受験生というのは、日々を過ごすだけでも大きなストレスを抱えることになる。 そのストレスと如何にして上手く付き合ってくのか? それは受験生にとってとても重要なことといえるのではないだろうか? 時々は羽を伸ばして、自身を開放するなんていうのがいいと私は思うのだ。 そうしてそんな私のストレス発散方法は、堂々と人には言うことができないものだった。 友人にも出来ることならば秘密にしておいた方がいいことだ。 だからこそ私は今まで軽々しくこのことを言わずに居たと言うのに、あっさりと見つかってしまった。 「あれ、えっと...さん?」 今日の戦利品を右手にぶら下げながらスキップしていると、突然名前を呼ばれた。 ピシリと体が固まったのは、今まさに自分が疚しいことをしているという自覚があったからだ。 反射的に声の聞こえたほうに首を動かせば、そこには新開くんがいた。 「...」 「...」 「...やぁ」 「やぁ」 「...」 「...」 「じゃっ、あばよ!」 「ちょっ、ちょっと待ってくれよ」 とりあえず挨拶らしきものをして時間稼ぎをして考えるが、ここを切り抜ける方法は何も浮かばなかったのでそそくさとその場をダッシュで離れようとしたが、 勝てるわけもなくあっという間に腕を掴まれてしまった。 勝機は1mmも見えなかった。悲しいことに...。 早々に逃げるのを諦めた私に、観念したと思ったのか新開くんもすぐに手を離してくれた。 とりあえずここで立ち話なんてしていたら人目についてしまうので、男子寮に設置されている非常階段下へと連れて行かれた。 私としては連行されるような気分だ。 「何だって男子寮に居るんだ?」 「...」 「...もしかして、彼氏?」 「...いえ、そんな大それたものでは...」 「大それた...?」 自分でも残念ながら...なんてことを思いながら首を振って答えれば、新開くんの不思議そうな声が聞こえたがそれはこの際無視だ。 彼氏に会いに来た、という大義名分があって男子寮の敷地内に居たと言うのであれば、まだ全然良かったと思う。いや、不純異性交遊的にはよくないと思うけど。 だけど私がここに居たのはどう考えても正当性があるとは思えない。いや、彼氏に会いに来ると言うのが正当性があるというわけではないけど。 「あの、夜も更けてまいりましたし...」 「ん? あぁ、そうだな」 「ね! じゃあ解散ってことで...」 「嫌だ。まだ話し聞いてない」 解散という流れを作ろうとしたものの、新開くんはNOといえる日本人だったらしい。きっぱりと断られた。 それも何だか駄々捏ねてるような言い方で。こんな場面を見れば、新開くんを見て日頃からキャーキャー言ってる子たちは余計に騒ぐんじゃないだろうか。 けど私としては聞き分けて欲しかった。「そうだな、もうこんな時間だしな」って感じで。まだ10時だけど。健全な高校生達が布団に潜り込むには少し早い。 「その袋を見るに...」 「えっ、」 「寮を抜け出してコンビニでも行ってたんだろ」 突然探偵よろしく推理を始めた新開くんは、私が手に提げている白い袋を眺めてから言った。 言い当てられてしまった私はどうやらそういうリアクションをしてしまったらしい。新開くんが嬉しそうに右手を銃に見立てて私を指差しながら 「当たりだな」と少し弾んだような声を上げる。 「だけど何だって男子寮に?」 「そ、それは...」 「うん?」 核心に触れてきた新開くんに、私は咄嗟に何か言い訳を考えようとした。が、何も浮かびはしない。 事前に新開くんに男子寮の敷地内を歩いているところを捕まるとわかっていれば、どうにかそれらしい言い訳を考えることが出来たかもしれないのに急に来るから...! 今日は捕まえて問いただすから、って言っておいてくれれば...! そんな私の焦りを感じ取ったのか、新開くんは真剣な表情だ。 別にそんな深刻な話では全然ないし、むしろ軽い感じで流して欲しいのだけど...そんなことを思いながら私はしょうがなく話すことにした。 「...もし抜け出したのがバレても、男子寮を経由してるから男子が疑われるかな〜と思って...」 「...」 「...へへへ」 誤魔化すように笑ってみるが、新開くんの反応は怖くて確認することができない。 コイツ! なんて奴だ!! と思われても文句も言えないことを白状したのだから。 「さん策士だな」 思ってもいなかった反応に顔を上げれば、新開が面白そうに口角を上げていた。どうやら私が想像していたようなことを思ったわけではなさそうだ。 そのことに思わずホッと息が漏れた。 「けどここから女子寮に戻るのはどうするんだ?」 新開くんが疑問に思うのも当然のことだろう。男子寮から女子寮へと続く道はない。 簡単に行き来が出来れば何か問題が起きてしまうと考えたのだろう。それとも、問題が起きてもこういう対策を取っていたという口実が欲しかったのかもしれないが。 二つの寮の間には高いフェンスがあり、フェンスの上には有刺鉄線が引かれているのだ。 ここはどこの危険区域? って感じだけど、そんな原始的な方法で二つの寮は離されているのだ。 いくら運動神経が良くてフェンスを越えることが出来る人がいても、有刺鉄線はどうにも出来ないだろう。もちろん、私だって有刺鉄線をどうにか出来るわけはない。 「フェンスに穴が開いてるから。そこから」 「え、どこに?」 新開が目を丸くして驚いたリアクションを返してきたので、私は少し得意げな気分で抜け道の場所まで連れて行ってあげた。 二つの寮の間にはフェンスがあるのはもちろんだけど、木なんかも植えられている。 どうにかして接触させたくないという目論見をもってのことなのか、ただただこれを指示した人が自然を愛していたのか知らないが いくつも木が植えられているので、普段はフェンスがあるということもあまり気にならないのだ。 だけど、それが逆に仇となってフェンスは木に隠されてしまっている。 フェンスの切れ目...つまり一番端まで新開くんを連れて来た私がしゃがめば、それに倣うようにして新開くんもしゃがんだ。 そうすれば自ずと人一人が屈んで行き来できるくらいの大きさの穴が見えた。 「知らなかったな」 「多分他に知ってる人いないと思う」 「すごいな、さん」 尊敬するような目で見られれば私はついつい気分が良くなってしまった。 「あ、男子寮のフェンスにも穴が開いてるところがあってね」 そこから出入りしているということを言えば、新開くんはまたしても関心したように「へえ」と一言呟いた。 この場所を利用しているのはきっと私だけだと思うので、新開くんのその反応にも納得だ。 もしかしたら今まで利用していた人がいたかもしれないが、今では雑草が生えまくっているので、利用者が少ないことが窺い知れる。 「よく抜け出してんのか?」 新開くんが興味深そうに尋ねてきたので、私は一瞬答えるの躊躇しながらも素直に頷いた。 実際に抜け出しているところを見られているわけだし、手馴れている感じも私の話から想像できただろう。 今更誤魔化してもわざとらしいだけだ。 「へえ、寮を抜け出したのがバレたらそれなりの罰則があるのに。どうして」 寮の規則では基本的に夜の出歩きは禁止されている。その規則を破れば罰則があるのは当然だ。抜け出した理由にもよるけど... 例えば彼氏に会いに行くために寮を抜け出した先輩は罰則として掃除や皿洗いなんてことに加えて、 授業が終わればすぐに部屋に戻ることを強制されたりということを何ヶ月か続けさせられていた。 地味だけどあまり自分の時間を持てないのでダメージは大きい。そんな危険を冒してまで何故、ということなのだろう。 「さんって...オレの勝手なイメージだけど、こういうことするように思えなかったからさ」 気を悪くしたらすまない。と付け加えられた言葉に、批難するつもりではないのだということがわかった。 ただの興味や好奇心なんかの類なのだろう。だからこそ私も気軽に答えることにした。 「楽しいからかな」 「楽しい?」 「うん、誰にも見つからずにやり遂げることが楽しいっていうか...こう、勉強ばっかりしてたらいろいろと溜まってくるから そのストレスを発散するというか...」 気軽に答えることにはしたものの、いざ口にしてみるといまいち新開くんが納得してくれる言葉には思えずにしどろもどろな感じの答えになってしまった。 別に新開くんにこの行動を肯定してもらいたいわけではないのだけど、危険を冒してまですることなのかと言われれば自分でも絶対の自信を持って頷くことができない。 一時の感情によって動いていると思われてもしょうがないかもしれない。だからといって、改めようとは思わないのだけど。 新開くんに見つかってしまったが、私は次も寮を抜け出す。ただ次からはより警戒するだけのことだ。 「楽しい、か」 「そうそう...じゃ、そろそろ私戻るね」 少しばかり居心地の悪さを覚えたので、これ以上ここに居る理由もないので去ることにした。 それに今日の戦利品を食べたい。ここに帰って来るまでに猫に会ってちょっと遊んでしまったので、冷えていた杏仁豆腐は多分ぬるくなってしまっているので一度冷蔵庫で冷やす必要があるけど。 最初は新開くんに目撃されたことに焦ったものの、どうにかなりそうな雰囲気に意識は既に杏仁豆腐にむいていてる。 だけど一つだけ了承してもらわないといけないことがある。 何か考えているように顎辺りを触っている新開くんは、今更だけど仄かな月明かりの下でもかっこいいことに気づいた。 「あの、一つだけお願いがあるんだけど」 「ん?」 「このことは誰にも言わないでもらいたいんだけど...」 「あぁ、もちろん。誰にも言うつもりはないぜ」 さんの楽しみだもんな。と柔らかく笑う新開くんの言葉にホッと息をついた。 そんでもって、いやー、やっぱり新開くんかっこいいわ。としみじみと思った。皆が騒いでいる理由も納得できた。 今日のことを話せば、友達にきっと羨ましがられることだろうと少し優越感を感じながら、今度こそこの場を去ろうとした。 が、手首を掴まれてそれは叶わなかった。反射的に振り返れば当然そこには新開くんが何やら楽しそうな顔をしながらいた。 「なあ、次抜け出すときオレも行きたい」 「...え?!」 思ってもいなかった言葉に私が目を丸くすれば、にっこりと絵に描いたような百点の笑顔で新開くんが言った。 「さんだけ楽しんでずるいだろ」
今宵、あそこで待ち合わせ
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