2月14日は学生にしてみれば...いや、学生に限らずとも大きなイベントがある。
なので、周りがそわそわと浮き足立っている雰囲気なのを私も肌で感じていた。
だからというわけじゃないけど、私も日を追うごとにそわそわと落ち着かない感じを味わっていた。なんだかわからないけど、 体の中を何かが動いているようなそわそわ感。だけどそれが不思議と嫌じゃない。
同じくそわそわしている友達と「あそこの店に可愛いラッピング揃ってたよ」とか、きゃぴきゃぴしていた。 正直に言うと、完全に雰囲気飲み込まれてしまっていた。バレンタインというイベントに踊らされていたというわけだ。 出来ることならきゃぴきゃぴしていた数日前の自分の頬を5往復ぐらいビンタして目を覚まさせてやりたい。 「バレンタインは楽しいばっかりじゃないんだよ!!」って。軽い気持ちできゃいきゃいやってたら痛い目みるぞこの馬鹿っ!! ってことを警告してやりたい。
「血反吐を吐く覚悟はあるのか?!」と、肩をがくがく揺さぶりながら尋ねてやりたい。
まあ、血反吐って言うのはいいすぎかもしれないけど。...いや、やっぱりあながち間違っていないかもしれない。
私はそんなことは考えながら、渡すことができなかったチョコが入っている鞄を胸に抱いてため息を吐いた。
こうしている今も、臓器を針で刺されているかのような痛みを感じる。

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憧れの先輩にチョコを渡そう! と考え付くまでは早かった。
バレンタインの雰囲気に流され、誰かにチョコをあげたいと考えたときには、その誰かはすぐに頭に思い浮かんだのだ。 そして私は友達と期待に胸を膨らませながチョコだのラッピングを選び、当日の今日になったというわけだ。
朝から心臓が破裂しそうな心地で放課後を待った私は、友人達とお互いの検討を祈りながらそれぞれの戦場へと向かったのだ。
だが、私を待っていたのは思いもしない展開だった。
先輩を見つけた私は、心臓が口から飛び出そうになるのを感じながら走り寄ろうとして、先客が居ることに気づいた。
先輩はちょうど他の女の子と一緒だった。
そして、私の目の前でチョコと思わしきものを受け取っているところだった。
その雰囲気を見て、私が出る幕ではないのだということを悟ってしまった。
ここで出て行けば、完全に空気が読めない奴になってしまう。
結局、私はあれだけ時間をかけて選んだチョコを鞄に入れたまま行くあても無く教室に戻ってきた。 だけど癖とはすごいもので、私は自分の席に無意識にちゃんと座りただ呆然としていた。
友達にメールでも送ろうかとスマホを弄ったけれど、友達は友達で頑張っているところなのだから邪魔をしてはいけないと送信前に思いとどまった。 振られて完全燃焼することができたのなら、まだすっきりすることができただろうけど、今はすっきりもへったくれもない。 何でこんなにタイミングが悪かったんだろう。どうせならあの女の子が来る前に行っておけば......なんてことを沸々と考えていた。 誰かの所為にすることもできず、誰かに話を聞いてもらうことができず、一人で鬱々と考えていたからなのか、私は何だかこのまま何事もなくバレンタインが終わってしまうということが我慢できなくなってしまった。 こんなにこの日のためにいろいろ考え...まあ嫌な話お金もかけた。
あんなに時間をかけて今日のために準備をしていたのに.......何だかこのままでは気がすまない!
家に帰って失恋の痛みを抱えながら先輩のために用意したチョコを食べる、というのが正しい行動のような気がするが、 私はそれでは気がすまない。このまま手ぶらでバレンタインが終わってしまうというのは、何だかとても損をした気分なのだ! そこで私が考えたのは、鞄の中に入っているチョコを誰か他の人にあげるというものだった。自分で言うのもなんだけれど、最低だと思う。 先輩のために用意したチョコを関係のない人にあげるというのだから、これはとても褒められた行為ではない。やけくそとも言うことができる。だけどこのままでは私の気が治まらないのだ。 というわけで、その誰かにはしょうがないが付き合ってもらうことにしよう。
だけど誰に上げるべきか、ということで私はまた悩むことになってしまった。
チョコをもらうことができなかった人にあげるというのが、このチョコも有効活用できて、あげた方も、もらった方も万々歳になるんじゃないだろうか。 だけど問題なのは、すでに下校時刻がとっくに過ぎてしまった今となっては、校舎内に人自体あまりいないということだ。 そしてチョコをもらってない人を探し出すということも、現実的な問題としては難しい。まさか「チョコもらった?」と、一人一人聴いて周るわけにもいかない。 どうするべきか...またも懇々と3分ほど考え込んでから、私は嫌になって考えることを放棄した。
今の状態ではカップラーメンが出来る間も考え込むことができない。
そしてやけくそで、次にこの教室に入ってきた誰かにしよう! と決めた。
誰も入ってこないということも大いにありうるので、その場合はリミットを五時半として大人しく帰ることにする。 自分でそんなルールを決めた私は、ドアのほうを見ながら誰か来るのを今か今かと待った。
だけど予想したとおり、すでに人気がなくなった校舎内で教室に入ってくる人も居なかった。私は最初の緊張感を忘れて、それどころかいろいろなことが頭の中をめぐっていた。 チョコをもらうことができなかったという人にあげるというのはやっぱり可愛そうかもしれないので、(だって! せっかくもらったチョコでさえも他の人のために用意されたものとなったらかわいそう!) モテモテで”もうチョコなんて飽き飽きだぜ”というような人にあげたほうが良いかもしれない。だけどそうなってくると、私が微妙な気分。 だとか、他にも先輩を今頃どうしてるだろう、ということや、先輩嬉しそうだったな...というようなことを机に突っ伏して考えていた。 そうしているとあっという間に時間が経ってしまい、外は真っ暗になってしまっていた。暖房も聞いていない部屋で震えながら待っていたけれど、もうこれは諦めるしかないだろう、と時計を見つめながらため息をついたそのときだった。 突然ガラガラとドアが開く音がしたのでパッとそちらを見ると、誰かが入ってきている姿が見えた。
だけどそれが誰かまではわからない。電気をつけずに居たので教室の中は暗く、相手のシルエットがぼんやりとしか見えない。 だけどこれからこの人にチョコを渡すのだと思うと、ドキドキした。誰かもわからないのに。
目を凝らして誰が入ってきたのかを判別しようとしたところで、突然教室の電気がちかちかとニ、三度点滅してからついた。 眩しさに目が眩み、耐え切れずに腕を目の上にかざす。

「...うわっ!」

何だか聞き覚えがあるような声だ。そう思ったときには目を薄く開くことができた。
そして、私は(やけくそで決めた)チョコをあげるべき相手の顔を高揚感を感じながら確認した。

「......黄瀬くんかぁー」

相手を確認したと同時に、ちょっと微妙な気分になってしまった。というのも、相手が”モテモテ”どころかモテモテモテモテ...エンドレス、 みたいな、モテが一体いつまで続くのかわからないほどモテる黄瀬くんだったからだ。
確かに皆が黄瀬くんに騒ぐ理由は私にだってわかる。だけど黄瀬くんは少し現実離れしすぎてしまっているのだ。 いつも買っている雑誌に載っているような人で、同時に一緒に映っているかわいいモデルの女の子と”どこどこの店に二人で居た”などと言われているような人なのだ。 憧れよりも上、雲の上の存在とまでは言わないけど、高層ビルの上の存在? という表現が私にとってはぴったりなので、黄瀬くんにキャーキャー言ってる同級生達の気持ちはわかるものの、 それを一歩ひいたところで見ている感じだ。

「なんスか、そのビミョーな感じ!」

私のその微妙なニュアンスはしっかり黄瀬くんに伝わってしまったらしい。早速ツッコミを入れてくれた。
自分の立場に驕っているが感じがなく、とてもフレンドリーなこういう会話が黄瀬くんの人気に拍車をかけているような気がする。 俺が普通の高校生相手にするわけねぇだろ。とかそういう感じが全然ないのだ。

「ちょっと驚いて...」

黄瀬くんがモテる理由を解析しながらも、まさかチョコを渡す相手が黄瀬くんで微妙な気分になっちゃったなんていうことが出来るわけも無く、誤魔化すために適当なことを言いつつも、曖昧な笑みを浮かべた。

「俺も。まさかこんな暗い教室に人が居るとは思わなかったっスわ」

そう言いながら電気のスイッチのところから移動してきて、自分の机へと歩いていく。私の席はちょうど真ん中、教卓の前の真ん中...この教室の中央にあるのだけど、 黄瀬くんの席は廊下側の後ろから二番目の席だ。私は椅子に横に座りながら、黄瀬くんの動きを目で追っていた。
何か忘れ物を取りに来たのだろうか? そんな私の疑問がわかったらしく「ちょっと忘れ物しちゃって」と、黄瀬くんが笑って答えてくれた。

「こんな暗い教室で何やってたんスか? さん」

どうやら目的のものを見つけたらしく、鞄の中に何かを入れている黄瀬くんが何気ない様子で尋ねてくる。
一瞬言葉に詰まった。本当のことを言うとなってくると「あ、うん。チョコを渡そうと思ってた人はすでにカップル成立しちゃってみたいでさ。それでそのまますごすごと家に帰るというのも悔しいので、この教室に入ってきた人にチョコを渡そうと思って待ち伏せしてました☆」 となってしまう。語尾に☆をつけて何だかハッピーな感じを醸し出しても、私が計画している最低な計画については隠し切ることができないし、和らげることも難しい。

「あ、もしかして俺のこと待っててくれたとか?」

私が押し黙ってしまうと、黄瀬くんが軽い感じでそう言った。
どうやって切り出そうとか...そう考えていたこともあり、私はチャンスとばかりにすぐにその言葉に飛びついた

「そう! 黄瀬くんにこれを渡そうと思って!」

そうしてチャンスを逃がすことなく、私は鞄の中に手を突っ込んで慌てて中を探った。箱の形をしているものはチョコ以外にはないので、 すぐにそれは探し当てることができた。鞄の中から引っ張り出してくれば、濃いブラウンの箱に、それよりも少し色が薄く、英字がプリントされているおしゃれなリボンが巻いてある。 外観だけでも高価な感じがしていると我ながら思う。実際、結構な値段がかかっているのだけど。
手作りにしようかとも考えたが、手作りがダメな人もいるということを考えて市販のものにした。先輩がどちらかわからなかったので、市販品にしたのだ。 金額で思いの大きさを伝えるなんて下品だとは思いながらも、行動は考えとは反対で、実際にはそういうことになってしまったのだ。 私の財布の中身を見れば小学生のものと思ってしまうほど貧相だ。いや、小学生の方がもしかしたらお金を持っているかもしれない......。
だけど結果的にこうなるのなら、市販品にして良かったのだと思う。
意外だと、驚いた表情をしている黄瀬くんを見つめながら私は立ち上がって手に持っている箱を黄瀬くんに差し出した。 そうするとようやく、私の中に羞恥心のようなものが現れた。
今更とは思いながらも、恥ずかしくてうまく視線を黄瀬くんの顔に向けることができず、第二ボタンの辺りを見つめた。

「......まじっスか」
「う、うん、まあよかったら食べてください」

別に黄瀬くんに渡す予定ではなかったというのに”チョコを渡す”という行為について反射的に心臓が脈を早めているようだった。 黄瀬くんが恐る恐ると言った様子でチョコの箱を受け取ったので、私の口は焦ってぺらぺらと動き出した。

「あ、大丈夫! 別に爪とか髪の毛とか涙とか入ってない既製品だから!」

口にしてから、あっと思った。実際に「あっ......」と口に出してしまっていた。
今まで恥ずかしさを感じて第二ボタンの辺りしか見ることができなかったというのに、一気に緊張とかは溶けてしまったせいで、 どうどうと黄瀬くんの顔を見上げることができた。
黄瀬くんは小さく口を開けて呆気にとられているようだった。やばい、何で私って必要ないことまで口にしてしまうんだろう......。 自分の失態に猛反省をしていると、呆気にとられた顔をしていた黄瀬くんが急に笑い出した。
何がおかしかったのかわからず、ただただ黄瀬くんが笑い終わるのを待っているという居心地の悪い時間を過ごしていると、ようやく黄瀬くんの笑いが止まった。 と言っても、まだ口元には笑いの名残が残っている。

「いやー、さんっておもしろいっスね」
「......そうかな?」
「そんなこと言いながらチョコ渡されたのって初めてっスよ」

どういう意味でのおもしろいなのか? そう考えると微妙な気持ちになってしまったがそこは敢えて掘り返さないことにした。

「やっぱ手作りってそういうの入ってそうってイメージあるっスよね」
「え、あー、いやぁ......」

私は完全に女の子の敵になったことだろう。もっと言うのなら、黄瀬くんファンの手作りチョコを送った女の子達の。
怪しげなレシピがあるのは本当らしく、以前に自分の髪の毛を入れて好きな人をいちころ☆なんて怪しげなレシピを紹介している番組があった。 その番組は外国で放送されたものとして、面白おかしく紹介されていたものだったけど、日本でもそういうことを考え付きそうな人はいそうだ。
それに、黄瀬くんのことを好きな女の子には熱狂的な人も多いだろう。そう考えると、一人や二人くらいはそういう怪しげなまじないに手を出している人が居てもおかしくない。 だけどそれを口にしてしまうのは自分では間違ったと思う。ひょっとしたらきちんと衛生的なことに気を使って作られたチョコも、黄瀬くんは口にするのをやめてしまったかもしれないのだ。 そうすると完全に私は悪者だ。なので、黄瀬くんの言葉にも目が泳いだ返答になってしまった。
ごにょごにょと「けど心が込められているよね」とか何とか、自分でもよくわからないフォローを入れる。
ここにいるとまた余計なことを言ってしまいそうだ。用件はもう済んだことだし、私は潔くこの場から撤退することにした。

「じゃっ、私はそろそろ帰ろうかな!」

さっきまで寒さに震えていたというのに、今は自分の余計な発言に変な汗をかいている状態だ。マフラーが少し暑いかもしれない。
強引に話をまとめ、私は黄瀬くんに右手を振りながら教室を出ようと足を進めた。 失敗はしてしまったが、一仕事終えた気分だ。

「あ、俺も帰るっス!」

私が少しばかり晴れ晴れした気分で居ると、背後から声をかけられた。自然と声がしたほうを振り返れば、黄瀬くんが走ってきて私の隣に並んだ。 そのまま追い越していくこともなく、黄瀬くんの長い足は私の足の歩幅に合わせて動いている。
何故並んで歩いているんだろう......。

「あっ、チョコありがとうっス」
「いえいえ......」

黄瀬くんと並んで玄関に向かいながら、私はかくかくと頭を縦に振った。

さんにもらえるとは思ってなかったんで、すげー嬉しいっス!」

輝く笑顔でそういわれ、私は周囲がすっかり暗くなってしまい、星が瞬いている状態だというのに眩しさを感じてしまった。
そうか、こういうところが黄瀬くんの魅力と言うやつなんだろう。私があげたチョコでもこんなにうれしそうにしてくれるのだ。そりゃ女子はいちころだろう。
またしても黄瀬くんがモテる理由がわかり、納得した。
ただ顔が整っているということだけではなくて、キャラクターにも魅力があるのだ。なるほどなるほど。
失恋と罪悪感の痛みで胸に違和感を感じながら、私は黄瀬くんの話しに相槌を打った。 とりあえずバレンタインを終えられたことにどっと疲れを感じていた。明日からはまた普通の日がやってくるのだと思う、少し安心まで感じるほどだ。 明日になったら黄瀬くんともいつものクラスメイトに戻るのだろう。そう考えると、この状況を少し楽しもうという気になった。





チョコレート色の罪



(20140214)セーフ!そして続きそう......