『犯人は一体どこに消えたのでしょうか?! 敵の姿が見えなくては流石のヒーロー達も手も足も出ません!!』

ヒーローたちが全員集合しながらもどうすることも出来ずにいる映像がテレビで中継されている。
皆犯人を捜そうと広場中に隙無く目を動かしているが逃げ出した犯人の姿は一向に現れない。

「透明人間とか卑怯じゃねぇか?」

お手上げと言った様子で頭を掻く仕草をするワイルドタイガーに、その呟きを聞き逃す事が無かったプロデューサーから鋭い声が返ってきた。

『そういうことを言ってる暇があるならさっさと探しなさいよ!』
「...つってもよぉー...マジでどこに居るか分かんねぇんだって。なぁ、バニーちゃん」
「そうですね。おじさんの衰えた視力で見つけることが出来ないのは納得ですけど僕にも分かりません」
「おいおい! 何? バニーちゃんはおじさんに喧嘩売ってるのかな?」
『ちょっと! 喧嘩なら犯人を捕まえてからにしてもらえる?!』
「......へぇーい」

動きが無いのに苛立っているようでキンキン叫ぶ声が無線を通しタイガーの耳にダイレクトに響いた。
とりあえず渋々と返事をするも良い案は何一つ思いつかない。大きな広場に集合したヒーローたちもタイガー とは同じ意見のようで苛立たしげに辺りを見回している。
せめて犯人が姿を現せば後は抵抗しようが攻撃してこようが関係なくいつものようにハンドレッドパワーを使って捕まえて やるところなのに、とタイガーが拳を自らの掌に打ち込む隣でバーナビーは足で地面を蹴り上げた。
二人は同意見のようだ。つまるところ、こそこそ隠れてなんか無いで姿を現せ。
その時、苛立ちばかりを募らせていたヒーローたちの前に一台の黒いバンが滑り込んできた。
野次馬であるなら即刻この場から離れてもらわなければいけない。
犯人を迎えに来た共犯者の線は薄いとは思いながらも(なんせヒーロー大集合の場に現れたのだから)一向に解決への道が見えない 今、ヒーローたちはその小さな可能性に縋りたい思いだった。ヒーローたちの視線と野次馬の視線を一身に浴びたバンからは 僅かにだが声が聞こえてくる、と耳を澄ました所でバンの後部座席の扉が開いた。

「嫌です嫌ですやめてください恥ずかしい!!!」
「いい加減に諦めろ!!」
「押さないでください落ちちゃいます!」
「落ちろ!」
「ぎゃあ!」

バンから一人の女が降りてきた。降りてきたというより突き落とされたと言う方が正しいかもしれない。危うく転びそうになった ところを何度かたたらを踏んで耐えた。
ピンクのヒラヒラしたミニのスカート、大きなリボンのついた上着を着ている。全体的にピンクでヒラヒラしている。 どこかで見た事のあるような格好をしている...首を捻りながら考え、タイガーはポンとひらめいたように手を叩いた。 昔のアイドルみたいな格好をしている。もしくは楓が小さい頃に見ていたアニメに出てくる魔女っ子。
その一昔前のアイドル、または魔女っ子はバンから無理やり落とされ、慌てたようにバンの中に戻ろうとしている。 手を延ばして必死にドアに掴まろうとしているが、一昔前のアイドルを突き落とした男が手を叩いて阻止している。

「いたっ! 乗せてくださいよ! 何考えてんですか!」
「お前こそ何を考えてるんだ! 車を出してくれ」
「待って待って! 私乗ってないです!」
「乗ってなくていいんだ! 終わったらちゃんと迎えに来てやるから!」
「終わったらって何を?!」
「犯人を捕まえたら。じゃあ頑張るんだぞ!」
「無理ですよー!!」

一昔前のアイドルの主張は空しく広場に響き、バンは止まる素振りすら見せずに一目散に走り去っていった。 一昔前のアイドルはそのバンが走り去る姿をまさに呆然と言った様子で見つめていたが、見えなくなると諦めたように大きな大きなため息を吐いた。 しょうがないと諦めたのか分からないがそれらしい雰囲気を漂わせながらこちらを振り返った。ピンクの縁の大きな サングラスで目は覆われ表情は分からないが口が驚いたように開いたのは見えた。ヒーロー+野次馬の視線を降り注がれている のにようやく気付いたらしい。それから今までのやりとりを見られえていたことにも気付いたらしい。十分な光りとは 言えない街灯に照らされた中でも分かるほどに顔が一瞬で真っ赤になった。

「お、お騒がしてしまって...」

ぺこぺこと頭を下げ謝り始めた。お騒がせした事よりも、お前は一体誰なんだ? がここに居る皆の一番の 知りたいことだった。その皆の疑問を代表して尋ねようとタイガーが人目には見えないがスーツの下で口を開く。

「いや、それより...」
『おぉーっと、広場に突如現れた少女! 一体誰なんでしょうか?! 敵ではないようですが?』

狙ったかのようなタイミングで話を遮られ、苦い顔をするタイガー。それが面白かったのかバーナビーが小さく吹き出した 声を聞き、マスクの下の顔は益々苦いものになる。

『情報が入りました! 謎の少女はどうやら今日デビューのニューヒーロー! スイートトラップのようです』
「あ、はい。そんな感じです。よろしくおねがいします」

実況の紹介に返事をしながらぺこぺこと頭を下げているその姿はどう見ても人を助けるヒーローには見えない。 ついでに言えばその格好もヒーローには見えない。
半信半疑と言った様子のヒーロー+野次馬の視線を受け、ニューヒーローは曖昧に笑った。

『さて、スイートトラップはどのようにして見えない犯人と戦うというのでしょう?』

暫し自分たちの状況を忘れていたヒーローたちだったがその実況に我に返ったようにまたきょろきょろと視線を動かし始めた。 突如現れた不審な人物の正体も分かった所なのだからヒーロー業務に戻らなくてはならない。 だが今日デビューした新入りヒーローの存在が気になるヒーローたちはちらちらと横目でその姿を盗み見ていた。

「犯人は透明人間になれるNEXTでな、今逃亡中だ」

状況がよく分かっていない様子の新入りにタイガーが話しかける。隣で彼の相棒は「世話好き...」などと茶々を入れたが、 親切にスイートトラップに話しかけるタイガーの耳にまで届かなかった。タイガーの状況説明に真剣な様子で頷いた 新人ヒーローは自信満々に笑みを浮かべた。

「わかりました。任せてください」

さっきまでの低姿勢は消え、唇を弧に描いた新入りは大きく息を吸って吐き出した。能力を使うために精神を集中させて いたのだと理解したのは彼女の体の輪郭が淡く光りだしたからだ。だが、何も起こらない。
視線はまたしても新入りに降り注がれる事になった。皆息を殺して彼女の能力が何なのか見つめている。

「何か匂いませんか?」

暫くしてバーナビーが異変に気付いた。もっとよく嗅ぐようにスーツ顔の部分を開けた彼と同じようにタイガーも そこを開け、すんすんと鼻を動かした。

「あ、」
「甘い匂いがする」

ブルーローズの言葉にヒーローたちが頷くと、匂いは一層濃くなったようだった。甘すぎる気もするがいい匂いが辺りに漂っている。 肺一杯に吸い込むように深く息を吸うとなんだかアルコールに少し酔った様に頭がふわふわとしてきた。 気持ちいい気分になってくる。これがスイートトラップの能力なのだろうか、皆の視線に気付いているのかいないのかは 大きなサングラスが邪魔をして分からない。

「こっちです」

突然声を上げた彼女は手招きをした。つられるように彼女の手招きした方にヒーローたちが視線をやれば、逃走中の 犯人がふらふらとこちらに歩いてきている所だった。唖然と言葉を失うヒーローたちを他所に新入りは走って犯人の元まで行くと その手を両手で捕まえた。犯人は抵抗する様子もなく夢見心地のような、酒に酔っているような様子で少しばかり頬を赤く染め、 目はとろんとさせていた。
あまりにもあっさり過ぎる終わりに誰もが反応できず唖然とその場に立ち尽くしていた。

「あの、つ、捕まえました...?」

自分は間違った事をしたのだろうかと言う風に自信なさげな声がたった今犯人を捕まえた新入りから発せられた。 その声にようやく実況が入った。

『...スイートトラップ初任務にして犯人を捕まえました! 200ポイント入ります! スイートトラップの能力は 匂いによって人を寄せ付け酔わせてしまうことです!』

その実況を聞き、ようやく見物していた野次馬達からも歓声が上がった。傍に待機していた警察官が犯人の身柄を確保 するために走りより、まだ夢見心地の様子の犯人の手に手錠をかけた。
そこでやっとスイートトラップの体をかたどっていた淡い光が消えた。疲れたのか背を丸めている。
あっという間に現れ、あっという間に事件を解決させた新入りヒーローに声を掛けようと野次馬とヒーローが駆け寄ろうとした。 だが、またしても先ほどの黒いバンが広場に滑り込んできた。彼女はそれに気付きホッとしたように息をつくと、先輩 ヒーローに向かってお辞儀をすると「お先に失礼します!」と言った。新ヒーローの誕生に興奮気味の 野次馬達にはグッと親指を突き出して満面の笑み(ただし目はサングラスによって見えなかったが...)を返した。
それから慌てたようにバンに向かって走っていく。バンの後部座席が開くと中からさっき彼女を突き落としていた男が顔を出した。 それを認めると彼女は足の速度を早めたようだ。騒がしい広場に彼女が踏み鳴らす踵が高いブーツの音が 響いている。彼女が走るたびにひらひらしたスカートが心許なく揺れる。
ちなみにこの広場は地面にタイルが敷き詰められている。一つ一つのタイルを組み合わせ、どこかの芸術家がデザインした芸術的な模様に仕上げられているのだ。 タイルとタイルの間にはセメントの繋ぎが見えている。その繋ぎは時々、本当に時々、ヒールを履いた人に牙を向く。 まさに今がその時だった。
タイミング悪くも華々しくヒーローデビューを果たした新入りヒーロー――スイートトラップが格好よくこの場を 去ろうとしているその時、事件は起こった。

「ぅあっ...!」

一番近くに居たタイガーが手を出してそれを阻止しようとしたが、それは叶わずスイートトラップは派手に転んで地面に突っ伏した。
大勢の人が居るというのにシンと静まり返った広場。
地面に突っ伏したまま痛みのためか羞恥のためか顔を上げれない様子のスイートトラップに今まで色々な危険な任務を こなしてきたヒーローたちも何と声を掛ければいいのか分からない。手を差し伸べた格好のままのタイガーにヒーロー たちの視線が集中する。

“お前が声をかけろ”

無言の圧力にすかさず、はぁ?! と身振りで返すも、彼の相棒のバーナビーが早く行けとこれまた身振りで指示した。 なんでこんな時ばっか...。ぶつぶつと胸中で呟きながら腹を決めたタイガーはおずおずと突っ伏したままの新入りに 手を差し伸べた。

「あー、大丈夫か? 掴まれ」

ややあってから「ありがとうございます...」と言う返答が聞こえた。よく見てみれば耳が真っ赤になっていた。
素直に手を取った新入りに一先ず、安堵しながら場を繋ぐためにもう一度声を掛けた。新入りは恥ずかしいのか耳どころか顔 まで真っ赤にして俯いている。傍目から見れば完全にタイガーが泣かせたかのように見える。

「本当に大丈夫か?」
「...大丈夫です。こんなもん屁でもないです!」

握りこぶしを作って屁でもないと力説した彼女に押され、タイガーは咄嗟の言葉が出てこなかった。
かわいらしい格好をした少女の口からそのような言葉が出てくるとは予想外だった。

「スイートトラップ!」

屁でもない発言で(どうみてもアイドル路線で売ろうとしている様子なのでイメージは良くないだろう)焦ったのか、 バンの中の男が叫んだ。その場でピャっと飛び上がると呼ばれた本人はお辞儀をしてバンの中に飛び込んだ。 野次馬とヒーローたちに見送られて車は暗闇の中に消えていった。







(20110702)