顔の造形が整っていれば、それはその人にとって大きな武器になる、ということは私が年齢を重ねることによって得た知識の 一つだ。所謂イケメンというだけでちやほやされるなんてそんなことが許されるのだろうか? 私はそんな謎の反骨精神の元に、自分だけはイケメンには惚れるわけにはいかない...甘い態度を取ってはいけない...!!と強い意志で自らに言い聞かせてきた。 「だから私は荒北の味方だよ」 「...ハァッ?!」 荒北は、それはそれは不満ありげな表情を隠すこともせずに元ヤン丸出しの柄の悪い相槌(?)を返してくる。 以前の私ならこれにびくついていたところだけど、今ではそんなこともなくなってしまった。 それほど荒北とも仲良くなったってことだね。素晴らしい...! 「素晴らしかねェよ、可愛げがなくなったってことだろォ?」 いつものように歯茎をむき出しにして喋る荒北は面白くなさそうに雑誌を捲っていたかと思えば、最後につけたしたいらない一文に関しては笑っていた。 「可愛げしかないけど」と大真面目な顔で返せば「お前すげぇよな」と感心しているようなそれでいて呆れてもいるように返されたので、腕を組んで深く頷いておいた。「まぁね」と。 少し早くHRを終えたので、荒北と一緒に部室へとやってくるも予想通り部屋の中はがらんとしていた。 普段なら仕事を始めているところだけど、今日はミーティングの日なのでそうもいかない。 選手が揃っているのにマネージャーの私の所為で遅れるなんてことはあってはならない。なので、私は年季の入ったパイプ椅子に 座ってこうして荒北と雑談をしているのだ。 議題はイケメンについて。 「この17年間イケメンに対する免疫を身につける修行をしてきたからね」 「17年何してンだよ」 「辛く苦しい修行だった...」 雑誌から顔を上げた荒北は口端を吊り上げていたので、私と話をするのは暇つぶしとして受け入れてくれるようだ。 まあ、荒北が聞いてなかろうが勝手に喋るんだけども。 「東堂と新開のおかげでもあるかもしれない」 「アァ?」 「イケメンに対する免疫を身につけることが出来たのは」 二人は自転車競技部のエースにして、この箱根学園の有名人だ。 一人はアイドルのような人気を獲得しているし、新開だって人気が高くてファンクラブまで存在しているのだからその人気が伺える。 そんな二人と接しているということで、私も何度かファンの子に突撃されたことがある。 曰く、新開くんのことが好きなんじゃないの?とか、東堂くんのこと本当は好きだって思ってるくせに! だとかだ。 私はそんなとき決まって心の底から「NO!!」と答えるのだけど、たいていの子は疑いのまなざしを変えてくれることは無い。 二人がかっこいいということも、中身が決して悪くないということもわかっているけれど今のところ恋愛的な感情を抱いたことはない。 だからこそこの部室にだって堂々と出入りできる。一応ノックをして入るものの、着替えの途中だったりすることもある。 だけどそんなときにノリのいい部員は時々「キャッ」とか言いながら胸を隠したりする。この場合は新開。(ただし新開は「大胆だな」とか言う。) 気分が乗れば新開のまねをして「ヒュウ」とか「今日はついてるぜ!」とか言うこともある。気分が乗ればだけど。 東堂は「女子が男だらけの部室に堂々と入るな」とかなんとかごちゃごちゃ言ってくるので「はーい」と良い返事をしておく。 だけど最近は返事だけが良いということに気づいたらしく、「お前は返事だけだな...」と呆れたようにいわれた。 「だけどねぇ、まだ16,7の小娘どもにはわからんのだよ。大事なのは何かって...」 荒北は訝しげな表情を隠そうともせず、いつの間にやら雑誌から顔を上げてこちらを見ていた。 どうやら荒北の興味を惹くことが出来なかった雑誌は、誰かが置いていったものらしくベンチの上にあったものだ。 「...何がいいたいワケ?」 「別に何でもない」 そう答えたものの、明らかに荒北は納得していないようだった。 この会話に真意があることを見抜いたらしい。荒北は馬鹿じゃない、どころかこういうことには聡い。 「遅いね」 「まだチャイムも鳴ってないしな」 「...」 「...」 「ポテト食べたい」 「俺はから揚げ」 「好きだねー」 「まァな」 「...」 「...」 「...遅いね」 「別に気にしてねェから」 「...なにが?」 「あ? さっきの話し」 咄嗟にとぼけても荒北を誤魔化せないのだと視線が返って来て悟った。 荒北の顔についてクラスの女子達があれやこれや言っているのを聞いてしまって、私は口出しをすることが出来なかった。 つまり、彼女達が冗談交じりに内輪だけで話していることに入ることが出来なかったのだ。 だけどマネージャーとして友人として荒北を知っている身としては、いろいろと思うところがあった。 元ヤンで口が悪いし、態度が悪いこともあるけれど本当はいい奴だってことを知っている。個人的には顔だって悪くないと思う。 すらっと伸びた手足や、一見すると細い体はしっかりと筋肉があってかっこいいし、何よりロードを一所懸命走らせる姿はとてつもなくかっこいいのだ。 行き場のない怒りは、寝ていると思った荒北が起きていることに気づいて急激に冷めた。 机にぺたりと顔をくっつけながら一瞬目が合った荒北は、彼女達の言葉を耳にしながらもなんとも思っていないような顔をしていた。 何とも思ってなさそうだったけど、そんなわけはないはずだ。彼女達は悪意無く冗談として話していたかもしれないけど、 話の的にされている人も同じ気持ちでいれるわけが無い。ましてや良い話とは言えないのだから。 この話はここで終わりだとでも言うように荒北は携帯を弄り始めたけど、私はここで終わらせるつもりはない。 「荒北はさっ!」 「...なにィ? 声でけーンだけど」 「...かっこいい! とっ、思うよ!」 「......ハァ?」 意を決して口にした言葉を荒北は目を剥くという反応からも、自分がとんでもないことを口にしたような気がしたがここで止めることは出来ない。 一度口にしてしまったのだからこの勢いのまま言いたいことは言ってしまおう。 彼女達の言葉なんか忘れるぐらいの衝撃を与えてしまえばいいのだ。うん、と一人決意して力をこめて頷けば、「なぁに一人で納得してンだよ!」という言葉が飛んできたが、 その声は心なしいつもよりも力がないように感じる。 「ロード乗ってるときとか!」 「...」 「めっちゃかっこいい!」 「...ハァ?」 「個人的には! 顔もかっこいいと思う!」 「...」 「...」 「...」 「以上!」 恥ずかしさを押し殺して全てを言い切った私の心臓は100メートル走したみたいにバクバクと激しく運動していたし、顔はみっともないくらい真っ赤になっている自信がある。 いつの間にかピンと伸びた背筋をゆっくりと曲げて小さく息を吐く。荒北に衝撃を与えるためには、私もまた衝撃を受けなくてはいけないということを今知った。 「...馬鹿じゃねェの」 多分私と負けず劣らず真っ赤になっている顔の荒北が顔を隠すかのように背中を丸めてくしゃりと前髪を握る姿を確認して、 私は自分が目標を達成することが出来たようだと少しだけ嬉しく思った。 けど思いがけない人たちにまで聞かれていたことを知り、嬉しいなんて感情は消えて恥ずかしさのあまり爆発しそうになった。 「何をしている新開、東堂」 「しー!! 中に聞こえちゃまずい! 寿一...!」 「隼人こそ声を抑えろ!!」 「お前こそきこえてンぞ東堂!!!!!!!」 「......消えたい」
しってるよ
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