「...あの」 「はい?」 おじさんと話していた時とは違い、緊張した面持ちで声も少しばかり強張っているのに気付いた。 きっと彼女は僕の視線の意味について考えているのだろう。言葉の続きを待っていると、俯いていたさんが決心したように勢いよく顔を上げた。 その表情が予想外に真剣なもので少し驚いた。 意味も無く、ただ面白いという理由だけで見ていただけなのだが彼女はもしかしたら何か勘違いしたのだろうか。 「食べますか...?」 真剣な表情のままさんはパフェの入ったグラスを指差した。 「...え?」 「パフェ、食べたいんじゃ...?」 どうやら彼女は僕がずっと自分を見ていた理由がパフェにあると思ったらしい。確かに最初はパフェをあまりにもおいしそうに 頬張っているのでそんなにもおいしいものなのだろうか、と興味があったがそれよりも今はさんの様子を面白半分で見ていたのだ。 だが、彼女は僕がパフェを食べたいのだと解釈したらしい。 そういう意味ではないと説明し、申し出を断ろうとしたがそこで僕の頭に意地悪な考えが掠めた。 「僕イチゴが好きなんですよね」 「!!」 パフェの天辺に乗っていた一粒のイチゴがまだグラスの中に綺麗な形で残っていることは先ほどから見ていたので知っている。 僕の言葉にあきらかに表情をひくつかせたさんは多分好きなものを最後に取っておくタイプなのだろう。 それは僕も一緒なので、イチゴを避けて動くスプーンにそのイチゴがさんの好物であることはすぐに分かった。 だが、からかうために言ってみただけで本当にそのイチゴを横取りしようだなんて思っていない。 こちらが想像していた通りのリアクションを取ってくれたさんは返答できずにグラスの中のイチゴに視線を落として ぐっと目を瞑り、歯を食いしばった。彼女が今まさに葛藤しているのがよく分かる動きだ。 なんてからかいがいのある人だろう。思わず笑い出しそうになるのをこらえて僕は冗談だと言おうとした。 「...わっかりました!!」 断腸の思いで決断したように僕が口を開く前にさんがスプーンを握った手を机に叩きつけながら言い切った。 テーブルの上の物が飛び上がるほどの衝撃だったが、店内は相変わらずの大盛況でスピーカーからは音楽が絶えず流れている おかげで人々の視線を集める事にはならなかった。それらを確認してから少しからかいすぎたかもしれないと反省しながら さんに冗談だと言うために向き直ると、すでに彼女はグラスの中から小さなスプーンにイチゴをすくい上げたところだった。 腕が震えているのは最後にとっておいたイチゴを渡さなくてはいけない悔しさからなのか...。 そこまで大切にしていたイチゴを奪うなんて今更だが良心が痛む。そして同時にそれを僕にくれようとしていることに 彼女の人柄が見えた気がした。 「...サンドイッチの皿の上でいいですか?」 「あ、いえ...」 腕を震わせたまま彼女はパンくずがちらばっている皿の方に腕を移動させたが僕はそのイチゴを貰うつもりは無い。 今度こそそれを伝えようとしたところで、さんが急に消えた。 消えたのでは無い、障害物が現れた所為で見えなくなっただけだと気付いたのはすでにおじさんの頭が僕とさんの 間から退いた後だった。 「へっへー、横取りしちゃったー」 イチゴが入っているのだろう不自然に膨れた頬のまま悪戯が成功したみたいに嬉しそうに僕の方を見ながら言ったおじさん。唖然とそれを見てから視線を目の前 に移動させるとさんはぽかんと口を開けて何も乗っていないスプーンとおじさんとを見比べている所だった。 現実が受け入れられないように何度もそれを繰り返している。 彼女にしてみれば断腸の思いで譲るはずだったイチゴを 横から第三者に掻っ攫われたのだ。さんの心中を思い、おじさんを睨みつけると怯んだように後ろに上体を反らした。 流石に雰囲気がおかしいことに気付いたらしい。 「どうしておじさんはそうなんです?!」 「え、いや...どうしてって言われても...」 「ほんっとうに信じられませんッ!」 「だって...バカップルみたいにあーんってやつやってるのかと思って...」 それで邪魔してやれって思って...っていうかお前らいつの間にそんな仲良くなったんだ? 反省している様子だったのが最後には不思議そうに表情を変化させたのを見ながら気付けば口から勝手に言葉が飛び出た。 「はぁッ?! そういうんじゃありません!!」 カッと熱が体に灯ったのを感じて感情のままに言葉を吐き出すと、おじさんは納得した様子で頷き「なんだ。やっぱそうか」 などと暢気に呟いている。そこでこの話は終わったと思ったのか無理やり僕の座っている長椅子に座り込んでくる。 それに文句を言いつつ横目でさんの様子を伺うとさっきまで呆然とスプーンを眺めていたのが嘘のように怒りの篭った 目でおじさんを睨んでいた。それには流石に鈍いおじさんも気付いたらしい。ハンバーガーを注文し終えてから恐る恐る 彼女に話しかけている。 「悪かったって。な? あ、なんならもう一回イチゴパフェ頼めよ! おじさん奢るし!」 「...いいです」 低い声で答えた彼女はスプーンをグラスにつっこみ、かちゃかちゃとかき回し始めた。鬱々とパフェをかき回す姿は どこか大鍋をかき混ぜる魔女の姿を思い出させた。 「どうせバニーちゃんにやろうとしてたやつだろ? バニーから俺に変わっただけだって」 「大きな変化です。おじさん」 「...虎徹さんよりバーナビーさんにあげたかったんです」 「......え? ひっど...おじさん普通に傷付くんですけど...」 依然視線はグラスに向けたままさんが小さな声で呟いた言葉に僕は思わず優越感みたいなものを感じて口角がつりあがった。 それを目敏く見つけたおじさんが面白くなさそうに指摘してくる。 「腹立つわ〜、その顔」こういう時だけは目敏い。 「イチゴと引き換えにバーナビーさんとの距離を縮めようと思ったのに...」 ぼそっと呟いたさんの視線は相変わらずパフェに向けられていて、スプーンを口に運んだ時に見えたものはもうどろどろになっていた。 少しの沈黙が流れ、やがておじさんが心なしか同情するような表情を浮かべて僕の方を振り返った。 「だそうだ、バニーちゃん」 「...僕はイチゴ如きで釣られません」 からかっていたと思っていたのは僕だけだったようだ。僕がからかっていたと思っていたさんは逆に僕を釣ろうと目論んでいたらしい。 ...意外に油断できない人だ。それでいて少し変な人。 (20120406) |