<十> 「ねぇねぇ、鍛刀してみようかな」 「...好きにすればいいんじゃないか」 初期刀である山姥切へと声をかければ、素っ気無い返事が返って来た。 その隣に居た乱ちゃんへと同じように声をかければ「いいんじゃないかな」と笑みと共に返って来る。 両者全くと言ってもいいほど正反対の表情を浮かべていたものの、返事については私が望んだものだったので(山姥切は投げやりな感じだったけど、まぁ賛成だということにしておく) 気兼ねなく鍛刀をすることが出来る。 既に一度は経験済みなので、復習をするつもりで二人を伴って鍛刀部屋へと足を運んだ。 「二人だけじゃそろそろしんどくなってくる頃だしね」 投げやりではあったものの一度は了承したというのに先ほどから山姥切は「やはり俺が写しだから飽きたのだな...」と呟いている。 それをフォローするように乱ちゃんが背中をばしばし叩いているのを横目にしながら、出来るだけ賑やかな人に来てほしいと願った。 乱ちゃんと二人で馬鹿みたいに笑ってても山姥切はあまり笑ってくれないので数で推す作戦だ。 明るい人として咄嗟に頭に浮かんだのは鶴丸さんだった。 あの先輩の本丸だけではなく、基本的に鶴丸さんは明るい人らしいので来てくれたら嬉しい。 そう思いながら資材を適当に放り込む。後ろから「そんなに適当で大丈夫?」という乱ちゃんの声が聞こえたが大丈夫でしょ〜と返す。 そうして資材を入れ終わったところでパッと時間が表示された。 その数字は乱ちゃんを呼び出したときよりも随分と長い。 「おおっ! この時間ですと太刀の可能性が高いですね!」 「うお、こんのすけ」 いつの間にやってきたのか後ろに居たこんのすけが興奮したように高い声を上げたので、三人揃って肩がびくりと揺れた。 それに構わずというか気づいていないのかこんのすけが続ける。 「太刀が手に入ればよいですね!」 「...そうだね。太刀なら戦力になるよね!」 言われて見れば戦力的には太刀が入ってくれれば助かると思い、二人に同意を求めて話しかければ二人とも頷いて返してくれる。 「一兄だといいな〜!」 「お兄ちゃんの一期一振?」 「そうっ!」 弾んだ声で力強く頷く乱ちゃんに、そうかそうか、かわいいな。と微笑ましい気持ちで頷いて返す。 やっぱり兄妹には来て欲しいものだよね、と思いながら山姥切へと視線を向ければ警戒したように布にその身を隠そうとしている。 別に変なことをしようともしてないのに失礼だな。 「山姥切は? やっぱり山伏国広?」 「なっ、別に俺は...誰が来ても...」 いつも被っている小汚い布をぐいっと引っ張りいつも以上に顔を深く隠してしまった山姥切のその反応も、今なら照れているのを隠しているのだとわかる。 乱ちゃんと二人で目を合わせて笑っていると、それを遮るようにこんのすけが無粋な言葉を発した。 「残念ながら一期一振ではありません。山伏国広の可能性はありますが」 「...そうなの?」 明らかにテンションが落ちてしまった乱ちゃんと気まずげな山姥切に部屋の空気が一瞬で重くなった。 何余計なこと言ってくれてんだ! って気持ちを込めてこんのすけに視線を送れば、少しまずいことを言ってしまったと思ったらしく慌てたように声を上げた。 「このまま三時間お待ちになるのですか? それとも手伝い札をお使いに...?」 このままの状態で三時間待っているとか正直いや過ぎるので、大人しく手伝い札を使うことにした。 一期一振が来る可能性はなくなったものの、早くも立ち直り誰が来るのかわくわくした様子で目を輝かせる乱ちゃんと山姥切の視線を受けながら手伝い札を使った。 その瞬間パッと部屋の中がまばゆい光で満たされる。 思わず目を瞑ってその光をやり過ごしてから薄く目を開けば、その先に見覚えのある姿を見つけた。 とはいっても、審神者としての初歩的な知識として刀剣のことについては学んでいるので、私にとってはほとんどが見覚えのある姿だ。 だけどその中でも一際見覚えがあり、私の頭に強く残っていた姿だった。 髪や服など、全体的に黒い中で鮮烈な印象を与える金色の瞳が瞼を持ち上げられることによってゆっくりと姿を現した。 そうして目が合ったところで端正な形をした唇が弧を描き、頬がじんわりと赤へと染まっていく。 「やっと会えた」 心底嬉しそうな表情を浮かべる燭台切さんに私はただただ口をぱくぱくさせるだけで声が出なかった。 初めて会ったにしては親しい口ぶり。そして、その言葉が彼とは初対面ではないことを示していた。 何よりもこの燭台切さんとは“以前に会ったことがある”という、あるはずのない確信を覚える。 「...この日を待ち望んでたよ」 私の戸惑いを意に介していない様子で距離が詰められる。 そうすると微笑みを浮かべていた顔が何かに気づいたようにパッと驚いたように変化して、先ほどよりも深く笑んだ。 「ちゃんと約束どおり、持っててくれたんだね」 何のことを言っているのか一瞬わからず、怪訝な表情を返せば胸元を指差された。そこでやっと彼が何を言っているのかがわかった。 あの日燭台切さんから貰ったお守りは、肌身離さず持っていて欲しいといっていた彼の言葉通り、紐で繋いで首からぶら下げていた。 神様から貰ったお守りだからご利益がありそうだと思ったのと、何よりも手作りで私のためにと作ってくれたことが嬉しかったからだ。 「えっ」 このお守りの存在を知っている。それが”あるはずのない確信”が間違いではないということの答えだった。 だからと言って「けれど」「何で」という疑問が消えるわけもない。 ただこの状況に頭の理解が追いつかない。 どういうことなのだ、と後ろに居る三人に助けを求める視線を向ければ、突然両手を握られて視線が引き戻される。 皮の手袋の感触があの日の夜を思い起こさせた。 「これで僕は君のものだね」 |