集合場所を告げられた電話を受け取ってから15分。
どうせなら迎えに来てくれればいいのに! という文句は無理やり胸の中にしまって、私は足早に街中を走っていた。人通りは多いと言うほどではないがそこそこ。 前を見ずに走っていれば確実に誰かにぶつかってしまう。学校帰りの私はいつもより荷物が多めなので人の間を縫って走るのにも手こずる。
何でもHEROテレビでこれからお世話になる方に挨拶をするとのことで緊急に呼び出されたのだ。
もっと早くに電話をくれればいいのに! だったらこんなに走る必要は無かったのだ。
そんでもって焦る私をあざ笑うかのようにこういう時に限って赤信号に引っかかったりするんだよ...。
目の前を車が忙しそうに行き交うのを見ながら、私はこの間に呼吸を整えようと大きく息を吸ってから吐いた。 心臓がばくばく激しく脈打っていて、これ以上走ったらやばいと訴えてきているように感じる。ヒーローは体を大事に しろって言われてるし、これ以上の無理はよくないだろう。多分歩けって体が訴えてるんだ。 自分に都合のいい解釈をしていたその時、軽く肩を叩かれて私は反射的にびくっと肩を震わせながら慌てて後ろを振り返った。

「...あの、これ落としましたよ」

まず目に入ったのは綺麗な女の子の顔だった。目を瞬いていると手を差し出され、見覚えのあるハンカチが目に映った。 私が反応できずに変な間を作ってしまったので女の子は少し困惑している様子だった。それを見てようやく私は慌ててそのハンカチを受け取った。

「あ、ありがとうございます! すいません、全然気付かなくて...」
「いえ」

一体どこで落としたのだろう。不思議に思っていると「あそこの店の前で...」控えめに女の子が答えてくれた。 そこで思い出したのは女の子が言っている店の前で鞄の中を掘り返したことだった。ちゃんと携帯を鞄に入れたのか気になって鞄の中を掻き混ぜたのだ。 多分その時に落としてしまったんだろう。
それにしてもあの店はここから結構離れた場所にある...ということは...

「だいぶん追いかけてもらったんですね! すいません!」
「全然大丈夫です」

感じのいい控えめな笑みを浮かべる女の子はそうは言っても、結構追いかけてくれたのだと思う。
だって緩くだけど栗色の髪がかかった肩が上下に動いている。申し訳なさに私は受け取ったハンカチを急いで鞄に入れ、中を漁った。 「ちょっと待って下さいね!」と断りを入れてからごちゃごちゃしてる鞄を掻きまわす。あぁ、もうぐちゃぐちゃすぎて何が何か分からない。 だから片付けろって言ったでしょ! なんてお母さんの幻聴が聞こえた気がする。その間に信号は青に変わり、 人が次々と道を横断し始めた。横断する人たちの邪魔になっているのも分かり、私はますます焦りながら鞄を掻き混ぜ、ようやく目当ての物を発見した。

「あのこれ、お礼です」
「え」

固まった女の子に慌てて私は言葉を続けた。

「新品なんで! 食べかけじゃないですよ!」
「あの、そういう意味じゃなくて...」

困惑した様子の女の子は中々手を出してくれない。初対面の人から急にガムとか渡されても怪しいと思って当然かもしれない。 私としてはちょっとでもお返し出来ればと思っての行動なんだけれど、こんな世の中だから毒入りガムを配っている人が居ても おかしくないので警戒されても当然という感じだろう。けどこのガムはさっき買ったばかりで、開封もしていないので 正真正銘新品だ。何よりも毒入りガムを配るほど私は精神に異常をきたしてはいないし、ヒーローと言う立場から 考えれば毒入りガムを配る人とは反対の位置にいるはずだ。私実はヒーローなんで、毒入りガムとか絶対渡しませんよ! ヒーローの名に懸けて...! とか言えたら一番てっとりばやいのだけど、そういうわけにもいかない。

「さっき買ったばっかりなんで怪しく無いです」
「え、いえ、」

怪しくないと言ったからってそれを鵜呑みにする人はそうはいないだろう。女の子は予想通り困惑した様子だが、 私もせめて何かお礼をしないと申し訳ない。

「すいませんもう行かなくちゃ! それじゃ本当に助かりました!」

信号がちかちか点滅し始めたので私は慌ててガムを女の子の手に渡した。その場でお辞儀をしてから今にも信号が変わって しまいそうな道を走る。無事に信号が変わる前に渡り終えることに成功してホッとしながら後ろを振り返ると、 女の子が車が行き交う道を隔ててまだそこに立ったままなのが見えた。ちょっと呆然とした様子の女の子に絶対に強引な変な人 だと思われただろうな、と考える。
いつもであればこんな大胆な事しないけど、焦っているのが災いして頭のねじが 一本外れてしまったような気がする。もうどうせ女の子の中では私は変な人だろうし、と吹っ切れて道の向こうの女の子に向かって 大きく手を振った。女の子は吃驚したようだったけれど、無視するようなことは無くて、控えめにだけど手を振り返してくれた。 なんて良い子!! 私は気をよくして本当なら鼻歌を口ずさみながらスキップでもしたいところだったけれど、 生憎急ぎの用事があったので全速力で街中を駆けた。普段からヒールを履いて馴らしておけ、などと言われているが 無視して運動靴を履いてきてよかった。これなら多分間に合うだろう!







(20120917)