部屋の中を片付けて、窓とかも拭いて棚の中の整理して、服もいらないものは捨ててって大掃除も済んで、その上課題も終わらせて、 あ〜もう今年にやるべきことは全て終わったな〜って綺麗な部屋の中で思ってたんだけどあれ?待てよ、何か忘れてないか? って思ってさ

「いや、お前は終わらせてても俺はまだ掃除の最中だから」

そういった三郎は半目でこちらを見てきた。
その手には汚れたぞうきんが握られている。今まさに部屋の掃除をしている三郎は、私がここにいることが邪魔でしょうがないとでも言いたげだ。 というか実際言った。「邪魔だから帰れ」ひどいと思う。このクソ忙しい時期に尋ねてきた友人に対して。「クソ忙しいってわかってるじゃねえか!」

「けど私まだこのままじゃ年越せないし」
「だったらその忘れていた何かをさっさと済ませてくれ」

三郎は依然忙しそうにカーテンレールの上をぞうきんで拭いている。
今日も今日とて雷蔵と一緒に過ごそうと思っていたらしいが、大掃除があるからと断られたらしい。 そうして時間を持て余し、自らも掃除に取り掛かったということだ。 嫌々始めたのかもしれないが、そのうちいろいろなところの汚れが気になってしまったらしい。
カーテンレールの上まで掃除をしているのだから、今日は徹底的に掃除をすることにしたのだろう。 おかげで先ほどから三郎の部屋の窓は開けっ放しで寒いことこの上ない。容赦なく入り込んでくる冷たい風の所為で、 室内に居るというのにコートを脱ぐことができない。 だけど三郎は腕まくりまでしてぞうきんを手に握っている。私も掃除をしたけど、ここまで本格的にはしなかった。

「何か忘れてるな。何だっけ?何だっ、...怖いなぁ〜怖いなぁ、何か忘れてる...怖いなぁ」
「無理やり稲川順二の物マネ入れんな」

「分かりづらいわ」そう言った三郎が思いがけず口元に小さく笑みを浮かべていたので、対して似ていない稲川順二の物マネをして よかったなぁ、という気分になる。
順調に部屋を綺麗にしている三郎を横目に、私は棚の中を眺めた。いかにも三郎らしくきれいに並べられた本は、漫画や参考書なんかが交じっている。
ぴゅうー、と入り込んできた風から身を守るように丸くなる。床の上にはシンプルなベージュのカーペットがひいてあるものの、 その一枚下は床なのでなかなか冷える。棚の前から移動し、私は机の前に設置されていた椅子の上に座った。

「暇なら手伝え」
「えーいやだー」

回転する椅子を回しながら答えれば、もともと期待などしていなかったであろう三郎がそれ以上言ってくることはない。 足を床から離し、空中に浮かせながら椅子を回転させているとガンッという音と共に足に痛みが走った。 「いてっ!」と声を上げれば、すかさず三郎の「ばーか」という半笑いの声が返ってくる。
せめてもの抵抗に睨みを返すも、口元の馬鹿にしたような笑みはそのまま今度は棚の上を拭き始めた。 痛みでじんじんする部分を摩りながら、どうやら机にぶつけたらしいことを知る。

「っていうかめちゃくちゃ寒い。遭難しそう」
「俺は寒くない」
「お腹が空いてる上に寒くて低体温症を引き起こす5秒前って感じ」
「そんな状態なのによく喋るな」
「今最後の力振り絞ってる...!」
「そうは見えない」
「つ、伝えてくれ...私の最後は立派なものだったと...田舎の両親に...」
「わかった。娘さんは馬鹿みたいに椅子を回して足を打ってショック死したって伝えておく」
「田舎の両親報われないじゃん!」

馬鹿みたいなやり取りをしながら、三郎が相変わらず忙しそうに動いているのを眺める。 そうすると、汚れた面を交換するためぞうきんを畳み直している三郎がちらりとこちらを見た。

「で?」
「で? で、で、デロリヤン」
「デロリアンだろ。しりとりなんかしてねぇ。それも始まって即終わったな」

もちろん三郎が突如しりとりを始めたわけではないということは私もわかっている。 ついに確信に触れてきたのだと思い、少しでも引き伸ばそうとしての行動だ。だけどそんなことは無駄だということもきっちりわかっている。

「忘れてる何かは思い出せたのか」
「あ、あー...」

忘れてるなんて口にしながらも、実際忘れてなんかいない。
このままここでうだうだしていても、忘れていることにしている何かを実行することは出来ない。

「うん、まぁ」

曖昧に頷いたものの、無駄な抵抗と言うやつでしかないだろう。だけどまだ心の整理がついていない。 心の整理は一生つくことがないだろうけれど...。ならばここで決心するしかない。

「あの」
「...」
「えっと、」
「...」

先ほどまでは片手間な感じで私の相手をしていたというのに、私の様子から何かを察したらしい三郎は目の前までやって来た。 自然と視線が交わることになったが、私は今から口にしようとしていることを思い、どうしても目をあわすことができない。 このままでは今年も終わってしまう。去年だってこんな調子でとうとう伝えることが出来なかったのだ。だから今年こそはと意気込んでやって来たというのに... どうしても言葉が喉のところから出てこようとしない。

「えーっと、」
「...」

いつまで経っても口にすることができない私に、だけど三郎は文句を言うことなく黙って付き合ってくれている。
今年こそ、今年こそは三郎に気持ちを伝えなくては...!

「...」
「...」
「あのっ!」
「うん」

私の緊張が最高まで達した言葉に、三郎が優しい声音で相槌を返してくれる。 いつもだったら文句の一つや二つは返ってくるところなのにだ。そうすると私の胸の中の何かが大きさを増したように感じる。 こんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか私は三郎のことが好きになっていた。その気持ちは萎むなんてことはなく、 日々大きさを増していくばかりで今にも破裂してしまいそうだ。だけど、だからこそ、それを否定されてしまったときのことを考えるととてつもなく怖い。 ごくん、と知らず喉が鳴った。

「...」
「...」
「......初詣一緒に行かない?」
「...はぁ?」
「あ、誰か...雷蔵とかと行く?」
「...別にいいけど」
「そっかそっか、じゃあまた連絡するわ!」
「え? あ、おい」
「掃除中に来て悪かったね! じゃっ!」

慌しく三郎の部屋を後にし、私はおばさんに挨拶をしてから鉢屋家を後にした。
そうして今年もとうとう言うことができなかったのだと実感して自分の不甲斐なさにコンクリートの道路を蹴った。 多分、明日が新年を迎えるとかじゃなくて、地球が滅亡する日とかだったら言えたと思ったんだけどなぁ。なんて言い訳にもならないことを胸の中で呟いた。





(20151231)ぎりぎりセーフ!