『犯人は西の方に逃げたわ!』

アニエスの焦ったような声が耳にキンキン響く。
顔を顰めながらここらへんの地図を頭の中に浮かべると、アニエスが焦っている 理由が分かった。あそこは入り組んだ細い道ばかりだから犯人にあそこに入り込まれると厄介だ。この場合の厄介 ってのはもちろん追いかける側の俺らからの感想でもあるが、アニエスにも当てはまるだろう。なんせあんな細い道に 入られたらカメラで追いかけるのは困難だろう。
ヘリからの撮影もどうだろうか...薄暗く複雑に入り組んでるからもしかしたら 見失うかもしれない。
まぁ、どうにかしていつも映像を撮ってるから今回もしそういうことになっても大丈夫だとは思うが...。
バニーが先頭切って走っていくのを俺は後ろから追いかける。というのも、さっきすでに俺はハンドレットパワーを 使ったおかげで今現在能力発動中のバニーには追いつけそうに無い。
犯人は小心者なのか逃げるか隠れるばかりで危険ということもなさそうだ。捕まるのも時間の問題だな、こりゃ。 犯人はヒーロー全員に追いかけられパニック状態なのか追いかけてるこっちがかわいそうに思うほどびびっている。(だからって逃がすわけ無いが...) 一心に前を向いて走ればいいものを何度も俺らを振り返っているもんだから何度目かに振り返った時に 足を滑らせスッ転んだところをすぐさまバニーに捕まえられた。呆気ない幕引きと共にヒーローテレビのカメラが バニーを映した。きっと今HEROテレビにはバニーのドアップが映ってるだろう。 これからここら一体が騒がしくなる予感に俺は少し後退した。

「はぁーはぁー...」
「うおっ!」

尋常ではない呼吸音に吃驚するといつの間にか隣にスイートトラップが立っていた。どうやら途中で脱いで来たらしい手に持っていた ブーツを放り投げてその場に足を放り出して座り込んだ。肩で苦しそうに息をしているのを見て俺も一緒にしゃがむ。

「犯人、捕まったん、ですね...」
「あぁ、バニーが捕まえた...大丈夫か?」
「だい、じょぶ、です...」
「どう見ても大丈夫じゃねぇだろ」

途切れ途切れ苦しそうに返された返事に俺はこれで楽になるのか分からないが背中を擦ってやる事にした。 男と比べると断然小さい背中に力加減を間違わないように注意する。

「はぁー...だいぶ楽になりました」
「ホントか? わりぃな飲み物とか持ってなくて」
「いえ、ありがとうございます」

大きく上下していた肩の動きが小さくなったので俺も手を離した。そんな俺にスイートトラップは人懐こい笑みを 浮かべながら額の汗を手の平で拭った。その際に衣装の手袋が汚れたのに気付き「やべっ」っと言ったが結局は、 まぁいいや、と手をぷらぷらせている。

「それで? なんでんな事になったんだ?」
「もぉー! 聞いてくださいよ! こて...タイガーさん!!」

待ってましたと言わんばかりの食いつきっぷりにびびりつつも、とりあえず人目があまり無さそうな方にスイートトラップを 移動させる。バニーに群がる人だかりの数人がこちらをちらっと見たが、興味無さそうにまた視線はバニーの方に向けられる。 話題が何かは分からないが、一応は周りに人がいない方がいい。というかこの流れから察するに愚痴か何かかと予想するが...。

「移動するのに皆さん何か乗り物に乗ってるじゃないですか」
「ん? あぁ。でなかったら状況によっちゃ犯人に置いてかれるからなぁ」

スーツのマスクの部分を上げながら答えると、スイートトラップはまたも予想以上に食いついてきた。ですよねっ?!  と言いながら距離を詰めてくる。その時に何で今まで気付かなかったのか、スイートトラップの顔にサングラスとは 違う、俺が使ってるのと同じようなマスクが張ってあるのに気付いた。あ、それ! と言ったが、俺の声よりも 遥かにでかい声のスイートトラップの声にかき消された。

「それなのに私には何も用意されてないんですよ?! 信じられますか!?」

怒り爆発といった様子のスイートトラップの剣幕に吃驚しながらも俺は黒いバンの姿を頭に思い浮かべた。

「けどいつも車が送り迎えしてくれてるだろ」
「それですよ! その車が来やがらなかったんですよっ! 渋滞だから走ってけあははって、こちとら笑い事 じゃねぇよですよ! 死にかけましたよ!!」

それでさっき苦しそうにしていた理由が分かった。つまりさっきの犯人が逃げる前の地点から不可抗力だが走ってきたらしい。 距離は...どれくらいか分からんが、バイクを飛ばして移動した俺らでも10分は掛かったのだから走ってきたとすれば 結構な時間掛かっただろう。 そのことについて怒り心頭らしく、口調もおかしなことになっている。敬語なのに微妙に敬語じゃない。

「このブーツだってヒールを低くして欲しいって言ってるのに低くしやがらねぇんですよ!」
「うんうん。大変だったな」
「デザインがどうのこうのって...途中でこのヒールでは走れないと思って脱いで走ったんです!」
「うんうん」
「...足の裏痛くて、けど犯人追いかけなきゃと思って」
「そうか、頑張ったな」
「...」
「...」

今まで猛烈な勢いで喋ってたのに急に黙られると不気味に感じる。黙りこくったに俺の返答は間違っていたのかもしれない と考えてみるがよく分からない。一応自分では真剣に相槌を打っていたつもりなのだが、時々楓から電話で怒られることがある。
「お父さんテキトーに返事しないでよ!」
そんなつもり俺にはないのに!
何と声を掛ければいいのか分からずにとりあえず慰める意味を込めて目の前に無防備に晒された旋毛をそろっと撫でてやる。 その途端、まるで旋毛がスイッチかなんかだったように素早い動きで抱きつかれた。

「うおっ」
「こてっ...タイガーさん!!」
「...お前さっきからちょくちょく俺の名前言いそうになってるな」
「ややこしいんです! って、胸板硬い...! 柔軟材使ってってあれだけ言ってるのに!」
「無理言うなよ! このスーツを柔軟材で洗えってか?!」

スーツに顔を寄せて不平を呟くはそれでもスーツから顔を離さなかった。その頭を今度はがしがし撫でてやる。もちろん力加減はしながら。
一体どこでスイッチが切り替わったのか分からなかったが、怒りは収まったようで今は嬉しそうに笑っている。よかったよかった。一件落着! それにしてもこの格好...。何かこういう人形あったよな?

「......何してるんですか」







(20120519)