夏休みに入ってから早一週間がたとうとしているが、私は家から出ていない。 学校という義務が無いとなれば誰がこのクソ暑い中に出て行くって言うんだ! ....というのは家族への建前だ。 一週間しかまだ夏休みは経過していないというのに、早くも夏休みの課題を確認したらしい友人からの愚痴で溢れた画面に私は “まじで”“大変“などなど...それはそれは丁寧に返信をしたというのに友人はそれが素っ気無すぎるんだけど!何かあった?なんて 察してくれるのだから私と彼女の付き合いも結構なものになっているのだろうと思う。 自分でもこの返事は淡白すぎるとは思っていた。だっていつもだったら絶対に一緒になって課題を出した先生の悪口を言い合っているところだからだ。 つまり今はそれをする気力もないということだ。 “ていうか何してるの?” ざっくばらんな言葉は受け取り方が何通りかあるが、この場合には「夏休みに入ったけど何してる?」ということで間違いはないと思う。 なので私の返事は決まっていた。 “祈ってる” なに、変な宗教にでも入ってないよね? そんな返事が友人から来たがそれはもちろん違う。私が祈っていたのは、この間の出来事がなかったことになりますように...!! と言う感じのものだからだ。簡単に言えばこれが現実逃避と言うやつと言うこともわかっているけど、現実から逃げたくなるようなことを私は仕出かしてしまったのだ。 . . . 鉢屋三郎は同級生で友達で......まぁそんなところの関係の男の子だ。 夏休みに入る前の浮かれきった空気の中、私も例に漏れずそうだった。そんな浮かれた気持ちを一気に壊したのが三郎だった。 夏休みに入ったらなにをしようかな〜? なんて楽しい予定を立てていたところにあの日三郎はやってきたのだ。 選択授業で教室を移動をしたものの夏休み直前となっては授業を進めるのも中途半端と言うことで、自習という名の自由時間が与えられた私は窓枠に肘を置きながらぼんやりと外を眺めていた。 指定された座席に腰を落ち着けていた私の前の席にどかりと座った拍子にぎぎと床と椅子がこすれる音が響いた。 だけどそんな音は些細なもので、今や先生も職員室へと引っ込んだ今教室の中は好き勝手している人たちがほとんどなので話し声やスマホから流れる音楽で溢れていた。 見るともなしに眺めていた校庭から視線を移動させれば三郎が椅子に横座りしていた。本来背もたれの役目を果たす場所に腕を置いているので背中は窓にくっついている。 窓と背中の間にはお世辞にも趣味がいいとは言えない黄緑色のカーテンが挟まれている。 「よお」 「よお」 眠そうとも違う少し気だるげな三郎からの流し目と共にかけられた言葉に答える。 見るからに夏が苦手そうなのでこの部屋の温度にやられているのだろう。私だってものすごく暑いし。 わざわざ前の席へと移動してきたくせに何も話しだす様子が無いのでしょうがなく私は当たり障りのない言葉を選んで口にしてみた。 「もうすぐ夏休みだね」 「やっとだな。というかもう夏休みでもいいよな」 そういった三郎が教室の中へと視線を移したのでつられてそちらを見てみると、思い思いに過ごしているクラスの人たちが見えた。 学年の中からこの授業を選択している寄せ集めのクラスには三郎以外の親しい友人はいない。 確かにやることが無いのなら早いところ夏休みにしてくれたらいいのにという意見には同感なので三郎の言葉に頷く。 そこで会話は途切れた。...ので、私は少しだけ 「そういえば昨日は何だったの?」 そう。ホントはこれが聞きたかった。 昨日から実はとてつもなく気になっていたのだけどそれを聞くのもおかしいな気がして話題にすることさえも憚られ、結局今の今まで知らない振りをしてきたのだ。 だけどそれを最後まで突き通して耐えることは私には出来なかった。 三郎はちらりとこちらに視線を寄越してからまた教室内へと視線を戻した。 え、なに。 そんな意味ありげな反応をされると途端に嫌な予感を覚える。 緊張した表情のかわいらしい女の子が「あの、話があるんです」なんてことを言ってたんだから私だって馬鹿じゃないし、 それどころか結構勘も鋭いからその話が何なのか察しがついてしまった。 だけど同時にいくつかの可能性についても思いついてしまった。 もしかしたら何か落し物を届けに来たとか...生き別れの兄妹説まで考えた。それの所為もあって今日は少し寝不足だったりする。 謎のたっぷりの間を取ってから三郎は唐突に口を開いた。 「告白された」 「こっ...! ...ほお...そうなんだ?」 想像していたはずだというのに咄嗟に出た声は裏返ってしまったのでこの暑さとは違う意味で手の平に汗が吹き出た。 あからさまな動揺をしないように自分に言い聞かせていたというのにやっぱり思う通りには出来なかった。 だけどすぐに立て直すことが出来たはず。三郎は私の動揺にも気づいていないはず! というのはちょっと楽観的過ぎるので、 特に不審には思われていないはずだと思うことにした。 ちらりとこちらに視線を寄越した三郎は相変わらず気だるげな雰囲気だ。 そして私が知りたいのはここからだ。 可愛い後輩に告白されて...それで?! それでその後は?! 「...」 「...」 ...えっ? 続きはっ?!?!?! 続きが知りたい私の気持ちを知ってか知らずか、三郎はそれ以上を口にしようとせずにぼんやりと教室の中を眺めている。 教室に視線はあるものの心ここにあらずという感じに私の胸の中の不安が大きく膨らんでいくのを感じる。 もしかして告白を受けたということだろうか。だから心ここにあらずであの子のことでも考えているのだろうか...。 頭の中はあの子と過ごすサマーバケーションのことでいっぱいということ...?! 絶望的な憶測に私のHPはがりがりと削られていく。さっきまで暑すぎるほど暑かったというのに今はそれもあまり感じない。 この状況に耐え切れず、私は結局重い口を開いた。 「...えーと、それで?」 三郎の答えがこわいのに知りたくてたまらない。 心霊番組とかみたいな感じかもしれない。恐いのに見たい。だけど今は恐い番組を見ているときよりも心臓がばくばくしているかもしれない。 「それで?」 緊張MAXな私とは反対にこちらを振り向いた三郎は相変わらずリラックスしているというかだるそうというか...何だか腹が立ってくる。 さっさと答えろ!! と胸倉を掴んでやりたい気分だ。 「うん。告白されてそれで?」 わざと焦らしてるんじゃないだろうな? なんてことを思っていたので少しイラついた口調になってしまった。 三郎はそのことに気づいていないみたいに態度が変わらない。もしかしたら気づいているかもしれないけどどうでもいいと思っているのかもしれない。 はたまた放っておいた方がいいと思っているか。まぁそんな三郎の心中までは読むことは出来ない。 それよりも何よりも私が知りたいのは答えだ。 「あー」低く響いた三郎の声を私はこの喧騒の中でもきっちりと拾い上げた。 そうしてまたしても焦らすかのように視線を教室内に戻してから口元ににやりと笑みを浮かべる。 「すごいスキだって、俺のこと」 「...え?」 「だから好きなんだって」 にやにや笑っている三郎にイライラが募ってくる。つまりあの可愛い女の子にすごい好きだと告白されて三郎は思いだしてにやにやしちゃうくらい嬉しかったとそういうことだ。 「...へー」 私の心情を表すかのように声は低かった。三郎のにやにや笑いなんて見慣れているはずなのに今はとんでもなく腹がたってしょうがない。 これが完全なる八つ当たりであることは自覚している。だけどどうにも胸の奥底から湧き上がってくるいらつきを抑えることはできない。 蝉だってうるさいし、暑さは尋常じゃないし。だからだと思う。私はいつもよりも理性がなくなっていた。なんていっても暑さと蝉のうるさにやられているところで三郎の発言とこの顔だ。 その次の瞬間私は普段は頑丈な箱の中に閉まってあるはずの言葉を口にしていた。頑丈だと思っていたのに案外簡単だった。 「私の方が好きだけどね」 . . . 「ああぁぁ.......」 思いだしてダメージを食らうという自虐行為を行うことあれから何回なのかはわからないけど確実に両手両足の指の数では足りないと思う。 悶えるほどのダメージに私は床の上を転げ回った。 何張りあってんの?! と、日も経って空調の効いた部屋に居る今なら冷静な頭でつっこむことができる。 あんなどさくさにまぎれてつい口からぽろっと零すみたいに、それも半ば切れながら告白とか...間違いなく失敗だ。 ついでに言うなら告白するつもりだってなかった。友人という関係は居心地がいい。それを失うかもしれないリスクを背負ってまで告白をするというのは私の頭にはなかったのだ。 それなのに...いや、待って。...告白? よく考えたらもしかして告白じゃなくない? だって好きって言うのは人柄的に?人類的に?そういう意味に取れなくもないんじゃないだろうか。 つまり「私の方が(人としてあの子よりも三郎のこと)が好きだけどね」っていう意味。そう取れなくもない!! 三郎は無駄に頭がいいからその意味を深読みしてくれているはず!!! あいつ俺のこと人としてそんなに好きだったのか〜みたいな!! この説有力じゃない?! そう思いついた私は俄然元気を取り戻して勢いよく立ち上がってテレビを見てみることにした。 この勢いに乗って課題でもやってみよう。と、前向きになったのは一瞬だった。 次の瞬間に思い出したのは私のキレながらの告白にこれ以上ないってくらい目を見開いて、ぽかんと口を開けている顔だ。 いつもは驚かせる側にいることが多い三郎のそんな顔は珍しかったので私は本当に一瞬だけ謎の勝利感を味わった。 だけどそんな気持ちは一瞬で砕け散った。 そんなに驚くってことは私が三郎のことを好きだなんて思ってもないということだろう。 あの日からどうしても後ろ向きに働く思考に抗うことは出来ず、結局私はあの日のことをなかったことにしてください、(または三郎の記憶があのときだけ消えるとか)と祈った。 憂鬱サマーバケーション
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