強烈な日差しが目に突き刺さり、強制的に目覚めさせられた。
昨日はどうやらカーテンを引くことなく寝たらしく、太陽の光が窓から入り込んでいる。
その日差しが目に刺さるように感じるのは、昨日のお酒の所為であると思い出したのは、ベットから身を起こして少しの頭痛を感じたからだ。 それに、この太陽の光が強烈に感じるのも二日酔いとまではいかないものの、それの所為だからだ。
二日酔いを感じたことは無いが、お酒を飲みすぎた日の翌日は体の倦怠感と少しの頭痛を感じる。 接待の席ということもあり、遠慮することもできずにお酒を飲んだ結果がこれだ。
自分の頭を軽く叩きながらベットから出て、何か水分を摂取しようと思ったとき、視界にこの部屋に見慣れないものを捕らえた。 自然と視線をそちらに向ければ、ソファーに頭を乗せて寄りかかり、床に座り込んで眠り込んでいるらしい男が居た。

「......へ?」

びっくりしすぎると、意外に人というのは声が出ないらしい。
私は目を見開いて、本当にそこに人が居るのかどうかを見極めようとしたけど、目を薄めてみても凝らしてみても、そこに 居る人が消えることはなかった。その上、私の目がおかしいんじゃなければ、男は何だか妙な格好をしているように見える。 ところどころ金属が見えていて、腰から伸びている白く長い布を布団代わりのように体に巻いて寝ている。 何だかどこかで見たことがあるような格好のような気がしないでもないけど、何かのコスプレだろうか? まあ、そんなことよりも何故私の部屋で眠っているのか、と言うことの方が今は重要だ。 何か飲もうとしていたのも忘れ、私は思わず足音を立てないようにしながらおそるおそるソファーの方に近づいてみた。 もはやこの状況についてあれこれ考えることもできず、ただただ思うままに行動していた。
そうして近づくにつれ、男が金色の髪をしていることや、少し癖毛であること、男らしい骨格をしているということが判明した。 まぶたが下りているのでどういう瞳をしているのかわからないが、パーツを見る限り男前のような気がする。 まじまじと思わずしゃがみこんで男を観察していると、突然パッと目の前の男の目が開いた。
青い瞳だ。
ぎくっと肩を震わせながらもそう咄嗟に思ったときには、二度、三度と目の前のまぶたが上がったり降りたりを繰り返していた。 そうしてなんと声をかければいいかわからず、そのままの体勢で固まっていると、突然ハッとしたように目の前の男が真剣な表情を浮かべた。

「そういえば! 大丈夫かい?! 頭とか痛くないかい? 気分は?」

がしっと両肩を掴まれ、必死の剣幕で話しかけてくる男に、本来であれば身の危険を感じて叫ぶなり何なりするところかもしれないけど、 私は目を白黒させながらも気づけば素直にその言葉に答えていた。

「えっと、頭はちょっと痛いです。気分は...」
「何だってっ?!」

続けて気分は悪くない。と言おうとしたところで目の前の男のでかい声に遮られた。ついでに言うと雷でも落ちたかのような衝撃を受けて目を見開いて固まっている。 その大声にびっくりして固まっていると、男は寝起きだというのに素早く立ち上がり、見るからに慌てた様子で「起きて大丈夫なのかい?!」と問いかけてきた。 起きて大丈夫って...二日酔いくらいで大げさな。とは思いながらも「あ、大丈夫です」とだけ答える。 そうすると私の答えに納得がいってないような、疑わしげな視線だけが返って来た。その目は「本当に大丈夫なのか?」と言っているようだ。 何でかわからないけど、ものすごく私のことを心配してくれているのだということはわかった。 それから悪い人ではないのだろうということも。

「あの...昨日のこと、覚えてないんですが......」

何があったんでしょうか? という言葉は尻すぼみしすぎて声にならなかった。 だが、私が言いたかったことについては伝わったらしい。

「ああ、きっとそうだろうと思ったよ」

訳知り顔で頷いているところを見れば、私が記憶を無くすほど酔っていたということも知っているらしい。

「すごく酔ってるようだったからね。ゴミ袋をベットにして寝てたんだよ」
「え?!」

まるで面白い話をするかのように悪戯っぽく言われたが、聞き捨てならない言葉に私は大きく反応した。
ゴミ袋をベットにしていた?!
記憶が無さ過ぎる。思わず自分の格好を見下ろしてみると、何だか小汚い感じだ。
私は昨日、一体何をしてしまったのかもう一度思い出すことを決意した。
頑張れ私の脳!! 昨夜の記憶を辿るのだ!!!!


(ぽわんぽわんぽわんぽわん...)


「大丈夫ですか?!」

足が思うように動かず、よろけるようにしてどうにか壁に手をついて転倒を免れると、後輩が驚いたように声をかけてきた。 それに私は「大丈夫」と答えたつもりだったのだけど、実際は「らいじょーぶ」ってな感じの呂律が回っていない返答になってしまった。 世界がゆらゆら揺れていて、まるで波の上を体が漂っているようだ。

「それより早く、先輩を送ってあげて」

そういったつもりなのだけど、実際は「しょれよりはあくせんぱいをおくってあれて」という実に聞き取りづらいものだった。 それでも後輩にはかろうじて通じたらしい。一瞬考えるような間があってから「はい」と返事をしてくれた。

「先輩、タクシー呼んでおいたんで後少しで来ると思いますよ」

実に気が利くこの後輩は、私がこのままでは家まで帰りつくことが出来ないと思ったのだろう。そんな気まで回してくれた。 不甲斐ない先輩でごめんよ...と考えていると、勝手に目がうるうるしてきた。
酔っているとどうやら私は涙もろくなってしまうらしい。取引先の人に接待と言う形で今日は上司と後輩、自分と言う三人で やってきたのだけど、思っていたよりも飲む羽目になってしまい、上司は潰れて動くことさえできず、私はかろうじて意識がある状態だ。 唯一後輩だけがけろっとした顔をしている。かわいい見かけとは裏腹にザルらしい。
ここまで酒を飲んだことが無かったので、酔ってしまった自分を新しく発見することができて面白いといえば面白いが、 そんなことを考えている余裕は無い。私はぐったりと壁に体を預けたまま、後輩と先輩がタクシーに乗っていったのを見届けた。 そうして今度は自分の番だと足を進めたとき、覚束ない足が傾いてしまい、視界に星があまり無い夜空が広がったと思うと意識を手放した。


-------→

「...というところまで思い出しました」
「タクシーが来ていたのかい?! それは悪いことをした。知らずに私が君を送ってしまったからね...さぞやタクシーの運転手さんはお客が居ないことに困ったことだろう...」

自分が代わりに私を送ったことでタクシーの運転手が困ってしまっただろう、と胸を傷めている様子の男に、私は胸中で「そこかい!」とツッコミを入れてしまった。
だが、一つだけわかったことがある。
どうやらこの人が酔っ払った私を自宅まで送り届けてくれたらしい。ということだ。
それにしても身振り手振りを加えて話すこともあり、広いとはお世辞にも言うことができない私の部屋が余計に小さくなったように感じる。 ただでさえ何だか場所を取る格好をしているのに......そう思いながら改めてまじまじと目の前の人の格好を見てみると、やはりどこかで見たことがあるような気がする。

「それで、えっと、私を送ってくださったんですよね...?」

尋ねてはみたが、確信を持っての問いかけだ。本人の口から先ほど聞いたばかりなのだけど、一応話しの流れ上聞いてみたのだ。 そうすると、今までは胸を傷めていた様子だったのが、パッと笑顔になった。
本当に胸を傷めていたのだろうか? 疑問に思うほど変わり身が早い。

「あぁ! 住所がわからなかったのでちょっとだけ鞄の中身を見せてもらったのだけれど...」

人の鞄の中を勝手に見てしまったということが後ろめたいのか、眉尻が下がって困ったような表情をしている。

「そんなの全然! ありがとうございました。送ってくださって」

慌てて頭を下げながらお礼を言うと、ホッとしたように胸に手を当てて笑みを浮かべている。
まだ会ってそう経ってないんだけど(実際は昨日の夜からの付き合いと言うことになるのだけど、記憶が無いのでそれは入れないとする) 何だかとてもわかりやすい人なんだなぁ、と思う。
そして、昨夜の失態を思い出そうとしてみるが、一向に何も思い出すことができない。
本当に人様に迷惑をかけるほど酔ってしまうなんて...いくら接待だったとしても、お酒は断るようにすればよかった。 あそこまで酔っ払うという経験が無かったので、自分が一体どういう風になってしまったのかもわからない。


「君を送り届けて私は帰ろうとしたのだけど、目が覚めた君が玄関まで見送りに来てくれてね」
「あ、そうなんですか」

どうやら酔っ払ってはいたものの、そういうことはきちんとやったらしい。
その点はホッとしたのも束の間、続きを聞いて私は青ざめた。
つまり、昨日の私の失態はゴミ袋の上で寝ていて迷惑をかけてそれで終わっただけではないらしい。
送り届けてくれた親切なこの人に、私は玄関までふらふらしながらお礼を言いにやってきたらしい。 寝ていてくれてかまわないとは言ってくれたものの、それを無視してやってきた私は「ありらとうごじゃいました」と、 言いながら勢い良く頭を下げて、バランスを崩してそのまま床に頭をぶつけて動かないようになったらしい。
酔っ払って視界がぐるぐるしているところで勢いよく頭を下げたのが悪かったらしい。
頭から床にぶつかった私は(「ゴンッ! とすごい音がしたんだ」)そのまま動かなくなってしまったということだ。 そうして慌てて駆け寄ってみたが、気を失っているようでもなく、安らかな顔をしていて寝ているようだったので病院に 連れて行くのもどうかと思ったのだが、万が一と言うこともあるので一晩ついていてくれた、ということが、この人がここで寝ていた真相だった。

「...」

自分のあまりの失態に絶句しながら、「そうか、だからこの人はここで寝てたんだ」と先ほど思っていた謎が一つ解けた。
あまりのことに目の前の人の目を見ることができない。自分のつま先を眺めながら「本当にすみませんでした...!」と頭を下げる。 とんでもないほどの迷惑をかけてしまっていたのだから、本来であればこんな謝罪一つでは済ませることができない。 ただでさえ家に送ってもらっていたというのに、その上頭をぶつけるなんて...何で酔っ払ってるのに頭を勢いよく下げるかなぁ?! 昨晩の私に詰め寄ってやりたい。

「いや、それよりも大丈夫かい?」
「...え?」
「頭を強く打っていたから......ほら、ここが内出血になっているよ」

顔を上げると、目の前の人が痛ましげな表情を浮かべながら私の額に触れた。それはとても自然な動きだったので、私はそれを避けるという選択肢も浮かばなかった。 さらっとした布の感触と、それ越しに人の指のぬくもりを額に感じたと思うと、少しだけぴりっとするような痛みを感じた。思わず顔をしかめると「すまない!!」と大声で謝られた。 あまりの大きな声にびっくりすると、自分でも今のは声が大きすぎたと思ったらしい。ハッとした感じで、両手で口を押さえている。 どこまでも素直な反応をする人に、私は思わず笑ってしまった。

「まだ早朝だからね」

自分が静かにしないといけない理由を口にしながら、少しだけ笑っている目の前の人の言葉に、何だか和やかな空気になったもの、 私は急に今が何時であるのかを確認しなくてはいけないことを思い出した。今日はまだ平日だから仕事だって通常通りあるのだ。 ぱっと壁にかかっている時計に視線を走らせれば、まだ余裕はあるもののお風呂に入ったりご飯を食べたりするには急がなくてはいけないことに気づいた。

「やばい!!」
「あ、もうこんな時間か!」

私が声を上げたことで目の前の人も今の時間に焦りを覚えたらしい。
さっきまで静かにしないといけないと思っていたはずなのに、焦って二人で大声を出してしまった。 どうやらお互いに時間がない、ということがわかったので、私は急いで頭を下げた。

「本当にありがとうございました! あの、今は時間が無いんでまた後日お礼をさせてください!」

慌てながらそれだけを言うと、目の前の人はぶんぶん首と手を振った。

「お礼だなんて...! 私はこれが仕事だから」

仕事? どういう意味だろうか?そう思いながらも、散々迷惑をかけておいてお礼をしないなんて選択肢は無いので、もう一度続けた。

「いえ! 本当にすごく迷惑をかけたのにただ言葉だけって言うのも...」
「いいんだ。ありがとうと言われると、私はすごくうれしい」

そういうともともと下がり気味な目尻をますます下げて心底嬉しそうに笑みを浮かべるので、私は何も言うことができなかった。 ついでに言えば、息もできなかった。突如呼吸器の仕方を忘れてしまったみたいに、息ができなくなってしまったのだ。

「ああ! 本当に時間がない!!」

焦った声が聞こえたのを合図に、ようやく私は呼吸を再開することが出来た。
何だか一瞬、時間が止まったかのように感じてしまったのだがそんなことはあるわけがなかった。

「玄関! ...はまずい」

私がぼんやりしている間にも、慌しく玄関のほうに走っていったと思うと、走って戻ってきた。

「ベランダを借りていいだろうか?!」
「え? べ、ベランダですか?」

切羽詰った様子で尋ねられ、一体ベランダに何の用があるのかと思いつつも、私はこくこくと頷いた。
そうするとベランダに続く窓の鍵を開け、そのまま出て行った。窓が開いたことによって、部屋の中に爽やかな朝の風が吹き込んできて、カーテンが揺れた。 慌てて私もベランダに行ってみれば、服をはためかせながら空を見上げている人の姿が見えた。

「今日もいい天気だ」

麻の柔らかな日の光を浴びた金色の髪がきらきらと輝いていて、空を見上げながら微笑みを浮かべている、というとんでもない爽やかな光景を見せられて 私は頭の痛みなんて忘れて、すっと朝の少しだけ冷えた空気を吸い込んだ。そうすると少しだけ頭が上手く回りだしたように感じる。

「あのっ、本当にありがとうございました!」
「接待とはいっても、飲みすぎてはいけないよ」

どうやら昨夜の私は何故自分が酔いつぶれることになってしまったのかについても言っていたらしい。爽やかにそう告げられて、 迷惑をかけた身としては頷く以外の選択肢は無かった。

「さよなら。そしてさよならだ」

どこかで聞いたことがあるようなフレーズだ、それがどこで聞いたのか思い出そうとしていると敬礼をして笑いかけられたので、私もつい笑顔になった。 そのとき、優しく吹いていた風が急に強くなった。髪を巻き上げられるのをどうにか抑えていると、目の前の人も風で髪が煽られてしまい、どうやら目に入ってしまったようだった。 髪をかきあげる仕草をしている。そうして突然何かに気づいたかのよう声を上げた。

「あ、あれ?」

ぺたぺたと自分の顔を両手で触り、表情を曇らせている。
「わ、私は今、もしかして、何も被っていないのだろうか...?」
「え? はい、被ってないですね」

私の答えを聞いた瞬間、サッと顔色が青く変化した。
そして慌てた様子でこちらにやってきたかと思うと、「もう一度お邪魔します」と律儀に言ったかと思うと部屋の中に入っていった。 どうしたのだろうか? そう思っていると何かを探しているかのように視線をきょろきょろさせている。
思わず一緒になってお世辞にも片付いているとは言うことができない部屋に視線を這わせれば、見覚えがないものを見つけた。 ほぼ同時にそれを見つけたらしく、そのままそちらに向かって駆けていく。ソファの横の床の上に置いてあったものを両手で手に取っている。

「それって...」

自分が考えているもので合っているのか戸惑いつつも考えていると、恥ずかしそうに笑みを浮かべた人がこちらを振り返った。 その恥ずかしそうな表情がどのような理由のものなのかということについてはわからず、その人の胸の位置にあるヘルメットのようなものを見つめた。
本物だろうか? 見たことがある格好だとは思っていたけど......本物?

「私のことは秘密にしておいてもらえないだろうか...?」

唖然と上から下までその人の装いを眺めていると、どこか居心地が悪そうにもじもじしながらそう言われた。
そこで自分が遠慮の無い目で見ていることに気づいた。

「あ、は、はい。それはもう...!」

慌てて頷くと、ホッとしたように笑みを浮かべている。その表情を私は眩しく見つめた。
スカイハイといえばテレビでよく見る姿だか、その素顔を見たことはない。いつもコスチュームを着ていて、その表情や顔などは謎に包まれているのだ。 だから、仮面の中にこんな人が入っているとは思いもしなかった。
そうして先ほど”これが私の仕事”と言っていた意味がわかった。だけど道に転がっている酔っ払いまで助ける必要はないだろう。 いくら困っている人を助けるのがヒーローの仕事とは言っても、そこは仕事の範疇を出ているはずだ。

「だけど、仮面の中にこんな素敵な人が居るとは思いませんでした!」

じわじわと大きな秘密を知ってしまった高揚感に脈が速くなってくるのを感じる。少しばかり興奮気味にそう言うと、きょとんとした表情が返って来た。 反応が返ってこないと思っていると、じわじわと目の前の顔が赤く染まっていった。

「あ、いや、あの、変な意味ではなくて...!」

耳まで赤くなった”スカイハイ”に釣られて、ついつい私も顔が赤くなってしまうのを感じる。 高揚と羞恥で心臓と顔が大変なことになっている。

「わ、わかっているよ」

居た堪れない空気を感じつつも、私は目の前のそうそうお目にかかることができない人をじっと観察することをやめなかった。 その視線を感じている様子で、”スカイハイ”も一向にこちらを見ようとはせずに呟いた。
開けっ放しになっている窓からの光で、金色の髪がきらきら光っている。ヒーロー活動中は顔を隠してしまっているということが残念すぎる。

「...けど、照れてしまって」

そういいながら恥ずかしさと嬉しさをない交ぜにしたような表情で笑みを浮かべたのを見て、私の胸が大きく跳ね上がったのは気のせいではないと思う。





新しい朝がきた



(20140413)