セラミック・ワールド
「どしたの、その膝」 目をまん丸にした友人に指摘され、そこで初めて私は膝から血が出ていることに気づいた。 あのときにはお尻を打撲しただけだったのだけど、逃亡中に転んでしまったのが原因で、教室に着いたときには膝から盛大に血が流れていた。 だけど私にはそんなことはどうでも良かった。 お尻が痛いことも、膝から血が出てることも...。 「こんなもん...! 心の傷に比べたらどうってことない!!」 わっ! と顔を机に伏せると、友人が口々にどうしたのとか話しかけてくれる。私がどうみても普通じゃないので、その声音も優しい。 今は友人の優しさだけが胸に沁みる。そう思いつつも、先ほどのことについては語る気になれずに居ると友人達も私が話すのを待つのは諦めたらしい。 「はい、これで拭きな」そう言って渡してくれたティッシュで膝を拭った。改めてみると、紺色のハイソックスまで血は流れていた。 結構すごい出血であることに今更気づいた私は、先ほどの言葉を訂正することにした。心も痛いけど、膝も尋常じゃなく痛い。 出血に気づいた途端に痛みを感じてしまうのならいっそこのまま知らないで血を垂らし続けていたほうがよかったかもしれない。 周りから見れば嫌な光景だろうけど......。膝の血をあらかた拭き終わったところで、友人が何か思い出したようにこちらを見た。 「そういえばプリント出してくれた?」 「あ、」 . . 先ほどの場所に友人達についてきてもらいながら行ってみると、伊作先輩と散らばったトイレットペーパーはなくなっていた。 そのことにホッと息をつきながら、隠れていた壁の陰から飛び出て、次の壁の陰に身を隠した。 そして慎重に、本当に周りには誰もいないのか辺りに視線をやって確認してから、友人達にカモン! と合図を送ろうとするも、 友人達は私のこの慎重な動きを無視してすたすた目的の場所に歩いていった。 「コラー...! もっと慎重に動けー!!」 小声で叫ぶという我ながら器用なことをする私の発言はまるで聞こえていないように無視された。 もしも伊作先輩がここに戻ってきたらすぐに見つかっちゃうじゃないか!! と考えての行動なのに...。 「本当にここだよね? 伊作先輩にパン...」 「ギャー!!」 確実に「伊作先輩にパンツを見せ付けたところって」とかいうつもりだったろう口を慌てて抑える。 どこに人の耳があるのかわからないのに、そんな気軽に重要な機密を口にしないでもらいたい! 私の必死の訴えに友人もわかってくれたようで何度か頷いてくれたので手を離した。そうすると今度はプリントを捜索中だった友人が声をかけてきた。 「プリント無いけど」 「えー? けどここで落としたはずだから...」 無いわけが無い。と思って辺りを軽く見回してみるものの、本当に友人の言うとおりプリントは見当たらない。 どこかに入り込んだのかと考えるものの、廊下なので入り込むような場所も無い。それはわかっているものの一応、床と教室を仕切っている隙間に入っているようなことがないか床に這いつくばって確認してみるものの、当然そこには隙間なんか無かった。 もう一度、本当にここが伊作先輩とぶつかったところだったか周りを見てみるも、絶対にここだったという確信を持てただけだった。 「ほんとに無い...!!」 ここに来るまでは確かに持っていたはずなのだから、ここで伊作先輩とぶつかった衝撃で落としてしまったはずだ。 それなのに友人達と一緒に探してもプリントは見つけられなかった。 プリントが無いとなれば、課題を出さなかったということになる。 だけど今回のプリントは成績にも反映すると聞いていたのでそれは困る! ということで、プリントをなくした責任は 確実に私にあるので、私が先生に謝りに行くことになった。 正直めちゃくちゃ遠慮したいところだったけど先生にプリントをなくしたので、新しいプリントをください。と言いに行くことになってしまった。 放課後に言いに行くことに決めると、嫌々ながら準備室に友人達に連行されるようにして連れて行かれた。 プリントをなくしてしまったことは完全に私の責任なので、今更逃げるなんことをするわけも無いのだけどプリントをなくした私には口ごたえをするのは許されていないのは自分でもわかっていたので黙っておいた。 そうして先生にプリントをなくしてしまった経緯(伊作先輩とぶつかってパンツを見せびらかした、とか詳しいことは省いたもの) を話すと、先生は何か思い出したように「ああ!」と声を上げた。そして机の上に置いてあったプリントの束の上のほうか3,4枚のプリントを手にすると 「これお前らのだろう」と言った。 どういうことか不思議には思いつつも、とりあえず先生が持っているプリントを見てみると見覚えのある文字が並んでいる。 ”山田彩”間違いなく私の名前を発見して、驚いて先生を見つめると訳知り顔で話してくれた。 「善法寺が親切にわざわざ持ってきてくれてな」 伊作先輩って超絶いい人...!! この時点で伊作先輩のもともと高かった好意メーターがぐんっと上がった。 「お前がぶつかった先輩ってのは三年の善法寺だ。わざわざ届けてくれたんだから礼言っとけよ」 そういうと親切にも先輩のクラスまで教えられてしまった私は(もともと知ってたけど)、これで話しかけるチャンスが出来た!!と一瞬浮かれた考えが頭をよぎったものの、 すぐに頭は冷静になった。パンツを見せ付けたのにどの面下げて会いにいけばいいんだ...!! まさに天国から地獄へと叩きつけられてような気分を味わいながら、だけどお礼を言わないという選択肢も出てこない。 伊作先輩の立場からしてみれば、見知らぬ女にパンツを無理やり見せ付けられたと思ったらその女は見せ逃げをして、そこに落としてあった プリントを親切に届けてあげた。ということになる。...なんて親切な人なんだろう。 私ならパンツを見せ付けられた後にそいつが落としたと思われる提出予定っぽいプリントがあっても、無視して「痴漢が出ました」って110番してるところだ。 それか今頃トラウマで苦しんでる。 だけどお礼を言いに行くというのはそれはそれなのだ。人としてここは広い心で対応してくれた伊作先輩にお礼を申し上げる必要がある。 だけど......私がパンツを見せ逃げした犯人なんだから「プリント届けてくれてあざーすっ!」とか言える訳が無い。 下手すれば「あ! あのときのパンツ女!!」とか「あのときの痴女!!」という変なあだ名が付けられている可能性だって無きにしもあらず...。 もしそんなあだ名を伊作先輩に付けられてたら私はもう学校に来れない。ショックで寝込む自信がある。 そうやっていろいろと考えてぐずぐずしてなかなか動かない私に痺れをきらしたようで、次に日私は友人達に無理やり三年生の階につれてこられてしまった。 両脇をがっちりと固められ、まるで捕らえられた宇宙人のような状態で三年生の階にやってきてしまった...。 超アウェーの雰囲気に早くも帰りたくなり、友人に自分で歩けるから離してください。と言ってみるも、先ほどその方法で一度逃走を図ったこともあり、 信用が無い状態の私は離してもらうことができなかった。 最終手段として「トイレに行きたい!!」と言うも、「我慢しろ!!」で片付けられた。今のはうそだったからよかったものの、 本当にトイレに行きたかったらどうしてくれるんだ! 「うそなんじゃん!」 このままじゃ本当に伊作先輩に会ってしまうことになる。御礼を言うためにはいずれ会う必要があるのだけど、今の私はとても準備万端とは言えない。 というか一生準備万端になることはないかもしれないけど...。 「あっ!!」 別にやましいことも無いのだけど、大きな声が聞こえるとぎくっと反射的に肩が跳ねた。 そして捕らえられた宇宙人状態で声が聞こえたほうを見てみれば、その声の主と目が合ってしまった。 「あのときの!!」 明らかに私が指をさされてそんなことを言われたのだけど、私としては一体どちら様でしょう? だった。 だって三年生に知り合いなんていない。一方的な知り合いとしては伊作先輩とその友達の留三郎って人と....そこまで考えて、はっとした。 今まさに私を指差している人は、伊作先輩と運命の出会いをしたあの日、伊作先輩の頭にバレーボールをぶち込んでいた人だと思い当たった 友人達が「知り合い?」と、問いかけてくるけど私は別に知り合いじゃない。一方的に知っているだけた。 だけど何故か向こうは私のことを知っているらしい。つまり一方的な知り合いではなかったということが窺い知れるが、だからといって何の解決にもならない。 実際、私はバレーボールの人と話をしたこともないのだから。 頷くのものはばかられて曖昧に首を傾げていると、バレーボールの人は隣に一緒に居た人に「指をさすな」と窘められていた。 「知り合いか?」 バレーボールの人と一緒に居た人が捕らえられた宇宙人状態の私を訝しむように眺めながら尋ねている。 「あのとき言った、...」 「あ、仙蔵ー文次郎見なかった?」 バレーボールの人が説明しようとしたところで、ちょうどのタイミングで声がかぶさった。 その場にいる全員の視線が、自然とその声の主に引き寄せられる。もちろん私も例に漏れず、そちらに意識がいったわけだけど その人を視界に捕らえてすぐに「うわっ」という声が出てしまった。 驚きのあまり出た声だった。 だってその人が伊作先輩だったから。 「...あれ? ごめん。タイミング悪かった?」 その場に居た全員の視線を受けた先輩は、困ったように眉を下げてそう言った。 「いや、大丈夫だ。文次郎がどこに行ったかは知らん。大方そろばんでも弾きに行ったのだろう」 「あぁ、もうすぐ予算会議だから...」 目の前で行われているやり取りを眺めていると、不意に視線を感じたのか、伊作先輩が喋りながらこちらを見た。 そして少しだけ目を見開いたのが見えた。...間違いない。伊作先輩は私があのときのパンツ見せ女であることを覚えている!! 確信した私は顔を隠すために慌てて俯いた。 「...あのときの、」 まるで独り言のように呟かれた言葉にすぐさま反応したのは私の腕を掴んでいる友人達だった。 腕をゆすられ、それが私を急かしているということはわかったが、私は知らんフリをした。ここにきて怖気づいてしまったのだ。 それもとらわれた宇宙人みたいなことになってるし...このままぐったりしていると、「何だ、とらわれた宇宙人か」とか言って、スルーしてくれないだろうか。 「伊作も知ってるのか?」 仙蔵と呼ばれていた人が意外そうに呟くと、バレーボールの人が「有名人じゃないか!」とか暢気なことを言う。 有名人でも全然嬉しくないけど。というか、このバレーボールの人はなんで私のことを知っているのか未だに謎だ。 まさか伊作先輩から話を聞いたのだろうか...いや! 伊作先輩はそんなことをいいふらすような人じゃない!! 「ほら、お礼言わないと!」 「このままじゃお礼も言えない痴女だよ!」 お、お礼も言えない痴女だって...?! 常識が無い上に痴女ってどんな最悪な奴だ! 友人の言葉に私はこのままとらえられた宇宙人のフリをしている場合ではないと悟った。 意を決して顔を上げると全員が全員私を見ていた。当然伊作先輩もこちらを見ていたので、目が合ってしまった。 内心「ぎゃー!!」と叫び声を上げた。本当は「きゃっ!」とかかわいらしい声を上げたいところだけど、そんな声は出てこない。 実際はかわいらしさの欠片もない「ぎゃー!!」が現実だ。 内心ではそんな声を上げながらも、現実では声を上げることもなく、喉がひくついて咄嗟に顔を背けてしまった。 見られている、そのことがこんなにも心臓に来るものだとは思わなかった。 左右から腕をがっちりホールドしていた友人達は、私がようやく決意したことがわかったのか、手を離してくれた。 心臓が激しく脈打ち、手の平は汗で湿っている。鼻もうっすら汗をかいているような気がしたので拭きたいところだけど、 見られているところでそんなことをしたら鼻に汗をかいてることがばれてしまう...。汗をかく女だとは思われたくない...いや、 汗をかかない人なんて居ないんだけど、出来るだけそんなイメージはもたれたくない。 パンツを見せ付けといて今更何言ってんだと思われるかもしれないけど。好きな人には出来るだけ良い印象を持ってもらいたい。 いや、パンツ見せといて何今更かまととぶってんだ! って思われるかもしれないけど...。パンツ見せといて汗くらいなんだ! と思われるかもしれないけど、伊作先輩の中での私は汗とは無縁の女でいたい...。 だが、出来るだけいい印象を思ってもらうためには、このままお礼を言わない常識知らずとは思われてはいけない。 なので、私は意を決して顔を上げた。 「あっ、 あの!」 今までだんまりを決め込んでいたところで声を発したので、思っていた以上の大きさで喋ってしまった。 びくっとその場に居る人たちの肩が揺れるのを見て申し訳ないことをしたと思った。 だけど今はそれに触れている余裕は無い。このすぐにでも萎んでしまいそうな決意が消えないうちに声にだしてしまわなくては...! 「あのときは、そのっ、とんだものをお見せしてしまって...!」 「あ、いや、全然っ」 まずはパンツを見せ付けたことについて謝ると、伊作先輩は顔をパッと赤くした。 そうすると私の顔にも、カッと血が上ったのを感じた。 お互いに顔を赤くしながら視線をうろうろさせているというおかしな雰囲気に、私は何でだかますます頬に熱が上るのを感じた。 もじもじしていると、友人が肘で小突いてきた。 「きもいから早く」 きもいとはなんだ!! ここでいつもなら声を荒げるところなのだけど、今目の前には伊作先輩が居るし、何よりも不思議と全然怒る気にはなれなかった。 「ほほほ、きもいとな? よしよし」という感じでスルーどころか、微笑を浮かべることだって出来る。これが伊作先輩効果!! 半径5メートル以内に入ると、菩薩のような気持ちになる! いつまでも一人脳内で盛り上がっているわけにもいかないので、私は本題を口にすることにした。 ごくっと、唾を飲む音がやけに大きく響いたように感じた。 「あの、それと、プリントを届けていただいたようで...ありがとうございます!」 勢いをつけて頭を下げると、視界に伊作先輩の上履きが見えた。 薄汚れた上履きは、けれど踵を潰されることなく使い続けられていることが一目見てわかった。そんな些細なことでも私の胸はきゅんっと高鳴る。 伊作先輩はことごとく私のツボをついてくる。(まあ、それを伊作先輩が望んでいるのかと言うことは置いておくとして...) 「あ、先生から聞いたの?」 「はっ、はい! プリントを届けてくれたのは伊作先輩なので、お礼を言っておくようにと言われました!」 緊張するとどうも私はハキハキ大きな声で答えしまうようだ。そう、あのときのようにまるで訓練兵のような掛け声...。 自分でももうちょっとおしとやかな女の子を演出することができればいいのに...とげんなりしてしまう。 だけど伊作先輩はあのときのように少しおかしそうに笑みを浮かべただけで何かを言うわけでもなかった。 デジャブを感じながらも、私は伊作先輩が笑いかけてくれたということに舞い上がってしまう。 「そっか、わざわざお礼を言いにきてくれたんだ。ありがとう」 「い、いえ! 滅相も無いです...!」 お礼を言いに来てくれたといってお礼を言われるとは思わなかった。 恐縮して頭をぶんぶん振ると髪が顔にびたんびたん当たる 「えっと、名前を聞いてもいいかな?」 「!!」 少しだけ困ったようにかけられた言葉に、私は衝撃を受けた。びくっと大げさなほど体が大きく跳ねると、隣に居る友人達もびくっと震えるのが横目で見えた。 一方的に伊作先輩と知り合ってからいろいろと妄想したことはあったけど、その妄想が現実になろうとしている。 その妄想とはつまり、伊作先輩が私の名前を呼ぶということだ。(まあ、当然他にもいろいろな妄想をしているわけだけど...例えば、伊作先輩の彼女になる、とかまあそんなところ。) 私と言う存在を知ってくれたうえに、名前まで呼んでもらうことが出来るというのだから、気分が高揚した。 つい数十分前で痴女と思われているかもしれない...と嘆いていたというのに......神様はこの世にいたのだ!! 「名前を知らんのか?」 私が神様に感謝の言葉を胸の内で述べていると、今まで傍観者だったはずの――仙蔵と呼ばれていた先輩が口を開いた。 完全にオブジェと化していたので、そこに居たと言うことも忘れていた。なんせ伊作先輩が居ると周りがよく見えなくなってしまうのだ。 目玉が伊作先輩しか捕らえようとしない所為だ。 そのオブジェ1(ちなみにオブジェ2はバレーボールの人、もとい小平太といわれていた先輩だ。その先輩はとても暇そうにしている)の問いかけに、伊作先輩は少しだけ気まずそうな表情で頷いて答えた。 そうすると、今度はオブジェ1の視線は私に注がれることになった。 「では何故、伊作の名前を知っている?」 「...えっ...!!」 そういえば、という感じで伊作先輩の視線もこちらに向けられた。 ドキッとしたのはやましい気持ちがあるからだ。 「そっ、それは! 先生に名前を聞いたので...!」 詰まりながらもそれっぽい理由を説明するも、相手はそこで引き下がることがなかった。 「だとすれば突然名前を呼ぶのも変ではないか? 苗字を呼ぶのが自然だと思うが?」 指摘されてようやく、自分が「伊作先輩」と口にしていたことに気づいた。脳内でいつも”善法寺先輩"ではなくて"伊作先輩"と呼びかけていたのが仇になった。 どうせなら下の名前で呼びたい! という私のささやかな願いが仇となってしまったのだ。 このオブジェ1――もとい仙蔵と呼ばれている先輩は、今まできちんと見ていなかったので気づかなかったが、とても頭がよさそうな顔をしている。 鋭い視線と洞察力に、私は自分がじりじりと崖の縁へと追い詰められていくように感じた。 別に悪いことはしてないのだけど...それでも追い詰められていくのを感じる。 「僕は名前で呼んでくれてもいいよ」 ぴりりとした場を取り成すように、伊作先輩の柔らかな声が介入してきた。伊作先輩ってやっぱり優しい...! と私が感動している間も、オブジェ1はじっと私の動きを観察している。 ここで私が睨み返せば、何かが始まったかもしれないが、私は尻尾を巻いて逃げるという選択肢以外思いつかなかった。 「あの、それでは私はこれで...」 話の途中にもかかわらず、私はすでにつま先を背後の階段に向けながら言った。 そうすると、オブジェ1が何か言いたげにしているのが目に入ってしまう。なので、何かを言われてしまう前に私は逃亡した。 「ありがとうございました!!」 伊作先輩が「待って」と言ったように聞こえたが、私はさっさと走って階上の自分の教室を目指した。 後で追いかけてきた友人達に置いて行ったことを怒られたが、謝るとすぐに許してくれた。 そうしてオブジェ1が”立花先輩”ということも教えてもらった。見かけ通りの切れ者らしい。 だけどそんなことはどうでもいい。時間が経つと後一歩で伊作先輩に名前を知ってもらうことができたかもしれないところまで 来たのに...! という憤りで胸がいっぱいだった。伊作先輩と話をできたと言う幸福が悔しさと怒りで上塗りされていくようだった。 そうして私は伊作先輩に名前を伝えることができなかった流れを作ったオブジェ1、もとい立花仙蔵に対して怒りを燃やした。 立花仙蔵許すまじ...!! 絶対本人には言えないけど...。 . . . 「仙蔵の所為で名前聞きそびれちゃったよ」 「あぁ、すまん。つい、からかうと面白くてな」 「面白いって...」 「そういえば小平太もあの女子を知っていると言っていたな」 「え? あぁ、この間長次と一緒に廊下を歩いてたら前からすごい顔したあの子が走ってきて目の前で転んだんだ」 「ほぉ」 「あまりにも派手に転んだから長次と一緒にそっちを見たんだ。話の途中だったんだけどな! それじゃあパンツ丸出しだった」 「ぶはっ!」 「何だ、どうした伊作、こんなことくらいで興奮するな」 「ちがっ! 興奮なんかしてないよ!」 「水玉模様のパンツだった」 「小平太っ!」 「伊作も知りたいと思って教えてやったのにー」 「知ってるよ!」 「...ん?」 「...え?」 「......あっ」 |