「はい、パオリンには特別ね!」 「はい、カリーナ。特別だからね」 「ネイサン。はい、これ特別だから」 「...ちょっと、アンタそれどこで覚えてきたのよ?」 ネイサンの呆れた感じの言葉に振り返ればそのニュアンスで想像していた通りの表情をしていた。 だけどネイサンが何を言っているのかよくわからない。 「それ?」 「その“特別“ってやつよ」 「あぁ」と答えながら私の脳裏にはこの間のやり取りが浮かんだ。 この”特別だよ”手法はある人から授けられたものだ。 その人は言った...ただチョコをあげるだけではいけない。「特別だよ☆」と一言添えることによってバレンタインはただのイベントではなくなるのだと...。 「えっ! 彩、ボクに"特別だよ☆"って言わなかったじゃんかー! もっと弾けないと!」 「えっ! 弾けてなかった?!」 「そんなことはどうでもいいわよ! それよりそれは誰が言ったの?」 自分では弾けたつもりだったもののまだ足らなかったらしい。 もっとウインクとかそういうことをして目一杯弾ける必要があったようだ。だけどその前に私はウインクを出来るのだろうか...? そんな疑問を晴らすべくウインクをしながらカリーナの質問に答えた。 「お母さん☆」 「えっ!!」 「まぁ、お母さんやるわね〜」 カリーナが目を見開いて驚いた表情をしたのは私のウインクが不細工すぎた所為かもしれない。 片目だけを瞑るのってめちゃくちゃ難しい。右目だけを瞑るつもりだったのに左目もつられて瞑ってしまう。 結果として私のウインクは右目は瞑っていて左目は半目になってしまった。どう見ても弾けてはいないしかわいくもない。 何か体調が悪くて苦しんでいるのか、眠気に襲われているのか...そんな感じにしか見えないだろう。 こんなんじゃダメだ! と反省しているとパオリンが今渡したラッピングしてある箱をこちらに見せながら「開けてもいい?」 と、きらきらした目で尋ねてきた。それに思わず笑みが浮かびながら頷いて答える。 箱に巻いてあるリボンを豪快に外すパオリンを見ていると、ネイサンが「けど」と言葉を続ける。 「お母さんはこんなほかにも人が居る前で、とは言ってないと思うわよ」 「そうよ。特別って皆に言ってるのが丸見えじゃない」 「え? まずい?」 リボンを解いたパオリンが箱を開け、中に入っているクッキーを取り出して嬉しそうにしているのを眺めて思わず微笑んでいるところで まるで水を差すようなカリーナの言葉だ。私の視線は思わずパオリンからカリーナへと移った。 「当たり前じゃない! そんなの特別って感じがしない」 「えぇ〜みんな特別だからみんなに特別って言ってるだけなのに?」 「馬鹿ねぇ。その場合は、他に人が居ないときを狙うのよ。ターゲットと二人きりのタイミングで」 確かに...ネイサンの言葉は納得させられるものだった。 それならみんなに特別と言っていても他の人に知られることがないのだから特別感が増す。 特別と言われていやな気分になる人はいないだろうから、私もあなたもエビバデハッピー!! ってことになる。 これで日頃の仕事などもスムーズに出来るんじゃないだろうか。人間関係がこじれているといろいろなしがらみが増えて余計なことに煩わされてしまったりするものだ。 「まさか娘がここまで説明しないとわからないとはお母様も思ってないわよね」 「当たり前じゃない! 彩って何でああなの?」 そうか! 特別だよ作戦はそういう意味があったのか! 私はネイサンとカリーナにディスられていることにも気づかずに、”特別”の効果に納得していた。 「じゃあ実践してみようと思う!」 まだ全員にバレンタインのプレゼントを配り終えたわけではないので、この教訓はすぐにでも試すことが出来るのだ! そうと決まれば...! バーナビーさんに渡しに行こう! 発見! 「あっ、バーナビーさん!」 ちょうど目の前を歩いていた見覚えのある後姿に声をかければ、その場で踵を返したバーナビーさんと目があった。 手を振ってみるもののバーナビーさんが手を振り返してくれることはない。まぁ、予想していた通りだけど。 逆に笑顔で手を振り返してくれたらそれはそれで怖い。何か変な薬でも盛られたのか心配になる。 「これ、どうぞ!」 「え?」 手に持っていた箱を渡せば、バーナビーさんは戸惑った様子でなかなか受け取ろうとしないので、半ば強引にその手の中に押し付けた。 そうすると「ありがとうございます...?」と声が返って来た。 説明を求めるかのような困惑したバーナビーさんの視線に、私は「わかってます」と頷いて見せた。 「バーナビーさんには特別です」 ついでに言うならそんなに弾けようとしなくてもいいわよ。むしろ静かに言った方がいいわ。というネイサンのアドバイスに基づいて 早速実践してみた。(その後に「このアドバイスを与えたアタシにちゃんと報告するのよ?!」と脅された。野太い声で) 静かに言った方が真実味がある、と言うアドバイスには納得させられる部分があったので私はそれを実行したのだ。 そうするとバーナビーさんは「え、あの、」と呟いたかと思えば、そのまま視線を彷徨わせ始めた。明らかに挙動不審な様子なので動揺しているのがわかる。 特別なんて口に出して伝えたことはなかったので、確かに動揺してもおかしくはない。 ヒーローという特殊な仕事をしているので、同僚は私にとって特別なものだ。 ネクストという能力は誰しもが持っているわけではないし、努力すれば手に入れられるものではないのだ。生まれ持った才能みたいなものだ。 だからこそ私はバーナビーさんを初めとした同僚に特別な気持ちを持っている。ネクストという力を持っていて、それを人助けのために使うことが出来る仲間なのだ。 人数が少ないぶん親近感が沸くし、仲間意識が強い。 なので、出来ることなら仲良くしたい! という気持ちを持っている。そこでこのバレンタインと言うイベントを利用させてもらうことにしたのだ。 「これは、えっと...何ですか?」 言葉を探すように何度か口を開いては閉じ、を繰り返してバーナビーさんがようやく口にした言葉は、この箱は何ですか? というものだった。 教科書英語みたいだ。「これは何ですか?」「ペンです」みたいな。 それはきっと箱の中身は何だという疑問と、自分がプレゼントをもらった意味についての疑問だろう。 さっきカリーナにも同じ質問をぶつけられたので、察しがついた。こちらと日本とではバレンタインというイベントに認識の違いがあるらしい。 箱の中身については自分で開けて確認をしてもらわないとサプライズ感が減ってしまうので、もう一つの方について答えることにした。 「今日はバレンタインだからです。日本では特別な人に...えっと恋人とか好きな人、お世話になってる人とか...家族にもチョコをプレゼントするんです」 あ、基本的に異性にあげるって認識があるんですけど、最近では友達同士でプレゼントしたりすることも増えてるんです。 バレンタインについてそこまで詳しくはないものの、私の知っている範囲でこのバレンタインというイベントを説明すれば、バーナビーさんは徐々に目を見開いて驚いた表情を浮かべた。 え? 今の説明に何か驚くような要素あったっけ? バーナビーさんはもう一度箱を見つめてから頭を振り、何やら頬を染めた。 そんな挙動不審とも言える様子を見つめていると、それに気づいたバーナビーさんがハッとしたように箱を持っていないほうの手で口元を隠すように動かした。 「見ないでください...」 「え?」 見て欲しくないといわれれば見たくなってしまうのが人の性だ。 鶴の恩返しだって絶対に見ないでくださいといわれても男は守ることができなかった。そうして後悔することになるんだけど... 私も例に漏れず見ずにはいられなかった。後悔することになっても。 まじまじとバーナビーさんを見てみると、手では隠しきれていない肌が赤くなっているのが見て取れた。 私が言いつけを守らずにいると、バーナビーさんから鋭い視線を向けられる。だけど何だかいつもよりも迫力に欠ける。 いつもだったら底冷えしそうなほど冷たい視線を送られるのだけど(主に虎徹さんが)今日は別に冷えを感じない。 そうすると自然と私の態度もでかくなる。 「...やめてください」 「だって、見るなって言われたら見たくなりますよ」 自分でも言い訳になっていない言い訳だと思いながら一応弁明して、バーナビーさんから視線を反らした。 これ以上見ていると本当に怒ってしまいそうな気配を察知したからだ。バーナビーさんは決して気が長いほうじゃないことは知っている。 何だか予定とは違った展開になってしまったと思い、こっそり息を吐く。 バレンタインに「特別です」という言葉を添えて贈り物をしたのに、まさか怒られることになるとは全く予想していなかった。 この場から去ろうか、と考えたところでバーナビーさんが咳払いをした。視線をまたバーナビーさんへと戻せば、今度は怒られるようなこともなかった。 そもそも見ただけで怒られるなんて理不尽だ...!今更ながら気づいた私は抗議の意味をこめて眉を吊り上げたのだけど、その意味をバーナビーさんは理解してくれなかった。 何故ならそもそもこちらを見ていなかったからだ。両手で持っている箱へとそのグリーンアップルの瞳は向けられている。 「...開けてもいいですか?」 「あ、はい、どうぞ」 私に尋ねてからバーナビーさんは諦めたのかほんのり赤い顔はそのままに箱の封を解いた。 箱の中は湿気対策として一応袋に入れたクッキーが入っている。 二重のラッピングになるけどせっかくのクッキーが湿気ってしまうのは出来るだけ避けたい。なのでこういう形になってしまった。 バーナビーさんは手の平の上に箱を乗せ、その中でラッピングを解いている。 「クッキーですか?」 「そうです!」 クッキーとは言ってもチョコをかけてあるものや、くるみ、チョコチップなんかを入れてちょっと手間がかかっている。 バーナビーさんの反応が気になって、私は一歩近づいてみた。 「市販のものかと思いましたよ!すごいですね彩さん!尊敬します!」ってな感じでバーナビーさんが驚く瞬間を見逃さないためにだ。 バーナビーさんが私を褒めることなんてそうそうあることではないので、これはチャンスなのだ。 だけどバーナビーさんは興味津々という言葉がぴったりな感じで袋の中を覗き込んでいて、私が求めている言葉を口に出そうとはしない。 今か今かとバーナビーさんの口から私を賛辞する言葉が出てくるのを待っていると、クッキーを眺めていたバーナビーさんが突如ハッとした表情を浮かべて固まった。 そうしてちらちらとこちらを伺うように見たかと思うと「あの、これ...」と呟いた。何かを見つけたように箱の中を凝視しているので、私も一緒に箱の中を覗こうとしたもの、背の高いバーナビーさんが持っている箱の中身は覗くことができなかった。 そうすると箱の中へバーナビーさんが手を入れた。 家にあった型を使ったので、クッキーはうさぎとリス、ハートの三種類しかない。 バーナビーさんはその中のハートを持ち、まるで印籠でも掲げるかのようにこちらに見せつけてくる。 その手つきは何か神聖なものでも持っているかのように慎重だ。 「あ、ハートですね」 わかりきった答えに、だけどバーナビーさんは重々しく一つ頷いた。 そうしてから掲げていたハートのクッキーをまじまじと見つめている。 どう見てもおかしいバーナビーさんの行動に、私は少し不安になっていた。もしかしたらバーナビーさんはハートを見てはいけない症候群だったのだろうか...。 そんな症候群があるとは聞いたことはないものの、ここまでハートに過剰反応するのだからそういう症候群があってもおかしくはないと思う。 私はまずいことをしてしまったのかもしれないと思い始めたところで、バーナビーさんがようやくクッキーから視線を外してこちらを見た。 「これは、その...」 「え?」 ごにょごにょとまるで蚊が鳴いているかのような声でバーナビーさんらしくない感じに何事かを口にしたことはわかったが、何と言っているのかまで聞き取ることが出来ずに問い返せば、 バーナビーさんは怯んだように唇をきゅっと結んでしまった。 ...普通に聞き返したつもりなんだけど、威圧感たっぷりだっただろうか...? 思わず自分に非があったのかと考えてしまうバーナビーさんの反応に居心地の悪さを覚える。 何かを言おうとしているような素振りを見せるバーナビーさんの言葉を待つものの、なかなか声は聞こえないし、ついには ぴたりと唇も閉じられたので私はこの場から逃亡することにした。 バーナビーさんの様子が変なのに放っておくって、特別な人に対してする仕打ちか? って感じだけど私ではとてもじゃないが対処できる気がしない。 ここは虎徹さんに丸投げしよう。そうしよう。 「よかったら食べてください......では!」 「え、ちょっ」 バーナビーさんが背後から何かを言おうとしていたけれど私は気づかない振りを足を進めつつさっさと虎徹さんへと連絡することにした。 「虎徹さん!!」 「ぅおっ! びびったー...何だよ、すげーびっくりしたじゃん!」 「虎徹さんがびっくりしたとかそんなことはどうでもいいんですよ!」 「え、えー...お前、ひどくない?」 「ひどくないです! それよりあなたの相棒の様子が変ですよ!」 「え? バニーちゃんのこと? 何、変って。さっきまで別に普通だったけど」 「いや、何か変なんですよ。ハートを見てからおかしくなった気がするんです。あれ? や、けど最初から変だった気もする」 「最初から変って! バニーちゃん泣くぞ!」 「その最初じゃないですよ! 虎徹さんがお姫様抱っこされたときの最初じゃないです!」 「ぎゃああ...今おじさんの古傷抉ってるから。無意識に。やめて」 「何今更恥ずかしがってるんですかー...このカマトト!!」 「なんなの? おじさんに罵声を浴びせるために電話してきたの? やめて...!」 「そうだった! 虎徹さんに罵声を浴びせて喜ばせてる場合じゃなかった!」 「喜んではない! 喜んではないから!! そこは絶対に勘違いするな!」 「バーナビーさんが変だから様子見てあげてくださいよ」 「今仕事なのよ、おじさん。彩がついといてくれよ。調子悪そうだったんだろ? 今どこ」 「無理です。さっきまで一緒だったんですけど何か変だったので置いてきました」 「え、え?」 「何か変だったんですよ! クッキーあげたら...あっ、今日バレンタインじゃないですか、だからクッキープレゼントしたんです。じゃあ何か様子がおかしくて... どうしたらいいのかわからなくて置いてきちゃいました。あ、っていうか虎徹さんにもあげるつもりだったのに言っちゃった...!」 「...」 「...」 「うん、とりあえず多分わかったわ。バニーちゃんの様子が変な理由。ありがとな、おじさんの分も」 「え! 今のだけで?! ...流石バディ...」 「いや、彩以外はわかると思うぞ」 「えっ、何ですかそれ。私すごく馬鹿みたいじゃないですかー!!」 「馬鹿じゃないけど鈍いと思う」 「えっ、虎徹さんがそれ言いますか?」 「えっ?!」 「えっ?!」 |