「足掻いてバタ足」の続きです。




「実は黄瀬くんと付き合うことに成り行きでなって...」

気まずさマックスの告白は会話の一瞬の隙をついて言ってみた。
まるで教会に懺悔に来たときのような気持ちでの告白だったけど、相手は神父さんではないので「それはよかったですねぇ」なんて優しく祝福してくれるわけはなかった。紙パックのジュースに挿してあるストローから口を放し、目をこれでもかとかっぴらいて強烈な視線に刺される。 もう一人に至っては食べていたお菓子が変なところに入り込んだのか咳き込み始めた。

「...はぁっ?! いつの間に!!!!」

”いつの間に”その問いに言葉が詰まった。何故なら当人であるはずの私も一緒になって「いつの間にそんなことになってんの?!」って驚きたいところだし。
ホント、どうなってこうなったの? ...いや、全部知ってるけど。私が失恋して行き場の無くなったチョコを黄瀬くんに渡したからだけど。始まりからして私の最悪さが浮き彫りになる。
私っていつの間にこんなに最低な女になったの?! 今まで彼氏が出来たことなんて無いのにこんなことが出来たなんて驚きしかない。 そういう才能があったのかもしれない。つまり、最低な女と呼ばれるべく授かった才能。 自分が他の誰かよりも秀でた何かの才能があると感じたことは無かったけど、こういう最低な形で私は自分の才能を開花させてしまったのかもしれない。
......それってサイコー。
だけど最低な女と呼ばれる覚悟が無いこれまた最低な私は言葉を濁すことしか出来なかった。

「......いつの間にか...?」

友人の顔を見れず、自然と視線を反らしていた。
唇を笑みの形に作るものの、多分笑ってるんだかなんだかわからないことになっていると思う。
相手が神父さんやシスターだったら洗いざらい話しているところだけど友人相手にそれはできなかった。自分でも最低すぎて引くんだからわざわざそんなことは言いたくない...。
神父さんだったら「辛かったですね」とか、それっぽく慰めてくれるのかもしれないけど。 なんせ教会にはいったことがないので告解というものがどういうものなのかわからないのであくまでもイメージだ。 すっきりした気分で帰らせてくれるんだろう。多分。神父さんって考えたらストレスがやばいかもしれない。なんせ私みたいなのも慰めないといけないんだし。

「よかったじゃん」
「えっ?!」

まさか「よかったじゃん」なんていわれる発想がなかったので驚いてしまった。だって、これがよかったことなのかといえば、あまり良くないことだと思うからだ。 だけど私が本当に成り行きでこういうことになってしまっていると知らない友人たちは、私の返答を聞くや否や眉間に皺を寄せた。 当然の反応とも言えるので、慌てて今の態度を繕う言葉を口にした。

「なんか成り行きでわけもわからない間にこんな感じになっちゃったところがあるから...!」
「...」
「...よかったのかなぁ?って、思っちゃったりして...」

慌てて言い訳するもののあまりにも怖い顔で睨みつけられ、同時に不穏な空気も察知したので語尾の方はほとんど聞こえないものになってしまった。 やっぱりこの触り部分を言っただけでこれだけの反応なんだから、全てを話すわけにはいかないということが証明されてしまった。
私と黄瀬くんのこうなるまでの過程を物語風に起承転結でまとめるのであれば、全てにおいて私の最低部分が浮き彫りになってしまう。

起、先輩に渡そうと思ったチョコを失恋によって持て余し、黄瀬くんに渡す。
承、黄瀬くんとなんだかんだ距離が近づいているような気がするな〜って感じ。
転、お返しに高そうな石の(シトリン!!)ピアスをちゃっかりいただく。
結、嬉し気にいただいたピアスを穴まで開けてつけているのを見た黄瀬くんが勘違いしてしまい告白されて了承する。

「おわかりいただけただろうか…? なかなかの最低ぶりである……」とか、おどろおどろしいナレーションがついてもおかしくはないと改めて再確認することになった。 だけどここまででもまだ序章って感じだ。すでに息切れ気味なのに。願わくば俺たちの旅はまだまだ続く!!ってな感じでやんわり終わってほしい。

「あんた! 私が今彼氏いなかったら串刺しにしてるからね!」
「そうよ! 私だってツアーのチケットが取れてなかったら拳入れてるところだから!!腹と顎と顔面と!」
「こえぇ...」

恐ろしいことをいう二人に私はそれだけしか呟けなかった。腹と顎と顔面など的確に急所を上げるところに本気を感じて妙に怖い。
背中を丸めて腹を守る態勢を思わずとっているとジュースを一口飲んだ友人が一息ついてから改めるように口を開いた。

「けどよかったじゃん。最近仲良さそうだったし」

さっきまで串刺しにするとか言っていたとは思えないほど優しく声を掛けられ思わずぽかんと口を開けてしまう。
「だねー黄瀬くんのことが好きなのかと思ってたよ」
「え?」
「けど見込みはないと思ってたんだけどね!」

ドッと湧いた二人は口を大きく開けて笑っている。私はというとそうであればよかったんだけどね...と、心の中でだけ答えた。 二人の予想通りであれば今私は最低女のレッテルを張られることもなかった。
だけど二人が祝ってくれたことについては感謝の気持ちが込み上げてくる。二人とも黄瀬くんのファンではあるはずなのだ。 それは私を串刺しにするとか急所を的確に攻撃しようとするところからも伺うことができる。
それなのに祝福してくれるなんて...これが友情......!!

「二人とも私がいじめられたりハブられても友達でいてね!!!!」
「考えとく」
「ドライすぎる!!」

確実にわかったことがある。
黄瀬くんとこうなった経緯については正直に話すべきではない。
そしてもう一つわかったことがある。友人二人とも絶対にシスターにはなれないってこと。血の気が多すぎる。
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上履きを靴箱に突っ込み靴を取り出す。
視線に入ったそれらの大多数が既に上履きばかりになっていることに気づく。まあ当然といえば当然だ。
すでに下校時刻はとっくに過ぎているので、校舎に残っている人はそう多くない。 部活や委員会、勉強のため自主的に残っているのかもしれない。私はと言えば、当然好きでこんな時間まで残っていたわけではない。委員会で強制的に拘束されていたのだ。でなければとっくに家に帰ってる。今頃は晩御飯までの時間をのんびり過ごしていたはずだったのに。
靴を石畳の上に落とせば、玄関ホールに反響して予想よりも大きな音が響き渡った。
温い温度の中へと足を踏み出して空を見上げれば夕陽も今にも隠れてしまいそうだ。紺色とオレンジのグラデーションは綺麗ではあるが、早く帰らないとと気持ちが急かされた。


「あっ」

大きな声に足を止めれば背の高い男の子の集団が目に入った。反射的に少し構えてしまうが、その中から抜け出してきた薄暗い中でもわかる金色の髪に警戒とは違う意味で体がぎくりと強張った。

「今帰りっスか?」
「あ、うん…委員会で」
人懐こい笑みを浮かべながら近づいてきた黄瀬くんにこちらも作ってはいるものの笑顔で答えた。
内心では「ゲッ」なんておよそ彼氏に向けるものとは思えない言葉が出てしまう。自分でも失礼すぎると思うのだけどどうにも黄瀬くんと会ってしまうとこの失礼な言葉が出てしまいそうになり、それを飲み込むのに一苦労する。そしてその一連の動作に自己嫌悪してしまうのが恒例になってしまっている。申し訳ない気持ちに気づいていない様子の黄瀬くんはいまだ機嫌がよさそうに笑顔のままだ。

「なになに噂の彼女?」

集団の中から投げかけられた言葉にぎくりと体が跳ねる。“彼女”であることは間違いないのだけど申し訳なさとこの現実をいまだに受け入れることができずにいる私の体は正直らしく、失礼な反応をしてしまう。 興味津々にこちらを見ている集団からの視線は後ろめたさ100%の私にはきつく、だからといって黄瀬くんの影に隠れることもできずに会釈しながら「いえいえ...」とかごにょごにょ言いながら軽く俯く。このままやり過ごすことにした。
そして聞こえた“噂の彼女”という単語にも内心冷や汗が出る思いだ。
どういう噂なんだろう。
黄瀬くんを弄んだ噂の彼女?
...弄んだ覚えはないんだけど自分の行動を鑑みると「うそつき!」と後ろ指をさされる気がしてしまうので否定できない。
ハイスペックな黄瀬くんとは釣り合わない噂の彼女?
...その通りなので何も返すことができない。
ますます感じる居心地の悪さに背中が丸まってしまう。

「もう、やめてくださいよ! さん怖がってるじゃないっスか!」

ただでさえ薄暗い中で余計に暗くなったと思うと黄瀬くんが私を背中に隠すかのように前に立っていた。 背が小さいということもないのだけど、黄瀬くんが特別大きいので隠れることができたようだ。

「だって見たかったんだもんー」
「森山きもいぞ」

やいやい言い合ってる集団に黄瀬くんが「さっさと向こう行ってくださいよ」と邪険にあしらっている。先輩ばっかりのはずなのにすごい。流石黄瀬くん。
何やら文句を言いながらもそれに従って集団が去っていけば、くるりと黄瀬くんが反転した。夕陽を背負っているものの目が嬉しそうに細められているのはしっかり見えてしまう。

「先輩たちがごめん」
「いえいえそんな...」

私の仕出かした...そして現在進行形で仕出かしていることに比べれば全然謝られるようなことではない。
ぶんぶん頭をふると「あの人ら自分がでかいことに気づいてないんスよ」と聞こえた。あれだけ大きい集団でつるんでいれば確かに自分が大きいということには気づかないかもしれない。

「俺も今帰りなんス」
「部活終わったところだったんだね」

すでに制服に着替えているところを見るに、これから学校を出ようとしていたところらしい。
交際している男女として当然ともいえる流れで、私はそのまま黄瀬くんと家路を共にすることになった。
考えてみれば黄瀬くんと一緒にこうしているのは告白されたとき以来かもしれない...と思い至り、それって付き合ってるのにどうだろう? と考えてしまう。 普通付き合いたてのカップルってものはやたらと一緒に行動したりするような気がするけど、私たちはそれにちっとも当てはまらない。
黄瀬くんは部活が忙しいし、私はできるだけ黄瀬くんと一緒にいるところを目撃されないようにと立ち回っているので努力の賜物かもしれない。...とか言ったら黄瀬くんファンにぶっ殺されそう。黄瀬くんの彼女という憧れポジションについてからというもの私はできるだけ気配を断つようにしている。
黄瀬くんファンの過激な人たちに目を付けられないためだ。今まで黄瀬くんの彼女というポジションにいた女の子たちはみんな黄瀬くんと同じ種類の人だった。つまり自信が溢れていてきらきらした人たちだ。それなのに急に私みたいなのが黄瀬くんの彼女なんてことになったら......いったいどんな目に合うのかと思うとぞっとしてしまい、ぶるりと体が震えた。ならば今すぐ別れればいいじゃないかと思われそうだけど話はそんなに簡単なものじゃない!
私は黄瀬くんにまるで気があるかのような素振りをしていたのだ。それなのに急に別れてほしいなんて言えるだろうか? いや、言えない!!!!
黄瀬くんにしてみれば、テメェがその気にさせたくせに振り向いた瞬間に振るってどんな神経してんだ!! って感じだろう。逆の立場でもそう思う。いかれてる。
なのでこの交際は私から終わらせることはしないと決めた。私と付き合っても特に面白いことがあるわけでもないし、中身がなんかどうでもいいくらいにかわいかったりきれいだったりする容姿でもないので、黄瀬くんは近い将来この交際が退屈なものだと気づくはずだ。今もなんか気の迷いとかそんな感じだと思うし。正気に戻った黄瀬くんから別れを告げられて了承する。交際は終了して以前のように黄瀬くんとは特に関わることもなく日常に戻る。
それが私が考えた未来予想図だ。
「黄瀬くんが早く飽きますように」という傲慢な願い事を神様にするのが最近寝る前のルーティーンになっている。

「寒いっスか?」
「え? ううん、大丈夫」

私が震えたことで勘違いしたらしい黄瀬くんに聞かれて慌てて返す。
まさか黄瀬くんファンに目をつけられて焼きを入れられる想像をして恐怖に震えた、なんて本当のことは言えないので理由は言わずに否定する。 暗くなってくれば少し肌寒さを感じるものの、震えるほどのものでもない。

「さっきまで動いてたからオレは暑いくらいっスけど」
「バスケってすごい走るもんね」

体育の授業でしか経験がないもののバスケが走り回って運動量が多いスポーツであることはわかっている。 授業終わりから今まで体育館内を走り回っていたんだから暑くて当然だろう。
「うん、すげぇ暑い」

笑いながら肯定した黄瀬くんは汗をかいたようには見えないさらりと金色の髪を揺らした。夕陽の強い光の中を舞うそれはきらきと光って見える。
その光景に黄瀬くんにもらったシトリンのピアスを思い出した。

「ほら」

唐突に黄瀬くん側の右手をとられた。熱をもったそれに握られて思考が止まる。
え? 今...え?
理解が追い付かずに黄瀬くんに握られた右手から視線を外せず、見つめながら咄嗟に口を開いた。

「ホッ、ホントダ―」

頭と口が繋がっていないかのような棒読みの空々しい声が響いた。だけど今はそれどころじゃない!全神経が黄瀬くんに握られている右手に集中していてそこしか気にならない。というかそこしか神経が回らなくて頭がこんがらがって体はがちがちだ。
なんで? なんで私黄瀬くんと手を繋いでるの?

「ぶふっ」

急に噴出した黄瀬くんにびっくりして体が跳ねた。隣を見てみれば顔を真っ赤にした黄瀬くんが口元を袖で隠している。体が小刻みに震えているところから察するに笑っているらしい。

「ごめっ...あんまりにも棒読みだから」

笑いが収まらない様子の黄瀬くんにじわじわと恥ずかしさを感じる。自分でもロボットみたいだとは思ったけど、改めて指摘されるととんでもなく恥ずかしい。 それを誤魔化すわけではないけど、ようやく手を繋がれた衝撃から回復した。

「あ、あの、手...」
さんは美化委員だっけ?」
「え? うん」
「じゃあ今日は校内清掃?」

急な話題の変更に戸惑いながらも「そう」と答える。
それよりも手を...! 手を放してくれー!!!熱いのはわかったから!!! 叫びたくなるのを抑えて隣の黄瀬くんを見上げれば不自然なほどに首が背けられている。何かあるのだろうかと視線を追ってみるものの、特に何かがあるわけではない。もう一度見上げれば、明らかに夕焼けとは違う色で赤く染まった耳を発見してしまった。

「熱い?」
「え?」
「耳まで赤いから」

びっくりしたように勢いよく振り返った黄瀬くんの顔も赤かった。
それを指摘すれば黄瀬くんは目を丸くしたかと思えば余計に赤くなってしまった。次いでぎゅっと手を握られた。今までやんわりと掴まれていたのが突然強くなったのでびくりと肩が跳ねる。それと同時に頭に浮かんだのは、汗ばんでるからどうか手を離して欲しい...! ということだけどいくらなんでもそれをここで言うのは空気が読めてないというのはわかるので黙っておく...が、緊張のために噴き出している汗のせいで手がぬるぬるになってしまうと焦る。
いくらなんでも“手がぬるぬるな女”という印象は持たれたくない! できれば最低な女の印象も持たれたくはないけどそれを上回るくらいに嫌だ。 けどあまりにも手がぬるぬるだと黄瀬くんも掴んでられないかもしれないので、手を放してもらえる...というよりもすっぽ抜けるかもしれない。タコやうなぎを掴もうとしてもぬるりと逃げられてしまうかのように。この方法ならとても自然だ。自然現象的に手がすっぽ抜けてしまうのだから...!
名案!と思ったのも一瞬、私は致命的なことに気づいてしまった。すっぽ抜ける前に手がぬるぬるであることが黄瀬くんにばれてしまう...。

「スゲェ、オレかっこ悪い…」
「...えっ?」

一瞬バカみたいなことを考えていたので反応が遅れた。
今のどこでそんなことに?!
ていうか黄瀬くんがかっこ悪かったらこの世にはかっこ悪い人で溢れていることになってしまうけど!!
黄瀬くんは足を止めたと思うと左手で顔を隠してしまった。その姿は本当に自分のことをかっこ悪いと思って凹んでいるように見える。
どう見てもかっこいいし、かっこ悪いこともしてなかったのに...黄瀬くんのかっこいいのハードルが高すぎる。
普通の人からしたら富士山くらいのハードルの高さかもしれない。

「黄瀬くんはかっこいいと思う」

黄瀬くんでさえもこうして自信をなくすことがあるんだ、なんて親近感を覚えながら励ますつもりで声を掛けた。正確には励ますというよりも事実を述べただけなのだけど。

「えっ、」

顔を覆っていた手の平が少し下がると驚いたようにこちらを見る黄瀬くんと目が合った。

「どこがかっこ悪いのかわかんないよ」

黄瀬くんを現在進行形で騙しているという疾しい身なので声に熱が篭る。
黄瀬くんが落ち込んでいるとなると勇気づけたくなる。出来ることなら黄瀬くんの力になりたいと思う。
少しでも罪の意識を軽くしたいというこれまた自分勝手な気持ち故の行動なので、突き詰めればやはり自分のことしか考えていないところが我ながら最低だと思う。 それでも私は真剣に黄瀬くんを見上げながらはっきりと言った。嘘をつくわけではなく、本心からの言葉なので力強く頷いておく。

「あ、うん...」

こくんと頷いた黄瀬くんは長いまつげを伏せてしまった。
顔は相変わらず手で隠されているので感情を読み取ることができない。少しでも勇気づけられたのならいいんだけど...。 タイミングを見失っていまだに握られている手をそのままに、隣の様子を伺う。

「...うれしい」

ようやく手がどけられて見えた顔は、その言葉通りとても嬉しそうだった。
形の良い唇の端はきれいに上がっていて、目も細められていてまさに雑誌を見ているかのようにきれいだ。

「よかった」

どうやら自信を取り戻してもらえたらしいことにほっとした。
これで私が今現在犯している不誠実な最低行為がチャラになるなんてことは思わないけど、この短いであろう交際期間で少しでも黄瀬くんに罪滅ぼしができればいいと思った。 時間を戻すことはできないのだからせめて黄瀬くんが健やかに過ごせるように頑張ろう。
笑みを浮かべたままの黄瀬くんを横目に見ながら、胸の中で自分に対して誓った。






夕焼け繋ぎ



(20180804)また続いたよ!