「惑星Xコンタクト」の続きです。
あ、室ちんだ! 声には出さず、心の中で喜びの声を上げるとまさかそれが室ちんにも聞こえていたとは思わないけど、まるで聞こえていたかのような タイミングで振り返った室ちんと目が合った。 ドキッ! と心臓が大きく跳ねるのと同時に室ちんがにこっと笑みを浮かべる。 私もどぎまぎしながら笑みだと思う表情を返した。そうすると室ちんがにこにこ笑いながらこちらに近づいてくるではないか! 内心では「えっ?!何、私に用事?!何で?!」なんて叫んでいたのだけどそれを出来るだけ表情には出さずにいると、 目の前で室ちんが足の動きを止めた。その目には確実に私が映っている。 「さんだよね? こんにちは」 「こっ、こんにちはっ!」 緊張のあまり必要以上に大きな声で挨拶をしてしまうと、室ちんがおかしそうに笑い声を上げた。 真近くで見てみるとやっぱり...室ちんはジュノンボーイも優勝できると思う、という最初の時の感想が浮かんだ。 やはり、この私の目に狂いは無かった...! 「元気だね、さん」 「室ちんさんもお元気そうで...」 「室ちんさん...?」 「あっ、紫原くんがそう言ってたので...」 いきなり慣れなれしすぎただろうか...。と不安に思うが、そもそも私は室ちんの名前を知らない。(室ちんなんだから室がついた名前なんだろうけど...)つまり私は室ちんを室ちんと呼ぶことしかできないのだ。 もしくはジュノンボーイ優勝も夢じゃない人、とか。 室ちんは「敦以外にオレのことそう呼ぶ人は居ないよ」とにこやかに答えてくれたのでどうやら気分を害してしまったようではないことに安心した。 「そういえばさんは下の名前はなんていうの?」 「あ、です」 「かわいい名前だ」そう言って室ちんがにっこり笑ったので私もにっこり笑った。いや、にっこり笑ったつもりでいただけれど 実際はだらしない顔で「でへへ」と笑っていた可能性が高い。室ちんの爽やかな春の風を連れてくるような笑顔を浮かべるのは私には無理がある。 二人で微笑みあうという嬉しはずかしな時間を過ごしていると、突然どこかでさくさくさく...と聞こえてきた。 だけどそんなものは無視だ。さくさく聞こえようがなんだろうがどうでもいい! と思ったのは私だけだったらしい。 室ちんはその音が気になるようで絡まっていた視線を外して何故か私の頭上を見つめ始めた。 そこでサクサクという音がいつの間にやらぼりぼりに変わっていることに気づいた。 その聞き覚えのある音と室ちんの視線を追いかけるようにして首を動かし見上げると紫原くんが頭上でお菓子を食べていた。 「ぎゃーー!!!!」 瞬時にいまの状況を理解した私が取った行動は素早くその場から飛びずさって紫原くんから距離をとり、頭へと確実に落とされたであろうお菓子のカスを払おうと頭を降ることだった。 な、何故わざわざ私の頭の上でお菓子を食べる?!?!?! 頭の中ではどんな名探偵でも解けることができないであろう謎でいっぱいになった。 「ノリノリだねちん」 「ノリノリなわけあるか!」 私が頭を必死に振っているのを見て呑気にそんなことを言う紫原くんに殺意を覚えながら叫んだ。 そんな私たちを見て室ちんも「あぁ、確かにライブとかで頭を振っているのに似てるね」なんて紫原くんの言葉に同意している。 どこかのほほんとした雰囲気の二人とは正反対の気持ちで紫原くんを睨む。 そうしてまたしても紫原くんは思ってもいなかった言葉を口にした。 「うわ...山姥みたい」 「誰の所為で...!!」 眠そうな目はそのままに、唯一お菓子を食べるために咀嚼していた口元をいやそうに歪めるというリアクションと共に辛辣な言葉が浴びせられた。 誰の所為でこんなに髪の毛を振り乱すことになってしまったのか?!......コノヤロー!! まだ残っていそうな頭に乗ったお菓子のカスを見えないもののこれみよがしに手で払ってみるも、紫原くんは知らん顔だ。 「敦、女の子にそんなこと言っちゃダメだよ」 そんな反省度ゼロで私のことを山姥などと称する紫原くんと違い、室ちんは私が欲しかった言葉を口にしてくれた。 紫原くんに嗜めるように告げられた言葉は、だけど紫原くんの心に届くことはなかった。 「って言っても、室ちんどうせ山姥がなにか知らないでしょ」 「そうだけど...褒め言葉ではないってことはわかるよ」 反省どころから室ちんが山姥を知らないのに自分を嗜めたことについてつつく紫原くんに私は胸中で「なんて奴だ!」と憤慨の声を上げた。 優しい室ちんに「ダメだよ」って言われたんだから「はぁい、ごめんなさい」こう返事するのが正解だと思う。 だけど紫原くんに限ってそんな素直でかわいらしい返事をするわけが無いということを私は嫌と言うほど知ってしまっている。 会ってその日から知ってしまったのだ....。 「っていうか、もう室ちん行きなよ。部活始まるじゃん」 「あぁうん、そうだな。じゃあ行くよ」 紫原くんの言葉に室ちんはそういえば、という感じで答えた。 楽しい時間と言うのはすぐに終わってしまう、というのは本当だ。室ちんがこの場から去ってしまうということに私はとてもがっかりした。 「じゃあ後で、敦」 「はいはーい」 おざなりとも言える返事をしながら相変わらずお菓子を口に運ぶ紫原くんを呆れながら横目に眺める。 そのときだった。 「ちゃん、またね」 「...はぁっ?」 「...おっ、はい、また!」 室ちんにまさか「ちゃん」なんて呼ばれるとは思っていなかった私の反応は遅れた。 何故か言葉に詰まった私よりも紫原くんが素早く反応したのを聞きながら、私は心臓がどきどきと激しく高鳴っているのを感じながらこくこくと頷いた。 自分でもぎこちないと思う動きで(ロボットみたいにかくかくしてる感じ)爽やかな笑みを浮かべながら去っていく室ちんに手を振った。 「はぁ?! 何?!」と、隣で何事かをうるさく言っている紫原くんを無視して、ほぅっと息を吐く。 頭の中では「ちゃん、またね」がリフレインしている。 そのまま委員会が行われる教室へと足を進める。 そうして私は窓際の一番後ろの席へと腰を下ろした。そうすると当然とでもいうように紫原くんが私の前の席に座った。 そしてまだ「さっきの何?」とか問い詰めに来る。お菓子を今は食べることもなく、私を問い詰めることが優先のようだ。 こういうときこそお菓子を食べていればいいと思う。 と言うか何をそんなに紫原くんが騒ぐのか全く意味がわからない。だが、以前した紫原くんとの会話が頭を掠めた。 室ちんとのファーストコンタクトを果たした日、余韻に浸る私に紫原くんは言ったのだ。 「ちんに室ちんは無理だけどね」 つまり、無理だと思っていた私が室ちんと仲良くなっちゃったからさっきから「さっきの何?」とうるさいのだ。 自分の見立てが間違ってたから! そう考えると必死な紫原くんを無碍にする気持ちはなくなって思わず微笑みが浮かんでしまう。 だが私のそんな顔を見た紫原くんは眉根を寄せながら「きもちわりーんだけど!」と言い放った。...このやろー!! すっかり気分を台無しにされた私は机一つ分しか隔てていないのでとても距離が近い紫原くんから心持ち距離を取りつつ、半目で問いに対する答えとは違う言葉を口にした。 「...山姥の前に座らないほうがいいよ」 「なんで」 先ほどのことを根に持っている私の発言に、だけど紫原くんは意にも介した様子はない。 室ちんの言葉はやはり紫原くんには届いていなかったのだ...。 「山姥だから!」 「なんで」 「ほら、あれ、えっと......食べるよ!」 山姥のイメージといえば、包丁を持って子供を追い掛け回してるってこと。そして捕らえた子供は食べてしまう。 そんな浅い山姥についての情報を基に紫原くんを脅してみるものの、いまいち迫力に欠けていた。 右手は包丁を持っているつもりで振り上げていたものの、あまりにも幼稚すぎる脅し文句ではただ恥ずかしいだけだった。 時間が経つに連れて咄嗟に口をついて出た言葉に恥ずかしさを覚えていると、ぽかんと口を開けてこちらを見ていた紫原くんが口を閉じ、 口内に残っていたのであろうお菓子を嚥下したのが喉の動きでわかった。 これは確実に馬鹿にされる...。 「いーよ、食べても」 「へっ...?」 あまりにも予想外の言葉に、私の喉はおかしな音をたてた。てっきり「馬鹿じゃないの」とか冷めた感じに返されるのだと思った。 そんな私の反応に、紫原くんはいつもは眠たそうな目に少しだけ楽しそうな光を浮かべて口角を上げる。 「けど食べ返すけどね」 「...え?」 「ちんならぺろっと食べちゃえるし」 「...」 ......こわいっ!! ただのお菓子好きな性格の悪い巨人だと思っていたのに人まで食べる巨人だなんて...それってもう進撃の巨人じゃん!! 私は咄嗟に椅子の後ろの軸二つに体を預ける形で精一杯紫原くんから距離をとった。 他の人が言ったのなら「ははは」と軽く笑って返すことができただろうが紫原くんが言うと冗談には聞こえない。 何よりも冗談を言っているような顔には見えないのだ。 だから本当に食べられてしまうかもしれない...逃げなきゃ!! という防衛本能が咄嗟に働いてしまう。 だけどよくよく考えれば(いや、よくよく考えなくても)紫原くんが人を食べるわけは無いのだ。 いくら常にお菓子をむしゃむしゃしているとは言っても人まで食べるわけがない。お菓子切れちゃったー、じゃあ人を食べよう。なんてことあるわけはないのだ。......多分。 そう頭ではわかっているのにやはりどこか 疑いが頭に残っているのか、私の口からは乾いた笑いが漏れた。 「ははは...えっと、委員会まだ始まらないね?」 不自然とは思いながらも会話を食べる食べない問題から方向転換した。 そうすると紫原くんが「そうだねー」といつもの調子で気の抜ける返事を寄越した。 そしてまたもいつものように手に持っていた袋の中からお菓子を口へと運ぶ。先ほど私の頭の上で頬張っていたスナック菓子だ。 袋にはコーンポタージュ味と書かれている。それが一つ二つと紫原くんの口の中へと消えていく。 私はそれを横目にしながら若干紫原くんから距離をとったまま教室のドアを見つめた。今すぐにでも誰かやって来て欲しい。 さっきまでは室ちんと会話をすることが出来て幸福をかみ締めることが出来ていたのに...。 「ちんって馬鹿だよね」 唐突に声を発した紫原くんの手と口はお菓子を食べるために機能することを止めていた。 そうして私のことをただただじっと見ている。あまりにも真っ直ぐな視線に、私は先ほどの突然の暴言とも言える言葉について何かを口にすることが出来ず、ただ戸惑いの視線を返すことしかできなかった。 「食べるって言ってもさぁ、お菓子みたいに食べるわけないじゃん」 馬鹿にしている風ではあるものの、紫原くんの目に冷たさは感じなかった。 初めて言葉を交わした時の「はぁ? 身長とかわけれるわけないじゃん」と言ったときとは言葉の柔らかさと雰囲気が違うのだ。 角の無い、丸い言葉だった。なので私も反射的に「何だとコノヤロー!」とはならなかった。 そして、人をお菓子のように食べれるわけがない、と言い切った紫原くんの言葉にホッとする。 そうやって断定してもらうことによってようやく安心することが出来た。 まさかとは思いつつも紫原くんならもしかして...と考えてしまう。あんなに四六時中むしゃむしゃしていたら空腹のあまり隣の席の人を食べてしまったとか無きにしも非ず。 だけどそうなると「食べる」とはどういうことなのかと言う疑問が残る。 訝しげな表情をしていただろう私に、紫原くんは面白そうに笑みを浮かべて見せた。 「女の子を食べるっていうんだから、そういうことでしょ」 そういうこと...... バイオレンスではないほうの"食べる"を考えて、私の頭がある答えを導いた。 「...え?」 だけどその答えに半信半疑な私は眉を寄せながら思わず紫原くんに問い返すかのような声を発してしまった。 「だからぁ、」 「ギャー!! いいよ! 言わなくてっ!!」 今にもそれを口にしそうな紫原くんの言葉を叫ぶことによって阻止した私に、紫原くんはニヤリと言う言葉がぴったりな笑みを浮かべた。 眠そうな目ではあるものの瞳が心なしか輝いているように見える。 「えー、けどわかんないんでしょ?」 そう言った紫原くんの表情はわざとらしいほど無垢で、まるで親切に答えを教えてあげようとしているかのような雰囲気を出しているが、その答えが全然無垢でないことはわかりきっている。 「わかってる」と答えるのにも抵抗を感じて私は唇を引き結んだ。きっと顔はとんでもなく赤くなっていることだろう。 だけど悔しいことに無視することも代わりの言葉を口にすることも出来ない私は、後に紫原くんの手の平の上で転がされてしまったことに気づいて再度激しい悔しさを覚えることになる。
惑星Xコミュニケーション
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