芽吹きの頃






ジリリリリリリリ....


耳に痛いほどにうるさく鳴り続ける目覚まし時計を手だけ伸ばして消そうとする。それなのに、一向に手はこの騒音 を鳴らす元凶を探し出す事が出来ない。しょうがなく重い瞼を押し上げて薄目を開けると、いつもベットの横の机の 上に置いてあるはずの目覚まし時計が無くなっていた。
どういうことだ...。瞼を全開まで押し上げる。全開と言っても寝起きでの全開という意味だが。
頭の上を見ても目覚ましはない。それなのに、けたたましい音は依然止む事無く鳴り響いている。
しょうがなく上半身を起こすと、部屋の中に不審人物が居た。

「あ、おはよう」

不審人物は片手を上げて挨拶してきた。
そして、上げていない方の片手には私が探していたうるさく鳴り続ける黄色い目覚ましが握られている。

「...消して」

騒音を出し続けるそいつ向かって指をさしながら向かって言えば不審人物、もとい...不法侵入をしてきた幼馴染は きょとんとした顔をした。そして憎たらしいことを言う。

「こっちまで来て自分で消しなよ」

まるでそれが一番いい方法だとでも言うように。至極あたりまえな顔をして。
勘違いしているようだが、目覚ましを今現在手に持っているのは私ではなく勘右衛門だ。それはつまり一番いい方法 は私がわざわざベットから出てその飛び出たちょぼを叩くなんてことではなく、今現在目覚ましを持っている勘右衛門 が少し指を動かせばいいということだ。少し指を動かすだけなのだから大したことではないはず。
まさか、そのちょぼ を押すだけでフルマラソンをして来たかのような疲労を味わうわけでもない。少し指を動かすだけ。たったそれだけ。 なのに、勘右衛門は決して押そうとしない。まるで、そのちょぼが爆弾のスイッチとでも思っているかのように頑な に押そうとせずに、私をじっと見ている。
この分じゃ何を言っても押してくれないだろう。それに朝の起き抜けすぐに言い争いをする気にもなれない。
私は早々に諦め、嫌々ながらベットから這い出た。
布団が私に出て行かないでと言っている。
大丈夫、またすぐに戻ってくるから。
カチッ、人差し指一本で押したそれはあっけなく騒音を鳴らすのをやめた。もちろん、私がこのちょぼを押したことに よってこの地球上のどこかが爆発するなんてこともない。
あーやれやれ、と思いながらもう一度ベットに登り、布団の中に入り込んだ。

「なにまた寝ようとしてんの」

その言葉と同時に布団を剥がされた。見れば勘右衛門が呆れ顔でこっちを見ていた。

「これじゃ俺が起こしに来た意味ないし」

そもそも起こして欲しいなんて言ってないし。私は胸中で反撃した。
それから勘右衛門のせいで徐々に覚醒しつつある頭で考えた。

「...この部屋に入るなって私、張り紙してたと思うけど」

勘右衛門は毎日のように朝、学校に行く前に私がちゃんと起きているか確認しに来るのだ。一体いつからこの習慣が 続いているのか思い出せないほどにこの習慣はずっと続いている。なので朝起きてすぐに顔を合わせるのがこの幼馴染 である日は少なくない。
そして、張り紙というのは私が昨日の晩に勘右衛門が私を起こしに来る事を予想して、書いたものだ。
就寝した時間が早朝と言ってもいい時間だったので、絶対に朝起きれないであろう事を確信し先手を打ったのだ。 ベットに潜り込む前に適当な紙に無駄に気合を入れて筆ペンで“勘右衛門立ち入り禁止!!”と書いて、ドアに張ったのはまだ記憶に新しい。すると、勘右衛門はなんでも なさそうに、あぁ。と言って制服のズボンのポケットに手を突っ込み、ぐちゃぐちゃになった紙を私の目の前に放りなげた。 嫌な予感を覚えつつ、ぐちゃぐちゃの紙を広げてみると私の達筆な字が見えた。
自信作だったのに...。丸められた張り紙を前に肩を落とす私を放って、張り紙を丸めた張本人は話を切り出した。

「昨日の夜中電気点いてたから、絶対今日起きれないと思ったんだよね」

夜更かしするのは感心しない、と勘右衛門が言っているのが分かる。それにその言葉は実際に何度か言われたことが あった。私がこうやって朝起きれないのを(私以上に)分かりきっている勘右衛門はその言葉を何度も口をすっぱくして私に言うのだ。 そんなことがあったからこそ、私はバツが悪くなる。

「メールしようかとも思ったけど、あんまりうるさく言うのもなと思ったら...やっぱりこうなるし」

じろり、突き刺さるように責める目で私を見ている。
何か、誤魔化さなくてはと考えをめぐらせる私の頭はすでにばっちり目が覚めていた。

「あぁー...、ついね。ゲームとかやってたから...」

果たしてこれは言い訳になるのか? ...いや、ならないな。
ちらりと見た勘右衛門の口元は文句ありげに歪んでいる。 また叱られるのは目に見えて分かっている。私は慌てて、制服に着替えるために制服を吊ってあるハンガーをとり布団の中に潜り込んだ。 勘右衛門が見ている前で着替えるのは流石に無理なので(いくら男と女という概念が無い時から一緒にいるからと言っても)なので、私は 勘右衛門が来ている時は布団の中で着替えている。これで、一秒でも長く一緒に居たいと願っている布団とも一緒に居れる。

「だから先に時間を決めてからやれって言ってるのに...」

ぶつぶつ呟く勘右衛門の言葉は、お母さんに言われるのと全く同じ言葉だった。だから思わず呟いてしまった。
ここで、何か言い返すのは怒る勘右衛門に油を注ぐようなものなのだということを知っているというのに、だ。

「...お母さんみたい」
「何、お母さん?」

勘右衛門の声が鋭く返ってくる。
そのことにびびりながらも私は続けた。

「うん...。だって勘右衛門ってお母さんみたいなこと言うし...」
が言わせてる、の間違いだろ」
「え、いや、...うん。けど勘右衛門って父性より母性が強い感じ、みたいな...」

決まりが悪くなって私は布団の中で着替える事に専念する事にした。
ボタンの外し終わったパジャマを布団の外に放り出す。

「別に俺、母性が強いなんてことないけど」
「うん」

まぁ、認めたくないだろうと思い私は適当に返事をする。勘右衛門は私が投げ捨てたパジャマから視線を外し、 考えこむように腕を組んだ。

「むしろ、男性ホルモンすごい出てるし」

大真面目に言う事ではないだろう。それなのに勘右衛門の表情は真面目そのもので、私は思わず吹き出した。
すると勘右衛門はとってつけたかのように驚いた表情をする。私が自分の発言で笑った事が物凄く不思議、みたいに。

「なんで笑うの。俺どっからどう見てもむんむんに男性ホルモン出てるじゃん」

その発言もまたおかしい。どっからどう見ても勘右衛門はむんむんに男性ホルモンなんて出てない。
むんむんに男性ホルモンが出てるってのは、ハチとか潮江先輩とか七松先輩とかそこらへんだろう。なんか、匂いとかも しそうだし...。なんて失礼な事を考える。

「勘右衛門がむんむんなら、ハチとか潮江先輩とか七松先輩はどうなんの?」

笑いつつもそこを指摘すれば勘右衛門はおどけたように目を丸くさせる。

「まぁ、あそこまでは出てないかもしれないけど」

勘右衛門は考えるように天井の方を見ながら話し始めた。
多分、今話した三人の姿を思い浮かべているところだろう。男性ホルモンがきっとたくさん出ているだろうと予想 される三人を。

「けど、だからって俺が男じゃないってことにはならない」
「そうだね」

独り言にしては大きな声だったので勘右衛門の言葉に相槌をうつ。
すると、今まで天井向いていた勘右衛門が振り返った。まっすぐに向けられる視線に何事かと瞬きする。

「そうやって目の前で着替えられると辛いものがあるよね」
「...へ?」
「だって、俺だって男だし」

さっきまでの軽い雰囲気はどこへやら、勘右衛門は不適な笑みを浮かべつつ未だベットの上の私を見下ろした。
じっと私と視線を合わせたかと思うとその視線は下にずれていき布団を被っているとは言え、勘右衛門が何を見ようと しているのか想像に容易い。別に自意識過剰とかじゃない、と思う...さっきの話の流れからして。
瞬時に顔が真っ赤になったのが分かった。

「な、な、なっ...」
「いくらなんでも警戒心無さすぎ」

そんなこと言ったって...。という言葉は声にはならず喉の奥に留まったままだ。ぱくぱくするだけで喋れない私を 勘右衛門はおかしそうに目元を緩ませて見ている。と、思うとそのまま私のベットに腰掛けた。ぐっと近くなった距離に 思わず端に寄って勘右衛門から距離を取ろうとする。そして、それさえも面白そうに勘右衛門は私を見ている。 焦る私とは反対に勘右衛門の表情は楽しそうに見える。

「ここらへんで俺が男だってこと、教えとこうかな」

口角を片側だけ吊り上げる勘右衛門は小さい時から知っている勘右衛門のはずなのに、その表情は知らない人のもの みたいだった。



そんなかっこいい顔、私知らない!







(20100911)