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「失礼します」

声をかけながら一応ノックをしてから扉を開けば、中に居た三人の視線が返って来た。
それに笑顔を返しながら「こんにちは」と挨拶すれば虎徹さんが「おー、どうかしたのか?」と答えてくれる。 これもまたいつもどおりだ。この部屋にやって来て一番に声をかけてくれるのは大体虎徹さんだ。

「新しいっていうか、リニューアルする商品があるんで紹介に来ました」

手に抱えてきた商品をそれぞれ三つずつ、二人の手に渡す。そうして余ったものを「よかったら」と一言添えてからもう一人に渡した。

「あれ? これ前から販売してる奴じゃねぇの?」
「確かカードが入っているんですよね」

不思議そうな表情を浮かべる二人に私はすぐに答えた。パッケージが変わったということと、中に入っているカードのデザイン変わったということを。 新カードは本人達に確認してもらう必要があると思い、それぞれ用意してきている。ファイルの中からそれらを取り出してそれぞれ渡してみるものの、 二人とも以前とどう違うのかわからない様子で眉を寄せている。
自分のカードだというのに以前のデザインを覚えていないらしい。作っている側としては、その事実は胸を痛めるものだった。 じとっとした目で見れば二人とも気まずそうに視線を反らす。

「ポーズが違いますよ!」

...こんなので!...こんなのでした!!
そういいながら今までの二人のカードのデザインの格好をした。バーナビーさんは腰に手を当てて胸を張っているポーズで、虎徹さんの場合は右手を突き出してパンチを繰り出しているところだ。 椅子に座ったままの二人の目の前でポーズを再現すれば、二人とも「あー...」なんて適当な相槌を打つ。その相槌からも覚えていないことを確信した。
私たちが何十個ものうちから何度も吟味して一番良いと胸を張ることが出来るデザインを世に出しているというのに...!! そのカードのデザインの本人達がこんな反応なんて....!! 思わず恨みがましい視線を送ってしまうことも許して欲しい。
二人ともバツが悪そうに視線を合わせているところからも、一応悪いと思ってはいるらしい。なので許してあげることにした。心が広いので。
続いて取り出したのは二人のレアカードだ。先ほど見せたものとは違い、今度のはカードがきらきらと光り、角度によって二人が浮かび上がるように見えるものだ。 「おお、すげえなー」と関心した様子でカードを眺めている虎徹さんに、私はふふんと鼻を高くした。

「これで幼い子供達からお金を巻き上げます...!」
「...嫌な言い方しますね」

バーナビーさんからの呆れた視線を物ともせずに私はファイルを小脇に抱えなおした。虎徹さんは早速先ほど渡したスナック菓子の袋を開けて口に運んでいる。 それを咎める視線をバーナビーさんが送るものだから、虎徹さんはその視線から逃れるように椅子をくるっと回転させて、机に向かっている。 そういえば私も小腹が空いたと思い腕時計に目をやれば、ちょうどおやつの時間を指していた。
お昼は簡単に済ませたのでとっくに消化してしまっている。

「あ! そういえばバーナビーさん、おめでとうございます」
「え? あ、ありがとうございます...?」

デスクに戻れば今三人に渡した試作品のお菓子があるのでそれでも食べようと考えたところで、今朝フロアで盛り上がった話を不意に思い出した。 先輩が持ってきたゴシップ誌の話題だ。今日はその話で持ちきりだった。というのにバーナビーさんはいまいち何の話なのか飲み込めていないような顔をしている。 まさか本人がわからないわけがないだろう...! ということで私は肘でバーナビーさんを小突くような素振りをした。俗に「このこのー」とか言いながら冷やかすときに使うアレだ。

「水臭いじゃないですかー」
「...何の話ですか」

本当にわからないとでも言いたげな演技を続けるバーナビーさんはテンションが低い。
それと打って変わって私のテンションはとても高い。こういう話は自分が矢面に立たない限り面白い。

「もうー照れなくてもいいじゃないですかー! 彼女出来たんですよね」
「出来てません!!!!」
「え、けど......」

すぐさま力いっぱい否定されたものの、頭に浮かんだのは今日見たゴシップ誌だ。
ご丁寧に写真まで掲載されていたそれには、バーナビーさんと誰でも一度は名前を聞いたことがあるだろう最近話題の女優が腕を組んでいる場面が映っていた。 夜撮影されたと思うそれは、少しばかり画像が荒いものの楽しそうに笑みを浮かべているのはわかった。
タイトルはこういう雑誌では定番ともいえる「深夜の密会」だった。自分の会社のヒーローがゴシップ誌の一面を飾ったのだからそれはもう大騒ぎだった。 というのに当事者であるバーナビーさんにはこの情報は伝わっていなかったらしい。ついでに虎徹さんも知らなかったらしく、「マジかよ!!」と口に入っていたお菓子を撒き散らかしながら声を上げた。 ゴシップ誌に載っていたということを説明すれば、バーナビーさんの顔色が急激に悪くなった。
そして突然肩を両手で掴まれた。

「違います!! あれは仕事で...接待だったんです!」
「...えー、まあそういうことにしときますか...」

どうあっても認めそうに無いのでこの場は譲ることにした。それに有名人はそういうのを簡単に認めてはいけない、みたいなものもあるんだろう。 多分事務所の関係とかそんな感じのことが。知らないけど。
私が自分の言葉を信じていないとバーナビーさんはすぐさま察したらしい。
虎徹さんにゴシップ誌を手に入れてくるように指示を出してからそのときの経緯を話してくれた。 (「今すぐそのゴシップ誌を手に入れてきてください!」というバーナビーさんの言葉に「まかせとけ!!」と頼もしい言葉を置いてフットワークも軽く虎徹さんは部屋を出て行った。 ぱしられていると言っても差し支えないと思うのが、本人が気にしていないようなのでそこはそっとしおいた。)
バーナビーさん曰く、会社の広告で彼女を使いたいと向こうに話を持ちかけると色よい返事が返ってこなかったらしい。
最近売れっ子の仲間入りをした彼女は映画に二本出演することが決定しているらしく、当分スケジュールが開かないということだったのだが、 どうしても彼女を商品の顔にしたいということで、彼女が以前からファンだというバーナビーさんが呼び出されることになった。

「ロイズさんに仕事としての接待と言われたので...」

その口ぶりからも不満がありまくったことが想像できる。そこで私はようやくバーナビーさんが演技をしているわけではないという結論を出すことが出来た。 あの女優と腕を組んでいたのも振りほどくのは失礼だと思ったからと言うことらしいが、すぐにさりげなく離れたということだ。 あのきれいな人に迫られてNOなんて思うものだろうか、という疑問が浮かんだが、普段からきれいな顔をしている自分を見ているのだからそういうのには慣れているのかもしれない。 毎日毎日きれいな顔を見ていてある意味美形を見慣れているというわけだ。だからちょっとやそっとじゃ靡かないということだろう。多分。 そう考えると納得も出来る。

「そうだったんですか。早く言ってくださいよ〜」
「最初から違うと否定していたと思うんですけど?」

ちょっと苛立っているような感じで返されたので、「ハハハ」と笑って誤魔化しておいた。

「なんにしても、じゃあゴシップの内容は捏造だったってこと言っておきますね」
「そうしていただけると助かります」

「はぁ」と重いため息をついているバーナビーさんは額を押さえている。
そりゃ付き合ってもいないのにそういう風に大々的に世間に知られてしまえば頭も痛くなるだろう。 その頭痛の原因を作ったわけではないけれど、伝えた(?)私としては(その上否定するとバーナビーさんを信じなかったこともあるし)少し気まずさを覚える。

「それにしても、」

そろそろ自分のデスクへと帰ろうかと思っていると、突然バーナビーさんが口火を切った。
額を押さえていた手で髪をかき上げ、ちらりと意味ありげな視線が向けられたので帰ろうかと迷っていた足先をバーナビーさんに向きなおした。

「彩さんからこの話を聞くとは思いませんでした」
「あぁ、私もバーナビーさんはてっきり知ってると思いました」
「ご存知の通り知りませんでした」
「ですね」
「...」
「...」

え、一体この沈黙は何?
微妙に沈黙が流れる中で、まるで私たちが見えていないかのように仕事をこなしているおばちゃんの姿が目の端に映った。 バーナビーさんは何か言いづらそうに何度か声を出すのを躊躇するような素振りを見せてからようやく口を開いた。
そんなにも話しづらいことなのだろうか、と私も自然と耳を傾ける。

「その、僕に恋人が居ると聞いたとき、どう思いましたか」
「え...ええー!! って思いました」
「ショックだったということですね」
「え、いや、うーん。そうかもしれないです...」

何故か一歩近づいて距離を縮めて確認を取るバーナビーさんの迫力に押し負ける形で私は頷いた。
実際、あのゴシップ誌を見たときには驚いたし。そして少なからずショックも受けたのだ。知らなかったという事実に対して。 おこがましいとは自分でも思うのだけど、私たちのヒーローが取られてしまったような感覚だ。あれはまあ、ショックと言うものに分類されるだろう。 私の返答を聞いたバーナビーさんの目は心なしか輝いたような気がして首を傾げる。
もう一歩足を踏み出してきたバーナビーさんから逃げるように勝手に足が同じぶん後退した。

「それは...嫉妬した、ということですか」
「え? 違い...」
「いえ、嫉妬です」
「いや、違...」
「嫉妬で間違いありませんね」

取り付く島もない、というのはこういう時に使うのだと思う。私の返答など聞いていない様子で結論を出してしまったバーナビーさんを私は黙ってみているしか出来なかった。 そこまで断定されてしまうともしかしたらそうかもしれない...。という気に不思議となってくる。
そんな私を無視するように一人納得した様子で深く頷いている。かと思えば、何やら考えこむように腕を組み、顎の下に手を当てている。 時折ちらりと向けられる視線に何かまだ話があるのだろうと察することができたので、「何ですか?」と声をかけるものの、 「いえ...」と、珍しく歯切れ悪い声が返ってくるだけだった。

「あの、じゃあそろそろ戻りますね」

商品の完成品を届けに行くと言って出てきたので、あまり長い時間帰らないのもの不自然だ。 商品の説明があるとはいえ、実際そこまで時間がかかることもなかったので下手すればサボっていると思われてしまうかもしれないのだ。 サボっていたわけじゃないのにそう思われてしまうのは不本意だ。
だけど去ろうとした私の腕をバーナビーさんに掴まれてしまったことで、私は再度動きを封じられてしまった。

「待ってください」
「え、はい...」

だけどそろそろ帰らないとサボってると思われちゃいます。という言葉は口にすることができなかった。 バーナビーさんの声が真剣で、表情も有無を言わせないものを感じたからだ。
少し頬を上気させたバーナビーさんがごくりと唾を飲んだので、私にもただならぬ緊張感が伝わり、つられるようにしてごくりと唾を飲んだ。
一体何が始まるというのか...?!

「...良かったらなんですが、今日でも仕事が...」
「バニー!! 手に入れてきたぞ!!!!」

ちょうどバーナビーさんが話し初めたところで先ほど颯爽と出て行った虎徹さんが颯爽と戻ってきた。
反射的にバーナビーさんから虎徹さんへと視線を移せば、手にはあのゴシップ誌が握られている。

「そこの売店に売って無くてよぉ。何かすぐに売れたらしいぜ! そんで向こうの、」
「...おじさん」
「んあ?」
「何でそうあなたはタイミングが悪いんですか?! というか、もしかして知っていて?!」
「えっ、えっ? 何? 何でバニー怒ってんだよ」
「ようやく僕が今...!」
「え? 今?」
「あの、じゃあ私はそろそろ...まだ仕事残ってるんで」

二人が何やら揉め出したので、これは長くなると踏んだ私は早々に帰ることにした。 本当にこれ以上ここに居ればサボっていたと思われて非難されそうだ。
すでに足を一歩部屋から出した状態だったが、先ほど何かを言おうとしていたバーナビーさんに一応許可をもらうつもりで視線を向けた。 するとバーナビーさんは何かを言おうとするように口を開いたものの、結局視線を外しながら「すいません、引き止めてしまって」と言葉を締めくくった。 バーナビーさんがそういうのだから私もこの場に留まる理由が無くなった。よって、「ちゃんと伝えときますね!」と言ってから急いで自分のデスク目指して走った。 廊下は走っちゃダメとは小学生の頃から言われていることだが緊急事態だ。私がサボっていると思われては叶わない!

「おじさんの所為ですよ!!」

なので、程なくして廊下へも響くほどのバーナビーさんの怒鳴り声を聞くことは無かった。






(20151028)リクエストありがとうございましたー!!