「あ、」 鞄の中に入れてある手帳を取り出そうと、それを掴んで鞄から引っ張り出すときに何かがひらりと落ちた。 慌てて手を伸ばすも、私の手よりも早くにその紙を拾い上げた人が居た。 「すいません...」 慌ててそれを受け取ろうと手を出すも、手はこちらに伸びてくることなく、その人の胸の前から動かない。 そこでやっと私は、自分が今何を落としてしまったのかを知った。 ――バーナビーのヒーローカードじゃないか!! ちょっと、いい年して恥ずかしい...!と思いながら拾ってくれた相手を見てみれば、そんな気持ちは吹っ飛んだ。 「...バーナビーさんが好きなんですか」 じっとカードを凝視していたと思うと、ぽつりと呟いたのは我らがヘリペリデスファイナンスのヒーロー...折紙サイクロンだ。 答えに詰まる質問に(質問と言うよりも確認という感じだけど)、私は何も答えることができずにいると、カレリンさんは諦めたように私にカードを手渡してきた。 無言であることが答え、と受け取られてしまったのだろう。こんなカードを持っている時点で答えはわかりそうなものだけど...。 手渡されたカードを裏返してみると、他のヒーローカードとは違い、素顔のバーナビーが笑っていた。 . . . 「カレリンさんに避けられてんですが...!」 私の悲痛な叫びに、対して興味がなさそうに先輩は「ふーん」とだけ答えて、またも視線を手に持っている雑誌に移した。 「...仕事の話をするとき以外は避けられてるんです」 先輩の態度にへこたれることなく続けて言葉を発すれば、またも先輩からは「ふーん」という一応の相槌が返ってくる。 一応は聞こえているだろうということを前提に私は話を続けることにした。 私が所属しているのは”ヒーロー事業部”ということで、我が社のヒーローである折紙サイクロンのサポートなどが中心の仕事になってくる。 なので、ヒーローであるカレリンさんとは毎日会うことになっているのだが、そのカレリンさんがここ数日目も合わせてくれないので参っている。 話しかけても視線は俯いたままだし、仕事の話が終わればまるで忍者のようにサッと姿を消してしまう。 今まではプライベート話なども雑段に織り込まれていて、それなりに良好な仲であったと私は思うのだけど...。 どうもここ数日の内に事情が変わってしまった。 カレリンさんへの仕事の伝達は、主に私の仕事になっている。「年も近いからそのほうがいいだろ」という独断と偏見によって、 今目の前で雑誌を読んでいる先輩が決めたのだ。カレリンさんは、人見知りをする方なので最初は大変だったけど、 ようやく距離が縮まったかと思ったところで今回のことがあったのだ。 また振り出しに戻ってしまうというのか...!! つらつらとこれまでのいきさつを話し終えたところで、ようやく先輩が雑誌から顔を上げてくれた。やはりきちんと話を聞いていてくれたらしい。 「そうなった原因は」 「え?」 「あるだろ、何か」 「うーん...それっぽいのはあるんですけど...何もここまで怒らなくてもって思わなくもないような...」 「いいから、何だよ原因は」 ぶつぶつ呟いているとそれを遮る形で、原因を言うことも促されてしまったので、しょうがなく私はバーナビーのカードを持っていたことを白状することになった。 "バーナビーのカード"を持っていたということは伏せようとしたというのに、無理やり吐かされてしまった。 「...やっぱり裏切ったと思われたんでしょうか?」 「はあ? そんなもん俺だってブルーローズの持ってるわ」 「え!! それって裏切りじゃないですか!」 「つーか、折紙のカードは持ってないし」 「ええ!! なんて裏切り行為だ...! ヒーロー事業部の癖に!」 「そういうお前は持ってんのかよ!!」 「持ってます! ......お菓子のおまけについてたのなら」 先輩の冷たい視線を感じ、さっと視線をそらす。バーナビーのカードを買ったのだってこの間のことなのに、ヒーローマニアでもない私が持っているカードといえば、その二枚だけだ。 だけど一応折紙サイクロンのカードを持っていたということで褒めて欲しい。まあ、この年になってヒーローカードを買うとは思わなかったけど...。 だけど、どうしてもバーナビーのカードが欲しかったのだ。 たまたま事件現場に行ったときに何かに躓いてしまって、そこをバーナビーに助けられてから(それも素顔の!!)どうしてもカードが欲しくなってしまい、 ちびっ子達にまぎれて並ぶという恥ずかしい思いをしてまで手に入れたのだ。 「大丈夫ですか?」と気遣ってくれただけでなく「確か...折紙先輩のところの方ですよね」と、微笑んでくれたのだ。 ヒーロー関係者の人の数と言うのは結構居る上、事件が起きた後なんかにちょろちょろしていても、色んな人がごった返しているので個人を知るのは難しい。 なのにバーナビーは私のことを知っていたのだ。顔面からスライディングしそうになったところを助けられ、その上こんな気遣いまでしてもらえたらどきどきしないほうが変だ。それもイケメンでヒーロー。 ということで、舞い上がってしまった私はアイドルを追いかける心理的なものでカードを買ったのだ。 ちなみに、そのとき我が社のヒーローはと言うと、スカイハイがヒーローインタビューされている背後で見切れていた...。 「ま、それから態度が変になったんならそれが原因だろうな」 「やっぱりそう思いますか...」 「アレでもあげとけ」 「あれ?」 「ニンジャとかあげとけ」 「いや、忍者って人ですよ。あげることなんて出来ませんよ」 「じゃあ、アレだ。サムライあげとけ」 「侍も人ですよ!」 「...」 「...」 「じゃあもう適当に謝っとけ」 「え! それだけですか?!」 先輩は適当すぎるアドバイスらしきものをしてくれたが、どれも参考になるものではなかった。 先輩はあてにすることが出来ないので私は考えた。どうしたらカレリンさんに裏切りではないのだと伝えることが出来るのかということを。 お昼ごはんを食べながら...晩御飯を食べながら...休憩時間を使いながら...お風呂に入りながら...ベットの上で寝転がりながら... そうして緻密に計画を立てていった。 よし、この作戦で行こう! 作戦を立てるだけで1日も費やしてしまったが、この作戦なら大丈夫だろうと考えた。 今日はカレリンさんと新商品についての打ち合わせがある。打ち合わせとはいっても、こういう企画が今出てるんですよ的な話をするだけなので、 私とカレリンさんの二人だけの打ち合わせだ。 いろいろな説明をしている間も、カレリンさんは机の上の資料に視線を向けて一向に私を見ようとはしない。 それほどカレリンさんにとって、他のヒーローのカードを持っていたということは許すことができないものなのだろう。 カレリンさんの立場に立って考えてみれば、ヒーロー事業部といえば自分にとって絶対のサポーターであるはずだ。 なのに、他のヒーローを応援されれば怒るのも無理はない。と、冷静になった今では考えることが出来る。 信頼関係がとても大事な仕事なので、このままカレリンさんとの信頼を失ってしまうというようなことは避けなければいけない。 話が一段楽したところで、私は手帳を取り出した。カレリンさんの視線は相変わらず机上にある。 それを確認して手帳を開いた。この開くときの角度についても、直角に持つようにした。そうすると、中に挟んでいるものが落ちるからだ。 そして私の目論見どおり、手帳に挟んであったカードが落ち、机の上を滑っていった。それもちょうどよくカレリンさんの目の前まで滑って行った。 よし! と内心ガッツポーズをしながらも、それを表には出さないように気をつけた。 「あ、すいません」 カレリンさんは、目の前まで滑ってきたカードを手にとって、それをまじまじと見つめている。 私が考えた作戦と言うのは、あの日と同じようにカードを落とすというものだった。 だけど、今度は落とすカードはバーナビーのものじゃない。折紙サイクロンのものだ。 これで私が、折紙サイクロンのカードもちゃんと持ってるんだよ。裏切ったわけじゃないよ。ということをアピールしようというわけだ。 この日のために、私は再びちびっ子の列に並んでこのカードを手に入れたのだ。 「これ、」 カレリンさんは自分のカードを見て、驚いた様子で呟いた。 「僕のカードですか」 「はい! 折紙サイクロンのカードです!」 食いつき気味に答えるも、カレリンさんの反応はいまいちのものだった。視線はカードから外れることがなく、ヒーローと言う仮面を被った自分を見ている。 「私実はお菓子のおまけについてたのも持ってるんですよ」 「え」 何も反応が無いことを不安に思い、口火を切るとカレリンさんがようやく顔を上げてくれた。 あらかじめ手帳に挟んであったお菓子のおまけについていたカードを取り出し、それをカレリンさんに見せた。 これはお菓子を買わないと手に入れることができないというもので、子供達にとても人気があったカードだ。 私は何となく、子供達がお菓子コーナーに群がって中に何が入っているのかを探っている様子を見ていて、自分も手に取ったものだ。 開封してみれば、中にはラムネと一緒に折紙サイクロンのカードが入っていた。 誰のカードが欲しいというのはなかったものの、一発で折紙サイクロンを引き当てることができたのが嬉しかったのを覚えている。 だけどその後、このカードをどうするかまでは考えていなかったので少し困った。捨てるわけにも行かず、結局引き出しの中に入れてあったのだ。 カレリンさんは私が取り出したお菓子のおまけについていたカードを手にとって、二つのカードを見比べるようにまじまじと見つめた。 そうしてから、ちょっとだけ口角が上がったのを私は見逃さなかった。 普段はあまり表情が動くことがないカレリンさんは、だけど良く見ていると微妙にその表情を変えるのだということを私は知っている。 第一印象はちょっと怖い人なんだろうか、と思うこともあったが実際にはそんなことがないということも知っている。 微妙に持ち上がった口角と、嬉しそうな雰囲気を出すカレリンさんに、私はこの作戦が成功したことを知った。 よかったとホッと小さく息を吐くと、今までカードを見つけていたカレリンさんが顔を上げた。 ようやく顔はあげてもらうことが出来たものの、その視線は相変わらず私には向けられていない。だけどその意味合いはさっきと違うのは雰囲気でわかった。 「すいません、僕、その...嫌な感じでしたよね」 唐突な話題ではあったものの、何を指しての言葉であるのかはすぐに察することができた。 カレリンさんは自分の行いを反省しているようで、見るからにシュンとした雰囲気を漂わせている 「いいんです。私も悪かったですから」 「え?」 「私が応援すべきはカレリンさんなのにちょっと浮ついた気持ちでバーナビーのカードを買っちゃったのが悪かったんです」 元はといえば私がバーナビーに転んだところを支えられて「かっこいい...!」と思い、カードを買ってしまったのがいけなかったのだ。 悪いのは私もだったので、両成敗ですよ。そういう気持ちで話しかけたというのに、カレリンさんの表情は何故か強張っていた。 「...浮ついた気持ちで買ったんですか?」 「えっ! いや、あの...」 「そうなんですか?」 「...ちょっとだけ! ほんのちょっとだけ、......か、かっこいいなーって思って」 「...」 今まで上がっていた口角は下がってしまい、黙り込んでしまったカレリンさんはどう見ても機嫌が急降下したようだった。 せっかく仲直り(?)出来そうだったのにまずいこと言ってしまったかもしれない...。内心焦りまくっている間も、痛いほどの沈黙が続く。 「...僕はかっこよくないですか」 「.........え?」 まるでいじけたようなカレリンさんの思わぬ言葉に、私は反応が鈍くなってしまった。 私が発した一音に、カレリンさんは今まで俯いていた顔を勢い良く上げて、その白い顔をみるみるうちに赤く染めた。 そして、私が何か言うよりも早く立ち上がった。ガタッと椅子が床と擦れる音が二人だけの部屋に大きく響く。 私は、呆気に取られながらカレリンさんの顔を見つめることしか出来なかった。 「忘れてください!」 真っ赤になっている顔を腕で隠すようにしてそれだけを叫んで、カレリンさんは部屋を出て行った。 その間、わずか2秒。 さすがヒーロー、足腰を鍛えているだけある。
グリーンアイの嫉妬
|