甘くて冷たいものが食べたい、できればアイスがいいなぁと思い立ってからは早かった。適当に置いてあったUVカットの上着を羽織る。UVを防がなくてはならない原因の太陽はとっくに引っ込んでしまったけど他に代わりになるものが見当たらなかったのでよしとする。財布を鞄から引っこ抜き、ジーンズのポケットに突っ込んでそのまま家を出た。

「あっ、こんな時間に出かける気かよー」

家から出てすぐ、心許ない街灯の光の下、ぼんやり浮かび上がるような長身に足を止めれば、向こうも同じようにこちらの存在に気づいたらしい。少し剣のある声はどうやらこんな時間に出かけることを責めているらしい。私よりも年下で弟のような存在である仗助にそんなことを言われても「生意気な」という感想しか出てこない。

「生意気ってなんだよ! オレはおめーを心配して...」
「あーはいはい」

高校に入ってからというもの仗助は時々こうやって口うるさい母親みたいなことを言ったりする。こっちは高校をとっくに卒業して大学生をやってるってのに何故か年上目線なのがいまだに納得いかない。その気持ちもあってついつい反抗的なことを言ってしまうのだが、それがまた反抗期を迎えて口答えする子供と母親のやり取りみたいじゃないか、と気づいたのはつい最近だ。今のやり取りだってまさにそういうものだったので思わず口元が歪む。

「...どこ行くんだよ」
「コンビニ」

仗助の言葉を適当に流したことで不満げな表情をしている。こういうとき唇を尖らせて拗ねた顔をするのは昔から変わらないようだ。

「オレも行く」
「え、補導されるじゃん」
「されねーし。今も帰ってきたとこだけどよぉ、こうして無事だろ」

何故か得意げな顔をする仗助は彼のトレードマークのようになっている改造した学ランを着ていない。学生を主張するそれを着ていないから無事だったのかもしれない。 この幼馴染は今でさえ見上げるほどの高身長だというのに、恐ろしいことに未だ成長しているらしい。
見かけだけなら私と同じくとっくに高校を卒業しているようにも見えると指摘してきたのは友人だった。家に遊びに来た友人がたまたま仗助と顔を合わせ、黄色い声を上げながらあれは誰かと詰め寄ってきたことがあった。 だが、仗助の正体が高校に入ったばかりの年下だとわかるや否や、急に興味が失せたみたいに「残念」なんて言っていた。「あんな弟が欲しかった」と締めくくった彼女に、仗助の姉を自称してきた私としても鼻高々になったのはそう古い記憶ではない。

「え、てか仗助こそどこ行ってたの」
「友達んとこ」
「こんな時間まで出かけてたのかよ」

さっきの仗助の言葉をそっくりそのまま返すと視線が泳いでいる。指摘されるとは思いもしなかったらしい。

「オレはおかしな奴に言いがかりつけられようが大丈夫だけどよぉ......は違うだろ」

大きな体で何やらもじもじしているのが滑稽で面白い。笑いながら横を通り過ぎれば、後ろから大きな影もついてくる。ちょこちょこという表現ではなくなったけど、こうやって私の後ろを歩いてくることが懐かしい。

仗助との出会いはそれこそ記憶も定かではない頃だ。年の離れた姉がいる私は、当時妹か弟が欲しかった。そんなときに都合よく出会ったのがご近所の仗助だ。まだ自我さえも芽生えていないときに私は小さな幼馴染の男の子を弟にすることに決めた。そこからは頼まれても居ないのに世話を焼いたり、遊びに行ったりしたものだ。
おばさんも勝手に息子の姉面をする近所の子供を歓迎してくれたので、以前よりも薄くなってはしまったが今もこうして私たちの関係は続いている。他にも母とおばさんの仲が良好なことも関係があるかもしれない。というのも、直接顔を合わせて話すことはなくても、母親同士で私たちの情報が共有されてしまうからだ。その持ち帰られてきた情報は私へと流れてくることになるので仗助の近況なんかもちょくちょく耳に入って来る、というシステムが出来上がっている。だから仗助が最近仲が良い友達が居るとか、喧嘩をして怪我をして帰ってきただとか...女の子が数人家まで訪ねてきただとか。些細な近況までも耳に入って来るので、直接顔を合わせていなくてもそんな気分にはならない。きっと仗助も一緒なんじゃないかと思う。久々に顔を合わせたというのに私のことを心配して一緒にコンビニまで行ってくれるというのだから。

友人の弟とこの間偶然会った時、思わず手を上げた私に向こうは素知らぬ顔で通り過ぎてしまった。確かに私の存在を認識していはずなのに、だ。私は誰にも返事されることがなかった空しく挙げた右手を下ろしながら時の経過とは残酷だと悟った。友人と遊ぶときにいつだってくっついてきていた彼を私は友人と一緒に遊んであげたり世話を焼いたりしたのに呆気なく無視をされてしまうのだから。
その後たまたま家の前に居た仗助に会い「おかえりー」と何気なく声を掛けられたことによって、私の中で仗助の株が一気に上がった。普段から女の子たちと話し慣れているからなのか今のところ思春期特有の女子と話すのが恥ずかしい現象は仗助に現れていない。もしかしたらあんまり考えたくないのだけれど、ただ単に私のことを女子にカテゴライズしていない可能性があるけど...。
成長しても素直さと愛嬌を持ち合わせたこの大きな幼馴染のことを私は好ましく思っている。

「もしかしてまた背伸びた?」
「んーおー、そうか?」

街灯に照らされて地面に映った細長い影は歪な形をしていながらも、大と小に分かれている。

「まぁ成長期だしな。まだまだ大きくなるぜ」
「えーそろそろやめたら?」
「やめたくて止めれるようなもンでもないだろー。......てかよぉ、オレが大きくなるの反対なワケ?」

悪戯を思いついたみたいに口端をにやりと上げた仗助はわざと背中を丸めてこちらを覗き込んでくる。まだ仗助に背を抜かされたばかりの頃、そういう何気ない仕草が腹立たしくてムッとしていたのが面白かったらしく度々煽るようにそういう仕草をしてくるのだ。けどこっちはもう追いつけるわけがないと諦めている。むしろ追いついてしまうのは避けたい。竹のようにぐんぐん伸びた仗助は同じ年頃の子たちと比べても群を抜いて大きい。そんな大きな仗助を越したいなんてまさか思うわけがない。

「可愛くなくなっちゃう」
「なンだよそれー! とっくにかっこいいになってるだろ!」
「うわ、自分で言う?」

体を仗助から遠ざけながら言えば「いや違う! 違わねーけど!」とか焦ったようにわめいている。ぎゃーぎゃー後ろで言っている仗助をからかいながら歩いていると、眩しいくらいに光が漏れている建物が見えた。一人で歩く時には少し遠く感じる距離にあるコンビニは、仗助と二人だと不思議といつもの半分の時間もかかっていないように感じる。
眩いくらいの光が漏れているコンビニ前には座り込んでいるいくつかの人の姿が見えた。間が悪いことに素行がよくなさそうな連中がたむろしているらしい。近づくにつれ向こうもこちらに気づいたのかざわめきが嫌な感じに引いていく。嫌だなぁ...と思うと、足が重くなってくる。気が進まないのはそのまま足を進める速度にも反映されていたらしい。後ろから歩いてきていた仗助に肩がぶつかった。思わず見上げれば、それに気づいた仗助がニッと口端を上げて笑う。私のほうが年上で仗助は弟みたいな存在なのに、それが心強いと咄嗟に思ってしまった。重かった足を普段通りを心掛けて進ませた。
そうだ、仗助にかっこ悪いところは見せられない。
足を進めれば近づくコンビニと男たち。無視していれば向こうから何かしてくるようなこともないだろう、と自らに言い聞かせていると、座り込んでいた連中が怠そうに立ち上がった。明らかにこちらを意識している男たちに嫌な空気を感じて眉を潜めてしまう。仗助も同じことを感じたらしくその長い足を大きく開いて進み、私の隣に立ったかと思えば前に出てきた。 大きな仗助の背中しか見えないので、体を横へとずらせば好戦的ともいえる仗助の行動を相手は正しく読み取ったらしい。今にもこちらに向かってきそうな様子に咄嗟に浮かんだのは、このまま喧嘩になってしまうかもしれないということだ。 素早くこの場から去る必要があると焦りながら仗助の腕を掴んだ。驚いたように体を強張らせた仗助を引っぱり、足早にコンビニの店内へと入る。
とりあえず人の目があるところでは喧嘩を吹っかけてはこないだろうと願望交じりの判断をしての行動は正しかったらしい。 コンビニの中から外を伺えば、男たちは結局何も言わずにその場を去って行った。そのことに思わず安堵の息が漏れる。緊張が切れて体の力が抜け、強張っていた表情筋も緩む。
さっきまで犬みたいにきゃんきゃんわめいていたというのにぴたりと口を閉ざした仗助の様子が気になって隣を見て、未だに腕を掴んだままだったことに気づき慌てて放した。

「ごめん、忘れてた」
「あ、いや......」

むっつりと口を閉じた仗助は、ともすれば怒っているようにも見える。逃げたことが気に食わなかったのかもしれない。仗助は喧嘩が強いらしいから勝てる自信があったのかもしれないけど、私としては喧嘩は避けたかった。私にはお母さん気取り(そんなつもりはないのかもしれないけど)でいろいろ注意する癖に自分はちょいちょい怪我をして帰ってきているらしいのだ。
少し前に会った時にはほっぺたに大きな絆創膏を貼り、唇の端は切れて毒々しい紫色になっていた。
「どうしたのそれ?!」吃驚して声をかければ仗助は「へへ」なんて気の抜ける笑いをこぼしてから「ちょっとな〜」なんて言って誤魔化していたが、きっと喧嘩だろう。 何が原因でそういうことになったのかわからないけど当然心配した。仗助が得意としている母親気取りのセリフがいくつか頭に浮かんだものの、結局口にするのはやめた。
「痛そう」
「そんな痛くねぇよ」
平気そうにしているが、さっき笑った時に口元の皮膚が引き攣ったのを私は見逃さなかった。
「...ちょっと屈んでみて」
「え? な、なんだよ...」
「いいからいいから」
「っ!! ってぇ〜〜〜!!!!」
どうみても強がっている仗助にイラっとして人差し指で口の端の紫色になった部分を軽く突いてやったら目論見通り、仗助はそこを抑えながら些か大げさでは?と思うほどに仰け反っている。
「こういうこともあるから怪我はしないほうがいいぞ!!」
「こういうことってなんだよォ! オメーがこういうことしなきゃなかなかこんなこと起きねェよ!!」

情けない声で抗議していたはずなのに、あの時のことを仗助は忘れてしまったのだろうか。もっと強めに押しておけばよかったかも。
アイスコーナーへ足を進め、中を覗き込めばさすがシーズンなだけあって品揃えはまずまずだ。その場から仗助をちょいちょいと手招きして呼び寄せると、一寸迷うような素振りを見せたものの素直にこちらに歩いてくる。

「仗助は何にする?」
「え、オレ?」
「奢ったげる」
「...マジ?」

何かを我慢するようにむっつりと閉じられていた口元がほんの少し緩んだので、真面目腐った顔をわざと作って言葉を続けた。

「ハーゲンダッツとかはダメだからね、仗助にはまだ早い」
「早くねぇよ! ...、お前よ〜オレのこといくつだと思ってンだよ?!」

いつもの調子に戻った仗助に、小さく笑い声が漏れた。
二人で一緒にいろいろなアイスの入っている大きなボックスを覗き込む。スーパーで買うよりも割高になってしまうが、ついつい家から近いコンビニを選んでしまう。 品揃えはまずますだけど、帰りながら食べるのなら選択肢も少なくなってくる。まずカップ類はだめだ。そうすると自ずと自分の好みのものを探してしまう。

「パピコ二人で半分こにしない?」
「えーパピコかよォ」

目に付いたものを指さしながら隣を見れば、その言葉と違い仗助の反応は悪くない。

「庇ってくれたから味は仗助が選んでいいよ」

ぱっとこちらを振り返った仗助は目を丸くさせていた。慌てたように無理やり拗ねたような表情を作っているけど、その頬は少しだけ赤い。

「...じゃあこの白いの」

パピコに関して形ばかりの不平を口にしていた仗助が選んだのは私が好きなホワイトサワー味のパピコだった。

夏の足跡






(20190623)