運命の再会と言うにはあまりにかっこがつかない。 スティーブンとは昼時の混み合った店内で再会した。 あっちはテーブルに座ってすでに食事をしていて、こっちはテイクアウトをしようとずらりと人が列をなしている中の一人だった。 「久しぶりだな」 驚いていたのも束の間、親しげに表情を緩めるスティーブンは記憶よりも幾分老けたように思う。それでもおじさんと称するほどものではない。記憶よりも落ち着いた佇まいだがそれだけ。記憶の通りいい男と言うのがぴったりだ。 「そうだね」 自分で思うよりつっけんどんな物言いになってしまった。急でしかも思いがけない再会は、昼休み中の予期せぬハプニングだった。 手にもっているテイクアウト用に紙袋に入れてもらった昼食をテーブルへと置く。ちょいちょいと手招きされるがままに椅子へと腰かけたが、緊張とか複雑な心情も混じりあっていて頭は思うように働かず、会話は思い浮かばなかった。以前ならなんてことない学校での出来事なんかを面白おかしく話していたけどそれはできそうにない。 スティーブンはどうやら一人で昼食をとっていたらしく、なかなかの賑わいの店内で向かい合う椅子がセットされたテーブルに一人で座っていた。 トレイの上にはホットコーヒーと食べかけのBLTサンドが乗っている。 ......これだけで足りるの? 先ほど紙袋へと包んでもらった中にはサンドイッチとオレンジジュースに、プラスでポテトも入っている。 ここで食べるのはよしておこうと咄嗟に頭に浮かんだ。 「食べないのかい?」という言葉には即座に「後でゆっくり食べるよ」と答えた。 「元気かい?」 「うん、見ての通り元気だよ」 如何にも会話に困ったときの言葉に笑いながら答え、スティーブンからリアクションとして笑みが返ってくるまでに妙に開いた一瞬の間から自分がとんでもなく間抜けな返事をしたことに気づいた。 今のは私に向けての質問じゃない。 そのことを理解して体に火がついたみたいに熱くなった。血液が沸騰して体を焼いているようだ。それなのに内臓には氷を詰められたみたいに冷たい。 「あ、うん。お姉ちゃんも元気だよ......」 ようやく質問を正しく理解して返事した私にスティーブンは「よかった」とだけ答えた。 顔を上げてスティーブンがどういう表情をして言ってるのか確認できるほどの余裕は生憎なかった。自惚れた返事をしてしまったことが引っかかっていて居たたまれない。 「......そろそろ行くね」 「もうかい?」 テイクアウト用に包んでもらったものをこのテーブルの上に広げないでおいてよかった。 もし広げていたら逃げられなかったはずだ。一瞬ここで一緒に食べようか、と悩んだ自分の欲求に従わないでおいてよかった。 「うん、やることあるし」 「そうか、忙しいんだな」 いかにも仕事ができる男と言った感じのスティーブンに言われると、素直に頷けなかった。 きっと私よりも忙しいだろう。あの頃と同じを仕事をしているのなら。そんな人を前にして忙しいとは言いづらい。 「引き留めて悪かった。今度またゆっくり話そう」 社交辞令と思われる言葉を鵜呑みにできる子供ではなくなってしまった私は「うん」とだけ答えた。 . . . スティーブンとは数年間一切会うことはなかった。 最初に出会ったのは私がまだハイスクールに通っていた頃だ。 姉が紹介したい人が居ると言って連れてきたのがスティーブンだった。 今までも何度か姉の彼氏には会ったことがあったが、その中でも断トツかっこよかった。 「よろしくね」 柔らかい声と優し気な笑み、それなのにどこか影がある雰囲気。顔に走る傷跡からも普通の仕事をしている人じゃないのかもしれないと感じたが、それでも素敵だった。 そのたった一言で私はスティーブンのことが大好きになった。 同じハイスクールに通う男の子たちにはない大人の魅力というやつをスティーブンは全て持っていたように思う。 同級生と比較すること自体おかしいのに、その時にはそのことに疑問を持つことなど微塵もなかった。 今まで姉の彼氏に対してこんな感情を抱くことはなかった。 そう大きな部屋というわけでもないけど、二人で暮らすには十分な間取りだ。個室があるからプライバシーも守られているが、それは実家でも同じだ。ただ、両親の目がないことで少し開放感のある暮らしを私はとても気に入っていた。 だけど姉が彼氏を連れてくるときには気を使って出かけるようにしていた。そのことに気づいた姉は徐々に部屋に彼氏を連れてくることもなくなっていたのだが、私がスティーブンに懐いているとわかってからは時々部屋へとスティーブンが遊びに来るようになっていた。 女二人で暮らしている部屋に時々男物のコロンの香りが混じる。今までであれば居辛い空間だったが、スティーブンがうまく立ち回ってくれたおかげでそんなことを感じることもなかった。 時々課題を教えてもらうことがあったり、学校での愚痴や友達との面白い話をスティーブンは楽しそうに聞いてくれた。 スティーブンは最高な姉の彼氏だった。 二人ともすらりとしていて並んでいるとバランスもいい。心からお似合いの二人だと思っていた。 . . 「いつもと雰囲気が違う」 友達と出かけるために家を出て偶然外でスティーブンに会った時、そう言われたことがあった。 その日は友達と”好きな人とデートに行くときの恰好で集合”というお遊びをしていた。 これまでにも”超絶にダサい恰好で集合”とか”好きなドラマのキャラになり切った恰好で集合”とか、いろいろな縛りをしてみんなで遊んでいた。 そんなときにばったりスティーブンと会ってしまった。 少し大人っぽい黒いワンピースは上半身は体の線にぴったりと合うように採寸されている。スカート部分に関してはふわりと曲線を描くデザインとなっていた。 靴は特別な日のためにだけ穿くヒールの黒いつやつや光るパンプス。 随分気合いを入れてしまったと思ったものの、みんな本気なのだから一人手を抜くという選択肢はなかった。 お遊びとはいえ恥ずかしさで手を抜けば途端に白けてしまうのだ。 想定しなかった偶然に気恥ずかしさを覚えたが、それを隠して何でもないように答えた。 「...そうかな?」 「あぁ」 全てを見透かされているかのような笑みに心臓がおかしな感じに動いた。 いつもとは違う大人っぽい恰好がスティーブンにはどう見えてるのか、本当はすごく気になっているのに「どうかな?」の一言がどうしても出てこなかった。 「似合ってる。かわいいよ」 微笑みを浮かべながらの言葉に間違いなく心臓は大きく跳ねた。 「...へへへ」 照れ臭さにどう答えればいいのかわからず、結局口から出てきたのはどう頑張っても可愛いとは言えない笑い声だった。 「どこかに行くところじゃなかったのかい?」 「あっ!! うん、行くね!」 「気を付けて」 「うん、バイバイ!」 手を振って駆けだしながらスキップがしたくなるくらい心は弾んでいた。 スティーブンと偶然会った今日が超絶ダサい服の縛りの日じゃなくてよかった。と思ったのはもちろん、いつにない笑いに走ってないテーマでのコーディネートであったことに偶然とはわかっていても、ポジティブでロマンス的な意味を見出そうとしていた。 どうやっても弾む鼓動に見ないようにしていたけれど、私はどうやらスティーブンのことが好きなのだと認めるしかなかった。 だけどスティーブンは姉の彼氏だ。 そしてスティーブンが私のことを”彼女の妹”ととしか見ていないのは明らかだった。 たまに会った時にお土産として渡されるのはケーキや飴、お菓子などだった。 ケーキだけならまだいい。飴なんて子供用の装飾が過度にほどこされたものだった。ガムやジェリービーンズなど、子供がいかにも喜びそうなり鮮やかなそれらが嬉しいのに悲しかった。スティーブンが私のためにこれらを選んでくれたというところは嬉しいのに、それがいかにも子供向けのものであることが気に入らないなんて贅沢なことであると自分に言い聞かせないとすごく惨めな気持ちになりそうだった。 だからといって自分を女性として見てほしいと何か行動を起こすつもりはなかった。 「スティーブンはお姉ちゃんの彼氏」 わかりきったことを何度も何度も呟いて、この気持ちも悟られないようにしようと心に誓っていた。 そんなある日。姉が顔をぐしゃぐしゃにして帰ってきたことがあった。 いつもきれいにメイクが施されている顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、大人の女性を体現したようないつもとは程遠かった。 何かがあったと察知したものの、それが何かを尋ねることもできずに数日が過ぎ、少し元気がない姉がご飯を食べているときにぽつんと呟いた。 「スティーブンと別れた」 食べていたベーグルが喉に詰まりそうになったものの、なんとなく予想していた通りの言葉に何とか平常心を保っているように見せることができたと思う。 「そっか」 「うん」 それだけ。 それで終わり。 あれだけ仲が良くて家にもよく遊びに来ていたスティーブンとはそれきり会うことはなかった。 私とスティーブンが知り合ったのはあくまでも姉を経由してことだった。その姉がスティーブンと関係を断ったのなら、自動的に私も関係を絶つことになる。わかっていたけどあの頃私は少し夢見がちなところがあった。 もしかしたらスティーブンは私に会いに来てくれるかもしれない。いつものようにお菓子を持って。 「お姉さんとは残念なことになったけどとはこれからも仲良くしたい」とか。 「女性としてのことを好きになってしまったみたいだ」だとか。 我に返ったとき、姉がもしかして頭の中を読める能力をもっていたらどうしよう。と考える罪悪感は持ち合わせていたが、この楽しい夢想はやめられなかった。 そうしていくつも都合のいい”もしかして”を考えて幸せな気持ちに浸っていたりしたけど、何通りも考えた”もしかして”は一つとして現実には起きなかった。 1年時が経つ頃にはもしかしてを考えることもなくなった。 その頃には姉には新しい彼氏がいて、スティーブンのことを思い出したように話すこともあったけどそれだけだった。 連絡も取ってないと言っていたので二人の関係は別れたその日に終わったらしかった。 私もその頃には同級生の男の子と付き合っていたけど、ふとした瞬間、街中にスティーブンの影を見たような気がすることがあったが結局何も起こらないし、その影は後姿が微妙に似ているだけの誰かだったりした。 結局”もしかして”が起きることはなかった。 あれから数年、影を見つけることもなくなってからあっさりスティーブン本人と会うなんて驚き以外の何でもない。 完璧に断ち切ってたと思っていたのに、あの日再会した場所に足が進んでしまう自分がとんでもなく未練がましい女に思えて嫌だった。 それなのに欲求に逆らうことができず、結局あの日から週に一度は店へと通ってしまっている。 ランチタイムの混んだ店内に面影を探す自分の女々しさが嫌なのにやめられそうにない。 . . . 「あれ、じゃないか」 「スティーブン」 「偶然だな」 にこやかに笑うスティーブンは今日も一人らしく、連れの姿はない。 「今まで全然会わなかったのに一度再会すると続くもんなんだな」 「そうだね」 今日はポテトは頼まなかったので気兼ねなく一緒に食べることができる。 店内は昼時ということもあって込み合っていたので、スティーブンの提案で一緒に公園でランチをすることになった。一つのベンチに腰掛け、ベンチの真ん中にジュースを置きながらこれで青空が出てたら最高なランチタイムなのにとは思わずにいられない。けどここHLじゃその願いは叶いそうにない。 「なに?」 一口かじったサンドイッチを咀嚼し、口に食べかすがついていないか確認してから声をかけた。 こちらをじっと見てくるスティーブンに心臓はどきどきと早く動き始める。 まるであの頃に戻ってしまったような錯覚を覚える。 「いや、きれいになったと思っただけだよ」 体温が上がるのを止められそうにない。それでも懸命になんてことない口調を心掛けた。 「なっ、......そういえばスティーブンって口がうまかったよね」 「おいおい心外だな。人をペテン師か何かみたいに言わないでくれ」 「違うの? それで女の人をひっかけるんでしょ」 可愛くない言葉が口をついて出てきてしまう。そんな自分の口を閉じさせるために大きく口を開けてサンドイッチにかぶりついた。 ここでかわいく「嬉しいな」とでも言えればよかったのに......それができない自分はやっぱりあの頃に戻ってしまったようだ。スキルは身に着けたはずなのに、それを使えないなんて間抜けとしか言いようがない。 もぐもぐ口を動かすものの味わっている余裕はない。パンとレタスとトマトとベーコンがうっすら口の中にいるのがわかるが、味についてはよくわからない。 「思ってないことは言わないよ」 隣に視線をやれば、スティーブンが面白げに目を細めながら同じようにサンドイッチにかじりついているところだった。 ごくんと全てを飲み込み、いったんジンジャーエールで口内をきれいにする。よくわからないぼやけた味しか感知しなかった舌が、ジンジャーエールの炭酸で目が覚めたようだった。 「......そっか」 「そうそう」 じわじわと熱くなる頬と、体がむずむずしてスキップでもしたくなるような気持ちを抑えて残りのサンドイッチを食べ切った。 . . . 「は付き合ってる人は?」 話の流れである程度予想していた質問には首を振って答えた。脳裏にはぼんやりと最近連絡を取っていない同じ大学に通う先輩の顔が浮かんだが消し去ることにした。 時々送られてくるメールに返事をするのも億劫で、最近ではおざなりな返事しかしていない。不誠実な対応を取るようになったのは思い返せばスティーブンと再会してからだ。 その代わりよく眺めるようになったのはスティーブンとの何気ないメールのやり取りだ。お昼が一緒になることが多いから一緒に食べられそうな日は連絡したい、という口実の下にスティーブンの連絡先を手に入れた。スティーブンは私の下心には気づくことなく、あっさり連絡先を教えてくれた。今日はスティーブンからお昼はどうするか連絡が来たので、即答で予定を空けた。 姉を介することなくスティーブンと連絡が取れるということは、スティーブンと直接繋がることができた証拠だ。点と点でしかなかったところに線を引くことができたのだ。私にとってはそれはとんでもなく大きな一歩だった。 「......スティーブンは?」 膝の上に乗せていた袋からポテトを一本取り出してちびちび齧る。 朝食を食べるのが遅かったからお腹がすいていないのでポテトとコーヒーを昼食にした。 「いないなぁ」 すでに食べ切ったらしいスティーブンはコーヒーをすすっている。公園には珍しいことに人がいない。 霧がいつもより濃いから外で食べるのはよしたのかもしれない。そう考えると膝の上の紙袋が水気を含んで少し重いような気がしてきた。 「そうなんだ」 感情を声に滲ませないように慎重に返事をした。 意外と言えば意外だ。スティーブンがフリーだと知ればいろんな女が粉をかけそうなものなのに......。いや、フリーじゃなくても粉をかけられることは日常茶飯事かもしれないけど。 紙袋だけでなく服も湿り気を帯びてきたような気がする。私は無言で食べかけのポテトを隣へと差し出した。数本抜き取られたポテトは一本ずつスティーブンの口の中に消えていく。すべてのポテトが消えたところで息を吐く音が聞こえたと思うと、鈍い赤の瞳がこちらに向けられた。 「―――」 「お姉ちゃんは、」 言葉を遮り、声をかき消した。 すっと息を吸い込むと湿った空気が鼻から入り込んでくる。 「お姉ちゃんはもうすぐ結婚するよ」 言ってしまったことに後悔はない。それどころかスティーブンを傷つけてやりたいと思っていた。思惑通りになればそれはそれで自分が傷つくことになるのにその衝動はどうしても収まらなかった。 「そうか」 何を考えているのか知りたくてじっと見つめる。スティーブンは弱弱しい笑みを口元に浮かべて少し困ったように笑っていた。 そのことが胸をざわつかせた。 「......まだお姉ちゃんのこと好きなの」 もうポテトを食べるような気分にはなれなかった。紙袋がどんどん湿っていることからもポテトも間違いなく湿ってきているはずだ。揚げたてのカラッとしたポテトも好きだけど、時間が経って少しふやけたポテトも好きだ。けど水分を含んでしなしなのポテトというのはどう考えても食欲をそそらない。だというのに食欲はすっかり失せてしまった。 「......あぁ、いや、もちろん好きだがそういうことじゃない」 どういうことなのかわからずに眉を寄せれば、スティーブンは少し口元を緩めた。 「別にやり直したいとかそういうんじゃなく、時間が経ったことに驚いたのさ」 何やらしんみりした様子でコーヒーを飲んでいる横顔は、ここじゃないどこかを思い出すように心がここにない。 姉のことを好きじゃなかったことにはホッとしながらも、隣にいるのにこちらを見ていないことに瞬間的な苛立ちを覚えた。 「時間は経ってるよ。私だってもうハイスクールに通ってないしね」 「確かに」 「もう大人だよ」 「間違いなく」 「じゃあ私と付き合ってよ」 最後のは言うつもりじゃなかった。 返事をしてくれるものの、やっぱりどこか心ここにあらずな感じのスティーブンに腹が立って言ってしまった。 こんな霧がいつもより濃い、お世辞にも雰囲気が良いとは言えないところでやけくそみたいに言うなんて”もしかして”でも想像したことはない。それでも言ってしまった。 スティーブンは一瞬時が止まったみたいに固まったものの、目論見通り意識が戻ってきて、目を見開いてこちらを見ている。まさに鳩が豆鉄砲を食らったという感じだ。それで少し胸がすく。 「聞こえてる?」 「......あぁ」 スティーブンの頭の中が読めるようだった。どうやってこの場を凌ごうか。 私を傷つけることなく、この関係に波風を立てることなくやり過ごす。きっとそう考えているに違いない。 「きっとお姉さんに殺されるな」 「元彼が妹に手を出したとしてもお姉ちゃんは人を殺さないよ」 正しくは殺せない、だがそんなことは些末なことだ。 私の言葉を冗談として終わらせようとすることを阻止するための返事なのだから。 元彼と妹が付き合いだしたら姉はどういう反応をするのだろう、ということは何度か考えたことがある。反対する、嫌悪する、どれも当てはまるかもしれないが、結局は受け入れてくれるというのが導き出した結論だ。 姉は一回り近く年の離れた妹である私に甘いので、きっと受け入れてくれる。 「のことをそういう風に考えたことがない」 きっぱりと告げられた言葉は頭の中でどこかで予想していたものだった。今までの態度からもそれは嫌というほど身に染みている。 良くて妹だ。だから今更そんなことに傷ついている場合じゃない。そう自分に言い聞かせる。この間にもスティーブンはこの状況を切り抜ける手段を考えているはず。 「わかってる」 知っていたと口にすれば、スティーブンは困惑した表情を浮かべた。 「これからそういう風に考えてくれたらいい」 過去なんてどうしようもできないのだ。じゃあ私ができるのはこれからについて話すだけだ。 「それは難し、」 「難しくないよ、やってみてもないのに」 化粧だって覚えた。身に着けている服装もあのときに比べるとずいぶんあか抜けて子供っぽさがなくなったはず。 それでいてあの頃にはなかったずるい押しの強さを身に着け、屁理屈だってこねることができる。 これを逃したらきっとスティーブンとは会うことができなくなるだろう。それが容易に想像できるからこそ、私はここでスティーブンを頷かせなくてはいけない。 失敗が許されないプレッシャーに心臓がぎゅっと潰されそうだ。 「......ずっとスティーブンが好きだった」 このままじゃ頷いてくれそうにないことが目に見え、最後のあがきとして絞り出した声は湿っていた。 困った顔を浮かべるスティーブンが想像できて居たたまれなさに俯くことしかできない。 「それは気づかなかったなぁ」 この場にはふさわしくないほどのんびりした声にムッとする。 「気づかれないようにしてたの!!」 「そうか」 「そう!!」 ついつい声が大きくなってしまった。ついさっきまで湿っていたはずの声はすっかり元通りだ。 鼻息荒い返答にスティーブンは少し面白そうに相槌を打ってくる。 困ったような反応をされるもの嫌だけど面白がられるのもちょっと違う。今どんな反応をしているのか確認したくて我慢できずに隣へと視線を向ければ、スティーブンはお愛想程度に口元に笑みを浮かべていたけど目は笑っていない。 「多分難しい。だから他の人にしたほうがいいよ」 いとも容易く私への気持ちが恋になることはないと切り捨てられ、その上他の人にしたほうがいいなんてことを言われるなんて思ってもみなかった。 想像した”もしかして”の中にはそんなの一つだってなかった。 「いやだ」 結局口にできたのはひどく子供じみた言葉だ。 子供に見てほしくないのに子供のように駄々をこねてしまう自分が情けないのに他に何を言えばいいのかわからない。 「......他の人にできるならとっくにしてる。スティーブンは私のこと全然見てくれないのわかってるのに...それでもスティーブンがいいって言ってるんだよ」 「わかってるよ、ありがとう」 優し気な声で宥めてそれっぽく終わらせようとしていると勘繰ってしまうのはひねくれているのかもしれない。それでもそう感じてしまって惨めな気分だった。 姉だったらここでさめざめと泣いていたかもしれない。だからこそここで泣くわけにはいかない。 「お礼言われて素敵な恋だった、なんて美談で終わらるつもりないから」 「いや、そんなつもりじゃ...」 スティーブンにとっては既視感のある場面を今まさに繰り返している最中かもしれない。 これ以上言ってもここから話が進展するとは思えない。いや、させてくれるとは思えない。 鼻をすするとずずっと音が鳴った。さっき危うく涙が出そうになった影響だろう。 湿ったポテトを持って立ち上がると、パンプスで踏みつけた砂利が音を立てた。 「とりあえず今日は解散ね」 あからさまにホッとした表情のスティーブンをキッと睨みつける。 「着信拒否とかメール無視したら許さないから」 ははは、と困ったように笑うスティーブンはまさに実行しようと思っていたのかもしれない。その事実に胸が切り付けられたみたいな痛みを訴えた。 「絶対やめてね」 心配になって重ねた言葉は切実な響きのように聞こえた。自分でも必死だな、と思う。ようやく繋がることができたのにそれを拒否されるなんて考えただけで胸が痛んで喉がひりついた。 「しないよ」 優し気なのにやっぱり困ったような笑い方をするスティーブンは言葉の通り私を異性としてみてくれていないように思う。それが悔しくて屈辱的で悲しいのに、それでもここで引き下がることはできない。 希望を持たないほうがいいと叩き潰されたはずの思いはしつこく未だ胸の中に居座り続けている。だからスティーブンがこちらを見てくれる可能性がなくとも、諦めることができない。 バッドフォーミー
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