低く地を這うようにして届いた声に思わずびくっと肩が震えた。そろっと声の聞こえた方に顔を向けると腕を組んで仁王立ちしたバニーが居た。 「...僕が犯人を追っている間、お二人はこんなところでサボりですか」 スーツから顔が見える状態のバニーの顔は深く眉間に皺が寄り、見るからに不機嫌そうだ。 一つ問題が解決したと思うとまた問題が転がり込んでくるなんて...今日は厄日か。 「いや、サボりとかそんなんじゃねぇんだけどよ...」 「そうですよ。私達ちゃんとヒーローとしてシュテルンビルト市民の平和を守ろうと活躍していました!」 「...では、何故そのような格好を?」 そう言ったバニーは目を細めて俺を(オプションとしてがくっついた状態)上から下までじろじろと文句ありげに眺めた。その目はあからさまにの言葉を疑っている。 俺も今現在の格好を改めて目にし、今さっきのの言葉が如何に説得力の無いものなのか知った。 はでバニーの言葉の裏を読む気は無いらしく、「そのような格好...って別に普通の格好ですよ」などと言っている。 どう見ても普通の格好じゃねぇだろ! ツッコム気にもなれず黙りこむ。は先ほど文句を垂れていた通り、ここまで 走ってきたことで疲労困憊らしく、思考能力が著しく低下しているようだった。それでなかったらこの状態を普通だなんて言わないだろう。 バニーには聞こえないよう配慮してだろうが、顔を近づけてきて小さい声で囁いてくる。それにつられて俺も耳をの方に傾ける。 「...やばいですよ虎徹さん。バーナビーさん完璧私たちがサボってたと思ってますよ」 「そうだな。こういう格好してたらそう思われてもしょうがねぇ...そろそろお前はおじさんから離れなさい」 「えぇー」 「えぇーじゃねぇ!」 は依然俺から離れるつもりは無いらしく、不満げに唇を尖らせている。 カンガルーにでもなった気分だ。でかすぎる子供だけどな...。だが、このでかすぎる子供を無理やり引き剥がす気にはならなかった。 「...なにこそこそ話してるんですか。それとそろそろ離れたらどうですか」 またしても地を這うような低い声に、今度はイライラまでプラスされたらしく、眉根に深い皺を寄せたバニーが 近づいて来る。いつもならインタビューするためにわらわらと人が集まってくるってのに今日はそれが無かったのか、 それともバニーがかわして来たのか。迫力満点な表情で少しずつ距離を縮めてくるバニーに何故か俺は焦りを覚えた。 「つーか、何でバニーに怒られなきゃなんねぇんだよ!」 眉間の皺がすっと取れ、ホッと息を吐いたのも束の間、さっきよりも眉間に皺を寄せたバニーに睨みつけられた。 「はい? それを色々とおせっかいなおじさんが言いますか...?」 ...バニーを取り巻く空気の温度がさっきよりも下がった気がする。 どうやら俺はわざわざ触れてはいけないところに触れてしまったらしい。や、この場合だと火に油を注いだ? ってのが 適切な言い方かもしれない。バニーはひんやりした空気を纏って一歩一歩確実にこっちに近づいてくる。 顔が引き攣るのを感じながら後退していると、この場にそぐわない能天気な声が下から割り込んできた。 「そうだ! こてっ...タイガーさん私良いこと思いつきました!」 「このタイミングで?! このタイミングで良いこと思いついちゃったの?!」 吃驚して返すと相変わらずカンガルースタイルのが力強く頷く。 「はい! バーナビーさんのバイクのサイドカーにタイガーさん乗ってるじゃないですか?」 「あぁ、うん。そんで話し出すわけね」 「...一体何の話です?」 「その反対側に私のサイドカーをつけてくれればいいんですよ!」 どうやらいつのまにか話は逆戻りしていたらしい。その話はもう終わったのかと思っていたが、バニーを見た瞬間に 思いついたのか、は“良いこと思いついた”の言葉通りに表情を輝かせて力説してくれた。 ...本当に疲れてるらしい。 まぁ、普段運動しないとも言ってたし、今日のマラソンはきつかっただろう。頭の中ではに対して同情の念を 浮かべながら。思わず両側にサイドカーのついたバニーのバイクが頭に浮かんだ。...なんかあんまかっこよくねぇな。 バニーはそれを眉根を寄せて聞いている。 「話がよく分かりませんが、それは無理です」 「...えっ! な、なんでですか?」 は本当に良いことだと思ったのだろう。自信満々の案をすぐさま却下され、ショックを受けたように俺からようやく 離れたと思うと足元が覚束無いようによろけた。その様子からも本当にサイドカーをもう一つ付けて乗せて もらうという案に自信を持っていたことが分かったが...正直、そこまで良い案には思えない......。 は疲れてるから多分頭が回ってないんだな...多分! 「あなたと僕たちはライバルですよ。それに、」 のやりすぎなリアクションに得意の呆れた表情を浮かべたバニーが腕を組んだまま言い放った。 それを聞いてがハッとしたように息を呑んだのが分かった。 「...ライバル......そうですね...」 ぽつんと響いた声は、周りの雑音の中でも不思議と耳まで届いた。 ショックを受けた様子なのがその表情からも見てとれる。目が丸くなったと思うとみるみるうちに表情が翳った。 先ほどまで輝いていたはずの目は、今はその面影が無い。 バニー自身もこの言葉が予想以上の効力を持っていたことにどうすればいいのか分からない様子でただ驚いている。 おかしな沈黙にどうメスを入れるか、迷っていた所で車のクラクション音が鳴り響いた。 三人同時に視線を音の聞こえた方向に向けると、見覚えのある黒のバンが居た。 あ。の小さな呟きを拾い上げ、そっちを見てみればさっき放り投げていたヒールが高すぎるらしい ブーツを拾い上げているところだった。 「すいません、お先に失礼します。それじゃ!」 さっきまでの雰囲気とは正反対の表情を浮かべるは、愛想良く笑いながらブーツを両手に一足ずつ持ち、もうすでに車の方に駆け出している。 「...あ、おう。またな!」 急いで声を張り上げて手を上げるとが足を止めてこちらを振り返った。 ブーツを持ったまま手を振っているに手を振り返しながら隣に居る愛想もクソも無い奴の脇腹を肘でつつくと、 バニーも慌てた様子で軽く手を上げた。はそれに嬉しそうにその場で一回跳ねてから車へと乗り込んた。 素早くこの場を去っていく車の姿を目で追いかけつつ、隣のバニーに話しかける。 「続き、なんて言おうとしてた?」 「...は?」 「ライバルともう一個なんか言おうとしてたじゃん」 「あぁ...所属する会社が違うと...」 「そっちを先に言えばよかったなーって、過ぎたことをどうこう言ってもしょうがねぇけど。間違ったことも言ってねぇしな!」 「...なんですかそれ」 「べつにー」 隣から視線を感じて俺は何気ない風を装ってその場を後にすることにした。 「...お節介なんですよ、おじさん」 追いかけてきた呟きが予想よりも憎たらしい声音だったので、口角が小さく上がった。それと同時に頭の中では の (20120707) |