「携帯は使わないでください」
「...え、なんで」
「知らないんですか?図書館では携帯禁止ですよ。ほんとにさんは非常識の塊みたいな人ですね」
「え? 携帯禁止?」
「はい」
「...そっか」
「はい」
「...」
「...」
「...けどさ、非常識の塊は言いすぎじゃないかな?」
「今読書中なので静かにしてもらっていいですか」

言うだけ言って、黒子くんはまた視線を本に落とした。その光景を眺めながら思うのは...なんだろう...私は黒子くんに嫌われるなにかをしてしまったのだろうか。 ということだ。全然身に覚えが無いんだけど、いつのまにかやっちゃってたパターンだろうか。
加害者は何も覚えてないけど、被害者は鮮明に覚えてるような、サスペンスドラマの最期に捕まった犯人が 「お前は覚えてないだろうが、俺はお前のことを忘れたことなんて一度も無かった...!!」 みたいな展開が今起こってしまっているのだろうか。私も二時間ドラマみたいに黒子くんにいつの間にか恨みを買っていたのだろうか...。 そう考えていると頭の中にあのテーマソングが流れ始めた。
チャッ!チャッ!チャーン! .....チャッ!チャッ!チャーン...!!

「何考えてるんですか」
「...いや、別に」

まさかサスペンス劇場のあの音楽を頭の中で流してた、なんていうわけも無く、私は開きっぱなしのわかったさんのアップルパイに視線を落とした。 メールも禁止されてしまった今となっては、本を読む以外の選択肢が無い。
あ、いや、もう一つ選択肢があった。
私は本に落としていた視線を上げると、前の席に座る黒子くんを見つめた。

「ひまだね」
「僕は忙しいです」

こちらを一瞥することも無く、黒子くんは本を見つめている。一方通行すぎる現状は、このまま私たちの関係を表わしているようだった。
偶々黒子くんの背中を発見して、どこかに行くの? と、声をかければ、暇そうに見えたらしい私に、黒子くんは「一緒に行きます?」 なんて言ってくれたものだから喜んでついてきたら図書館だったのだ。
私としてはせっかく黒子くんと居るのだからおしゃべりでもしようよ! という感じなのだけど黒子くんはそうではないらしい。 図書館に入って早々に「ここで解散です」と告げられた。驚きで喉のところで声を詰まらせると 「読みたい本をそれぞれ探すんですから当然でしょう」と言われてしまった。だけど、あまり図書館に来ない私としては、 どこにどんな種類の本があるのかもわからず、特に目当ての本も無いので黒子くんの後をつけていたら「これでも読んでてください」と明らかに幼児向けの絵本を渡された。 表紙にはかわいらしい絵と一緒に"バムとケロのにちようび"と、書かれている。

「ええー!」

私が思わず大きな声を上げたらすかさず口を押さえられ、大人しく黙り込むと今度は「じゃあこれを読んでてください」 と渡されたのは、懐かしのわかったさんシリーズだった。幼児から小学生低学年くらいにはランクアップしたものの、それでも これはちょっと...と思っている間に、黒子くんは消えてしまっていた。こうなっては探すことが無理であることを学習している 私は、しょうがなく”わかったさんのアップルパイ”を読むことにした。一応バムとケロも持って、窓際に設置されている椅子と机に向かった。 丸い形をした机を挟む形で、二脚の椅子が設置されている。その一つに腰を下ろし、本を開いた。
そして3ページ目に差し掛かったところで携帯が震えたので、私はポケットに突っ込んであった携帯を取り出した。 別に今は「いいとこなのに!!」というところでもないので、あっさり本は机の上に置いた。
差出人の名前は黄瀬くんで、内容は”黒子っちどこにいるか知らないっスか?”というものだった。
何で私に聞いて来るんだ。本人に聞け。疑問を抱きつつも”今一緒にいるよ。というか本人に聞けばいいじゃん!”と返したところで、いつの間にか私の前の席には黒子くんが座っていた。

「...びっ! びっくりした...!」

椅子の上で飛び上がり、黒子くんの視線が本から私へと映ったところで、またしても携帯が震えた。机の上においていたので、 ブブブ...と、音が響き、私は慌ててそれを手に取った。差出人を見てみれば”黄瀬くん”とあったので、すぐにさきほどの 返信だとわかった。どうせ「何で?!」とか、書いてあるんだろうと思いながらメールを開こうとしたところで冒頭の 黒子くんの台詞、「携帯は使わないでください」が発せられた。


そして今だ。
なんとなく黄瀬くんが黒子くんを探しているみたいだよ。ということは言うことができず、 携帯を机の上に置いた私は、またわかったさんに目を落とした。だが、またしてもそこで携帯が震えた。
急いでボタンを押して停止させ、今度はバイブの設定も切った。これでメールが来ても着信がきても携帯は光るだけの状態だ。 ちらっと前方を見てみれば、こちらを見ていた黒子くんと目が合った。急いで誤魔化し笑いを浮かべる。

「バイブの設定切ってただけだよ」
「そうですか」

携帯は弄っていないアピールをすると、納得したように黒子くんの視線は離れた。黒子くんてマナーに厳しいな...。
また視線を落として、先ほどの続きを読む。図書館の中はとても静かで、空調の音と、足音がわずかにするだけだ。 時々本のページを捲る音が心地良いと感じ始めたところで、またしてもケータイがメールが来たことを告げた。 だが今度は先ほどバイブを切ったので光っただけだ。どうせまた黄瀬くんだと思っていたら、予想通りサブディスプレイには 黄瀬くんの文字が点滅した。
黄瀬くん暇なんだな...いつもみたいに女遊びでもしとけばいいのに...と、本人が聞いたら否定しそうなことを考えていると、前方から視線を感じた。顔を上げてみれば黒子くんがこちらを見ている。
え、携帯は触ってないけど、またもしかして何か私はしてしまった? 少し焦っている私に、黒子くんは静かに声をかけてきた。

「そんなに気になるんですか」
「...や、別にそんなことは」
「行ってもいいですよ。黄瀬くんのところに」

気になるといえば気になるけど、黄瀬くんは黒子くんの居場所を知ってどうする気なんだろう。ということについてだ。 だけどそれを言うよりも早く、半ば私の言葉を遮るようにして黒子くんが言葉を放った。そして、言いたいことを言ったと思うと、 何事も無かったかのように本に視線を落としてしまった。

「行かないよ、せっかく黒子くんと居るのに」

黄瀬くんのところになんか別に行きたくないし、というか何故行かなくちゃいけないんだ、そんな気持ちで言ったものだから 図書館で許される声量以上が出てしまった。慌てて口を両手で抑える。マナーに厳しい黒子くんにまたしても叱られると思ったからだ。 だけど黒子くんは不機嫌な様子もなく、驚いた様子でこちらを見ていた。驚いていると言うよりも、きょとんという表現が一番合っているかもしれない。

「...そうですか」

静かな黒子くんの言葉にこくこくと頷いて返す。すると黒子くんの視線はまたしても本に戻った。
どうやら叱られる様子は無いらしい。安堵しながら私もわかったさんを広げた。
本のページが捲られる音だけが密かに響く中で、先に声を発したのは意外なことに黒子くんだった。

「...帰りにどこか寄りますか」
「うん? 黒子くんどっか行きたいとこあるの?」

本からを視線を上げ、てっきり黒子くんがどこかに行きたいのかと思ってそう言ったのに、黒子くんの表情が一瞬なんとも言えない様子になった。 変な間が空いてから、私が答えを間違ってしまったのかと徐々に焦りを感していると、黒子くんがぽつりと呟いた。

「...マジバに」
「じゃあマジバに行こう!」

張り切って答えると静かな図書館内にものすごく響いてしまった。耳を澄ましていると山彦が返ってきそうなほどだ。 途端に黒子くんの眉間に皺が寄り、人差し指を口元に立てて「しー!」と言われてしまった。


.
.
.

「あ」
「なんですか」

図書館から出ようとしたところで、いろいろなお知らせやポスターなどが貼ってある掲示板を見つけた私は、何となく そこを眺めながら歩を進めていた。そうしてその中で見つけた一つのポスターに、私の動きは止まった。
怪訝な表情を浮かべた黒子くんも一緒になって動きを止め、私が指差すポスターに視線を向けた。

「別に電源は切らなくてもいいらしいよ」
「...」
「黒子くんやい」
「...」
「”図書館ではマナーモードに!”か...」
「あれですね。規則が緩くなったみたいですね」
「嘘つけー!」

そそくさと図書館を出て行った黒子くんの後を追いかけながら、私は黒子くんが規則を間違っていたことをつついて弄ってやろうと 意地悪く考えていた。
黒子くんのそれが間違いではなくて、実は嫉妬故の行為だったということについては知る由もなかった。


緑の目の怪物




(20140706)