわけがないのだ。 「...けど、せっかく出来た仲のいい友達とも離れるんだよ」 ここのところずっと溜め込んでたものが次々と口をついて出てくる。誰にも言わないでおこうと思ったのに気づけば私は 黄瀬に話してしまっていた。私の声のトーンが変わったことに気づいたのか、今まで弄っていた携帯を閉じた黄瀬はそれを 無造作にポケットの中に放り込んだ。 「けど友達じゃなくなるわけじゃないっスよ」 「それはそうだけど...」 「けど」に「けど」を返されて、私は黙り込んだ。でも、頭の中では黄瀬に返したい言葉が溢れてきていた。 けど、けど、こうやって屋上で何でもないことを話すこともなくなるし、朝学校に来ておはようーって挨拶をすることも出来なく なるし、休憩時間にお菓子の取り合いしたりとか、帰り道が一緒になってだらだら話しながら帰ったりとか......放課後バスケ してる姿を覗きに行ったりとか...。 黄瀬と離れたくないと思ってるのは私だけなのだろうか。黄瀬は私がいなかったらいないでそれでいいと思ってるのかもしれない、 そう考えると悲しい。私たちは別に高校を同じ所にしようとか、話し合うような関係じゃない。別々の道を行くのが 普通で、逆に同じ道を目指す理由が見つからない。誰が見ても“友達”と言われる関係だ。だけど、だけど、 「なんスかーセンチメンタルな気分?」 「...そうかも」 黄瀬は私と離れても何も感じないんだと思うと、何だか本格的に気分が落ちてきた。 価値観が違うのだとわかっているのに、同じように感じて欲しいと思う矛盾。 自分で決めた黄瀬との間に引いた境界線を飛び越えたいと思う気持ち。 きっと線の向こう側に行けば違う高校に行くのだとか、そんなことは関係なくなる。だけど、それを飛び越える勇気が 無いのは、元々その線を飛び越える許しをもらえないかもしれないと考えているから。もしも許されないなら今こうしている 何気ない時間を過ごすことも出来ないのだと考えると私はどうしても足を踏み出せない。 びゅー、と音をたてる風は容赦なく私たちの体の熱を奪っていく、なのに私はこの場から去ることが出来ずにいた。 黄瀬は携帯をポケットにしまってからは胡座をかいたまま動かない。 「さむい」 「さむいっスね」 間を埋めるだけの会話にはほとんど意味が無い。どちらも動き出そうとしないままぼんやり並んで座っていた。 こんな時間を過ごせるのは後どれくらいだろう、と考えていたその時、一際大きな、私と黄瀬を吹き飛ばそうと企んでいるかのような風が吹いた。 一瞬にしてぐしゃぐしゃになった髪に自然と文句が口をついて出た。 「もうー...」 「ハハッ、っちぐしゃぐしゃ」 「知ってるよ!」 苛立ち交じりに返しながら、黄瀬を見てみるとさらさらな髪は絡まることも無く、すんなりと元に戻っていた。 突風に襲われたのは私だけみたいだ。ますますいらいらしながら手櫛で髪を整えていると、突然何を思ったのか黄瀬が手を伸ばしてきて 髪を整えるのを手伝ってくれた。髪に触れる黄瀬の手を感じると嫌でも意識してしまう。それを知られるわけにいかない私は 咄嗟に俯いた。 「...俺だって嫌っスよ」 耳のすぐそばで聞こえた振り絞るかのような声に私は思わず息を呑んだ。 離れたくない。そう聞こえたのはきっと私の都合のいい空耳なんだと思う。 |