ーーーあ、

どうやらスマホに夢中の様子に、声をかけるのも躊躇う。 あれ以来会うこともなく、留三郎くんとの思いがけない再会は、頭の隅っこへ追いやられていた。
あの頃には少し寒かったくらいの気候は、コートやマフラーが手放せないくらいになっている。
なんとなく留三郎くんの後ろへとまわり、電車がやって来るのを待つ。手持ち無沙汰でスマホを取り出してみるものの、特に友人たちから連絡も来ていないようで、時間を確認しただけで仕舞った。
ぼんやりと後姿を眺めてみると、やっぱり食満くんとそっくりに思う。
あまりにもじっと見つめていたからなのか、こちらが視線を反らすよりも早く留三郎くんが振り返った。
ばちっと音がしそうなほど目が合った。
お互い間抜けに口を開けている状態から一歩早く脱したのは私のほうだった。

「...久しぶり〜」

へらっと笑いながら声をかければ、少し遅れて眉尻の下がった笑みが返って来る。そうなると急に親しみやすい雰囲気になる。





「声かけてくれればよかったのに」

響きにはこちらを責めているものは一変たりとも感じられなかったものの、私が疚しさを持ち合わせていたので勝手に責められたような気持ちになる。誤魔化すように「あはは」と声を上げれば、シンと静かな冬の空の下に白々しく響いた。
私のことを忘れられているとは思わないが、親し気に声をかけるには躊躇う距離に留三郎くんはいるのだ。なので、親し気にそう言われると不思議な心地になる。

「寒いね」

早々に話題を変えるべく選んだのは、何て話が広がりそうにないことだった。
こうして太陽が完全に引っ込んでしまった冬の夜道を歩く時には、顕著に寒さを感じる。マフラーにコート、手袋と、防寒対策はしっかりしているのにそれでも寒い。
そんな私に比べ、留三郎くんは軽装だ。

「寒くない? その格好だと」
「ちょっとだけ。けど全然大丈夫です」

白い息を吐きながらはにかんだ留三郎くんは、マフラーと手袋が装備されているものの、コートなどの上着は着ていない。若さの違いだろうか。

「元気だね〜」

それからは他愛ない話をしながら歩いた。

「じゃあここで」

ちょうど会話が弾んできたところで、以前も別れたところーーちょうど分かれ道へと差し掛かったので切り出せば、留三郎くんはその場で立って動かない。
何かあるのかと思い彼が口を開くのを待つ。

「あの、やっぱり送ります...」

断られるのを予期してか、徐々に小さくなった声。
こちらを覗うように見ている目は、鋭いはずなのにどこか子犬的なかわいらしさを滲ませていた。
思わず口角が上がってしまう。それをどう解釈したのか、ぱっと表情の明るくなった留三郎くんに吹き出してしまいそうになる。

「ありがとう。けどほんとに大丈夫だから」

申し出を断れば、その表情はみるみるうちに曇り、肩を落としている。
何だか虐めているみたいでかわいそうだが、何も意地悪をしたくて言っているわけではないのでしょうがない。覚えた罪悪感をやり過ごすべく、声を出した。

「もう暗いし、留三郎くんこそ気を付けて」

手を振れば、少し躊躇するような間を置きながらもやっぱり小さく手を振り返してくれる。 そのことにホッとすると同時に微笑ましい気持ちになった。


何度か留三郎くんとはそれからも会った。
週の真ん中の水曜日...少し疲れを感じる一日の最後。その日に決まって留三郎くんとは会った。
まるで示し合わせたように会うのだけど、それは全部偶然で約束をしたことはなかった。
それでも暗黙の了解のように、水曜日には留三郎くんとホームで話しながら電車を待ち、二人で車内に乗り込んで一緒に帰路を歩く。
気づけばもう何度も一緒に帰っているので、最初の頃のような気まずさは感じなくなっていた。


「もうすぐ大学は春休みですよね」
「そうだよ」

いつも通りの寒い夜の帰り道。留三郎くんはやっぱり上着を着ていない。
この間冬休みを終えたところだが、早くも春休みがやってくることが嬉しくてキャンパス内では休みの間に何をするかの話題が度々出る。
高校と大学ではずいぶん休みの期間なども違ってくるため、あまり高校生が知ることはないと思っていたが留三郎くんは大学生のお兄さんが居るので当然知っていたようだ。
簡単に春休みを楽しみにしている自分を含めた友人たちの話をすると、少しの間が空いてから留三郎くんが口を開いた。

「...もうこの時間には会えないですか?」

思いがけない問いかけに少しばかり驚く。隣を歩く留三郎くんに視線をやれば、こちらを見ていたらしく目が合った。

「どうだろう? まだ授業もどうなるかわからないし...」

まだ来年のカリキュラムについてはぼんやり考えてはいるものの、決定と言える考えがあるわけではない。だから曖昧な答えしかできなかった。だけど本当は、きっと春からは水曜日のこの時間の電車には乗っていないだろうと予測できた。

「あの、」

躊躇いがちで固い声に呼びかけられた。

「...連絡先教えてくれませんか」

意を決したような留三郎くんの様子に、一拍遅れて理解した。
それがどういう意味を持っての言葉なのか。
目を合わせていられなくて、自然と泳いでしまう。声が喉に張り付いたようで出なかった。そもそもなんて答えればいいのかも検討がつかない。

「次に会ったときでいいんで、返事、くれませんか」

留三郎くんは俯いてしまったので、視線は合わない。
どこを見ればいいのかわからず、同じように視線を落とすと、固く手を握っているのが見えた。

「うん」





(20200411)まだ続きます!