凛に連れられてきたのは彼女の家でも喫茶店でもましてやファミレスなんかでもなかった。

「何でうちに? いや、別に来てほしくないとかじゃないんだが純粋な疑問としてだな...」
「衛宮くんちに行けばおいしいものを食べさせてもらえて相談にも乗ってもらえると聞いて」
「誰に聞いたその情報!? まさか...遠坂?!」
「(無視)それで? ランサーに告白したの?」

衛宮くんは突然そこまで親しいわけでもない情けない顔をした同級生を凛が連れてやってきても快く迎え入れてくれた。 何でうちに? と尋ねながらもてきぱきとお茶請けの用意をしてくれたので、私の前には湯飲みが置かれている。
それに「ありがとう」とお礼を言って手に取るも早速口火を切った凛の言葉にびくりと肩が跳ね、飲む気が失せてしまった。 瞬間、胸が締め付けられるのを感じつつも、そこには気づかないふりをする。

「...まさかふられるとは思ってなかったから」
「...ちょっと、珍しくえらく自信満々じゃない」

凛は私の言葉に驚いたように目を丸くしながらも、すぐにその口元に笑みを浮かべた。
その表情からも私の発言を好意的に捕らえてくれているらしいと察することが出来る。
だけどフられた今となってはそれはただの勘違いも甚だしい自惚れであったことが証明されてしまったので恥ずかしい。 穴があったら入りたいどころの話ではない。手っ取り早く海とか川とかに飛び込んで沈みたい...。

「そういうわけじゃないんだけど...ランサーさんって誰にでも声かけてるから私でもいいんじゃないかなって思って」
「ポジティブなんだかネガティブなんだかわかんねえな...」
「ほんとよ」

そう言った二人は微妙な表情をしている。確かに自分でもポジティブなんだかネガティブなんだかわかんないな、とは思っていた。 だけど、そう考えられたからこそこうして行動に移すことができたので、私としてはネガティブよりはポジティブだと思っている。 例え大きく膨れた自惚れと勘違いのおかげだとしても...。
自分から告白するなんてとてつもない勇気が必要なもの、よく出来たと思う。その点に関しては褒められてもいいような気がする。 まぁ、結局はその勇気が報われることはなかったのだけど...。
こうなると勇気の使いどころを間違えたような気さえしてくる。もっと何と言うか、不良に絡まれている女の子を助けるために行動を起こすときとかに使ったほうが良かった。 (生憎今まで生きてきてその場面はテレビ画面の中でしか見たことが無いけど。)

「そんなことないわよ! 馬鹿言わないで」
「そうだぞ、無駄なんてことがあるわけ無いだろ」

凛は怒って、衛宮くんの声も少し怒気を孕んでいるような気がして”そうか、私の勇気は無駄ではなかったのだ”と思えた。 そのときになってようやく手の上にぽとりと涙が落ちた。
そこからは衛宮くんが作ってくれたご飯を五人で食べた。先ほどまで黙って話を聞いていたセイバーさんが断腸の思いって感じでわけてくれたお肉の少し多い衛宮くん特製の酢豚に舌鼓を打ち、 アーチャーさんが作ってくれた中華スープにデザートのゴマ団子と杏仁豆腐、全てをおいしくいただいた。 どれもおいしくて失恋したばかりだというのにぺろりと食べてしまった。
普通失恋したら食べ物が喉を通らないとかありそうなものなのに私はそういうタイプではなかったらしい。 図太いなぁ、と自分でも関心する。
夕飯をご馳走になって後片付けを終えた頃には(私はお客だからと言う理由で手伝いを断られて食器を流しに運んだだけだったけど)すっかり時計の針は進んでしまっていた。

「ねぇ、アーチャー」
「わかっている。送って行こう」
「え、いいです! そんな!」

ここまで至れり尽くせりにもてなしてもらった上に家まで送ってもらうなんて出来ないと慌てて断るも、それを断られてしまった。 凛と衛宮くん、セイバーさんに今日のお礼を改めて口にしてからすっかり暗くなった風景の中に足を進めた。
少し怖い印象があったアーチャーさんだけど実は全然そんなことのない優しい人だった。
学校からそのままランサーさんに会いに行って傷心のままお邪魔したので制服のままだったが、まだ補導されるような時間でもない。 アーチャーさんの歩みは私に合わせてくれているのだろう。長い足に不釣合いなほどゆっくりだった。
静まり返った冬の夜の道というのは、何か言い知れない不安を感じさせる。空気が澄んでいて、けれど冷たいそれは体温を奪うだけではなく、高揚した気持ちも萎ませる何かを持っていると思う。 だけど今は隣にアーチャーさんがいるからか、少しだけ安心して歩くことが出来た。
会話は無いが居心地が悪いとは感じない。みんながみんなとても優しい。

「これを使うといい」

落ち着いた低い声と共に差し出されたのはハンカチだった。飾り気の無い水色のハンカチ。
几帳面に畳まれているそれは清潔感が漂っている。同時に私が汚してしまうのは申し訳なくて受け取れない。

「あ、いえ、大丈夫です...」

目から溢れてしまった涙は人差し指で払う。これで十分だと私は思ったのだが、アーチャーさんはそうは思わなかったらしく 「遠慮しなくても良い」と言いながらハンカチを再び差し出された。
また断るというのも失礼にあたると思い、少し迷ってからお礼を言いつつ貸してもらうことにした。 目の下にハンカチを押し付ければ、ふわりと洗剤の匂いがした。
不思議なことにハンカチを押し当てるとより涙が次々と目から溢れてきてしまう。今すぐにでも止めないと迷惑をかけるというのに...。 スンと鼻をすすると嫌なほど音が響く。

「我慢することはない」
「すいません...」
「謝る必要もない」

優しい声にますます恐縮してしまう。アーチャーさんと話をしたのは今日が初めてと言ってもいいのに...間違いなく私の印象は悪いと思う。 失恋したとか言って同級生の男の子のうちを訪ねてたらふくご飯を食い荒らしてから家まで送ってもらっているときに急に泣き出すなんて面倒くさいし常識が無いと我ながら思う。
早く涙を止めようと目に気合いを入れていると、そっと背中に手が触れたのを感じた。「少し歩けるかね?」と尋ねられたのでハンカチから目を覗かせながら頷いた。 アーチャーさんとは多分目が合った。月明かりの心もとない光の中では確信することができないが「フッ」と笑う音が聞こえたので、笑っていたのだと思う。 背中をやんわり押され、導かれるままに足を動かしているとアーチャーさんが唐突に足を止めた。
背中に触れていた手に力が入ったのが伝わってきた。それがどういう意味なのか考える暇もなく、静かな空気を裂くように声が響いた。

「テメェ...弓兵、こいつになにしやがった!!!!」
「え?!」

思わずその場で飛び跳ねるほど驚いた。いつの間にそこに居たのか、ランサーさんが少し距離を置いたところに居たのだ。 さっきまでは私とアーチャーさんの二人しか居なかったはずなのに本当にいつの間に......そんな疑問はランサーさんの表情を認めて消えてしまった。 はっきりと怒りの表情を浮かべているランサーさんを見るのは初めてだった。
思わず怯んでしまうくらいに怖い。けどアーチャーさんは特に怖いと感じることもないのか、「フンッ」と鼻で笑うのが聞こえた。 煽っているような反応に、隣に立っているアーチャーさんを見上げれば呆れたように眉根を寄せていた。

「...見当違いも甚だしい」
「アァッ...?!」
「ち、違うんですよランサーさん! アーチャーさんは私を送ってくれてただけです!!」

一触即発な雰囲気へと発展していくのを感じて慌てて入り込んだ。
二人分の視線を感じれば怯みそうになるが、お腹に力を入れてその場で踏みとどまった。 にこっと出来るだけ口を笑顔の形にしたものの、多分引きつりまくっている。

「彼女の言うとおりだ」

ため息のようなものが聞こえたと思うと、アーチャーさんが私の言葉を後押ししてくれたのでそれ以上追求することはやめてくれたらしい。 ランサーさんはそれでも少しだけ疑わしそうな表情を浮かべながらこちらに近づいてきた。
ちらりと視線が向けられたのはアーチャーさんに貸してもらった青いハンカチ。 別に何もやましいことがあるわけでもない、ましてや私は数時間前にフラれた身だ。だけど何だかいけないことをしていたみたいな肩身の狭さみたいなものを感じる。

「じゃあ何で泣いてた」

赤い目がハンカチから私へと移動した。見たことが無いくらい赤い瞳はとてもきれいで、初めてランサーさんと会ったときに私はその目に釘付けになった。 その目に見つめられるだけで心臓がばくばくと激しく動いて、顔にも熱が上ってしまう。
だけど今はそういう反応を体はしなかった。変わりに何かに刺された様な痛みを胸が訴えてくる。
ランサーさんがそれを意図していないとはわかっていながらも、その言葉は私の心を裂くには十分のものだった。

「別に、なんでもないです...」

他に答えるべき言葉が見つからなかった私の返答は小さかった。

「なんもねぇわけ、」
「特に用があるというわけでもなさそうだな、私たちは行くとしよう」
「あぁ?!」

アーチャーさんに優しく背中を押され、私も抗うことをしなかった。

「...ランサーさんそれじゃあまた」

口角を上げながら手を振った。少し驚いたようなランサーさんを残して、私とアーチャーさんは歩いた。 目から溢れてしまう前にハンカチで拭うと、やっぱり洗剤の匂いがした。





美しく飾れない



(20170407)